故郷から飛び出してきて、まだ4日。見上げるほど高いビル、見たことのない人混み、匂い、熱気
都会ってすごい。電車の乗り方一つとっても何も違う。恥かいたし…… 百聞は一見にしかず、をこれほど痛感した日はなかった。
レース場に初めて入って、初めてウマ娘に会って、……いきなり足を握られて…… そう、沢山の初めてがあって、そして____
『ファン投票一番人気です!!』
栗毛の靡いた髪の毛。
スラリとしなやかな身体付き。
儚げで、宝石みたいな瞳。
サイレンススズカさんを見た。
『驚くほどの大逃げをうちました!これはマイペースなのか!?それとも早すぎるのか!?完全なる一人旅!!』
レース場の誰もが、あの人に釘付けだったと思う。それぐらい、ハナをきって突き進むスズカさんのレースは鮮烈で、凄くて……!
夢みたいだった。
“日本一のウマ娘になる”
それが私の夢。お母ちゃんへ、二人のお母ちゃんへ捧げる私の夢。
スズカさんの走ってる姿は、まるで私の夢みたいな、言葉で言い表せない感覚があった。
ライブもとっても可愛くて、寮の門限に間に合わなかったけど……
ともかく、次の日から私はトレセン学園に入学して、憧れていた学園生活が始まった。
自己紹介は失敗したし、みんなの前でずっこけたりしたけど、ウララちゃんにスカイちゃん、エルちゃんにグラスちゃん。私に初めて友達ができた。
教室での授業、みんなと食べたお昼ご飯。
そして、チームリギル。スズカさんが入っていたチームの入部テストで、私は初めて芝コースを走った。拓かれっぱなしの原野とは違う感触に戸惑ったけど、初めての他の人との競争。
一位は取れなかったけど、楽しかった。ウマ娘がレースに全力を尽くす理由がわかった気がする。多分、この感覚に浸りたいんだ。
『日本一のウマ娘って、なんだ?』
リギルの選抜に落ちた私を、誘拐する…… いや、拾い上げてくれたのは、いきなり足を触ってきた変態…… じゃなくて、トレーナーさんが率いるチームスピカ。
私の夢を笑わないで、真摯に受け止めてくれたチーム。
憧れのスズカさんが入っているチーム。
変なトレーニングをしたり、チームメイトのアクが強いところがあるし、とても騒がしいチーム。
まだ、ここで私の夢が叶うのかはわからない。
でも、今、私はとても楽しい。
……
最近、家の匂いがしないことに気がついた。
起きて見えるのは、無機質な天井。
いや、早すぎる。まだ、こんな風に考えちゃいけない。
スズカさんだって、そんな風な態度を出してしまったら迷惑に感じてしまう。だって、あの人はきっと優しい。いつも視線を感じるから。
ただでさえ、私は今まで一人部屋だったスズカさんの部屋に入ったばかり。これ以上の負担を与えたくない。
……
明後日は、もうレース。初めてのレース。
『実は彼女、生まれてから一度も、他のウマ娘に会ったことが無かったそうだ』
『近くにウマ娘も、同世代の子供もいない田舎で育ったそうで…… 友達もろくに、作れなかったようなんだ』
『ルームメイトとして、近くにいてやってくれないか』
なんで、それをこんな私に任せるんだろう。
……
スペシャルウィークさんが張り詰めている感じなのは、近くで見ているからわかる。
あの子は良い子。必死に隠しているのが伝わってくる。多分、これは私だからわかること。どうせ、雑に空いていた私の部屋に割り振っただけなんだろうから、深い意図なんてないだろうが、少し運命的なものを感じてしまう。
相手がどう思うかを考えてしまう。人と関わったことが無いからこそ、失敗したくないから。多分こう。私と少し似ているんだ。
「……ハァ」
蹄鉄が打たれる硬い音のリズムが乱れる。体育座りをした膝の山から見えたのは、耳を垂れ下げて小さな背中をしたあの子。
私は、ベッドの端っこにいて、スマホに逃げ出していた。あの子が来てからいつもそうだった。私がかけることができるのは、空っぽの言葉だけだから。
空虚な情けをかけても、いつか、それに気づいてしまった時、あの子はきっと失望する。
……
「……」
あの子の尻尾が揺れる。弱々しく、そして、まるで死んだかのように止まった。
かちん、かちん、と硬い音が部屋の静寂を突く。
……
無性に昔を思い出す。
息苦しい家の中から、私はいつも逃げていた。
妹から、母から、逃げていた。
スペシャルウィークさんにとって、今の私は……
“日本一のウマ娘になる”
それがあの子の夢。
でも、心が安定してなければ、夢を追いかけることなんてできやしない。今のあの子に、心を休める場所はないんだ。
もし、もしこれで、夢を諦めてしまうようなことになったら。
私が、夢を壊す一端を握ることになったら。
……
……
……
「……」
嫌だ。
「……な、何か悩み事?」
その為なら、私は声を振り絞れた。
すると、彼女は何もない表情を見せた。
全て打算ありきにしておかないと行動できない