風の塊が顔に当たる。私の息遣いと、後ろから小さく足音が聞こえる。オレンジ色の風景が、ラチが流れていく。熱い空気が口から噴き出る。
足の感覚がなくなりかけてる。視野が狭まる。
あと、もう少し____
『スズカさ〜ん!!』
「ッ……!」
スピードを緩める。視界の外に沖野さんが吹っ飛んで行ったのがみえたから。
レース前の本格的な追い込みはこれで最後と言っていた。レースの直近はこれだからあまり好きじゃない。自主練習すら縛ってくるんだから。
「はー……」
一息つく。気にならなかった喧騒もやかましくなってきた。練習コースは今日も盛況している。
振り向くと、白い髪を靡かせて、拘束具のようなヘッドギアをつけた相手が、手を振ってこっちに寄ってきた。
怖い笑顔。
「いや〜速いのなんの!おめえ本当すげーよなぁ!」
「わぶっ」
手が伸びてきたと思ったら、私の肩にゴールドシップの腕が絡んで、いきなり引き寄せられた。追い切り直後だから、ジャージ越しでも熱くて湿っぽい。
こうなってしまったら笑ってるしかない。
すると、さらに後ろから足音が。
「良いタイムだ。これなら今週のレースも問題無いだろうな「あースペ!!!なんだそのクソデカタイヤ!!!」
視界がぐわんぐわんと揺れて足がステップを踏んだみたいに乱れる。気がつくと、ゴールドシップがすごい勢いで走り去って行くのが見えた。
その先には、ダートコースに現れた何に使うのかわからないほどデカいタイヤ、そして、それを持ってきたのだろうスペちゃんが。ウオッカ、スカーレットコンビも一緒にいる。
思わず沖野さんに顔を向けても、呆れたように首を振るだけ。
「ったく、アイツらはよくわからんことをするんだからなぁ……」
また視線を戻すと、何やら、タイヤに括り付けたであろう縄を腰に巻いたスペちゃんが、ゴールドシップと話ている。
もうさして心に波風立たないのは、この環境に慣れきった証拠なんだろう。
汗が冷えてきて、じわりと寒気がする。
「お前は混ざらなくていいのか」
思わず視線を落とした。何の気も知らないで芝がそよいでいる。
爪を弄ろうとしているのに気づいて、やめた。
「お前、最近気が散ってるだろ」
……
「気になることがあるなら相談に乗るぞ」
反射的に答えた。
「別に」
無い。無いに等しい事だから。
また親指が中指を撫でている。
「この前言ったな、本音でぶつかんなきゃ、いつか後悔するって」
また前を向く。
スペちゃんが、ゴールドシップが乗ったタイヤを引いて、ダートコースを削っている。
……
……
……
目だけ、沖野さんの方に向ける。
優しさが肌にチクチク染みる。
「大丈夫ですから」
でもダメなんだ。こういうのは話しちゃいけないんだ。
話したところで、巡り巡って苦しいのは私になるから。
「スズカ……」
『スズカさんって、兄弟とか、妹とかいたりするんですか?』
『どうして?』
『なんというか、いろいろ手慣れてる気がして』
『スズカさん!』
『何?スペちゃん____』
『スズカさん!』
最近、スペちゃんが根掘り葉掘り聞いてくるようになったのは、なんなんだろう。
爪がはがれてしまった。
みじかい