サイレンススズカは今日も爪を削る   作:にわとり肉

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友達に自分から話しかけに行くのが苦手なスズカ

 放課後、西日の青空に見下ろされながら、私を含めた“チームリギル”は、芝コースを使ったトレーニングをしていた。

 私は、昨日のことで得たことをオハナさんへ打ち明けた。

 

 「大逃げで来週のレースを?」

 

 そう言って、オハナさんは怪訝そうな顔を私に向ける。切れ目が私をジロリと睨む。

 手汗がひどい。これだからオハナさんと話すのは好きじゃない。一方的に私が緊張してしまうから。

 それに、わかりきってることだ。

 

 「その…… 私は後ろで脚を貯めておくよりも、前目につけて走った方がいいような、気がするんです」

 「お前はレースの駆け引きを覚えることが最優先だ。それに、不安定な大逃げなど聞き入れられない」

 

 オハナさんは良い人だ。いつも怖い雰囲気を纏っているけど、それは優しさと心配の裏返しであることを、リギルのみんなは知っている。私の言葉を一蹴したのも、そういうことなんだろう。

 そう。そういうこと。

 

 「話はそれだけか?」

 「……はい」

 「なら練習に戻れ」

 「はい」

 

 オハナさんは手に持ったタブレットに目を戻した。表情はいつもと変わっていない。

 不思議と気が沈むことはなくて、納得が私を包んでいる。

 コースの中に戻ると、リギルのみんなが集まっている所から、一人駆け寄ってくる。私の1番の友達。

 

 「スズカ、ちゃんと話せたのか?」

 「えぇ、やっぱりダメだった」

 

 そう言うと、“エアグルーヴ”は、そうか、と一言呟いた後、アイシャドウの入った目尻を優しくして、困ったように微笑んで、

 

 「だが、ちゃんと意見を言えて良かったじゃないか…… 相談しなければ、スズカがリギルを辞めさせられるところだった」

 

 それはつまり、私がオハナさんの指示を破るってことなんだろうか。

 

 「私が、そんな大それたことできると思う?」

 「あぁ、お前ならしかねんな」

 

 うんうん、と頷いてエアグルーヴはそう言い切る。

 まるで私の心が明け透けになっているような言い方。でも、エアグルーヴがそう言うのなら、確かに、そうかもしれない。私は薄情者の気があるし。

 

 「……それよりも、並走に付き合ってやる。ついてこい」

 

 私が思考の海に入っていく前に、エアグルーヴが手を引いてくれた。

 やっぱり、彼女は私の心を読み取っているのかもしれない。

 

 「いい加減、周りが見えなくなって突っ走るのはよせよ?」

 「わかってるわ」

 「そう言ってお前は____」

 

 全人類がエアグルーヴだったら良いのに。

 そんな適当な短略的思考が頭をよぎって、ふと、目の前の奥の方の土手道を見上げると、黄色いワイシャツの男が、斜面の草むらに腰を下ろしているのが見えた。

 あの人だ。

 私の心を動揺させた人。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 沖野さん。チームスピカのトレーナー。チームスピカとは、実態はチームとしての必要最低限の条件をも満たせていない零細チーム。所属ウマ娘は、今のところ、あのゴールドシップただ一人。

 自由と自主性をなによりも重んじる、ある意味でチームリギルとは対極をなす存在。私が勧誘されたチーム。

 

 寮の部屋のベッドに体育座りをして、向かい側の壁を見つめる。

 

 「……」

 

 ちくたくと、時計の針が進む音が、メンコをとった耳にこだまする。まるで、私に判断を迫っているかのように

 もう結論は出たはずなのに。オハナさんは許してくれなかったのに。私を包んでいた納得のベールが、あの人を見たせいで剥がれてしまった。

 親指の爪で中指の爪を削りながら、私はそれを呟いてみた。

 

 「大逃げ……」

 

 なんて甘美な言葉なんだろう。

 したい。いろんな人を置いてけぼりにして、全てを振り切って、思いっきり逃げたい。

 これが、隠しきれない私の本音。

 オハナさんの期待を裏切る、私の本音。

 ……

 

 「はぁ……」

 

 ボフン、と枕が柔らかく頭を受け止めてくれる。

 こういう時は、寝てしまうに限る。

 明日のことは明日の自分に任せればいい。悩むのは疲れた。

 ……

 そう心の中で唱えて、私は夢に逃げる。

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