サイレンススズカは今日も爪を削る   作:にわとり肉

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傷つきたくないスズカ

 『あ、……その、特に無いです』

 

 チームリギルの入部テストでは、模擬レースでの成績は無論のこと、本人の意思展望を引き出すようにしている。その中、唯一の回答をしたのがサイレンススズカだった。

 リギルは学園最強のチーム。そこへ入りたいウマ娘ならば、大なり小なり腹の中に野望を隠しているもの。しかし、スズカにはそういったものが何もなかった。

 そして、その日の模擬レースで、スズカは堂々の一位を獲った。当たり前のように、一度もハナを譲らずに。

 彼女をリギルに入れないという選択肢は無かった。

 スズカは従順だった。ミーティングで発言することもなく、不平不満を口にすることもない。トレーニングもそつなくこなした。

 従順というよりも、主体性が無い。自分を殺している。今となってはそう言うべきか。

 

 『スズカ、今日は並走を中心に、レースでの駆け引きに重きをおいたトレーニングを行う』

 『はい』

 

 私は、そこに寄りかかっていた。

 

 主体性が無くとも、その奥に隠された本質はあったはず。私はそれを見切ることができなかった。だから、スズカの素質を最大限に活かせるように、長く、幸せに、という考えを押しつけてしまっていた。

 きっとスズカは、本当は人一倍こだわりの強い子だったんだ。

 自由に、束縛されずに、思いのままに走る。それが、あの子の本質だったのかもしれない。

 

 今日のスズカのレースは、私が確信を持つに足りる、圧倒的な展開だった。

 

 「……」

 

 真っ暗になったというのに、会場の熱は冷めやらぬ様子。むしろ、さらにボルテージが上がっている。

 眼鏡の裏に、目に毒な光がちらつく。眼下のペンライトの色彩だけが浮き上がっている真っ暗な観客席は騒然として、目の前のライブの様相を見守っている。

 スズカは、壇上の誰よりも先頭に立って、硬い笑顔でいる。

 

 「よっ、おハナさん」

 

 嫌な声だ。

 隣を見てみると、見知った腹立たしい顔ぶれが、同じように手すりに前のめりになっている。

 

 「いや〜サイレンススズカすごいねぇ、惚れ惚れしちゃった____」

 「サイレンススズカを唆したのは、あなたね」

 

 私の言葉に、アイツも観念したように小さく笑った。図星か。

 ……

 再び隣に目をやると、アイツは懐かしい目をしていた。

 

 「どうしても、スズカには大逃げをしてほしかったんだ。アイツはそれが似合ってた」

 

 夢に生きる奴の目。

 指導者の目というよりは、下の観客席にいるファンの一人のような目。だからこそ、こいつは私と真逆の道を行く。

 思わず笑ってしまう。

 

 「なら、最後まで面倒を見てやることね」

 「……おハナさん」

 

 この男に任せるのが、多分あの子のためになるんだろう。私じゃ、怖くて潰してしまう。

 不甲斐ない。だが、まだ一敗だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『今日限りで、お前を退部とする』

 

 おハナさんは優しい人。いつも皆のことを考えて、最善の行動をとろうとしている。こんな私のことも、見捨てずに。

 今日、私はそれを踏み躙った。本当なら、もっと早くに私が言い出さなければならなかったことなのに。

 何も言えない私が悪いのに。

 

 『チームスピカのトレーナーに会っているな。……彼の下に行けば、お前に合った指導を受けられるだろう』

 

 その優しさは、こんな私に向けるべきじゃない。

 

 『そこで、お前の走りを貫くといい。……チームは離れるが、応援している』

 

 何故、おハナさんが、そんな表情をしているの。

 やめて。私に自覚させないで。

 その言葉を引き出したって。

 ……

 

 視界の側で、カーテンが揺らめいている。開けっぱなしの窓から吹いてくる冷たい風が、熱くなった頭を冷やしてくれる。

 一定のリズムで刻まれる時計が、ベッドの上の私を責め立ててくる。

 

 「いたっ」

 

 その瞬間、全身がびくついた。

 中指がうっすら痛い。

 恐る恐る目をやると、親指の爪が、中指の爪の真ん中にめり込んで、肉に突き立てられていた。

 明かりが落とされ、月光だけが頼りの部屋でも、赤い血が滲んでいるのが見える。

 私を生かす活力が流れ出る。

 この痛みが、今は心地いい。




 長い文章を書けないから長い時間をかけて読んでください(?)
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