サイレンススズカは今日も爪を削る   作:にわとり肉

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忘れてたスズカ

 そよかぜがカーテンを揺らしている。目に優しい日差しが私を照らす。

 日を跨げば、血と膿で固まって、爪の傷口は塞がっていた。私は嘘のように眠りについていたらしい。お陰で気分は良くなった。

 起き上がって、ベッドから降りようとすると、フローリングに布団が落ちているのが見える。夢の中でも走ってたのか。目覚まし時計を確認すると、時刻は6時ちょうど。普段よりも遅い時間。レースの後だから。

 

 起きたらすぐに水を一口飲んで、顔を洗ったり、髪と尻尾を整えたり、メンコをつけたりして、大体6時半ぐらいになって、部屋を出る。行き先は食堂。購買が無いからそこで食べるしかない。

 ふらりふらりと廊下を進むと、私と同じ目的だろう人たちが、よれた寝巻きのまま同じ向きに進んでいく。

 

 寮の食堂も、学園のカフェテリアと同じでビュッフェ方式。色とりどりで鼻をくすぐる料理を前にして、まだぼやつく頭が回る。

 カリカリベーコン、ウィンナーと、あとパン…… バター、あー……

 

 「スズカ」

 

 急に耳元で甘い声がして、背筋がゾクゾク震えた。

 後ろから噛み殺したような笑い声が聞こえてくる。振り返ると、実に愉快そうに笑う友人の姿。

 

 「……随分楽しそうね」

 「ふふ、いい加減慣れないと終わらないぞ」

 

 仕返しに、エアグルーヴのガラ空きの脇腹を小突いてやった。

 

 「……でも、朝からどうしたの?」

 「ほかに時間がなかったからな」

 

 

 

 

 

 

 「今日付けでスピカに移籍か……」

 

 二人で端っこの席を取って、食器の硬い音と喧騒に耳を傾けながら、黙々と食事に舌鼓を打っていたと思ったら、エアグルーヴが急に切り出してきた。

 箸が止まってしまう。恐る恐る顔を上げると、しかし、エアグルーヴは笑顔だった。

 

 「……知ってたのね」

 「おハナさんに聞いた。ま、あんな見事な大逃げをしたんだから予想はついてたさ」

 

 と言って、彼女は呆れたように笑った。

 ……

 その瞬間、二つの綺麗な手が私に伸びてきて、

 

 「何、そんなじめじめした顔してるたわけ〜!」

 「〜!やめっ、やめっ……!」

 

 ほっぺを包み込んで、揉みくちゃにされる。一人でに耳が揺れてるのがわかる。揺れる視界に映るエアグルーヴは、いつもの凛々しい雰囲気を崩している。

 お姉さんみたい。

 すると、気が済んだのか揺れが収まった。

 手は私を包み込んだまま。

 温かい。

 

 「お前の行動に異を唱える奴は、リギルにはいないよ。おハナさんだって、そうだったろう?」

 「……」

 

 私は強く頷いた。

 手がほっぺから離れる。一瞬ひんやりとして、すぐに感覚が消えた。

 

 「だから胸を張って行け。だが、リギルもお前の居場所だ、それを忘れるな…… 後しっかり相談するんだぞ?頼れるものは頼るんだ。……今何か気に病んでいることとかないのか?」

 

 まるで百面相のように表情を変えながら、エアグルーヴは私を心配してくれているのが伝わる。

 十分。それが分かれば、私にはもう十分すぎる。

 

 「今は大丈夫よ」

 「本当か?全く…… お前が同室の奴と馴染めるか、今私はそれが不安で仕方ない____」

 

 箸が手から滑り落ちていった。

 わすれてた。

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