サイレンススズカは今日も爪を削る   作:にわとり肉

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 隠キャは遠慮がありません。


割れ物に触れまくるスズカ

 「ん〜…… んふ……」

 

 薄暗い天井。目覚まし時計は四時半を指し示して、チクタク動いている。

 他人の声がする。他人の匂いがする。そんな環境でも、意外と寝ることはできるらしい。

 布団を蹴り飛ばすこともしていない。

 なるべく音を立てないように起き上がって、隣に目をやると、大きなにんじんの抱き枕を片腕で抱き締めた彼女が、すやすやと寝息を立てている。時折耳がぴくつく。

 なんだか懐かしい光景。

 ……

 メンコを耳にはめて、少しでも音を遮断する。

 

 いつも通り用意して、今日は“日課”のために、指定の赤いジャージに袖を通す。

 あの子はまだ夢の世界を楽しんでいる様子。その間に、私は部屋を抜け出す。冷たく静まり返った廊下を進んで、正面玄関の事務室の人に会釈をして、寮の外へ出る。

 その瞬間、小気味いい風が全身に当たって、ぶるぶる。

 青空が赤い。

 

 「ん……」

 

 ぐっと背伸びして、凝り固まった身体がバキバキ嬉しい声を上げる。乾燥した空気が美味しい。

 鳥の鳴き声もしない寮の敷地を抜けて、トレセン学園と寮とを隔てる道路のウマ娘専用レーンに出る。まだ街灯の光が丸く地面を照らしている。

 この時間に少し走るのが、普段の私を保つための秘訣。でも、コースが開いてなくて、公道を走らなければいけないのが玉に瑕。

 

 「すっ……」

 

 前傾姿勢をとって、

 

 「っ……!」

 

 最初は軽めに、だんだんスピードを上げる。風景が流れて、トレセン学園の風体から、閑静な住宅街に変わっていく。

 本気で走っていないから、血流が回る分思考が冴える。

 ……

 

 『不束者ですが、よろしくお願いします!』

 

 スペシャルウィークさん。嫌な人ではなさそうで良かった。あの後もぐいぐい話しかけてきて、少し困ってしまうところもあったが。

 でも、これからはやることなすことに気を配らないとならない。私のすることが変なことなのは、自分がよくわかっている。何もしなければいい。

 あの子は何故か私を尊敬している様子だから、それを壊すようなことは、なるべく避けたい。あんな小恥ずかしいセリフを吐いた後だし。

 それに、あんな風に、に話しかけてくれる人は、構ってくれる人は貴重だ。

 嫌われたくない。

 ……

 でも、本当に一人でいられる時間は、これでなくなった。

 気持ち悪い。嬉しいと苛立ちが同居している。

 

 「ふっ、ふっ、ふっ」

 

 熱を帯びた吐息を吐き出す。随分熱が出てきた。足がほぐれてよく動く。肩も。

 遠くに車が走っていく音。凹凸な地平線から顔を覗かせる眩い朝日。何千何万と見た光景。全てがいつも通り。何も変わらない。

 

 それなら、私もいつかは慣れてしまうんだろうか。

 こんな私が。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 20分は走って、帰ってきて風呂やら朝ごはんやら、なんだかんだこなしているうちに6時半ぐらいになったが、スペシャルウィークさんは相変わらずにんじんを抱き締めて寝言を呟いている。

 ……

 ……

 ……

 まだ時間はある。

 

 6時45分になった。時計の針の刻まれる音と、スマホの打鍵音、そして、起こすのも憚られる寝息。

 まだ起きない。

 

 7時10分。ねむたくなってきた。

 ベッドの上で体育座りして、膝で隠れた視界から彼女を見ると、布団に埋もれた胸が上下している。

 起こして、あげようか?

 

 「……ぁっの、……」

 

 ……

 ベッドから降りる。彼女の側までよると、急に寝返りをうって、私に背を向ける。

 ふわりと、知らない匂いが鼻につく。

 

 布団が被さった肩に手を置いて、少し揺らしてみる。

 

 「ん〜……!」

 

 耳が絞られた。

 ごろんと寝返りをうって、仰向けになって、露骨に不機嫌そうな顔を私に向けてくる。

 

 「……ふふっ」

 

 ちょっと面白い。

 ほっぺをつついたら?耳を握ったら?どんな反応を返してくれるんだろう。

 

 「……起きなきゃ、やっちゃいますよ」

 「かー…… かー……」

 

 耳打ちしたところで変わらない。幼児のような寝顔。よっぽど深い眠り。

 なら、私の一人の時間を奪った罰として、少しぐらい。

 少しぐらい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ゔぁぁあ!!?!?大変!!!!」

 

 ……今、8時20分ぐらい。

 ごめんなさい、スペシャルウィークさん。 




 そして、自分に構ってくれる人が好きになってしまうものなのです。
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