堕落系クズがぼっちちゃんに歪んだ憧れを向ける話   作:靉靆 

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やっぱり努力は最高だ

 

 

 

 あれから、一年近くの時が経った。

 

 今でも瞳を閉じれば、瞼の裏にあの日の憧憬が鮮明に浮かび上がる。

 

 桃色の髪、凛々しい横顔、ピックを手繰る綺麗な指──そして、この胸を激らせる程に劇的な“熱”を伴った音の荒波。

 

 あの憧れに、私は一歩でも近づけただろうか。

 

 最初は挫けそうな瞬間が何度もあった。

 

 上手くならない、どうにもならない。

 この努力は本当に報われるのかと不安になるような瞬間が何度も……だけどその度に、私はこうして後藤ひとりと同じ足跡を辿っているのだと思えば不思議と勇気が溢れてくる。

 

 掻き鳴らす。

 

 掻き鳴らす。

 

 掻き鳴らす。

 

 引き絞る弦に指を添えて、私と言う屑星が積んできた経験に身を委ねながら音階を紡ぐ。

 

 指先の皮が硬くなり、酷使のあまりに血が滴ることが幾度もあった。

 

 腕の感覚すら見失う程に弾き続け、脳髄は絶えず譜面(スコア)を反芻する。

 

 消耗品のピックはもはや、どれ程換えたのかすら覚えていない。

 

 

 嗚呼、だけど──この一年間はまさに至福のひと時だった。

 

 私のようなクズでも本気で何かに打ち込めるのだと、努力することができるのだと気づけたことに溢れる涙を止める術を、私は知らなかった。

 

 生きている。

 私は全身全霊を込めて本気で生きているんだ。

 努力の価値が、本気の証明が、刹那に煌めく讃歌が私を人たらしめてくれる。

 

 ありがとう。本当にありがとう。

 後藤ひとり、貴女に敬意と礼賛を。

 私が努力と本気で生きることの素晴らしさに気づけたのは、貴女のおかげです。

 

 ギターを弾く姿に触発され、不遜にも貴女と同じ機種(モデル)のものを購入し、最初に肩にかけた時に感じた重みは今でも忘れません。

 

 Gibsonのレスポール・カスタム──都心まで遠出をして楽器店に駆け込んだあの頃が懐かしい。

 

 複雑な譜面の読み方に困惑した日も、雑念の生じる指捌きに苛立つ日も、自分の非才さに嘆いた日も、全てが昨日のことの様に思い出せる。

 

 楽しかった。

 辛いこと、苦しいこと、悲しいこと。心に刻まれた傷が努力の証だと胸を張れるような演奏をする度に、笑顔の花を咲かせる事ができる。

 生まれて初めて、心が満たされた気がした。

 充足感と共に感じる喜びが心地良い。

 

 

──そんな万感の思いを噛み締めて、今日も私はギターを弾く。

 

 

 

 

 

  し 
 

 

 

 

 

だ 
 

 

【定期】ギター練習 Part176

1203人が視聴中 11時間前に開始 #カラスの夜更かし

 鴉-Crow- 8.3万   チャンネル登録

 

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 掻き鳴らす、私の生きた証を高らかに。

 暗い自室、肩にかけたギター。滾る指先。

 唯一の光源は目に悪いブルーライトの光彩を放つPC機材一式。

 

 顔を隠す意味合いでつけた口元を覆うペストマスクでの呼吸が、慣れた今では心地良い。

 

 

「──次、SICK HACKの『ワタシダケユウレイ』」

 

 

 休息の暇などあるものか、ただ没頭し尽くしてこの命を燃やせ。

 音階を刻むごとに盛り上がる視聴者(オーディエンス)のコメントを横目に、私は心から愛する“努力”に身を焦がす。

 

 今弾いてるのは、新宿を拠点としPsychedelic Rock(サイケデリックロック)を得意とするSICK HACKの十八番(おはこ)

 現地に赴いて演奏を生で観たが、あの酩酊感には元堕落者として幾分かの興味と惹かれるものがあった──故に、私の指先にも迷いはない。

 

 芸術において、同調とは最も大切にすべき感性だ。

 惹かれ焦がれ、魅せられた果てに調和が存在する。

 

 脳裏に音の理論(ロジック)を組み立て、しかしこの胸に荒ぶる感情を音に乗せる。

 

 

・うっま

・おお、SICK HACKか!

・10時間分の疲労はどこだよ

・本当に10代の演奏か?

・うーん、この人外

 

 

「酷いな。お前らは私をなんだと思ってんだよ」

 

 

・狂人

・体力お化けのやべー奴

・もはやギターが本体

・人間不適合者

・カフェイン中毒

 

 

 はっ、好き勝手言いやがる。

 

 今ではすっかり私を人外扱いする失礼な視聴者のコメントを読みながら。胸中でこれまでの足跡を振り返る。

 

──私がこうしてギターを弾く様子を配信しようと思い立った理由は、ある一本の動画にあった。

 

 あの人の姿に感銘を受け、ギターを始めようと参考代わりに演奏動画を漁っていた時のことだった。

 検索の上位に上がっていた一本の動画に、私の魂はまたも揺さぶられる。

 

 

 guitarhero(ギターヒーロー)──私は憧れに再会した。

 

 

 顔こそ映ってはいなかったが、ピンク色のジャージに暗い押し入れの中。そして既知感を覚えざるを得ない深い旋律に、私はその奏者が後藤ひとりであると察した。

 

 私の尊敬してやまない努力の人が、その足跡を記録として残していると言う事実に興奮と感動を覚える。

 ……段々と概要欄の戯言が達者になっていくのは見てて辛かったが。

 

 何はともあれ、努力は決して無駄には終わらない。

 たとえ学校や外の世界に於いて後藤ひとりの素晴らしさを諸人が知らずとも、彼女が懸命に生きた証はこうして永遠に電子の海を彷徨い多くの人間の記憶に残るのだ。

 

 ならば私も、私だけの足跡を残そう。

 彼女の歩んできた道のりを踏襲しながら、宵宮黒羽として本気で生きた証をこの世界に残してみたい──それが、私が配信を始めた動機だった。

 

 

・10時間超えのギター配信をほぼ毎日は怖いんよ

・土日計40時間配信とか言う狂気

・いつ寝てるの?てか学校は?

・もっと体大事にして、どうぞ

 

 

「これでも学生の本分はちゃんと果たしてるよ、気合いと根性さえあれば人間なんとでもなるもんだ」

 

 

 努力とは、素晴らしいものだ。

 本気とは、なんと尊いものか。

 限界とは、越えるためにある。

 

 今も頭蓋を内側から揺らす鬱陶しい睡魔を抑制する為に、気付けに下唇を噛む。

 滴る血は、薄い鉄の味がした。

 

 

「だけど睡眠ねぇ。最低限日に一、二時間は心掛けてるが、そもそもなんで人の体ってのはこんなにも不便なんだろうな──こんな機能、努力の邪魔でしかないだろ……ッ!」

 

 

・えっ、何急に怖いんだけど

・哲学モード入ったな

・初見か?カラスちゃんの人生哲学授業だぞ聞け

・ストイックすぎんか?

・偶によくあるよなこの発作

 

 

「惰眠を貪る時間も、糞を垂れる時間も、疲労に咽ぶひと時も何もかもが煩わしい──努力に貴賤などありはしないのだから、限界を超えてでも積み重ねるべきだろうが! 本気で生きてその果てに死ぬなら本望だろ! 人間死ぬ気でやればなんでも出来んだよ! 嗚呼、前へ!前へ!前ヘ! 進み続けて証明しよう! 人間の可能性は無限大だァッ!」

 

 

・こっわ

・何かヤバい薬物でもキメてらっしゃる?

・キメてるのは致死量ギリギリのカフェイン定期

・努力!努力!努力!の三大原則ですね分かります

・10代女子の思考じゃないんよ

・こんなJC或いはJKがいてたまるか

・若者の人間離れ定期

・手元狂わずにギター弾き続けてるのが一番きしょい

 

 

 掻き鳴らす。

 掻き鳴らす。

 掻き鳴らす。

 

 足りない、足りるものか。

 14年もの間を怠慢に塗れて生きた分際で妥協など笑わせる。

 死ぬまで弾き続けろ、私と後藤ひとり(ヒーロー)の差がこの程度の努力で縮まるものか。

 

 ヒーローは既に努力の真価に到達していた。

 ヒーローは今も変わらず成長を続けている。

 ヒーローの技巧は私如きの遥か上をゆく。

 

 渇望しろ、飢餓に溺れて理想を追い求め縋り続けろ。

 もっと、もっと、もっと、もっとォ──!!

 

 

「……あァ゛?」

 

 

 今よりも深く果てへと潜ろうとした、その時。

 騒々しく振動する自分のスマホに気がついた。

 

 端末を手に取り時間を確認すれば時刻は既に朝の8時、防音完備のために改築工事(リフォーム)で窓まで排斥していたため、既に陽が昇る時間だったことさえ認識できていなかったのだ。

 

 

「チッ──もう朝かよ、クソが」

 

 

 苛立ちを隠さず舌打ちを鳴らし、配信を落とそうと機材に触れた。

 

 

「おつかれ、オーディエンス。次の配信は午後の七時だ。嗚呼、11時間のブランクは大きいな……」

 

 

・おつカラス

・乙カラス。あと休め

・舌打ち助かる

・キッス音助かる

・配信サボって良いから休め、休んで

・演奏時間がブランクを上回りそうなんですがそれは

・チャンネル登録しました

 

 

 視聴者の別れに目を通し、私は今度こそ配信を落とした。

 

 それにしても8時か……もうちょっと早くアラームを設定すべきだったな、家を出る頃には時間ギリギリだ。

 

 配信用のマスクを外し、ギターを立て掛け洗面台へと歩みを進める。

 軽く髪をセットして制服を慣れた手つきで着てブレザーを羽織れば、学校に行く準備は完了。

 

 

「──行ってきます」

 

 

 行ってらっしゃい。

 そう言ってくれる人は誰もいない家に挨拶を告げ、私は通学路を歩んだ。

 

 

 

 今までと違い、私は学校での授業を真面目に取り組むことにした。

 理由は単純、後藤ひとりがそうしているからだ。

 努力の見本として私が憧れたあの人が勉学にもその集中を怠らないのであれば、私がそれに倣うのも当然の摂理だ。

 

 というか、私が学校に来る理由がそもそも後藤ひとりの姿を拝めるからに他ならない。

 

 3年に進級するときはクラスがバラバラになるのではないかと焦ったが、今こうして私は彼女と同じ空間(クラス)で呼吸を共にするという奇跡を堪能してる。

 

 そして、私の方から彼女には断じて接触しない。

 

 私如きが彼女と視線を合わせることすら烏滸がましい。

 こうして同じ空間にいることすら至上の幸福であると言うのに、それ以上の接触を私のようなクズが望むなど赦されて良いはずがない。

 

 

「あっ、あああの……」

 

 

 私はクズだ。私はクズだ。思い上がるなよ塵屑が。

 お前如きが尊き彼女に触れるなど、あり得て良いはずがないだろう

 

 だけど、だけどそうだな……いつかこの努力の果てに、私自身があの人と言葉を交わす資格があると思えるようになったそのときには、きっと──

 

 

「あっ、あの……!」

 

 

……誰だ、私の彼女への懸想を邪魔する奴は。

 

 思考を遮る声の方へと視線を移す。

 憤りと苛立ちを込めた眼差しで、射殺さんばかりに強く。

 

 そして私の視界に映ったのは、桃色の髪を靡かせた──

 

 

「─────あ?」

「ミッ゛」

 

 

 私の憧れ、後藤ひとりだった。

 

 

 






ぼっちちゃんが見知らぬ人に話しかけるとか言う天変地異の前触れ。




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