堕落系クズがぼっちちゃんに歪んだ憧れを向ける話   作:靉靆 

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狂人の真似とて、大路を走らば即ち狂人なり

 

 

 

 後藤ひとりは陰キャである。

 

 会話の頭には必ず『あっ』をつけ、人とまともに目を合わせることすら億劫になってしまうほどの超弩級のコミュ症を抱えた陰キャである。

 

 後藤ひとりはギターを愛する。

 

 たとえ始まりの意欲が承認欲求を拗らせた歪なものであっても、日に6時間以上の練習を休むことなく積み重ねるなど常人にはまず無理だろう。

 

 努力の天才。

 ある種の精神的超人。

 挫けず諦めず、挫折に近い経験をしようとも挑戦し続ける彼女は、紛れもなく主人公(ヒーロー)の素質を持った少女であった。

 

 

 そしてそんな主人公(ヒーロー)、後藤ひとりは──

 

 

──ど、どどどどうしよう!? もうすぐ中学生活が終わる!?

 

 

 現在、教室の隅でどうしようもなく焦っていた。

 10月の初旬。秋の寒風が窓の隙間から立ち込める季節であった。

 

──お、終わってしまう。私の中学時代が……灰色の思い出のまま……。

 

 後藤ひとりは陰キャである。

 後藤ひとりはギターを愛する。

 

 しかし彼女は孤独であって孤高とは違う。

 人との関わりを忌避する性分ではあるが、その内に潜む承認欲求故に誰かとの繋がりを切に望む節があった。

 

 ギターを始めて三年近く。ギターヒーローとしてネット上での賞賛を浴びそれに満足していた彼女であったが、遂に訪れたこの時期に対してナーバスな気持ちを抑え切れなかったのだ。

 

 

中学最後の文化祭……バンド……ちやほや……

 

 

 近づくタイムリミット。

 学生時代の淡く儚い一粒の想い出。

 脳内で武道館を埋めた女は今、中学時代最後の文化祭をどう過ごすのかという決断に迫られていた。

 

──バンド集めも上手くいかなかったな……CD並べたり放送部にデスメタルをリクエストしたり……ぐあああ! 忘れろ忘れろ忘れろっ!

 

 他力本願なグッズ持ち込みと給食時間のデスメタルテロをバンド集めの活動と形容して良いのかは不明ではあるが、突如蘇る黒歴史の奔流に耐えきれず頭をガンガンと振る。

 

 そして、それを目撃したクラスメイトからは更に引かれて近寄り難い存在へと昇華してしまう悪循環へと陥った。

 

 やがてガラ空きになる放課後の教室で、後藤ひとりは鬱暗い雰囲気で百面相をする。

 

 

──そもそも、私の他に楽器やってるのなんて軽音部くらいだしなぁ……。

 

 

 陰キャとは、既に形成された仲良しグループに入る勇気のない悲しい生き物である。

 

 ソロギターで出演するという手段も残されてはいるが、そもそもそんな事ができる勇気があればバンドメンバーどころか友達だってとっくに作れていただろう。

 

 誰か楽器ができて自分と同じような一人ぼっちな人間はいないものかと、都合の良い現実逃避に没頭しようとした──その時。

 

 音がした。

 カランと。何か軽いものが地面に落ちた音が、空っぽな教室に響く。

 反射的に音の方へと視線を向ければ──自分の落とし物にすら気づかぬ程に考え事に耽った様子の一人の少女が、頬杖をついていた。

 

 窓から差し込める夕陽が、美しい黒髪を艶かしく照らす。

 

 

──あれ、ピック?

 

 

 2.0という無駄に高いひとりの視力が、少女──宵宮黒羽の()()()()の正体を視認した。

 

 ギターピック。それも自身の使ってるものと同じタイプのものとなれば、判別も容易であった。

 よく見ればピックの先はもはや換え時と一目で分かる程の消耗具合まで削れている。

 

 『もしかして』──そう思いながら後藤ひとりは、未だに思考の海に深く潜ったままである黒羽の左手を見つめる。

 

 白く美しい肌、長袖の上からでも分かるほどの細腕に(しな)やかな指。

 そして、そんな陶磁器のような白色とは真逆の赤く腫れた指の先。

 

 先端が削れるほどに消耗したピック。

 皮が硬く、赤く腫れた指先。

 ()()()()をしたからこそ、逡巡の暇などなくすぐに後藤ひとりは理解した。

 

 その指先に込められた“努力”の証明と、宵宮黒羽がどれほどギターに熱中しているのかを。

 

──もっ、もしかしてギター弾いてる!?

 

 先ほどまでの鬱々とした雰囲気が飛散する。

 灰色の中学時代に終止符を打つ可能性がこうも都合良く存在しているという現実に感涙を流しかけ、後藤ひとりは一歩ずつ確かな歩みで黒羽の元へと向かう。

 

 緊張により同時に出てしまう右手足と左手足を必死に奮わせながら、たった数メートルの距離を万里の長城かと思えるほどの足取りで進み往く。

 

 

「あっ、ああああの……」

 

 

 それは人類にとっては小さな一歩だが、後藤ひとりにとっては遥かに大きな一歩であった。

 

 吃りすぎて言葉の端が拾えぬほどの震えっぷりであるが、確かにひとりはクラスメイトに()()()()()()()()()という生涯でも指折りの偉業を成し遂げたのだ。

 

 しかし、その勇気に対しての反応はない。

 宵宮黒羽は憧れの存在に話しかけられた事に気づけず、未だ考えに耽っていた。

 

 なんという事だ。後藤ひとりの振り絞った勇気が、勇猛が、勇壮がこのままでは空回りに終わってしまう──瞬間。

 

 

「あっ、あの……!」

 

 

 呼びかけた。後藤ひとりは再び呼びかけたのだ。

 

 もはやそれは宇宙が幾千回、或いは幾万回巡り回帰を繰り返そうとももう二度とは起きない奇跡であった。

 後藤家の新たなる祝い日に認定されるほどの偉業と奇跡である。

 

 しかし。

 

 

「────あ?」

「ミッ゛」

 

 

 ()()()()()()()()。この一言に尽きた。

 まるで眠りを妨げる勇者を怨みし亡者の如き眼光に、後藤ひとりの身体は原型を失いかけ溶けそうになる。

 

 

──いいいいイキってすみません…!

 

 

 陰キャの反対とは陽キャである。

 コミュニケーション能力の塊、人と関わることを恐れずむしろ楽しむ人種は、陰キャとは正反対の位置に存在する者であった。

 

 そして次に、陰キャの天敵とは何か。

 その答えは不良である。

 スクールカーストのピラミッドから外れた単一存在。

 陰に潜む者たちは格好の餌食である。

 

 宵宮黒羽は厳密には不良ではない。

 しかしその人でも殺したかのような目つき故に、尾鰭のついた噂とレッテルを貼られていた。

 

 最近では勉学に対して真面目に取り組む姿が散見されているが、ギター練習に睡眠時間の殆どを捧げてからは眼光の鋭さに更なる磨きがかかった為、残念ながら周囲からの印象はそれほど好転してはいない。むしろ悪化している。

 

 

──あっ、終わった。これから私は残り数ヶ月の中学生活を病院で過ごすんだ……バイクにロープで括り付けられて市中を引き摺り回されるんだぁ……。

 

──え、あっ。ひとりさんが私に話しかけてる!? 

 

 

 方や胸中に絶望を。

 方や胸中に感動を抱く。

 

 無言の空気の中で、悲しいすれ違いが生まれてしまった。

 

 

──な、なにとぞ……なにとぞ苦しまないよう一瞬でお願いします……っ

 

──どうしようどうしようどうしよう!? 早く何か言葉を返さないと。あぁでも、私みたいな塵屑(クズ)がひとりさんと言葉を交わすなんて赦されるのか……!?

 

 

 数秒。否、数分。或いは数十分だろうか。

 両者の間に訪れた濃密なまでの静寂。

 宵宮黒羽は憧れの人が己のような矮小な存在に話し掛けてくれた事に感動を胸中に溢れさせていた。

 

 しかし、後藤ひとりは違う。

 絶えずその身を襲う焦燥感。

 膨れ上がる己の生死に関わる将来への不安。

 

 極限のストレスに晒された、その果てに。

 

 

「アッ゛」

「…………は?」

 

 

 後藤ひとりは──爆散した。

 

 凡ゆるマイナスの感情から来る荒波に、遂には後藤ひとりの肉体が追いつけずその体組織を崩壊させる。

 

 舞い散る胞子。

 湿る空気。

 

 ナノ単位の後藤ひとりが辺りを漂い、教室と言う空間を満たした。

 

 今が誰もいない放課後なのは幸運と言えるだろう。

 さもなければ、同じクラスの女子の肉体がいきなり崩壊して胞子を撒き散らすなど一生モノのトラウマ確定である。

 

──こ、これが人間の可能性! ひとりさん凄い!

 

 この女はぶっちぎりでイカれていたので問題はなかった。

 

 

「っ。なんだ……少し、身体が怠い?」

 

 

 感動を募らせた瞬間、身体中を疲労感とは違う何かが襲った。

 呼吸をする度に気怠さが増して行き、何故だか無性に(マイナス)の感情が溢れて来る。

 

 怠い。

 動きたくない。

 私は何故こんなにも頑張っているのだろう。

 

 かつての堕落した自分を思い起こすような負感情の嵐が、胸中を覆った。

 

 

「──巫山戯るなよ宵宮黒羽(ゴミクズ)が。また堕落する気か、貴様?」

 

 

 気怠さが消える。

 負の感情が己への憤怒で掻き消える。

 気合と根性で、宵宮黒羽は己の弱性を捩じ伏せたのだ。もはや人外の精神である。

 

 しかし状況は相も変わらず混沌を極めていた。

 飛散する後藤ひとりに狂人は敬意の籠った眼差しを向け、掃除用具入れから新品の箒と塵取りを取り出してそっと呟く。

 

 

「……少しくらいなら、大丈夫か?」

 

 

 

 

 

 █

 

 

 

 

 

「───ハッ!」

 

 

 目が、覚める。

 体組織の再構成などと言う本当に人間なのか疑問が残る人外蘇生を行った後藤ひとりは、周囲を見回し此処が自分の部屋であることを自覚した。

 

「ゆ、夢? よ、良かった……ぁ!」

 

 胸を掬う安堵感に、ゆっくりと呼吸を繰り返す。

 どうやらあの悪夢のようなひと時は本当に悪夢だった、と。実際は現実であったが、後藤ひとりにとってはただの夢として忘却する方が幸福なのかもしれない。

 

 すると、既に夕陽が落ちかける外の景色に後藤ひとりは時間の経過を実感し、こうしてはいられないと押し入れに引き篭もりギターを肩にかける。

 

「あっ、登録者また増えてる……ふへ」

 

『guitarhero 登録者数69367人』

 

 

 開いたノートパソコンから動画配信用のアカウントを閲覧すれば、またも増加した自分の登録者(ファン)の数に口元が緩む。

 

 後藤ひとりのギターの腕前は青春時代を捧げた弛まぬ練習量ゆえにプロ並みであるのは間違いないが、登録者の数は決してそれに比例するような数ではなかった。

 

 そもそもの撮影環境、音響機材が不十分。

 有名所の配信者であれば動画投稿のために数十万、或いは数百万もの金額をそれら機材環境に掛けるものだが、生憎とひとりはまだ財源の限られた女子中学生。

 

 むしろ必要最低限の環境で再生回数10万越えのアベレージを叩き出し数万人もの登録者(ファン)を獲得していること自体が、そういった別の要因に頼らず人々を惹きつける彼女の卓越した技巧の証左と言える。

 

「あっ、またあの人の名前だ……」

 

 自分の弾いてみた動画のコメント欄を開き承認欲求を満たす最中、ひとりはある“名前”に注目する。

 

『カラスちゃんから来ました! 演奏上手!』

『Crowから。チャンネル登録します』

『Crowが褒めるのも納得だわ。上手すぎる』

 

 カラスちゃん。鴉。Crow──呼び方は様々だが、ひとりはその名前をエゴサし、それがある配信者の名義だと言うことを知った。

 

 

「あっ、生配信始まってる」

 

 

 配信中を報せる赤い文字の綴られたサムネイルをタップすれば、フードを目元まで深く被り、口元のみを覆うペストマスクを着けた少女の姿。

 

 衣服も、装飾(マスク)も、髪の色も、僅かに垣間見える瞳の色も──全てが黒。まさに(クロウ)だ。

 

 鴉-Crow-──此処一年で180近い配信を行い、しかもその全てが10時間超えのギター練習のみという狂気とも思える練習量を実行に移し配信を行う毎に成長していく狂人。

 

 ネットではそのストイック過ぎる姿が反響を呼び注目を集めている。

 しかも(Crow)が度々guitarhero(ギターヒーロー)……つまり後藤ひとりの演奏を褒める発言をしており、そこから流れた視聴者が登録者急増の答えだった。

 

 

 掻き鳴らす。

 ヒーローが、画面の向こうの漆黒と合奏(ユニゾン)を行う。

 

 他人のような気がしない。

 自分と同じ機種(モデル)のギターを使ってるからだろうか、それとも別に波長が合う何かがあるのか。

 

 

「───凄い」

 

 

 礼賛と、尊敬。

 英雄が寿いだ短な言葉に含まれし想いが宵の明星へと届く日は、いつになるのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 


 

 

・おはカラス

・相変わらずストイック過ぎるわ

・おはカラス。模様替えした?

・後ろの神棚 is 何

・なんだあの小瓶に入ったピンクの粉末

 

 

「…………桜田麩だ」

 

 

・なんだ今の間は

・えぇ……なんで?

・やっぱお前休めや

・お前さぁ、疲れてんだよ

・熟睡ASMR視聴配信に切り替えろ

 

 

 






美智代「ひとりちゃんなら一時間もしたら戻るから大丈夫よ〜」

狂人(やっぱりひとりさん凄い……!)



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