堕落系クズがぼっちちゃんに歪んだ憧れを向ける話   作:靉靆 

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英雄讃歌を高らかに

 

 

 

 

 拝啓、天国の父と母。

 雲の上から私の努力を見守ってくれているでしょうか。

 貴方たちの娘は15歳の誕生日を迎え、高校一年生になりました。

 

 暖かな春の息吹が頬を撫で、舞い散る桜の花びらが青春の始まりを彩る今日この頃。

 

 私は──今を本気で生きています。

 

 

 

 

 

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【定期】ギター練習 Part253

2309人が視聴中 9時間前に開始 #カラスの夜更かし

 鴉-Crow- 15.6万   チャンネル登録

 

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「──クハ、あぁ。久しぶりに及第点の音階(おと)が紡げた」

 

・笑い方こわ…

・かわいい

・かわいい

・かわいい(かわいい)

・これが及第点とかハードル高すぎんか?

・缶コーヒーの残骸がホラー過ぎる

・はよ寝ろ

 

「おつかれ、オーディエンス。次の配信だが……まだ未定だ。まぁ、適当に始めるから視たけりゃ視に来い」

 

 一応配信者(ストリーマー)として最低限の台詞を吐きながら、配信を切り上げる。

 

 私、宵宮黒羽の朝は早い。

 というか朝とか夜とか最早関係ない。

 最近では視聴者の言葉に促され最低三時間の睡眠は取るように心掛けているが、正直嫌だ。努力したい。命を燃やしたい。

 

 現在の時刻は朝の6時。

 ()()()()()()()()()()にこの時間で配信を終わらせるが、中学の頃に比べて2時間も練習時間が削られたことに感じる焦りと不安に怯え竦む恐怖心が生まれる。

 

「……ぉぇ」

 

 思わず、嗚咽が漏れた。

 吐き気がする。

 憂鬱だ。

 不安だ。

 怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い──削った努力の分だけ、己の魂が腐ってしまうのではないのかと考えてしまい常に心の天秤は安定を失い揺れ動いた。

 

 愛用のギターを抱く(かいな)に、力を込める。

 

 あぁ……あぁ、落ち着く。

 硬いボディが、私の体温が微かに移ったネックの触感が、この心に一時の安らぎを与えてくれる。

 

 私の半身、私の宝物、私だけの遺産。

 

 ひとりさんと同じ機種を弾きたいと不純な動機で選んだレスポール・カスタムだが、今ではこのギターが私の唯一の家族だ。

 

 今の高校に入る利点の一つと言えば、ギターが持ち込める事だろう。

 離さない。片時たりとも手放す事など赦すものか──高校への通学で削れる練習時間も、学内の休み時に補えると思えば苛立ちの溜飲が下がった。

 

 

「──行ってきます」

 

 

 返事はない。孤独が私を包む。

 ギターを背負い、学生鞄に大きめの袋に仕舞った演奏道具といった重荷を持ち運びながら、私は駅までの通学路を歩んだ。

 

 

 片道二時間。神奈川県の横浜から東京までの長い道のりを微睡みながら電車の揺れに身を委ねる。

 

 惰眠を嫌う私ではあるが、忌々しいことに襲いくる睡魔に耐え続ける選択を採り続けるのは厳しいものであり、酷い時にはパフォーマンスの低下にまで陥る。

 

 三時間。それが私が許容できる範囲であり、ギターパフォーマンスにも影響を及ばさない最低限の睡眠時間だった。

 

 やがて辿り着く目的地。

 入学してからひと月の時が経ったが、ようやくこの生活習慣(ルーティーン)にも慣れてきた。

 

 秀華高校──私が長い通学時間をかけてまでこの高校を選んだのは他でもない、敬愛する後藤ひとりさんが通うからに他ならない。

 

……自分でもこの行動が気色の悪いものだと自覚している。これでは唯のストーカーだ。

 

 最初は、市内の適当な高校を受けようとも思った。

 

 だけど、駄目なんだ。

 本気と努力に魅入られ妥協を忌み嫌うようになった私でも彼女が居ないと……崇拝と礼賛を捧げる相手が居ないと、喉を掻き毟りたくなる程の不快感が満ちて仕方ない。

 

 繋がりが、欲しかった。

 どんなにか細くても、どんなに縁遠いものでも──ただ貴女を感じることの出来る些細な()()()が、私は欲しい。

 

 ギターを弾いている時に感じることのできる安堵にも似た感情を彼女に感じる──あぁ。これは、ある種の依存だ。

 

 ひとりさんとはクラスが違えども、今はただ納得する。

 

 

「まだ──足りない」

 

 本気で生きて本気で死ぬ。

 

 その素晴らしき努力の本懐を教えてくれた彼女が壁一枚を隔てた向こう側にいると言う事実だけで──私はまた、この命を灰と化すその日まで燃やすことができるのだから。

 

 私は未だ、後藤ひとりに相応しい人間には程遠い。

 

 

 

 

 

 █

 

 

 

 

 放課後、私はギターのチューニングを確認しながら日頃の配信で愛用しているペストマスクを着けた。

 服装も秀華高校の制服から黒一色のコートを羽織った黒ずくめへと着替える。

 

 清々しい青空が広がる公園路上にて、私はギターを掻き鳴らした。

 

 他人の視線が私を突き刺す。

 いつもは籠ってばかりの音の伝播が、大気を通してこの世界を震わせる。

 初めての手応え、初めての爽快感。私は今、自分の世界(おと)を外界へと持ち出した。

 

 路上ライブ──それは、音楽に通づる者の下積みとして最も広く普及した伝統である。

 

 聴衆(オーディエンス)は見知らぬ通行人。

 証明するのは己の技巧と熱意。

 夢と希望。若人の憧憬が開花を待ち望み燻るこのストリートライブは、途方もない“熱”の宝庫である。

 

 私のような未成年でも正規の手続きを踏み、一人のアーティストとして大地を踏み締めることができるこの井の頭公園のアーツマーケット制度は、まさに重畳。

 

……まぁ、その為に不仲な親戚に頭を下げるなんてクソみてえな一幕があったが、今こうして“熱”が滾る身体の火照りに比べれば全てが些事だ。

 

 日頃のライブ配信とは違う、私を注視するリアルな視線。

 触れられるほど近くに感じる諸人の息遣いが、闘志を昂らせた。

 この経験は必ず私の本気を更に引き出すために絶対必要であると言う確信を胸に、序曲を綴る。

 

 ピックを手繰り弾く曲は、いつもの配信で披露するような有名どころのカバー(ソング)ではない。

 

 後藤ひとり──私の信奉すべき可能性の人に出会って一年半。

 努力に身を捧げながら常に想いを募らせ(したた)めてきた、私の敬愛する英雄(ヒーロー)に捧げる讃歌(オリジナル)だ。

 

 

「指捌きエグ。今の動きどうなってんだよ」

「上手いな。どこのバンドのギターだ?」

「あれ……もしかしてCrowじゃね?」

「マジで? てかこれオリジナルだよな?」

 

 

 轟く音の伝播に釣られて聴衆(オーディエンス)が集まる。

 ストリートライブが頻繁に行われる聖地である為ロックファンも多いのだろう。聞き耳を僅かに立てれば、この姿から私が(Crow)であることを察した人物が散見できた。

 

 だけど関係ない。いや、この姿で演奏している以上関係はあるがこの曲には関係ない。

 闇夜に啼泣する鴉としてではなく、私は宵宮黒羽としてこの曲を作り上げたのだから。

 

 私には、お世辞にも作曲の才能はなかった。

 こればかりは感性に依るものが大きいのだろう。狂気に身を焦がした私であっても、この一年半で納得できるものとして生み出せた曲は──三曲。

 

 この三曲には、それぞれ命題(テーマ)があった。

 

 一曲目、過去。英雄(ヒーロー)に出会う前の真性の塵屑、堕落者であった頃の私を思い起こして綴った懺悔の詩。

 

 二曲目、現在(いま)英雄(ヒーロー)に焦がれ、堕落の蛇が強欲な竜へと至る昇華を綴し宣誓の喝破。

 

 

 そして、三曲目は──未来。

 いつの日か私と言う屑星が煌めく時に、貴女と共にこの曲を奏でたいという渇望を激らせた創世の恋文。

 

 どうか過去(うしろ)を振り向いて。

 希望の現在(いま)に歓喜を喚び起こしながら、尊き未来(ヒカリ)に身を焦がそう。

 

 編曲者の私を以ってしても、この曲を出力するのには極限の集中力を要する。

 二本の腕とそれぞれ五本ずつの指で掻き鳴らす事ができるギリギリ現実的な怪コード。

 一歩間違えれば音の(しるべ)はその行先を見失い、容易く崩れ去る薄氷の音階だった。

 

 

「───クハッ」

 

 

 笑みが溢れる。

 “熱”が上がってきた。

 流れる血潮と活発になる拍動を感じる。

 

 そうだ、そうだ!この感覚だッ!

 命を焚べて煌々と燃やす輝きの焔!

 

 努力! 本気! 渇望!

 嗚呼、素晴らしきかな人間讃歌!

 

 ()()だ──()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 もっと、もっともっともっともっとォッ!

 燃やし尽くして死ぬまで果てるまで焼き焦げるほどに熱く!熱く!熱く!

 

「すげえ」「リアルのCrowヤバ」「ガチじゃん。なんだよアレ」「凄いけどさ、ちょっと怖くない?」「確かに。本気すぎて引くレベルだわ」

 

 驚嘆は、やがて畏怖へと塗り変わる。

 

 あぁ、知っているとも……本気で生きるなんて馬鹿らしい、何をそんなに熱くなっているんだ、誰にでも限界はあるんだ──そう言いたいんだろ?

 

 知ってるよ、私がそうだった。

 どうしようもなく狂おしい程奉りたいと思える光に出逢うまでは、私もそうだったんだ。

 

 だが、だけど!私は──!

 

 

「でも、でも……()()()()()()。あの娘」

 

 

「────────」

 

 

 最前列。私の目の前で瞳を宝石の如く輝かせる少女が放った一言が、私の存在意義(アイデンティティ)を確立させる。

 

 涙が、頬を伝った。

 

 おぉ、ありがとう。見知らぬ少女よ。私の()()は、お前の(こころ)を震わせたんだな。

 

 それだけで、私がこの命を懸ける理由としては十分だ。

 

 もはや迷いは何処にもない。

 魅せてやろう、本気の素晴らしさを。

 懸命に生きることの尊さを。

 

 心臓(アンプ)を激らせろ!

 鉤爪(ピック)を手繰れ!

 骨肉(ストリング)を引き絞れッ!

 

 

 ああ、あぁ、嗚呼──私は今、生きているッ!

 

 

 

 この命を削り、焚べて、私は命題(おと)を奏で切った。

 

 

「──ご清聴、ありがとうございました」

 

 

 いつの間にか目の前を埋め尽くしていた聴衆へと、頭を下げる。

 

 

『───────!』

 

 

 返礼は──拍手の渦だった。

 喝采が辺りを包み込み、礼賛が先ほどまでの私の演奏以上に空へと轟く。

 

 先刻まで畏怖に顔を染めていた聴衆が、笑顔を咲かせて私を労ってくれた。

 

 『凄い演奏だった』『バンドは組んでいるのか?』『また此処でライブしてくれる?』『配信視てます』『頑張ってください』『ちゃんと寝ろ』

 

 私のようなクズが、誰かの勇気を奮い立たさる扶けになれたのなら、これ程嬉しいことはなかった。

 

 ありがとう、ありがとう、ありがとう──。

 一人一人に礼を返し終えた頃には、茜空が辺りを夕焼けで照らしていた。

 

……いい経験だった。

 機材を片して撤収の準備をしながら、この胸に確と残る激励の数々を思い起こす。

 

「ぅ……ぐぅ……」

 

 すると、呻き声が聞こえる。

 視線を寄越せば、先ほどまで観衆が群がっていた場所に行き倒れがいた。

 

 紫紺の髪色でスカジャンを羽織った女性。ケースを背負っており、ネックの長さからしてベースだろうか。

 どこか既視感のある姿に首を傾げるが、もし持病で倒れていたりなどしていては一大事だと思い私はスマホに『119』の番号を入力しながら駆け寄る。

 

……待て、なんか酒臭いぞコイツ。 

 

 

「し、しじみのお味噌汁……く、れ」

 

 

 うわぁ……関わりたくねえ……。

 

 





努力厨、アル中と出逢う。

主人公「通学時間で練習の時間が削れる……あっ、学校で弾けば良いか」

このぼっち依存症の努力バカに必要なのは適度な睡眠と一緒に遊んでくれる友達だったり頼りになる大人です。じゃなきゃ精神不安定のまま短命コースまっしぐらです。

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