堕落系クズがぼっちちゃんに歪んだ憧れを向ける話   作:靉靆 

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良薬は口に苦し

 

 

 

「あぁ゛〜生き返るー」

 

 

 まるで生の活気を蘇らせたかのような酒焼け声で目の前の女性──廣井きくりさんはインスタントの味噌汁を飲み干したかと思えば、安酒の『おにころ』に手をつける。

 

 キャミソール一枚にスカジャンを羽織り足元は下駄と言う一風変わったコーデは、私が以前ライブで観た廣井きくりそのものだった。

 

「いやー。やっぱお酒はほどほどにしないとね!」

「言動がまるで一致してないですよ、廣井さん」

 

 口では反省を紡ぎながらも酒を呑む手を緩めない中毒者(ジャンキー)に釘を刺す。

 

 今日は私の人生に於いて、ひとりさんとの出逢いに次ぐ激動の日かもしれない。

 初の路上ライブ、命を懸けて掻き鳴らした英雄への讃歌。そして現在進行形で酔い潰れているベーシストの介護。

 感動の余韻が掻き消える最後の邂逅は余計だった気がするが、まあ良いか。

 

 ……と言うか普段の生活でも泥酔状態なのかこの人。てっきりライブパフォーマンスの類だと思ってた。

 

「あれぇ、私のこと知ってるの? えっと……」

「黒羽です。宵宮黒羽。まぁ私もバンドマンの端くれですし、後学のためにSICK HACKのライブにも行きました」

「そっかくーちゃんかぁ。さっきのライブ良かったよー!」

「───ありがとうございます」

 

 酒で呂律が回らない口で、廣井さんは変なあだ名呼びで先ほどの私の演奏を褒めてくれた。

 

 素直に嬉しい。私の努力の証と姿がこうして一人でも多くの人間の記憶に残ると言うのなら、これほど喜ばしい事はない。

 

 ギターを奏で命の蝋燭を溶かすたびに私が()()()()()と言う証明が刻めるのだと思えば、この塵屑のような私の命にも一粒の価値があったのだと思える。

 

「そうだ、くーちゃんも呑むかい? ってあれ、くーちゃんって未成年だっけ?ん?おーいくーちゃん!無視しないでよー」

「廣井さん、それ私じゃなくてマジモンのカラスです。襲われますよアンタ」

 

 ナチュラルに失礼な間違いしてやがるなこの人。

 確かにカラスだけれども。私の配信者名はカラスだけども……。

 

「ちなみに15歳なのでお酒飲めませんよ、私」

「おお、良いね15歳(ジューゴ)! 人生一番楽しい時期じゃーん。うぅ、私にもそんなキラキラした時代があった筈なのに……あっ、席で本読んでた記憶しかないや

 

 何故か急にナーバスになったかと思えば、紙パックのおにころを一気に飲み干す廣井さん。

 見てる分には面白えなこれ、肝臓ヤバそうだけど。

 

「……くーちゃんはさ、好きな子とかいるの?」

「は?」

 

 藪から棒に意味の分からない問いを投げかけてくる廣井さんの言葉に、思わず唖然としてしまう。

 そして呆れたようにため息を吐けば、廣井さんは不貞腐れたような態度ながらも言葉を続けた。

 

「いやさぁ、キミの曲聴いてて思ったんだよね。あれ、誰かに宛てたラブソングでしょ?」

「……少し語弊がありますが、どうしてそう思ったんですか?」

「ロックってのはそう言うものだからねー」

 

 答えになってないが、間違いではなかった。

 だけど私が行ったのは作詞ではなく作曲だ。

 想いを詩に載せるのではなく曲調のコードとしての作成。単なる譜面の弾き合わせを聴いただけで私の心の内を見透かしたと言わんばかりの瞳が、背筋を凍らせる。

 

「反骨、啓蒙──大衆を震わせる為じゃなくて自分の世界(おと)を外に持ち出すからこそ、それに滲み入る人が惹かれる。キミの音にはその誰かに対しての“我”を感じたんだよね」

 

 ビックリした。急に真面目な顔になるなこの人。

 相変わらず酒に酔って頬は紅潮したままだが、ぐるぐると螺旋を描く瞳が力強く私を射抜いた。

 

 

「あれは、憧れのヒーローの為に作った曲なんです」

「ヒーロー?」

 

 意味が分からないと言った様子で首を傾げながら安酒を煽る廣井さんに、私はこの胸に秘めた激情と憧憬を吐露する。

 

「ええ。辛い時、苦しい時、悲しい時、不安な時。そんな時に彼女のことを思い出すと勇気が湧いてくるんです」

 

 

 あの出逢いは、紛れもなく運命だった。

 塵のような人生観を破壊してくれた尊ぶべき邂逅。

 狭く暗い押し入れの中に私は、途方もなく無限に広がる可能性を見た。

 

 自分の世界にのめり込み、本気で生きる凛々しい横顔。

 ピックを手繰り、指板を縦横無尽に探る綺麗な指先。

 激奏の合間に紡がれた、僅かな吐息。

 

「今でも、鮮明に思い起こせる」

 

 憧憬が膨れ上がる。

 礼賛が天へと轟く。

 至高の求道者に焦がれたあの日から、私は死ぬまで本気で生きると誓った──()()()()()()()()()()

 

 空に浮かぶ星を見上げたこの一年と半年は、まさに夢のようだった。

 寝ても覚めても彼女の事ばかりが瞼の裏を巡る、それが何よりも幸福で仕方がない。

 

「貴女の言う通りあの曲は、私から英雄(ヒーロー)への讃歌だ」

「……へぇ。私も会ってみたいな、その“ヒーロー”に」

「あっ、なら彼女のチャンネル登録してください。ギターヒーローって調べたら出てくるのでお願いします。私の存在は忘却して良いんで」

「布教の圧凄くない?」

 

 仕方ないだろ、今この瞬間でも私如きの登録者数がひとりさんより上という事実に吐き気と頭痛がするんだぞこっちは。

 

 あぁ、勿体無い勿体無い勿体無い──世界があの人の存在を知らない不条理が恨めしくて仕方ない。

 

 私なんて所詮一時期ネットで話題になっただけの水物だ。

 長年努力を積み重ね足跡を残してきたひとりさんに比肩するなど烏滸がましいにも程がある。

 

 音響機材、周辺環境。レーベル等の後ろ盾の有無。

 どれか一つでも解決できれば後藤ひとり(ギターヒーロー)登録者(ファン)数は100万超えも夢ではない筈だ。

 

 それ程までに、贔屓目を抜きにしても彼女の技巧は卓越している。

 

 

「あ、そろそろ時間かぁ──じゃあ私からはキミにこれを贈らせて貰うね」

 

 

 安酒を飲み干すと、廣井さんは上着のポッケから一枚のチケットを取り出して私に手渡してくる。

 

「これは……」

「今日のライブのお代代わり、良かったら観に来てね〜」

「いえ、お金は払いますよ」

「いいのいいの。元々大学の頃の先輩に渡そうと思ったんだけど忙しそうでさー」

 

 『新宿FOLT』のライブチケット。

 路上ライブの思わぬ戦果に驚嘆する。いや、普通に嬉しいな。

 睡眠の時間すらも惜しいと日頃から考える私だが、ライブ鑑賞となれば話は別だ。

 

 最後に行ったのは半年以上前だろうか。

 路上ライブとはまた違った修羅場の空気。

 いつか演者としてその舞台に参加する可能性がある身として、この機会は有難い。

 

 やはり出逢いとは素晴らしい。

 人と人との巡り合わせ、運命と思える程に劇的な出逢いが私に成長するための糧をくれる。

 

 廣井さんとの邂逅も、そう言った類のものなのだろう。 

 

「あー……そうだ。くーちゃん」

「?」

 

 私にチケットを渡すと廣井さんは立ち上がり、次の紙パックの安酒にストローを刺しながら私を呼び止める。

 

「余計なお世話かもだけど、偶には()()()()()()()

「……?はぁ」

 

 先ほど以上に真面目な顔つきと声色に、首を傾げる。

 今までのこの人の言動で一番意味が分からなかった。

 

 樹木の年輪のようにぐるぐると廻る紫紺の瞳が、妖し気に光る。

 

「じゃーねくーちゃん! また明日〜!」

「──はい、廣井さん。ライブ楽しみにしてます」

 

 やがて別れの挨拶と共に廣井さんは、千鳥足で駅の方角へと向かっていく。

 また行き倒れてしまわないか心配だが、酔い止めと水も持たせたし大丈夫だろう。

 

 路上ライブの機材を片し、私も撤収しようとアンプの入った重荷を手に持つ。

 

 

「立ち止まる、か」

 

 

 その間際に、思い起こす。

 廣井さんの最後に言っていた言葉を。

 

 まだ、酔っているのだろうか。

 

 立ち止まる──()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 ガタゴトと揺れる電車の中での微睡みから目覚め、駅を降りる。

 既に落ちた日差しから時間の経過を実感する。

 路上ライブの経験と廣井さんとの出逢いは確かに私の糧となる素晴らしいものであったが、それとは別に焦燥感が絶え間なく全身に怖気を走らせる。

 

「……8時過ぎか」

 

 スマホの画面で時間を確認しながら、長いため息を吐き小走りで帰路につく。

 

 最悪だ。今から速攻で家に帰ってシャワーを浴び残った睡眠時間を仮眠で()()したとして配信(練習)を始められるのは9時頃だろうか。

 

 朝の6時まで弾き続けるとして9時間……ギリギリだな。

 

 いつもと同じ帰り道を突っ切り、今日も誰もいない無駄に広い我が家へと帰ろうとした──その時。

 

 

「──ひとり、さん?」

「えっ」

 

 

 暗い夜道に、翻る桃色の髪が視界を彩った。

 思わぬ邂逅に、意識せずして声を出してしまいひとりさんが反応して此方へと振り返る。

 

……あ。わ、私は何をしてるんだ!?

 

 あぁ、ああああああぁ゛!?

 ひとりさんが私を見てる!

 私を認識してる!

 私のような塵屑に視線をくれてる!

 

 てかなんでこの時間帯にひとりさんが帰ってきてるんだ!?

 いつもはもっと早い時間に帰ってきてギター練習をしてるはずなのに……はっ、ギター持ってる! ひとりさんがギターを持ってる! もしかしてひとりさんも路上ライブを!? ギターケースを背負うひとりさんも素敵だ!

 

 待って、待って待って待って待って待って。

 

 何も纏まらない。

 頭の中がぐちゃぐちゃだ。

 何を話そう、と言うか私なんかが話しかけても良いのか?

 

 あぁ、だけどこのまま無視するのそれはそれで大罪だし……だけど。

 

 

「あ、あの!」

「ひぃっ!?」

 

 

 もうこうなったら覚悟を決めろ宵宮黒羽。

 今日の私は一味違うぞ、路上ライブ経験を積んで自分の曲を奏でたんだ。ひとりさんと一言くらい言葉を交わす資格だってあるはずだ……!

 

 鼓動が早鐘を打つ。

 呼吸は荒く、血圧が上がっていくのが実感できた。

 

 言うんだ。感謝でも良い、激励でも良い。たった一言、私の憧れへ。

 

 

「──いつも見てます」

「……え、あっ。はい」

 

 

 あっ、もう無理。耐えられない。

 恥ずかしくて死ぬ。烏滸がましすぎて私の体が耐えられない。

 

 そのままひとりさんの視線を振り切るように、私は足を止めず駆け抜けて勢いよく自宅へと引き篭もった。

 

 まだ、心臓がバクバクいってる。

 緊張した。路上ライブよりも何億倍も何兆倍も緊張した。

 

「──あぁ、カッコよかったなぁ」

 

 動画で見るのとは違う、ギターを背負ったリアルなひとりさん。

 一年と六ヶ月二十日振りに見た組み合わせに、私は高鳴る動機を抑えられなかった。

 

 

 

 

 

 █

 

 

 

 

 

「あ゛ぁ〜頭痛えー」

 

 

 酔いの副作用による頭痛と吐き気に、独り咽ぶ。

 

 角部屋なのに隣から女の声が聞こえる風呂無しボロボロの事故物件アパートの一室で、飲み干した安酒の残骸に囲まれながら廣井きくりは酔いで曖昧な記憶を引き出しながら今日出会った少女──宵宮黒羽を想起する。

 

「あー、確かクロウ……だっけ?」

 

 路上ライブで他の聴衆が口にしていた黒羽の別名を酩酊する意識の中なんとか思い出し、バキバキに割れたスマホで検索をかける。

 

 ヒットしたのは幾つもの配信アーカイブ。

 どれもが10時間もの配信時間を超えており、タイトルは全て『ギター練習』の文字とパート分けされた数字の羅列のみ。途轍もないストイックっぷりにきくりは思わずため息を吐いた。

 

 その中で唯一、赤い文字で配信中と銘打たれたサムネイルをタップした。

 

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【定期】ギター練習 Part254

3149人が視聴中 15分前に開始 #カラスの夜更かし

 鴉-Crow- 15.7万   チャンネル登録

 

 123 : チャット 共有 報告

 

 

 

 画面に映るのは漆黒の意匠。

 垣間見える瞳の下には隈が広がり寝不足を窺わせると言うのに、目に見える範囲で染み一つない真っ白な肌と艶めく黒髪が美しく闇に溶け込んでいた。

 

 

『──あぁ、路上ライブのことか。別に告知する程でもないだろ?』

 

 

 どうやら今日の路上ライブについて視聴者からコメントでの質問が殺到してるようであり、鴉はあっけらかんとした様子でそれに応える。

 その最中でも、ピックを手繰り指板を探る両の手の指の動きには一切の澱みがなかった。

 

 そしてこれを聞いた視聴者たちも随分と熱狂的なファンであり、コメントの多くが『観に行きたかった』や『次はいつやるのか』と言った期待に満ちたコメントで溢れている。

 

『──次、これは最近テレビでも取り上げられてたな。知ってる奴も多いだろ』

 

 一曲演奏が終わったかと思えば、恐ろしいほどの切り替えの早さで次のカバー(ソング)を弾き始める。

 無駄を省き澱みを消化した連続する音階に、廣井きくりは感心しながら──苦虫を噛み潰したかのような表情でそっと呟く。

 

 

()()()()()()()

 

 

 技巧が。では断じてない。

 むしろ鴉のギターテクは感動的の一言。

 指捌き、コード出力の正確さ、その他細々とした演奏技術の高さを伺わせる途方もない音楽センス。

 

 あらゆる面でプロ並みの演奏を魅せる漆黒の手際にきくりはある種の感動すら呼び起こすと同時に、嘆いていた。

 

「なんでこんなに無理しちゃうかなぁ、15歳(ジューゴ)なんてまだまだ可能性の塊じゃん……」

 

 悲しそうに──いや、実際に哀しいのだろう。

 口惜しいと言わんばかりに酒を煽りながらスマホを握る手に力を込める。

 

 気づいた。気づいてしまった。

 

 路上ライブの時からこの身に予感させる、疑惑が確信に変わる程に曝け出された宵宮黒羽の“歪さ”に。

 

 それは、命を焚べて得た妄執の音楽。

 努力、本気。耳障りの良い熟達の証明が少女の命を削る悲痛な音を、廣井きくりは聞いてしまった。

 

 どれほど、音楽にその身を捧げたのだろうか。

 短い期間の中で可能な限りの膨大な時間をそれのみに捧げてきた狂気の音楽。

 美しくも儚い。まるで蝶の羽のような脆い強さに、廣井きくりはやるせないと息を吐く。

 

 ある意味で彼女は自分と同類だと、きくりは思う。

 音楽という刹那のために生きるその姿が、どうしても他人のようには思えない。

 

 努力に身を焦がし本気で生きる妄執の化身と、酒に溺れて酩酊(ユメ)を魅せる魔性。

 

 真逆のような性質を持ちながらも、両者の根っこは同じ所で繋がっていた。

 

 

「──あぁ、(よい)が足りない」

 

 

 明日のライブで彼女は自分の姿を鏡に何を見るだろうか──漆黒を纏わせながら光に焦がれる()()()()を想いながら、廣井きくりは安酒に手を伸ばした。

 

 

 






ぼっちちゃん「も、もしかして目をつけられた……!?」

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