堕落系クズがぼっちちゃんに歪んだ憧れを向ける話   作:靉靆 

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終わらぬ夢に酔いしれて

 

 

 

 

──翌日。私は人の賑わう多様性の街、新宿に訪れた。

 

 下北沢や御茶ノ水とはまた違ったネオンの煌めくダークな雰囲気に心が落ち着く。

 

 拠点にする街によってバンドの雰囲気が分かるという話があるが、私に最も適した音の棲家はもしかすれば此処なのかもしれない。

 

 醒め切った意識が、光彩に刺激を受ける。

 

 昨夜ひとりさんに会って以降は、全く眠気を感じていない。

 脳内麻薬(エンドルフィン)が絶えず溢れているのが自覚できた。

 緊張、興奮、歓喜。凡ゆる感情と起爆剤量が身体中を駆け巡り、パフォーマンスの低下どころか今の私は寧ろ感覚が鋭敏に研ぎ澄まされている。

 

 今日の私は、まだまだ成長できる気がする。

 ここで聴く音楽を、人間讃歌を糧としよう。

 言うなれば宵宮黒羽(クロウ)にとって重要な課外授業だ。

 

 新宿FOLT──廣井さんの所属するSICK HACKが拠点とするライブハウスは500人もの観客を収容できる大規模な箱となっているが、少し早く来すぎたのか客入りはまだ少なめだった。

 

 

「おーい、くーちゃん!」

 

 

 入って早々、昨日散々聞き慣れた間延びする声が耳に届いた。

 頬を紅潮させている様子からしてまた呑んでいるのだろう。

 片手に一升瓶を抱えている廣井さんが、此方に向けて手を振ってきた。

 

「くーちゃん来てくれたんだね〜なんか体冷たいけど大丈夫?」

「先人の誘いを無碍にはしませんよ。あとそれは私じゃなくて柱です廣井さん」

 

 ぺたぺたと建物の支柱を触りながら呼びかける廣井さん……黒ければなんでも私に見えてるのかこの酔っ払い。

 

「廣井、この娘は?」

「昨日路上ライブで知り合ったくーちゃん!ギターが上手なんだよぉ〜」

 

 私に親し気な様子で話しかける廣井さんの事が気になったのか、バンドメンバーの女性が声を掛ける。

 

 確か……ドラムの志麻さんだったか。此方は廣井さんとは違い真面目な印象を抱かせる。

 

「ドラムの志麻です。廣井が迷惑をかけてないでしょうか……?」

「宵宮黒羽です。迷惑なんてとんでもないですよ、寧ろこっちがチケットを融通してもらって申し訳ないくらいです」

「私イライザ!よろしくクロハ!」

「よろしくお願いします、イライザさん」

 

 軽い挨拶を済ませると、最後にライブの準備なのだろうか廣井さんを残してステージ裏へと去って行った。

 

 廣井さんは酒を一口煽ると、最後に奥の席で不機嫌そうな顔つきで電話をしている男性を指差す。

 

「あっちは店長の銀ちゃん。今ちょっとトラブルがあって怖い顔してるけど普段は乙女だから安心してね〜」

「トラブル……ですか?」

「出演予定のバンドが急に出れなくだったんだって、それで今代役探しながらセトリ修正してるんだよ」

 

 それは……結構大変な状況だ。

 ライブハウスでのバンドは軽々しくキャンセルなんてできるものではない。

 一つの歯車がズレてしまえば観客は勿論のこと、主催者や共演者の演奏スケジュールにも影響が及ぶことになる。

 空白の時間を埋めるために代役を探そうにも、当日の開催間際に練習時間も打ち合わせの時間もない今からでは絶望的だ。

 

 タイムテーブルのズレで演奏者のファン層の来場が噛み合わない事態だって起こり得るだろう。

 

「銀ちゃんおはよ〜!」

「あぁ?」

 

 廣井さんについて行く形で、私も店長さんの方へと歩みを進める。

 

 めちゃくちゃ不機嫌な様子で返事されてるぞ廣井さん。

 この怖面のどこが乙女なんだ。

 

「あら〜!随分と可愛いお客さんじゃない!吉田銀次郎でーす、よろしくね〜」

「……宵宮黒羽です。よろしくお願いします」

 

 乙女だった。隣のアル中より百倍乙女だ。

 

 一瞬、思わず唖然としてしまう。

 なんだこの脳がバグりそうなギャップ。

 

「やっぱ代役ダメそうだった〜?」

「そうなのよ……まぁ急なお願いだから無理なのは分かりきってたのよね。はぁ、お客さんにアナウンスしてタイムスケジュール見直さなくちゃ……」

 

 やはりスケジュールの空白を埋めるために四苦八苦しているらしく、苦虫を噛み潰したような表情で店長さんは弱音を吐く。

 

 

 ──なぜか、この状況に滾る自分がいた。

 

 

 偶然の巡り合わせ。

 足りない演者。

 ギターを背負う私。

 鞄の中に入れたペストマスクが脳裏を過ぎる。

 

 湧き上がる好奇心と闘争心。

 この降って沸いたような()()()()に、指先が疼いた。

 

 

「──代役、お探しなんですよね」

 

 

 一歩、前に出る。

 技巧の証明代わりにマスクを着け、レザーコートのフードを深々と被った。

 

 なぜ自分が唐突に名乗りを挙げたのか……無意識ながらも頭のどこかで理由は鮮明に思い浮かんでいた。

 

 “証明”したいんだ、私は。

 

 この夜。この場所に訪れる幾百もの人々に、私が本気で生きていたのだと証明したくて仕方がなかった。

 

 

「あら、驚いた! もしかして貴女Crow?」

 

 店長さんもどうやら(Crow)のことを知っているらしい。

 良かった。これでもし『誰?』なんて言われてたら恥ずかしすぎて寝込んでたかもしれない。

 

「出演料なら勿論払わせてもらいます。丁度持ち歌の音源も持っているので此方の準備は万全です」

「でもねぇ……今からじゃアナタの曲を音響と打ち合わせる暇もないわよ?」

 

 しかしそれに伴う問題があるようで、初めてのアーティストとして此処に訪れた私では当然音響と打ち合わせたこともなく、この曲を此処で流す準備が整ってはいない。

 

「ねえねえ。くーちゃん」

「……廣井さん?」

 

 また一つ浮かび上がる問題点に頭を抱えて悩ませていると、とんとんと廣井さんが私の肩を叩く。

 

「『ワタシダケユウレイ』──弾けるだろ?」

 

 ……確かにSICK HACKの音源をそのまま流用すれば打ち合わせを省いてライブができる。だけど、それでは問題がある。

 

 私が演奏をする()()だ。

 

 新顔が1人でそのライブハウスの目玉バンドの持ち歌を奏でるなど、観客からして見ればコンセプトが謎だ。

 

 廣井さんもその点については熟慮済みなようであり、妖美な笑みを浮かべながら言葉を紡ぐ。

 

 

「くーちゃん。私とセッションしよっか」

 

 

 疼く指先が、震え始めた。

 

 あぁ……貴女はどれだけ私に“糧”をくれるんだ、廣井きくり。

 

 

 

 

 

 █

 

 

 

 

 

 前座の演奏後、温まるステージ。

 既に出演予定バンドの欠場と代役の登壇は周知であり、それが大トリのSICK HACKベース廣井きくりとの共演ということもあって興味を抱く観客がステージ前を埋め尽くす。

 その騒めきに耳を澄ませながら、宵宮黒羽はギターのチューニングを確認する。

 

「ありがとうございます、廣井さん」

「んー、良いよ良いよ。私もくーちゃんと弾いてみたかったし」

 

 最終確認を済まし、演奏直前のステージ裏で黒羽は感謝を言葉にする。

 

 宵宮黒羽は、この素晴らしき刹那に歓喜を起こす。

 自分よりも遥かに多くの経験を積んだ熟達者との共演。

 この経験は必ず自分の本気を更に引き出すと言う確信を胸に、宵宮黒羽は歓喜する。

 

「──君はさ、私に似てるんだよね」

「……え、もしかして今私バカにされてます?」

「さり気なく辛辣だねくーちゃん」

 

 さしもの努力中毒者もアルコール依存症と同列に語られるのは耐えられず毒を吐いた。

 

「……前も言ったけどさ、人生少しは止まることも大事だよ」

 

 廣井きくりは、昨日伝えられなかった忠告に続きを紡ぐ。

 

「ある日ぽっきりと折れる鉛筆と同じだよ。その度に芯を削ってたら命が幾つあっても足りない……何もそんなに生き急ぐことはないんだよ」

 

 目も当てられぬほど滾り切った妄執。

 願うな、挑むな、無茶を通すな。

 お前の焦がれた“本気”と言う名の可能性は、その未成熟な身体には度が過ぎたものだと哀しみを言葉に乗せて。

 

「不要ですよ、妥協や安息など。ただ無意味に生きるよりも、私は死ぬまで“本気”で生き果てたい」

「……っ」

 

 しかしこの少女の抱く狂気は、未だ尽きることなく瞳に渦巻いている。

 

 本気で生きたい。

 努力に命を燃やしたい。

 生きた証を一人でも多くの人達に刻みつけたい。

 

「この姿があの人(だれか)の記憶に残るだけで、私にとっては十分過ぎる」

 

──あーあ。重症だなぁ、これ。

 

 言葉だけでは、この少女では止まらない。

 そう察してしまったが故に、廣井きくりはベースを握る手に力を込める。

 

 

 やがて登壇の時間が訪れ、二人のバンドマンはステージへと上がる。

 

 

──あぁ、これがライブの空気か。

 

 

 突き刺さる視線と、独特な空気。

 眩い照明が己を照らし湧き上がる全能感。

 剥き出しになった神経を刺激する初体験の数々に宵宮黒羽は、高鳴る鼓動を自覚した。

 

「いえーい。今日もありがとうみんなー!」

 

 慣れた様子でMCの語り口を切り出す。

 

「今日は友達のくーちゃんと演奏しまーす、楽しんでってね〜」

 

 廣井の紹介とともに騒めきが大きくなる場内。

 ライブハウスということもあり路上ライブの時よりも確実に多い人々が鴉の存在を認知していたようであり、思わぬサプライズゲストの登場で場が温まる。

 

 流れ出す音楽。

 掴みどころのない音階。

 見失いそうになるタイミングはまるで酔い時に感じる酩酊感。

 

──刻みつけてやる、私の生きた証を。

 

 決意とともに、宵宮黒羽はギターを掻き鳴らした。

 

 

 

 

 

 

──なんだ、これは。

──なんだこれは

──なんなんだよ、これ……!

 

 狼狽する。

 依然、ギターの音は完璧と言って良いほどの音の出力を保っているが、黒羽は紛れもなく動揺していた。

 

──()()()()()

 

 まるで迷路の最中にいるような感覚だった。

 右も左も分からない。己は一切のミスなどしていないのに、このライブには本当に自分が存在しているのか不安で仕方がない。

 

 

 観客の視線は、既にただ一人の逸脱者(カリスマ)に向けられていた。

 

 廣井きくり──魔性の魅せる爛れた音色が、人々を甘い夢に沈める。

 

 ベースの奏でる重い音の壁が、この場では何よりも鮮明に聴こえた。

 

 

 廣井きくりは、人としてはどうしようもない人物である。

 酒に溺れる。歳下に飲み代を立て替えてもらう。機材も壊すしリハに毎度毎度遅刻の日々。

 

 しかし、ことベースの技巧と音楽への熱意。そして人を見る目に関しては一級品であった。

 

 そして何よりこの舞台だろう。

 廣井の魅せるカリスマに幾度も溺れた聴衆にとって、初めて聴く漆黒の技巧が奏でるギターの音色よりも響き渡る重厚音が何よりも耳に馴染んだ。

 

──私の、私の証明は……!

 

 虚しいとすら思った。

 これ程までに本気で生きた己の足跡を人々は目もくれない。

 それどころか努力の空回り。これでは踏み台もいい所だ。

 

 SICK HACKのように調和を重んじたものでないが故に、廣井きくりのカリスマ性は宵宮黒羽の音を殺し独り歩きする。

 

──それなら、()()()()()……のか?

 

 僅かに、妥協が生まれかけた。

 此処は廣井きくりのホームグラウンド、相手は錬磨のバンドマン。指定された楽曲も彼女のカリスマ性を120%引き出すもの。

 

 経験、環境──技術に依らない格差が、心に少しばかりの()()()()()()()()()()を齎す。

 

「君は少し頑張りすぎなんだよ」

「……っ」

 

 伴奏の合間に、廣井が黒羽に告げる。

 

 

 

 

「堕ちなよ黒羽(クロウ)。飛んでばかりじゃ疲れるよ」

 

「───────あ?」

 

 

 

 

 廣井きくりの“説得”は、確かに功を奏していた。 

 

 努力や本気だけではどうにもならない不条理な現実、言うなれば確定的に()()()()()と思えるような挫折の瞬間。

 

 荒療治であったが黒羽の心はこの瞬間に、確かな“停滞”を覚えようとしていたのだ。

 

 限界と言う壁にぶつかることのもどかしさに悩み、それを振り返りながらも“妥協”を覚え足跡を積み重ねていく大切さを知ると言う成長が目前にあった。

 

 もしかしたらこの挫折を機に、黒羽は常識的な範囲での努力で音楽を楽しみ、立ち止まりながらも足跡を刻みミュージシャンとして長く華々しい成功を納めていたかもしれない。

 

 しかし。

 

 

──……堕ちるだと?

 

 

 廣井きくりはミスを犯した。

 たった一節の言葉の針。

 ダメ押しのつもりで発した止めの抑止が、致命となる。

 

──巫山戯るな。

 

 何かが、切れた音がした。

 張り詰めた弦が切れたような、音が。

 

──巫山戯るなよ。堕ちる、堕ちる? この私が()()堕落するだと……!?

 

 恐怖が身を包み込み、焦燥感が存在意義を犯す。

 悲哀を紡ぎ狂信が揺らぎ絶望が胸中を埋め尽くす。

 

 一瞬、悪夢を見た。

 

 気の緩みにより交感神経の刺激が止まる瞬間に襲い来る疲労と睡魔が、黒羽の瞼の裏に地獄の風景を駆け巡らす。

 

 憧れの人──後藤ひとりが彼岸の向こうで自分に背を向ける姿が、鮮明に浮かび上がった。

 

 

「嫌だ……置いていかないで、私のヒーロー」

 

「……は?」

 

 

 唖然としたような短い言の葉が、か細く漏れた。

 

 魔性が戸惑う。

 空気が変わる。

 黒鴉の啼泣が甘い酩酊(ユメ)に終止符を打つ。

 

──あぁ、()()()()()()ッ! 怠惰に生きたクズの残滓など、赦せるはずがねえだろッ!

 

 怒りが、音に込められた。

 

 手繰る鉤爪(ピック)に込められた感情の濁流が弦という名の河を無尽に流れゆく、まるで荒波の如き“音”が一瞬──その場を支配した。

 

 

「クソ喰らえだ」

 

 

 漆黒の応えは、仰け反る程に立てられた中指(The Bird)

 

 衆人の視線が、煌めく魔性の魅せる酩酊感(カリスマ)から逸れる。

 

 先ほどまでこの場を支配していた廣井きくりの“音”を、宵宮黒羽の“音”が喰らった。

 

 

──私を見ろ!

 

──私を見ろッ!

 

──私を見ろォッ!

 

 

 荒れ狂う程に肥大化した自己の渇望。

 

 覚醒。進化、脱皮──呼び方などもはや関係ない。

 

 ただ一つ確定した事実は至ってシンプル。宵宮黒羽は──()()()()()()()()と言う“起爆剤”を糧に限界を超えたのだ。

 

 

 しかしそれは技巧の上達、熟達では断じてない。

 

 もとより鴉のテクは妄執の果てに磨いたものであるが故に卓越したものであることは既に証明済みである。

 今この場に於いて聴衆の心を掴んでいるのは、そんな小手先のものでは断じてない。

 

 感情──想いの力。

 音楽(ロック)とは、魂の咆哮(シャウト)

 

 その胸に抱いた激情を如何にして音階として出力するかこそが、反骨者の示す価値に他ならない。

 

 クロウ(ギタリスト)としてでなく、宵宮黒羽(ロックンローラー)としての覚醒。

 

 魔性が築き上げし酩酊に溺れる世界(ユメ)を、漆黒の齎す“怒り”が己の世界(いろ)へと染め上げた。

 

 

「──酩酊(ユメ)は醒めたか?」

 

 

 漆黒が問いを投げる。

 お前の世界はこれで終わりかと。

 そして夢に溺れた観客たちへと。

 

 おぉ、目覚めてくれ。

 どうか私の本気をその目に焼き付け、記憶し、貴方たちもこの尊さを知ってくれ。

 

 見せつけてやろう、必死に生きることが如何に強く素晴らしいのかを。

 

 その命を燃やすことで、漆黒は暗い世界に新たな理を刻みつける。

 

 

 その“本気”で生きる姿に、廣井は冷や汗を流した。

 

──あちゃー、ミスったなこりゃ。どっか地雷踏んだか?

 

 本来なら此処での経験を経て一握りの妥協と、共に音を奏でる事を通して孤独な戦いを続ける少女に君は決して()()()()()()と教えるはずだった。

 

 しかし、結果はまるで真逆。

 

 

「殺すッ!喰い殺すッ!お前の音を、熱を、経験をォッ!」

 

 

 途中までは完全に絶っていたはずだった黒羽の闘争心が、業火の如く燃え盛る。

 

「怪物。悪魔。妄執──君の憧れる英雄(ヒーロー)とはまるで真逆だねぇ」

 

 英雄譚を穢す魔王の旋律。

 濡羽色に艶めく髪色はまるで光を喰らう闇の其方。

 宝を寄越せ、全てを寄越せと強欲な魔竜が狂い哭く。

 

 酩酊と覚醒。

 堕天と天翔。

 讃歌と挽歌。

 

 もはや止まらない。止められない。

 形勢は確実に覆ったのだ。

 観客の目には、魂を震わせるほどの“音”を奏でる二人の怪物の姿しか映っていない。

 

 場内のボルテージは既に最高潮にまで盛り上がっている。

 

 掴みどころのない変拍子。

 その混沌に調和を齎すドラムが存在しないこの場での演奏は、まるで漆黒と逸脱者双方の音を殺し合う共喰い(セッション)

 

 互いが互いの音階(おと)を殺し尽くし、殺戮の荒野に新たなる“音”が生まれる。

 

 調和を捨てた演奏が、暴力的な音の荒波へと成り果てた。

 

 

 

「──ありがとう、廣井きくり。貴女のおかげで私は、また一つ限界を越えられた」

 

──あぁ、なんて楽しそうに弾いてるんだよ。くーちゃん。

 

 

 此方を逆恨むどころか穏やかな声色で感謝を伝える黒羽に、廣井はその胸の内を察してしまった。

 

 廣井きくりの唯一の失敗を挙げるとすれば、それは宵宮黒羽の過去を知らなかったことだろう。

 

 本気で生きることに取り憑かれた亡者。

 黒羽の努力への狂気を生来のものと()()()したことこそが、そもそもの間違いであった。

 

 救う救われるなどと言った段階はとうの昔に超えていたのだ──なぜなら、宵宮黒羽は既に救われていたのだから。

 

 暗い押し入れで“ヒーロー”に出逢った、あの日から。

 

「……ヒーロー、か」

 

 昨日、憧れを熱心に布教していた黒羽の姿を想起しながら、そっと呟く。

 

──彼女の憧れた君になら、できたのかな。

 

 自分ではもうダメだと、弱々しく心の中で咽ぶ。

 

 何故なら見惚れてしまったからだ、本気で生きる彼女の姿に。

 

 今こうして共に音を奏でている瞬間でさえ“楽しい”と思わずにいられないが故に、自分ではこの狂信者を止めることは不可能だと自覚してしまった。

 

 

「──やはり“本気”は最高だ」

 

 

 新宿の夜に、新たな伝説が生まれた。

 

 






カラスちゃん好感度


崇拝:後藤ひとり
尊敬:廣井きくり
普通:その他大勢
嫌悪:自分



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