堕落系クズがぼっちちゃんに歪んだ憧れを向ける話   作:靉靆 

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 オ、オヒサシブリデス……遅くなって本当にすいません……。




堕ちた小鳥、飛べない魚

 

 

 

 素晴らしい経験だった。

 

 いつもの様に暗い自室でギターを鳴らしながら、私はあの夜にて感じた興奮と覚醒の手応えを想起する。

 

 廣井きくり──ひとりさんが朽ちぬ憧れだとすれば、彼女は私にとって尊敬すべき師と言ったところだろうか。

 

 奏でる楽器は別物であるが、あの人に教わったのはただ弦を掻き鳴らすだけの小手先の技術ではない。

 感情、想い。この胸に抱いた燃えるような激情を如何にして弦を通し音に乗せるかを、私は知った。

 

 灯台下暗し。音楽に於いて最も初めに抱く原点を他人に諭され、私もまだまだ研鑽が足りないと思い知った。

 

 故に。

 

「最高だ。嗚呼、私はまだまだ反省(せいちょう)できる」

 

 細胞の一つ一つが、進化の予兆に震えた。

 

 

・うーんこのストイックお化け

・現段階でもプロ並みなんですがそれは…

・カラスちゃんの演奏好き

・次はいつライブするんですか?

・かわいい

 

 

 視聴者(オーディエンス)の反応も上々。

 路上ライブやFOLTでの一件が広まり宣伝材料になったのか、登録者や同接数も以前より跳ね上がり多くの人たちが私の“努力”を視に来てくれてる。ついでにギターヒーローのチャンネルも登録しろ。

 

「ライブか……近々出る予定だよ。今度は私一人でな」

 

 あのライブ以降、配信での私の演奏に対する応援のニュアンスにも僅かな変化があった。

 

 以前のような指捌きや技術だけを褒めるものだけでなく、私の演奏に心打たれたと言ったような抽象的なコメントの数々。

 

 初の路上ライブ、格上とのセッション。

 

 それらの経験が表現者(アーティスト)、或いは反骨者(ロックンローラー)としての覚醒の一助となり、私の演奏を更に上位の領域へと押し上げたのだと言うことが彼らの反応から理解できる。

 

 今この瞬間にも一人でも多くの聴衆(オーディエンス)の脳に私の生きた証と本気の素晴らしさの啓蒙が刻まれているのだと考えるだけで、アドレナリンを静脈にぶち込んだかの様な爛れた快感が身体を駆け巡った。

 

 

 さぁ、もっと深くのめり込もう。

 

 この生き様が世界の理として刻み込まれるほどに没頭し尽くせ。

 

「呼吸すら忘れて、沈む様に、気を失う寸前まで──」

 

 頭が沸騰してしまいそうな程に思考の渦を掻き巡らせる、その瞬間。

 

 机上を伝う振動が、私の意識を引き戻す。

 

 逡巡の暇などなく、私は通知音に震えるスマホを手に取った。

 研ぎ澄ました集中を阻害するその“音”に不快感は感じない。

 

 夜明けを報せるアラームやその他着信の通知音であれば怒りに身を任せて端末を投げ捨ていただろうが、画面に表示された文字列を目にすればそんな感情を抱くなど論外だ。

 

「──あはっ」

 

 『guitarhero』──私にとっての神託が授けられた。

 

 凡ゆる事柄が棚上げされる。

 視聴者のコメントも、今も私の姿を映すカメラも、全てがどうでも良い。

 

 ギターを弾く時にも劣らぬ指捌きで通知欄に表示された動画の項目をタップすれば、画面に映るのは暗い押し入れに一人座り込むピンクジャージの少女の姿。

 

「あっ、あっ、尊い……っ!」

 

 流行りのカバー曲を弾く、その綺麗な指先を画面越しに見つめるだけで身体が火照って仕方がない。

 

 

・喘ぎ声助かる

・まーたいつもの発作か

・ギターヒーロー好きすぎない?

・ライブ配信中に推し活する女

・名誉ギターヒーロー限界民来たな…

 

 

 すごい、すごいすごい凄い凄い凄い──!

 以前よりも音のキレが冴えている!

 成長してるんだ。私のヒーローは、私の憧れは!今この瞬間に!

 

 ヒーローはいつも、私の万歩先を進んでいる。

 朽ちることのない憧憬が奏でる神域の音色に、私の心もまた疼いた。

 彼女の紡ぐ音階こそが、私にとっての教義に他ならない。

 

「ふへ、ギターヒーロー様ぁ」

 

 嗚呼、私は──貴女を崇拝(アイ)してる。

 

 

・かわいい

・はい解釈違い

・語尾にハートついてそう

・ギャップ凄すぎんか?

 名無しの邦ロック好き

 ¥2,500

 カラスちゃんの演奏の方が好き

・マスクの上からでも分かるにへら顔

 

 

「は? 塵屑(わたし)よりもヒーローの方が素晴らしいに決まってるだろ? 人間初心者か貴様?」

 

 なんてことだ。私のチャンネルに逆徒が混ざってやがる。

 改宗しろよ異端者が、ブロックするぞ。

 

 

・ひでえ

・自分のファンに対するコメントか?これが…

・人間初心者ってなんだよ

・お前はまず人間らしい生活を心掛けろ

・これはクレイジーファンガール

 名無しの邦ロック好き

 ¥10,000

 罵倒助かる

・むしろなんでその卑屈さでモチベ維持できてんだよ

・うーん視聴者に媚びないストロングスタイル

 

 

「……お金は大事にしろ、変態」

 

 うわ、またチャット画面が赤色で埋め尽くされやがった。どんな需要が渦巻いてんだこれ?

 

 いや、信仰対象(推し)に貯蓄を捧げるという意味では理解できる衝動だな。

 私も常日頃からひとりさんに貢ぎたいとは考えてるからなぁ……ああ、ライブ配信しねえかなひとりさん。

 

……集中が途切れた。

 

 動画を再生し直して、イヤホン越しに耳を愛撫するひとりさんの演奏と併せて弦を鳴らす。

 

「──仕切り直しだ、オーディエンス。さぁ、目を開けながら憧憬(ユメ)を見よう」

 

 昂るモチベーションに身を委ね、私は今日も弦を撫でる。

 

 一時間──指先が丁度良い具合に(ほぐ)れる。

 

 二時間──まだ(ぬる)い。一分一秒刹那の時すら意識し全てを糧にしろ。

 

 三時間、四時間──まだだ。まだ満ち足りない。

 

 五時間、六時間──この辺りから指先が疲労で痺れ始めた。

 

 七時間、八時間──頭の中を様々な音と符号の羅列が駆け巡り神経症(ノイローゼ)の兆候と酷い睡魔に襲われ脳が震える。

 

 九時間、十時間──頭痛が鳴り響き、酷使により寧ろ鋭くなった感覚が音に更なる冴えを齎す。

 

 光陰矢の如し、時間の流れすら努力に身を捧げれば全てがまるで一瞬の出来事のようだ。

 

()ぅっ……」

 

 その最中、腫れた指先が指板との摩擦で痛みに襲われる。

 

 痛い。

 苦しい。

 辛い。

 

 細い指先が血色に染まる。

 気付代わりに深く噛み締めた舌先から滴る血は鉄の味がした。

 頭が割れそうなほど苛む頭痛に眩暈がする。

 

「──クハっ」

 

 だけど、この身を蝕む不快感の尽くが愛おしくて仕方がない。

 この()()は私のものだ。他の誰にも渡してやるもんか。

 

 勝利と幸福と達成感。その全てに必要なのは身を捩るほどに息の詰まる“苦痛”に他ならない。

 

 努力に見合うだけの結果を。

 結果に見合うだけの勝利を。

 勝利に見合うだけの苦痛を。

 

 積み重ねよう。賽の河原にて石の塔を。

 地獄の鬼に幾度も崩されようと構うものか、苦難の果てにこそ求めた光があるのだから。

 

 不自由に雁字搦めにされ、それでも足掻き栄光を求めるからこそ人は本物の自分を喚び起こすことができる──故に、私の信仰が枯れることなどありはしない。

 

 あァ。私の命は、今この瞬間に“意味”を帯びている。

 

「もう、朝か」

 

 有限の時に口惜しさを感じながら、血で潤った喉からか細く声が漏れる。

 

「お疲れ、次の配信は夜の9時だ。今日はリクエストにもなるべく応えてやる」

 

 席を離れ、ギターをケースに直し外套(コート)を脱ぐ。

 平日の朝5時半。陰鬱な朝の幕開けにて、私はいつも通り神棚に視線を向けた。

 

「──今日も私は、本気で生きています」

 

 跪き、奉る。

 小瓶に詰めた粉末状の()()()を、敬虔な信徒の如く。

 神棚に飾られた至高の聖遺物に拝むことすら、今では私にとって欠かせない日課となった。

 

 ひとりさん。ギターヒーロー。私の憧れ。

 

 礼賛と崇拝と尊敬と憧憬を貴女に捧げます。

 私の人生を変えてくださった貴女こそが、私にとっての信仰(カミ)に他ならないのですから。

 

「……あ」

 

 祈りを捧げる最中、ふと気づいた。

 暗い自室で今も目に悪い光彩を放つパソコンに。

 疲労で記憶が曖昧だ……あれ、配信切ったっけ私。

 

 椅子の背凭れに掛けたコートを羽織り直しながら、恐る恐る画面を覗き込む。

 

 

・初見です!この人は何をしてるんですか?

・うーん、この狂人

・初見さんいらっしゃい。知らねえよ

・知るか

・こっちが聞きてえよ

・Q.何してるか A.桜でんぶを祀ってる

・病院行け。行かないなら俺が眼科に行く

・かわいい

 

 

 ……配信切り忘れてたかぁ。

 

「見てたのかお前ら……」

 

 爆速で流れるコメントを死んだ目で眺めながら、マスクを外さなくて良かったとぼんやり思う。

 

 

・あ、気づいた

・見てたのか…じゃねえよ

・推しの奇行を見せられるこっちの気持ちも考えろ

・かわいい

・もう寝ろ

・かわいいbotニキは眼科か脳外科行って、どうぞ

・カラスちゃんが可愛いのは事実定期

・可愛いより先に怖いが来るんだよ

 

 

 どうやら流れるコメントを見る限り、個人情報の流出に繋がるようなヘマはやらかしてない様で安心した。

 それにしても奇行とは失礼だな。信仰だよ。

 

「あー。今度こそ本当に終わりだ。じゃあな、オーディエンス」

 

 配信を切り上げ、私は神棚に一礼し家を出る準備をした。

 

 

 

 

 

 █

 

 

 

 

 

 この高校に入ることで最も有意義な利点はひとりさんと接点持てることだが、次点ではギターや楽器の持ち込みが自由なことだ。

 

 軽音部でないのと、私のこの目つき故に新しく広まった不良説のせいで他の教師などには怪訝な目を向けられることが多々あるが、中学生活では指を疼かせていた学校での休憩時間や放課後にこうして時間を無駄にせずギターを弾けることは、私にとって喜ばしいことだった。

 

この曲調で作るならコードは……いや違うな……後でヨヨコ先輩とイライザさんに聞くか……

 

 誰も使わない屋上でチューニングを施し、空白だらけの楽譜と睨めっこする。

 ひとりさんへの想いの続きを作曲として出力し、帰路に着く眼下の生徒を見下ろしながらギターを撫でる。

 

「──ぁ、ひとりさん」

 

 その最中、制服姿の周りから浮きまくってるピンクジャージの憧れの人を見つける。この時ばかりは、無駄に高い自分の視力に感謝しかない。

 

「……それと、喜多郁代」

 

 しかしそれと同時に嫌でも目に入るのが、ひとりさんと共に歩みを進める赤毛の少女だった。

 

 

 喜多郁代──私やひとりさんとも別のクラスであり、私たちの様な人種とは正反対の陽の気を纏った人物であるが、彼女とひとりさんには強い繋がりがあった。 

 

 私が廣井さんとの邂逅を機に新宿FOLTへと定期的に通い詰めるように、ひとりさんにもバンド活動における契機が訪れたのだ。

 

 偶然、喜多郁代が学校で友人らにライブの宣伝を行っているのを横聞きしたのが切っ掛けだった。

 

 ひとりさんが、バンドを組んだのだと知った。

 まさに青天の霹靂。当時はそれを聞いて泣き崩れたものだ。

 

 歓喜と絶望でぐちゃぐちゃな胸の中を整理するので一杯一杯で、その日はひとりさんと出逢って以来初めてギターの練習に手がつかなかったほど。

 

 無知とは罪だ。巫山戯るなよ宵宮黒羽。

 ひとりさんのライブをたった一度でも見逃せばその分だけ己の爪を剥ぐ心意気で私は喜多郁代のイソスタをフォローした。

 

「……いいなぁ」

 

 思わず、羨望が口をついて出る。

 羨ましい。羨ましい。羨ましい。

 

 ひとりさんと腕を組んで仲睦まじい様子で帰路に着く喜多郁代の姿に、どろどろとした汚泥のような悪感情が溢れてしまう。

 

 ひとりさんに名を呼ばれる貴女が羨ましい。

 ひとりさんの隣に立つ貴女が妬ましい。

 ひとりさんと音楽を奏でる貴女が恨めしい。

 

 私が欲しくて仕方がないものを間近で享受する彼女の姿に、歯軋りを鳴らしてしまうほどに嫉妬してしまう。

 

 

──だけど、素晴らしい。

 

 

 それと同時に、感嘆の思いが脳を駆け巡る。

 後藤ひとりの素晴らしさを理解する人間がこの世に一人でも多く存在するのだと言う事実に、涙が溢れそうになる。

 

 愛の反対は無関心であり、断じて憎悪ではない。

 この二つは全く別の感情の様で、その実は隣合わせの近しいものなのだとこの身を以て自覚する。

 

 ありがとう、喜多郁代。

 ありがとう、ひとりさんの“友達”になってくれて。

 ありがとう、彼女の孤独を埋めてくれて。

 

 だってそんなこと、私にはできなかったから。

 

 きっとひとりさんは、私の名前すら知らない。

 自業自得だ。ただ彼女の影を追うだけの私如きに、名を名乗る勇気や資格はないのだから。

 

 学校にバンドグッズを持ってきた時も、給食の時間にデスメタルを流した時も、音楽の話で盛り上がるクラスメイトを横目にそわそわとしていた時も、私はただ見ていただけ。

 

 後藤ひとりの孤独を理解しながら信奉者(傍観者)であり続けた私は、ただの卑怯者でしかない。

 

 だけど、それでも──()()()から想い続けた欲望だけは、どうしても掻き消すことができない。

 

「結束バンドかぁ……」

 

 ひとりさんが所属するバンドの名前をそっと呟く。

 ギターと、ドラムと、ベースと、ボーカル。

 聞いてみたい。聞いてみたい。聞いてみたい。

 

 たった一人であそこまで努力し続けたひとりさんが、信頼できる仲間たちとの演奏でどの様な“本気”を奏でるのか気になってただでさえ限りない睡眠時間が今では殆どゼロだ。

 

 

「私も──いや、烏滸がましい願いだな」

 

 

 今この瞬間にも遠くなる背中を想いながら、私は弦を掻き鳴らす。

 

 








時系列はスターリーのライブオーディション合格後。
なおぼっちちゃんはノルマ分のチケットをまだ売れてない。


次回『金沢八景、逡巡邂逅』

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