堕落系クズがぼっちちゃんに歪んだ憧れを向ける話   作:靉靆 

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 新生活の憂鬱に敗北してました。
 


金沢八景、逡巡邂逅

 

 

 

 

 ──終わった……。

 

 後藤ひとりは陰キャである。

 後藤ひとりは結束バンドのギターである。

 どこぞの狂人に異端な信仰をされている主人公(ヒーロー)は今、絶望の渦中にて不審者ムーブをかましていた。

 

 ──ライブまであと10日なのに誰も誘えてない……。

 

 宣伝、ビラ配り、チケットノルマの完遂。

 無理である。コミュ症を拗らせた彼女にこの試練はあまりにも酷であった。

 

「ジミヘンとふたりの分も売らないと……」

 

 当たり前である。

 そも飼い犬と5歳の妹が候補に挙がるほどに、後藤ひとりの交友関係は初めから詰んでいた。

 

「家族以外に知り合いなんて……あっ」

 

 ふと、思案を巡らす後藤ひとりの脳裏を走る少女の姿。

 結束バンドのメンバー以外に友人と呼べる人付き合いを経験したことがないぼっちな人生において、唯一会話と呼ぶのも億劫ではあるが繋がりを持った人物を想起した。

 

『──いつも見てます』

 

 暗い夜道に溶け込む漆黒。

 赤く腫れた指先、肩にかけたギター。

 あの夜に見た名も知らぬ少女(ご近所さん)を思い起こし、後藤ひとりは淡い希望を抱く。

 

「ギ、ギターやってるみたいだし。もしかしたら……」

 

 ──いや、と言うかそもそもほぼ初対面の人に宣伝できたら陰キャなんてやってない!

 

 宵宮黒羽──ひとり自身は名前を知らず、ただの近所に住む同い年という認識に留まっているため、彼女の狂信は一方通行の思いに終わっていた。哀れである。

 

「ど、どどどどどうしよう!? このままじゃ私の居場所が……」

 

 現在後藤ひとりの脳内では、役立たずな自分の代わりとして結束バンドの新たなウェイ系リードギターが幅を効かせると言う半ば妄想じみた不安が過ぎる。

 

 結束バンドは、後藤ひとりにとって何物にも代え難い居場所(たから)であった。

 

 矮小な己の存在を容認する伊地知虹夏の優しさが。

 陰鬱な心の内に理解を示す山田リョウの共感が。

 至らない自分を支えてくれる喜多郁代の献身が。

 

 その全てが、後藤ひとりと言う少女の孤独を埋める。

 

 故に、自分(ヒーロー)を呼び止める恩人の夢を叶え仲間たちに報いたいと、彼女は想う。 

 

「あぁ、なんで私お母さんにあんな強がりを……」

 

 しかし、それはそれとして生まれた時よりまるで呪いのように纏わりつく自己顕示欲とコミュ症の宿命(さだめ)

 

 家族に見栄を張りせっかくのチケットノルマの捌きどころを不意にした己のかどに頭を抱えていた。

 

 このまま何もできず貴重な一日を無意味に過ごすのかと逡巡に耽る、その瞬間。

 

うぅ゛……

「ヒエッ!?」

 

 目の前で地面に身を預けて倒れ込む女性の焼けた喉声に、か細い悲鳴をあげる。

 

 唐突な行き倒れに怪訝な様子を見せながらもひとりは地に伏したまま動かない女性に近づく。

 

「お、お水ください……」

「え、あっ。は、はい。今そこで……」

「それと酔い止め……」

「え」

「あ…あとしじみのお味噌汁。お粥も食べたい……介抱場所は天日干しした布団の上でぇ……」

 

 ──ちゅ、注文が多い!?

 

 

 後藤ひとり、不審者(酔っ払い)と出逢う。

 

 

 

 █

 

 

 

「みなさーん!今からライブしま〜す!タダなんでよかったら見てってくださーい」

 

 ──ど、どうしてこうなった……!?

 

 意気揚々と宣伝を行いながら路上ライブの準備をする酔い人を横目に、後藤ひとりは顔面崩壊の百面相をしながら遠い目をする。

 

『よし! じゃあ恩人のために私が一肌脱いであげよう』

 

 きっかけは先程の邂逅。

 行き倒れた酔っ払いを介抱するうちにバンドという共通点から今現在ひとり自身の抱え込んだ難題を相談したことが原因であった。

 

『私と君、一緒に路上ライブしよっか』

 

 酔いで紅潮した頬と微かに漏れ出る吐息に、妖美さを感じさせる仕草で魔性の囁きが若人の夢を後押しする。

 

 そこからはなし崩し的な展開であった。

 路上ライブ用にわざわざアンプなど機材一式を用意させると、廣井は結束バンドのものとして作成された譜面に目を通しながらベースの弦を僅かに撫でる。

 

「よーし、じゃあやるか」

「わ、わぁ。楽しみ……」

「いや、キミもやるんだよひとりちゃん?」

 

 他人事のように祭りの行き道で集まった観客に混じりながら拍手するひとり。

 隠キャは唐突な注目に弱い生き物であった。

 

 人見知りを極めたぼっち。後藤ひとりがこれから始まる路上ライブに過ぎる不安を胸に右往左往する、その最中。

 

「──なにしてるんですか、廣井さん」

 

 安酒を煽る廣井を呼び止める、声がした。

 

 ──あ、あれ。この人……。

 

 軽口を叩きながら廣井きくりを咎める少女の姿に、ひとりは既視感を覚える。

 

 艶やかな長い黒髪。

 病的なほどに白い肌。

 人一人睨み殺せそうな程に鋭い目つきと、その下に広がる夥しい隈。

 

 ──ご、ご近所さんだ!

 

 背負ったギターケースと、手荷物のアンプといった機材一式に目線を遣す。

 英雄(ヒーロー)が、今漸く魔王を認識した。

 

 

「あっそうだ。くーちゃんも一緒に路上ライブしよーか!」

 

 ──えっ。

 

 そして廣井きくりの唐突な提案にまたしてもひとりは面を食らう。

 無理である。暫定不良にしか見えない極悪目つきのダウナー女を目の前に隠キャのコミュキャパは当に限界を迎えていた。

 

「この子はひとりちゃんって言うんだけどねー、チケットのノルマ捌くの手伝ってるんだ〜」

「……は?」

 

 廣井きくりに促されて、狩に興じる猛獣の如き瞳が此方に向けられ、狂信者の視線が後藤ひとりを突き刺す。

 

「──ひとり、さん」

 

 ──ひ、ひぃ!?いいいいいイキってすいません!

 

 その眼光に怖じたひとりは、理由も分からぬまま心中にて謝罪の限りを尽くしていた。まるで後藤ひとりも忘れたいつの日かの初対面での再現である。

 

「──ミッ°」

 

 金沢八景、運命の邂逅が相成った。

 

 

 

 

 

 

 

 █

 

 

 

 

 祭り前の黄昏時に行き交う人の波に逆らいながら、私は歩みを進める。

 関係ない。私には関係ない。

 季節の風物詩など知ったことか。

 

 そんな時間があれば練習に回せ、努力に回せ。

 無駄に満ちた余生よりも、激動に満ちた刹那こそが生きた証。

 

 今もこの胸に燃える憧憬を想いながら帰路に着く、その最中。見知った人がベースを掲げる姿が目に入った。

 

「……なにしてるんですか、廣井さん」

 

 

 日頃世話になっている恩人の珍しくもない奇行を無視するという選択肢は今の私には残念ながら存在せず、思わず声をかけてしまった。

 

 廣井きくり──恩師とでも言うべきベーシストがいつものように酒に酔いながら衆目に己を晒していた。

 

 

「おお!くーちゃんじゃん。どったの?」

 

 相変わらず酩酊感に溺れて飄々とした態度で此方を見据える。

 私の尊敬する……尊敬……うーん。ギリ尊敬できる人はどうやら路上ライブでも行うらしくアンプをベースに繋げていた。

 

「FOLTからの帰りですよ、ヨヨコ先輩から併せの依頼があったので……廣井さんこそどうしたんですかこんな所で」

「いやー、酔っ払っちゃって気づいたらここら辺で行き倒れてたんだよねー」

「……えぇ、新宿から横浜まで行き倒れに来たんですかアンタ」

 

 相変わらず酒癖が悪いなこの人……そろそろ禁酒しないとマジで洒落にならないぞ。

 

 それにしても、ここまで能動的に動く廣井さんの姿を見るのは珍しいな。

 舞台上での逸脱者(カリスマ)としての廣井さんを知る私からすると、路上ライブとのイメージが結び付かなくてもの珍しく感じてしまう。

 

 それと同時に、私の指もやはり疼く。

 

 路上ライブ、華々しい演出が乱舞する箱とはまた違った舞台にてこの人がどのような演奏と本気を魅せてくれるのか、バンドマンとしての私の心がそれすらも“糧”にしたいと牙を鳴らす。

 

「あっそうだ。くーちゃんも一緒に路上ライブしよーか!」

 

 まるで此方の意図を見透かしたかのように、廣井さんが誘いをかける。

 

 まさに渡りに船。かつては私の覚醒を促す一助となってくれた貴女が再び成長の機会をくださるこの幸運に感謝を想いながら私はギターを取り出しマスクを着ける。

 

 なぜ貴女が此処でライブをするのか。

 どうして態々一文にもならない誘いをかけるのか、そんなものは最早どうでも良い。

 

 さぁ!さあ!演奏()ろうか魔性!進化とは即ち淘汰であるからこそ、私は貴女を討ち倒したい!

 

 ()()()()()()()()()()()()()()を、再び炸裂させよう!

 

「くはっ、やっぱり貴女は最高だ! ならばもう一度だ。もう一度貴女を喰らって、私は限界を──えっ」

「ん?どったのくーちゃん」

 

  宣誓を轟かせるその刹那。呼吸が、止まった。

 

 まるで眼球を鷲掴みされたかのように、私の視線はただ一点にのみ注がれる。

 

 桃色の髪、上下桃色のジャージ。

 双肩に背負ったギターケース。

 映像越しで何度も見た、努力の証左が刻まれた薄赤く染まった指先。

 

 ──私の憧れ、後藤ひとりが聴衆に混じって其処に居た。

 

 まって、待って待って待って待って待って!?

 

 えっ、えっ、えっ!?!?!?

 ひ、ひひひひひひとりさん!?

 

 理解できない。どうしてひとりさんが此処に!?

 

 完結が成されない情報の渦に脳細胞がショートしかける。

 そんな私を横目に、廣井さんはひとりさんの方を指さした。

 

「あぁ、この子はひとりちゃんって言うんだけどねー、チケットのノルマ捌くの手伝ってるんだ〜」

「……は?」

 

 意味が、分からない。

 ひとりさんが?路上ライブ?廣井さんと?それに私を誘っている?

 

 ──つまり、私とひとりさんが共演するということか?

 

「──ひとり、さん」

 

 長年煩い続けた悲願の成就を目前に歓喜と困惑を織り交ぜた感情を爆発させると同時に、ひとりさんと視線が交差する。

 

 私のような塵屑が、憧れた星のような人と対等な目線でこの場に存在していることに感じる喜びで胸がいっぱいになり、涙が溢れそうになる。

 

 貴女の放つ輝き以外、この眼にはもう映らない。

 

 綺麗だ。

 ギターを担いだその姿に、見惚れて火照る。

 

 綺麗だ。

 桃色の髪を靡かせる貴女のその顔を見つめるだけで、自分自身の眼球を抉りたくなる程に己の不遜さを呪う。

 

 綺麗だ。

 貴女の瞳に私の姿が映ってる。私のような塵を視界に納めている。

 その事実に、発狂しかねない程の慚愧を想う。

 

 あぁ、だけど目が離せない。身じろぎ一つ出来やしない。

 それ程までに貴女は尊くて、素晴らしくて──。

 

「──ミッ°」

「──コヒュッ」

 

 あ、あれ? 呼吸ってどうやってするんだっけ?

 

 

 






 この時点で廣井さんの中ではカラスちゃんの憧れ≠ぼっちちゃんなので何も知らずに『この子たちやべぇな……』って思いながらおにころ呑んでます。



 次回は2日以内に投稿できそうです。
 
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