かなり銀河の歴史が変わってます
ローエングラム王朝初代皇帝ラインハルトは頭を抱えていた、これが戦場での戦いであるのならここまで悩まないであろう。しかし彼の抱える問題はそうではなく、一夜にして激変してしまった1人の女性との関係であった。
どうするラインハルト・フォン・ローエングラム、フロイラインマリーンドルフにあのようなことを仕出かしておいてどう責任を取るつもりなのだ!あれだけ軽蔑したゴールデンバウム王朝の連中と同じ存在になろうというのか?頭の中の自分が自分に問いかける、ウェスターランド関係者の式典乱入の件で精神的に疲弊していたラインハルトは彼の秘書であるヒルダことヒルデガルド・マリーンドルフに救いを求めて彼女もそれに応じてくれ一夜を共にしてしまった。
2人が正式に交際している、あるいは恋愛関係にあるのであればここまでラインハルトは煩悶しないだろうが、それまでは皇帝とそれに仕える部下だった2人はそのような関係ではない。
こんな時キルヒアイスや姉上が側にいてくれたらとラインハルトは思う、だが彼が最も信頼する2人はようやく征服した旧自由惑星同盟にいる、新領土を束ねる総督とその妻として。
アンスバッハの魔の手からラインハルトの命を救ったキルヒアイスは瀕死の重傷を負ったものの、なんとか一命を取り留め度々その病室へ見舞いに訪れていたアンネローゼと2人揃って結婚したいと言われた時ラインハルトは来るべき時が来たと思った。唯一の家族と長年自分を支え、命さえ救ってくれた親友である。何よりキルヒアイスが死にかけた原因は他ならぬ自分にあるのだから。長い療養を終えたキルヒアイスとアンネローゼは結婚式をあげてハイネセンへと赴いて行った。オーベルシュタインは当然大反対したが2人の幸せに報いる為ににラインハルトが押し切ったのだった。
2人に連絡を取って助言を・・・ダメだ!余がフロイラインマリーンドルフにこの様な無責任なことをしたと知ったら今度こそ見限られて縁を切られてしまう!2人ともフロイラインを信頼して頼りにしているのだから。
姉夫婦がラインハルトを見捨てるような事は余程のことがなければないだろう、今回のことでも彼の置かれた状況を知れば彼等なりに助言をしてくれたかも知れないが今のラインハルトの精神状態はまともではなかった。
他には誰が居る?ミッターマイヤー?ダメだ夫人への求婚の仕方を揶揄したのは誰だ!ロイエンタール?女性の扱いでは余とロイエンタールとでは天と地程の差がある、オーベルシュタイン?女のおの字も無いではないか!
部下の提督達の名前が浮かんでは消えていく、ケンプはもう居ないミュラーやケスラー、ルッツは独身メックリンガーに芸術で例えられても余は理解できない。ワーレン?亡き夫人との話をこんなことの為に聞いてどうする?。ビッテンフェルト?どこに突撃しろと言うのだ!レンネンカンプやシュタインメッツにファーレンハイトは今ハイネセンやイゼルローンだから確実に姉上とキルヒアイスに伝わるしアイゼナッハ?そもそも奴はどうやって結婚して子供までいるんだ喋らないのに!
部屋の中を歩き回りいっその事頭でも打ちつければ何かいい考えが出るかも知れないと壁の前まで来るが、ラインハルトの奇行に悲鳴をあげるエミールやすっ飛んで来るであろうキスリングやリュッケ達の姿が脳内に浮かび壁に額をつけるだけに終わった。
誰かいないか、出来れば年上の既婚者で客観的に余を見れて助言してくれるような人物・・・いた!
ラインハルトはキスリング達を急かしてヤン・ウェンリーの自宅へと向かった。繰り返すがこの時のラインハルトは彼の人生において一番と言っていい程混乱していた。
帝国国立図書館ゴールデンバウム王朝歴史編纂室室長、この長ったらしい役職がヤン・ウェンリーの現在の職業であった。首都オーディンから行政機能のフェザーンの移転には現在ヤンの所属する帝国国立図書館も含まれておりヤンもその一員としてフェザーンで忙しい日々を送っている。ラインハルトをあと一歩まで追い詰めた彼が何故フェザーンで妻のフレデリカと暮らしているかといえば帝国そして旧自由惑星同盟、現在は新領土との複雑な環境と政治的打算の結果である。
戦いが終結してから銀河帝国に最後まで楯突いた者としてヤン・ウェンリーを処罰あるいは処刑すべきという帝国内からの意見はラインハルト自ら却下した、戦場ではほぼ敗北しただけでも自分を許せなかった彼は政治的な報復を良しとしなかった。だが帝国の将兵そして残された旧自由惑星同盟の政治家達に取ってヤン・ウェンリーはいつ爆発するかもしれない爆弾であった。反帝国の旗頭となって立ち上がる、あるいは担がれるかも分からない危険極まりない存在に本人の意思に反してなってしまったヤン・ウェンリーに目を向けたのは義眼の参謀総長である。
ラインハルトの姉アンネローゼとキルヒアイスの結婚を阻止出来なかったオーベルシュタインは万一キルヒアイスと旧自由惑星同盟勢力が結託して反乱した場合を考え、少しでもその影響を削ぐべくヤン・ウェンリーをフェザーンまで物理的に引き離したのである。奪還しようにも旧自由惑星同盟領土からフェザーンまでは幾重もの帝国の防衛線を突破しなければならずフェザーン自体も強固に守られており現在の旧自由惑星同盟の勢力ではそれは難しい状態であった。またオーベルシュタインはヤン・ウェンリーの経歴にも目を向け、戦争によって希望した進路へ行けなかったヤンがやっと本来の道へ進むことができたのであると喧伝し、ゴールデンバウム王朝の歴史の総括には帝国だけでなく異なった立場からの中立的な見方が欠かせないとしてヤン・ウェンリーを現在のポストへ押し込んで半ば強引に連れて行ったのである。。一部ではイゼルローン失陥の件で処刑されかけた個人的な意趣返しではないかとも囁かれたが、そのような陰口を気にするようなオーベルシュタインではない上に彼はあくまでもローエングラム王朝存続の為に動いたに過ぎない。帝国の将兵と同盟の政治家達は安堵したが。
ヤン・ウェンリーは与えられた自宅の玄関で朝のジョギングに出発するところであった。その実運動不足解消の為のジョギングというのは口実であり脱出ルートの検討及び下見のためだった。フェザーンに来てからは出勤して新しい国立図書館のためオーディンから続々と送られて来る膨大な資料や蔵書と格闘し時には読み耽るあまり時間を忘れることしばしば、ゴールデンバウム王朝歴史編纂室室長としての仕事も山積みでありそして多数の護衛に守られて自宅へ帰宅、という生活を送っていると中々外出という機会がなく、いざその時になって道に迷って捕まってしまいましたでは笑い話にもならない。銀河帝国と自由惑星同盟の戦いは表向きは終わったものの火種は燻っておりそんな時に妻と2人遠くフェザーンに留め置かれて言わば人質という状態では下手に動けない。だが何もせずに待ってるだけでは無責任この上ないとフレデリカと筆談で相談し(十中八九盗聴等は考えられるため)朝はヤンが夕方はフレデリカがこの密かな偵察行動を行っていた。今朝も成るように成るさと自分に言い聞かせ出発しようとしたところ、ヤンの護衛の指揮官である少佐が飛び込んで来た。この少佐はヤン夫妻のジョギングにも護衛の面から反対しておりまた何か言いに来たのかと身構えるヤンに少佐は慌てた様子で早口で話す。
「皇帝陛下が今よりこちらへ来られます、ヤン室長にお話があるとのことです」
応接間で向かいの席に座るのはローエングラム王朝初代皇帝ラインハルト・フォン・ローエングラムその人である、一方自分はというとハイネセンから持ち込んだスポーツ用のジャージーの上下にランニングシューズと皇帝と会うには場違いにも程がある服装だ。少佐が飛び込んで来て僅か数分後にラインハルト一行がやって来た上ラインハルト自ら
「卿と2人で話がある、そのままでいいので聞いてくれ」と言われては着替えに戻る訳にもいかずこうしてヤンはラインハルトの向かいに座っていた。
「すまないな、こんな朝早くに突然大勢で押し掛けてしまって」
今やヤンの自宅周辺はヤンとラインハルトの護衛でいっぱいである、フレデリカは何か飲み物でも出した方がと彼女も事態の急速な展開に混乱している。ハイネセンで何かあったのか?それならばまずはラインハルトの義兄となった新領土総督のキルヒアイス元帥がまず対処するはずである、それとも誰か捕まった?だがわざわざそれを皇帝自ら言いに来るとも考えずらい、それに今日のラインハルトは心なしか浮き足立っているような・・・
「ヤン室長、卿はどのように夫人へ求婚したのだ、余に詳しく教えてほしい。頼む」
目の前のかつての宿敵は目を大きく見開き驚いているようだ、当然かこんな朝早くに突然来訪してこんなことを言われては混乱しない方がおかしいくらいだ。だが今の自分にはヤンが夫人にどのようにして求婚して結婚までこぎつけたのかをどうしても知っておきたかった、何しろ他には黄色いバラを抱えて求婚したミッターマイヤーしか知らないのだ。ヤンの妻のフレデリカとは上司と部下の関係だったと聞いている、身寄りを無くして遠縁のミッターマイヤーの実家に引き取られていた夫人へ求婚した疾風ウォルフよりは今の自分とフロイラインマリーンドルフに関係は近いだろう。
少しでも参考になる意見と既婚者が求婚の際どのように振る舞ったかの例が今のラインハルトには必要だった。
そうだ余はあんな無責任なゴールデンバウム王朝の奴らとは違う、順番こそ逆になってしまったがフロイラインマリーンドルフに対して誠実に向き合い求婚して責任を取らなければならない。
「フレデリカいや妻にはバーミリオン星域での戦いの前にプロポーズしました、この戦いが終わってお互い生きていたら結婚してほしいと」
「成る程、それ以前から夫人とは交際していて余との戦いの大一番の前に求婚した訳だな」
「いえ交際らしいことは特にしてない・・・ですね」
「卿は交際もしてない部下に求婚したのか⁉」
目の前の若き皇帝は大変驚いた顔をしている、そういえば一般的には徐々に仲を深めて色々段階を踏んでから結婚するものだとヤンは思い至り決戦前に部下に結婚を迫るような非常識な人物と思われないよう言葉を続ける。
「いえ、これは思い上がりだと思われるでしょうが妻が私に寄せていた好意には薄々気が付いていまして、それに応えずに死んでしまうのも不誠実だと思いまして」
「そ、そうか・・・夫人はいつからヤン室長に思慕の念を抱いていたのだ?」
「切っ掛けはエルファシルの時だと妻からは聞いて」
「そんなに昔からか⁉」
「ええそうだったようです」
いったいこの差はなんだろうか、方や十年以上寄せられていた好意に誠実に応えたヤン・ウェンリー。対してこちらは一時の感情に任せてあのような行為に及んでしまった、ラインハルトにはヤンがロイエンタール並みの恋愛強者に思えてきた。だが一人で思い悩むよりは幾分か頭がスッキリしたように感じる。
「ヤン室長、大変参考になった。仕事前に突然押し掛けてしまって重ねてこの非礼はお詫びしたい、それではゴールデンバウム王朝歴史編纂室の仕事を宜しく頼むぞ」
「はい」
かくしてラインハルト一行は嵐のように去って行った。
「何の用事だったんでしょう」
フレデリカが怪訝な顔をしている
「本人には大事な事だったんだよ多分、それじゃあ行って来る」
ヤンは護衛と共にジョギングに出かけた
「キスリング、薔薇だ!赤い薔薇の花束を用意してくれ、大至急だ。準備が整い次第マリーンドルフ邸へ行かなければならない」キスリングに指示してラインハルトは思案していた。ここはやはり真正面から誠実に行くべきだろう、そうだあのヤン・ウェンリーに出来て余に出来ない訳はない。ビッテンフェルトのように目標に真っ直ぐにだ、策を借りるぞミッターマイヤー。
ビッテンフェルト「へーくしょん!」
ミッターマイヤー「くしゅん!」
エヴァゼリン「大丈夫?あなた」
ミッターマイヤー「誰かが俺の噂をしてるのさ」
ラインハルト結婚のニュースにヤンが紅茶を吹き出したのはまた別の話。