月夜に翳る機構人形 作:みすたーどーなった
月夜の下、夜狼は駆ける。ザッザッと、浅い息遣いと規則的な音を砂漠に散らしながら彼は獰猛に目を光らせていた。
索敵。それが今回彼に課せられた役割である。
目的の地帯へと近付くにつれ、夜狼は速度を落とし始めた。なにせ、今回の目的地は多くの同胞が消えた魔の領域だ。
始まりは数ヶ月前だった。これまで縄張りの一部だったとある遺跡──その周辺に突然血の臭いが満ちたのだ。
感じるそれは同胞の物で──そして微かに混じるのは『人間』に近い《なにか》の匂い。
そしてこれまで何度もその《なにか》の正体を月下の元に晒そうと同胞が挑み、また消えていった。今回己がその正体を推し量れなければ、群れはこの一帯からの撤退を行う予定である。
だから彼は何があろうと、群れの利益のために正体を見つけなくてはならない。目を凝らす。できうる限り小さく鼻を鳴らす。
そして、その瞬間は余りにもあっさりと迎えられた。スッ、と後ろから鼻に届いたのは人に近い──だが微かに含まれたそれは
それを理解した瞬間、夜狼は勢い良く弾けた。微かな鉱物。そして多分な人の匂い。
それは彼が知る最悪のパターンの中でも最も最悪な物。この情報を群れに伝えなくてはという思いを胸に留めながら彼は──、
「──なんだ、まだいたのか」
──そして、グシャリという音と目の端に映る白銀の髪を最後に、世界は闇に包まれた。
◆◇
「あー、なんだよ。人様の庭に勝手に入ってきやがって」
平たく潰れた、もう原形を留めていないそれをぼんやりと金色の瞳で見詰めながら、彼、もしくは彼女はぐだくだと呟いた。
見た目は少女である。小柄で、可憐で、そしてお人形のような彼女。
それだけならまだあり得たその様相は、だが頭と右の手の甲に付いた二対の歯車が全てを否定する。
飾りのように頭の左手側でキチキチと微かな音を鳴らしながら回る金色のそれは、彼女が紛れもない『作り物』であることの証明である。
「別に殺したくはないんだけどさ……でも最初襲いかかってきたのはお前らの方だ。俺はその仕返しをしてるだけだぜ?」
ぼんやりと瞳を空へ向け、人形は呟く。その瞳は小さな金色の円盤が重なって出来たまがい物である。故に色を感じさせないその瞳は、月夜に照らされた真っ新な砂漠をぐるりと見渡す。
「……この砂が舞い散ったりするわけだろ? 常々思うんだが、この歯車よく止まらないよな」
「まぁ、あんま深く考えても仕方ない」
ふう、とため息をつく。余りにも人間臭いその動作は、だが人間に酷似した機構人形には非常に似付かわしいもの。
「……戻ろ」
月光が白銀の髪とメイド服を仄かに照らす。そしてゆらりと揺れると──一人の人形は跡形もなく消えていた。