短編1話完結。
小六は温泉につかり、大きく息を吐いた。上機嫌で秀に言う。
「いい湯だろ」
墨俣。美濃に侵攻する織田家を、斎藤家が押し返す。妖怪の棲息地でもあり、結果的に織田の進軍を妨げていた。
足がかりになる拠点があれば、戦局を変えられる。
近隣の妖怪が集まり、川並衆と呼ばれる徒党を組んでいる。藤吉郎の手引きにより、川並衆の顔役である蜂須賀小六は、秀に墨俣を案内していた。
秀は湯につけた腕を見る。道中で受けた傷が治る。体力も取り戻した。
「やるじゃねえかお前。人もあやかしもお構いなしなのが気に入ったぜ」
秀と小六は墨俣の砦を通り抜けてきた。現在は使用されておらず、ほぼ廃墟に近い。斎藤の兵と、妖怪に遭遇。二人で戦った。
「あいつら、すっかりおかしくなっちまった」
墨俣にいる妖怪の多くは、人間に不要な危害を加えない。戦乱による荒魂の影響で、凶悪な妖怪が増えており、川並衆も頭を悩ませていた。
藤吉郎は砦を改修して簡易的な城を作る算段を立てた。川並衆に協力を持ちかけ、小六はそれを受諾する。人間の戦争が決着すれば、荒魂は沈静する。
「そういや、お前も鎖鎌を使うのな。侍なら刀じゃねえのか」
温泉の横に置かれた荷物を見た。秀の鎖鎌がある。小六も鎖鎌を用いた。武器としては変わり種だが、使い手次第で異端の強さを発揮する。
秀は我流で何種類かの武器を使い分ける。最近は主に鎖鎌を手にしていた。
「森の奥にいる奴の鎌はすげえんだぜ」
小六の相棒でもある鎌鼬は、大木をも切り倒す鎌を振るう。藤吉郎の計画には適任に思えた。
「紹介してやりたかったんだが、様子が変でな。手に負えねえ」
立ち上がり、湯から出た。川の流れに目を落とす。頼りになるからこそ、荒魂に狂わされた鎌鼬は脅威だった。仲間としても元に戻したい。
振り向いて言う。
「行くなと言っても行くだろ。だから腕試しだ。相撲を取ろうじゃねえか」
秀はうなずく。荷物から鎖鎌を手に取る。
蜂須賀小六と向き合った。
「まずは服を着たらどうなんだ」
裸のまま鎖鎌を構えていた。
湯に流した汗も血も、再びその身にまみれた。鎖を振るう。分銅で叩き、鎌で斬る。
「まだまだだ、来いよ!」
砦の戦いを見てきた。互いに遠慮はない。殺し合いではないが、本気で戦う。
秀は体をひねりながら跳び上がり、鎌を振り回す。小六は秀の鎌を鎖で受け止めると、胴を蹴り飛ばした。鎖鎌の扱いにかけては、体術をも組み込んだ小六に一日の長が見られる。
少し離れて、様子をうかがう。刀も槍も届かない距離。鎖鎌なら間合いの内にある。
鎖の音。追って分銅が風を切る。秀の分銅が放たれ、弾丸さながらに突き進む。
わずかな動きで横に避け、小六が飛び込んだ。一時で一転、手が届くほど近く。交錯した鎌は剣客の立ち会いと変わらない。
鎖をのばしていた分だけ、秀の方がふらついた。
「おら、あぁ!」
小六が大きく鎖を回した。脇腹に分銅を打ち込む。秀は倒れる寸前で両足を踏みしめた。
前傾した秀を鎌で引き寄せる。手足をつかみ抱え上げる。背中から地面に叩き落とした。
全身に衝撃が走る。呼吸ができない。秀の口から、悲鳴にも似た、苦悶の息が吐かれた。
決着だった。決まり手は、荒旋風からの華厳墜とし。蜂須賀小六が秘伝としている、鎖鎌の格闘術。
かろうじて意識はある。
秀は起き上がり、落としていた鎖鎌を拾う。
「やめておけ」
明白な力量差。これ以上の戦いに意味はない。二人は敵ではない。小六は秀を、あやかしとしても、鎖鎌使いとしても、認めていた。
痛みとともに感覚が戻ってくる。記憶を巻き戻す。
叩き落された。抱え上げられた。鎌で引き寄せられた。分銅を打ち込まれた。
加減してくれた。
頭から落とされていれば死んでいた。倒れたところを討たなかった。
鎖を束ねて腰に収めた。応じて小六も手を下ろす。張り詰めていた空気が弛緩したかに思えた。
秀は小六の鎖鎌を指差す。
「あん?」
指を宙で一回転させ、そして自分の胸に向けた。
青い目からは戦意が消えていない。
言葉がなくともわかる。秀はまだ戦おうとしている。武器を収めて、その上で要求してきた。
「もう一回、やってみせろってか?」
叩きのめされた技をやり直せ。ともすれば挑発とも取れる。
なにを思っているのか、小六には見当がつかなかった。完全にねじ伏せた直後。ましてや秀は素手で待ち受ける。
沈黙。しかし、他に答えはない。
「いいぜ」
鎖鎌を握り直した。
「そんなに気に入ったなら、見せてやるよ」
分銅と鎌を放つ。
拍子抜けするほど簡単に捕らえた。抱え上げた腕の中で、秀と目が合う。無表情に小六を見ていた。
「なんなんだお前は!」
気味が悪くなる。地を揺るがす華厳墜とし。時間を巻き戻したように同じ決着がくり返された。
重なる痛みを抑えながら、秀が立ち上がる。
鎖鎌を取り出した。
中段に構える。鎖を大きく回転させる。よく知る分銅の動き。秀は小六に、荒旋風をやり返そうとしている。
「なめてんのか」
小六がいら立つ。荒旋風からの華厳墜としは小六の奥の手。見様見真似で習得できる技ではない。
分銅を防ぐ。追って鎌が飛来する。この時点で姿勢をくずせなくては、引き寄せ、つかみ上げられない。
「やってみろ!」
秀の鎌を小六の鎌が弾く。荒旋風が止められる。秀は投げた鎌を追うように駆け出していた。小六に体当りする。
「おおお、おい?」
鎌に気を取られ、秀への注意が切れていた。
飛びかかった勢いに任せて、秀は小六の胴に組みつき、川に放り投げた。
「そうじゃねええ……!」
声が水流にかき消される。
蜂須賀小六は河童の妖怪。川底を少しころがり、体勢を立て直すと、魚よりも速く泳いだ。
川から上がる。秀が待ち構えていた。小六を見て体をひねる。荒旋風が始まる。
「待て待て!」
小六に止められる。
「もういいだろ。仕舞いだ」
秀は少し迷った顔で、鎖鎌を収めた。狙い通りにできなかった。どうすれば小六のように、相手を抱え上げられるのか。
「華厳墜とし、ってんだ。お前のやろうとした奴な。まるで違うんだが。川に投げる奴があるか」
小六は苦笑いした。
秀は体当りして、強引に胴体をつかみ、投げ飛ばした。もはや鎖鎌は使用していない。
「あとで教えてやるよ。覚えられるかはお前次第だがな」
通じ合う。秀は喜んでいた。
「森の奥に俺の仲間がいる。今のあいつは、俺と違って手加減できねえ。変な気を起こすなよ」
小六は温泉に歩く。
「まずは入り直しだ。汗を流そうぜ……あ?」
振り向くと、秀は森に向かって走り出していた。
「付き合いの悪い奴だ」
首をひねり、肩をすくめる。
人間は嫌いだった。藤吉郎とは墨俣のために手を組んだ。半妖の相棒と聞いた時は、人間に媚びているのかと疑った。
猿と鬼と河童。今は三人で温泉に入りたいと思う。秀と藤吉郎なら、墨俣の荒魂を祓ってくれると信じられた。
肩まで湯につかった。手足をのばす。