無間の剣製   作:全智一皆

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序章「現実直視」

 

■  ■

 現実は甘くない。そんな言葉を、誰もが口にする。

 だが、実際その言葉は実に的確かつ事実であり、この世界における誰もを当てはめる例外を生まぬ言葉である。

 そう、例外など無い。この世界に存在する数多の生命、その中でも最も数が多い「人類」にすら、その言葉は当てはまる。

 

 例えどれほどの天才であろうとも、たかだが天才程度で生きていける程に世界は、現実は甘くないのだ。

 仕事が出来る人間が居たとすれば、その人間は確かに会社で重宝されることだろう。

 

 だが同時に、多くの者から妬まれる事にもなってしまう。

 性格が良い人間が居たとすれば、その人間は確かに多くの他者から良く言われるだろう。

 だが同時に、多くの者から騙されてしまう事にもなってしまう。

 長所には短所が伴い、またその逆で短所に長所が伴うことも勿論有る。

 そういった点を含めて、現実とは甘いものではない。世界は簡単に生きれるものではない。

 どんな長所を持っていようと苦労はするものであり、それが短所に変わってしまうこともある。それが現実というものだ。

 

 先も言ったように、それには一切の例外など無い。

 例えそれが―――神から授けられた才能、特典であったとしても、だ。

 その力が自分ではない他者の物であったならば、その力を選んだ当事者は決して妄想通りになど――ならないのだ。

 

あ――あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 

 劈く悲鳴を上げながら、少年は死んだ方がマシだと思ってしまう程の激痛が走る頭を抱えていた。

 少年は、所謂「転生者」という枠に当てはまる存在だった。

 幸か不幸か死んでしまい、それが神の不手際であったが故に一つの特典を選び転生する権利を与えられた。

 特典を選び、喜々としながら、少年は異世界に―――もとい、現実世界に有る作品の一つ「ハイスクールD×D」に転生を成した。

 それから、特典を試しに使い―――その結果、得たのは地獄の如き苦痛だった。

 

「ぁあ、ぁぁぁ―――!!!!!!!!」

 まるで、プレスで圧し潰されているのではないかと思わざるをえない頭痛に、少年は絶叫に続いて大きな呻きを上げる。

 副作用? いや、違う―――これは、ただの拒絶反応だ。

 少年が選んだ特典―――それは、彼が生前から好んでいた「エミヤ」というキャラクターの力だ。

 英霊エミヤ―――それは『Fate』という作品に登場するキャラクターの一人であり、それでいて主人公でもあった。

 人間のふりをしたロボットとも例えられた筋金入りの自己犠牲精神の持ち主であった“魔術使い”の少年「衛宮士郎」、その未来の姿こそが、英霊エミヤと呼ばれる存在である。

 

 彼が選んだ特典は、その『エミヤの力』―――即ち、英霊エミヤに連なる全ての力である。

 『剣』の起源、投影魔術といった「エミヤ」というキャラクターの力の諸々を、少年は選び、手にしたのだ。

 深く考えぬ皆々であれば、すぐに使えるものだ、と考えるだろう。

 

 だが、真剣に考えてみればどうか。

 その力は、決して少年のものなどではない。

 投影魔術を用いて、数多の剣を投影する事が出来るのは、衛宮士郎と英霊エミヤの起源が『剣』であるが故のものであり、その過程には『全て遠き理想郷』という鞘が必要だった。

 しかし、少年は鞘など持っておらず、更には最初から起源という概念を持っていた訳でもない。

 つい先程、その少年の魂に『剣』という起源が刻まれたのだ。つまり、産まれて間もない赤子も同然だ。

 だが、それ以前として―――そもそも、その力はすべからず衛宮士郎という『人間』であったからこそ、その技術の尽くを扱う事が出来たのだ。

 それを、ただでさえ贋作とすら称され続けた少年の力を貰っただけの『真の贋作』が使用してみようものなら―――

 

があ゛ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――――――!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 

 体が、否、魂が、『これは自分のものではない』と拒絶するのは、至極当然である。

 「衛宮士郎」という人間の「魂」によって成り立っていた力なのだから、それをただの他人が扱いこなす事なぞ、そう簡単に出来る訳が無かったのだ。

 先の通り―――『現実は、甘くない』。

 

「――――――――――――――――――あ」

 

 ぴきっ、と、罅が入る音が聞こえた。

 何に罅が入ったというのだろうか、などという問いの答えは、すぐに理解出来た。

 自分の『魂』に、罅が入ったのだ。

 自分ではない誰か、魂の在り方から正義の味方を確立させていた男の力を扱おうとした反動、その代償。

 他者の魂から成り立つ力を、無闇矢鱈に使おうとした罰、裁きとも言うだろう。

 

「――――――――――――――――――」

 

 何を間違った。何から間違った。そんな自問自答を繰り返しても、答えは変わらない。

 そもそも、力を選ぶことすら愚かだったのだ。

 力を選ばず、ただ何も持たぬままに生まれ変わり、ただの一般市民として生きていれば、こんな地獄の如き苦痛を味わう事も無かったのだ。

 

「―――――――――――――――――――――――――――」

 

 鋼が、内側から肉を抉って顕になる。

 剣。その力によって精製され、暴走し、男の内側から男自身を串刺しにしようとする意思有る反動力。

 背中から、剣が突き出る。

 両腕から、剣が生え出す。

 ボタボタと、背中や腕から流れていく黒い血液が地面を彩る。

 

 意識が揺らぐ。

 

 ばたりと、体が倒れる。

 

 感覚は無い。

 痛みも無い。

 自分が倒れてしまったという感覚すら、剣が突き出た激痛すら、彼は得られなくなっていた。

 既に、失うものは無くなっていた。

 何もかもが、力を手に入れた時から失われていた。そうなる事が、定められていた。

 後悔も出来ぬまま、静かに瞼を下ろす。

 眠ることも出来ない。

 自分はただ、剣と化して朽ち果てるだけなのだ。

 微かな意識が、そんなどうしようもない現実を理解する。

 

 苦痛は無く、快感も無く。

 ただ、ただ愚かに、そして哀れに。

 ハリネズミのように剣に飲み込まれて、朽ち果てる。

 恨むべきは、神ではなく―――馬鹿な選択をした、自分自身だ。

 

嫌だ。

 愚かな自分、馬鹿な自分を恨みながら。

 

こんなの嫌だ。

 自業自得で死ぬ選択をしたのは自分自身なのだ。

 

生きたい。

 抗う意識も無い。

 

まだ、生きていたい。

「――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――え」

 

瞬間。

 

檻が消えた。

 自分を苦しめた剣の檻、枷、その全てが消えた。

 体が軽い。

 心も軽い。

 痛みが無い。

 自分は死んだのだろうか。そう思ってしまう。

 だが、体は動かせる。意識も保っている。

 

「―――体は剣で出来ている。」

 

 世界は、荒れていた。

 目に映る空は暗く、足をつける地面は冷たい。

 花は枯れ果てている。

 そこら中に、何かの欠片が落ちている。

 

「血潮は鉄で、心は硝子。」

 

 独唱が脳に響く。

 ―――懐かしい。

 初めて聞いた筈なのに。

 何故か、その独初の一節が、とても懐かしく感じる。

 

「幾度の戦場を越えて不敗。」

 

 刺さる。

 冷たい地面に、一本の剣が突き刺さる。

 何故、剣が突き刺さったのだろう。

 そう考えた時には、既に別の剣が突き刺さっていた。

 

「たった一度の敗走は無く、ただの一度も理解されない。」

 

 視界に、赤が広がった。

 ひらひらと、風に吹かれる赤い外套。

 これだ。

 これを、探していた気がする。

 理由は全く分からない。

 けれど、これを探していたのだと、理解した。

 

「彼の者は常に独り、剣の丘で勝利に酔う。」

 

 剣が落ちてくる。

 暗い空から、幾万もの剣が地面へと降り注ぐ。

 しかし。だが、しかし。

 そのどれもが自分には当たらない。

 掠ることもなく、まるで剣自体が直撃を避けるように、地面へと向かって行く。

 

「故に、生涯に意味はなく。」

 

 取られる。

 はためいた赤い外套を、肌の焼けた白髪の男に掴み取られる。

 だが、不快は無い。

 寧ろ、その真逆。

 その男が、赤い外套を取ってくれた事に感謝の心すら湧いて出た。

 見覚えがある。

 初対面であるにも関わらず、その男には見覚えが有る。

 

「その体は、きっと剣で出来ていた。」

 

 独白が終わる。

 男が此方へと体を向ける。

 顔は険しく、だが敵意の心は無く。

 

「此処から先は、地獄だぞ。」

 

 忠告が胸に突き刺さる。

 知って、いる。

 次々と、記憶が鮮明に溢れる。

 男が辿った道。

 男が至った先。

 その過去と未来、両方の記憶が波の如く迫ってくる。

 

「―――」

 

 戸惑う。

 記憶の波、力の代償。

 その果てを知ったから。思い出したから、

 その力を受け取る事に、躊躇いが生まれる。

 

「それが正しい。君は、俺ではないのだから。」

 

 そうだ。

 違いは、沢山だ。

 自分は正義の味方ではない。

 心の底から、そう在りたいと思っている訳でもない。

 故に。

 自分には、この力を―――『エミヤ』という存在の力を扱う資格など、有りはしない。

 

「だが、こうして俺が君の前に現れたのは、きっと君にも、“可能性”があるからだろう。」

 

 可能性。

 正義の味方の可能性か。それとも、守護者としての可能性か。

 そのどちらであったとしても、それは自分にとって決して良いものではなかった。

 どちらにせよ、自滅は免れない。

 

「いつか、君は選ばなければならない。その時が来たら、また―――」

 

 世界が朧と化す。

 意識が失せる。

 

「大丈夫ですか?」

 声が聞こえた。

 うっすらと、瞼を開く。

 白い少女が、目に写った。

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