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体の全てが、痛い。
全身の皮膚が焼けている様な痛みが。
全身の骨が砕かれた様な激痛が。
全身に流れる血が沸騰している様な苦痛が。
魂を痛め付け、傷跡を残す程の激痛と苦痛。ただそれだけが全身を喰らっている。
力の行使、その代償。死んだ方がマシだと思える程の痛みが、力を使う度に襲い掛かる。
一度の投影が十回の死に匹敵するなど、過去に類を見ない出来損ないだと、自分を卑下する。
得た力に似合わぬ肉体、魂。つくづく、自分は力に目が眩んだ馬鹿野郎だと思いたくなる。
自業自得、因果応報。自滅も良い処だ、全く。
だが、それでも。目を背く事は出来ない。そんな事、出来る訳がない。
自ら選んだ力だ。向き合わなくてはならない。
自ら選んだ死だ。進み続けなくてはならない。
例え、どのような障害があろうとも。
それが、星を喰らう大蜘蛛であったとしても。
それが、あらゆる力を吸収する最初で最後の龍種であったしても。
永遠の象徴、円環の理の象徴である最強の龍種が相手であったとしても。
道を歩まない訳にはいかず、歩みを止める訳にはいかない。
故に―――さっさと、目を醒まそう。
「っ…あ、あぁ…」
巨石を持ち上げようとしているのではないか。そう思わずにはいられぬ程に重く、怠い瞼。
開けようにも開けられず、口から出る声は凍った蛇口から微かに溢れる程度の水のよう。
もはや言葉ではなく、喘ぎのようなものだった。
苦しみは消えず、それ故に発する声は痛々しく。
願いもせずに生まれ落ち、受ける事など願い下げの薄汚い呪いを受ける事になった、あの蛹のような気分だ。
「…」
呆気なく、脱力する。
駄目だ。全く駄目だ。瞼を開こうとする力すら碌に入らないとなると、体を動かす事など絶対に出来はしない。
そんな確信から至るのは、体を起こす事への諦めだ。目で景色を見る事すら叶わないなら、もうどうしようもない。
であれば、脱力する他無い。無理に力を込めても、もうどうにもならないのだから。
「起きてますか?」
がら、と扉が開く音と共に、聞き覚えのある声が聞こえた。
「…ぁ、」
声を出そうと喉を張る。だが、掠れた文字と吐息以外に何も出てこない。
「無理して喋らなくて大丈夫ですよ。貴方、三日も寝てましたから。」
座椅子に腰を降ろし、白髪の少女は―――塔城小猫は、呆れ顔でため息を吐いた。
「もう安心だと思って帰ったのに、悪魔の気配を察知して来てみれば、また貴方が倒れてました。しかも死にかけです。何をすれば、あんな死にかけになるんですか?」
彼女からの正論に、やはりぐうの音も出ない。
元から喋る事は出来ないのだが、例え喋る事が出来ていたとしても、きっと反論する事もなかっただろう。
それ程までに、彼女の言い分は正しかった。
彼女の愚痴は、零れて仕方のないものだったのだ。
「まぁ…何にせよ、無事に生きていて良かったです。瀕死でしたけど。」
申し訳無い気持ちばかりが募る。
おかしな事に、自分が生きている事に対する実感や安堵といったものは、全く感じなかった。
遂に自身への感性すら壊れたのだろうか。それとも、衛宮士郎の自分の命を擲ってでも他者を助けんとする自己犠牲の表れだろうか。
「あら。起きられたのですか?」
自分の事を考えていると、淑やかな声が聞こえた。
首を向ける事は出来ないし、目で見る事も叶わない。何せ、体に力を込めようと体は瞼すら動かせないのだから。
「目も開けられないし、言葉も発せませんが、起きてます。」
「そうですか。では、自己紹介をしておきますね。私は姫島朱乃と申します。此方の小猫ちゃんと共に、オカルト研究部に所属している者です。」
「えっと…教えて良いんですか?」
「えぇ。リアスから許可は降ろされているわ。」
彼女達が何を話しているのか。今の自分には、全く見当がつかない。
ただ、波乱を呼びそうな予感はした。
□ □
その男は、腐っていた。
「正義の味方なぞ、くだらん理想に縋るか。だが、貴様はその類ではないんだろ?」
硝子細工に刻まれた罅。彼の体は、もはや崩壊寸前の硝子と何ら変わらなかった。
理想を捨て、信念を捨て、ただ独りで数多を殺し尽くし、その果てに自分すらも殺した哀れな男。
達成は無く、勝利も無く。有るのは、ただの腐敗と敗走のみ。
「こんな力に憧れるなど…余程の馬鹿くらいのものだ。貴様は、その馬鹿だ。」
男は嘲る。
男の力を持った青年を。そして、自分自身を嘲笑う。
血潮も心も、男には既に存在しない。もうずっと前から、枯れ果てているのだから。
「別の俺に成るのだろう? それで良い。こんな在り方なぞ、本来有ってはならないものだからな。」
男は己が如何なる者かを自覚している。
後悔は無い。だが、諦めている。自嘲している。
衛宮士郎という人間の別側面。理想に溺れたが故に破滅した、ある種の本来辿る筈だった未来。
他者の為なら自分をも投げ捨てるという偽善が辿り着く終着地点。
「自分が腐る様なぞ、見ていても無様なだけだからな。決して選ぶんじゃないぞ。」
ある種の優しさ。それは、暖かいもので。
腐った男から与えられた、ある意味での助言だった。