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『干将・莫耶』。それは、中国に言い伝えられる幻の雌雄一対の剣。
雄剣を干将、雌剣を莫邪と呼ぶその剣は、その完成までの工程を逸話として残している宝剣であり、Fateにおいて英霊エミヤの殆どが必ず使用する代表的な武器だ。
英霊エミヤの元である衛宮士郎もまたこれを扱うのだが、彼が干将・莫耶を完璧に投影する事は容易ではなかった。
それは俺も同様だ。いや、違うな。正確には、同様ではないか。
俺の方が、彼よりも酷い有様になっていたのだから。俺の方が、彼よりも死にかけていたのだから。
何かを投影しようとする時点ではなく、投影魔術を使おうとした時点で俺は地獄の様な苦痛と激痛に苛まれていた。
贋物の贋物。ただ英霊エミヤの力を強引に焼き付けただけの俺が、簡単に扱える技術ではなかった。
その筈なのに―――
「な―――なん、で」
俺の右手には、本来有る筈の無い雌剣が握られていた。
何故、何故だ。
分からない、分からない、分からない。
全く以て、訳が分からない…!
「なんで……今まで、たった一度だって成功した事がなかったのに……!?」
つい、崩れ落ちてしまう。
信じられない。何故、こんな事が…投影が成功するなんて、有り得ない事が起きた?
愕然としながら、投影した莫邪を眺めていると、
「大丈夫ですか?」
心配してくれる声が聞こえた。
はっとして、俯いていた顔を上げる。
其処には、此方を心配するような表情を浮かべている塔城さんが居た。
いや、彼女だけではない。その他の人達も、突然崩れ落ちた俺を心配してくれている。
「あ、あぁ…大丈夫、大丈夫だ、塔城さん。ちょっと、いや、かなり…驚いてしまって。」
「…嬉しくないんですか?」
「え?」
彼女の言葉に、体が固まった。
「前から出来なかった事が出来たのに…あまり、嬉しそうではないので。出来なかった事が出来るのは、嬉しい事じゃないんですか?」
それは、本当に不思議だと思ったが故の疑問。質問だったのだろう。
しかし、俺にとっては酷く、すごく、複雑だった。
投影を成功させる事が出来た。それは、確かに嬉しい事ではあった。
だが、それ以上に。
(俺が…今更、扱っていい技術なのか…)
贋物の贋物である俺が、果たして今更…扱えるようになって良いのか。
まぐれの可能性だってある。偶然の可能性なんて星の数程ある。
英霊エミヤは、拒絶する事はなかった。
千子村正は、手助けしてやると言ってくれた。
衛宮士郎は、自分で選択するべき事が有ると教えてくれた。
だが―――それでも。そうであったとしても。
俺は、在り方から間違っている。衛宮士郎に、英霊エミヤに、相応しい人格を持っていない。
なのに…仮だとしても、この技術を扱えて良いのだろうか。
そんな考えが、どうやっても勝ってしまう。
歓喜よりも、罪悪感が勝ってしまう。
『くだらねぇ。餓鬼が一々んな細けぇコト気にしてんなよ。』
バンッ、と。背中を力強く叩かれたような気がした。
ふと振り返る。
今確かに…彼の声がした。彼が背中を叩いてくれた。
だが、後ろには誰も居ない。羽織を持った赤銅の青年の姿をした老人など、居ない。
だが…
「――ありがとう、村正さん。」
俺は、かの刀鍛冶に感謝を述べた。
□ □
「いきなりすまないね、しかもこんな夜中に呼び出してしまって。」
時間帯は夜。架宮天治は、木場裕斗に呼び出されて駒王学園のグラウンドに居た。
「いや、構わない。何となく、要件は分かる。俺の力についてだろう?」
夜に呼び出されたにも関わらず、しかし彼は不機嫌を表す事もなく。
最初から、自分が木場裕斗に呼び出される事を知っていたかのように冷静な態度だった。
「…あぁ。君のその力―――確か、『投影魔術』…だったよね。剣というカテゴリーの武器を投影するならば、リスク無しでレプリカを作る事が出来る。でも、それは君が憧れた人の話…合っているかな?」
「あぁ、間違いない。」
「なら、一つ聞いても良いかな?」
「…なんだ。」
「君のその憧れた人は、聖剣エクスカリバーをも投影する事が出来るのかな」
エクスカリバー。
聖剣の中の聖剣、聖剣の代名詞。かの有名なアーサー王が持っていたとされる妖精の剣。
だが、それはあくまでもこの世界における話。彼が知るエクスカリバーは、そんな安い代物ではない。
約束された勝利の剣―――星が造り出した神造兵装。
神造兵装とは―――人の手によるものではなく、神と定義されるもの、もしくはそれに匹敵する存在によって造られた武装を指す。
その多くは神秘が色濃く残る時代においても非常に稀少かつ、絶大な力を持つとされている。
惑星の魂の置き場とされる星の内海にて結晶化し、星によって鍛えられた"最後の幻想"―――それこそが、彼が知るエクスカリバーである。
それを含め、結論を言ってしまえば―――
「お前達が知る贋物の聖剣であれば、無限に。俺と彼が知る
この世界に存在する七本の聖剣であれば無限に投影する事が出来るが、神造兵装としての聖剣は絶対に投影出来ない。
彼は、そう答えた。
木場は、予想もしていなかった答えに目を見開いた。
「に――にせもの……?」
「あぁ。贋物だ―――七本に別けられた聖剣だったか? 其々、破壊・擬態・天閃・夢幻・透明・祝福・支配に別けられたエクスカリバー…だが、究極の一に比べれば、それら全て贋物だよ。」
かつての大戦とやらで七つに折られた聖剣と、星の内海で造られ、鍛え上げられた最強の聖剣。
比べてしまえば、七本の聖剣なぞ贋物も贋物、出来の悪い模造品も良いところだ。
「究極の、一―――なら、僕は、僕達は……無意味に、殺されたのか……?」
手で顔を覆う木場。
彼は慰めるどころか何か言う事もなく、静かに背を向けた。
慰めてはならない。何か言ってはならない。
自分は聖剣計画という残虐非道な計画の被害者ではない。言ってしまえば、何の関係もないただの他人でしかない。
そんな自分が、果たして被害者である彼に何か言えるだろうか? 何か言える事などあるのだろうか?
否、否、否。言える事はない。発言する事など出来る訳がない。
ただの他人が、被害者でない無関係な人間が、当事者の凄惨たる過去に介入するなど無粋にも程がある。
故に、何もしない。何か出来る事があるとすれば、この場から去る事。ただそれだけだ。
「……待ってくれ」
呼び止められ、踏み出した一歩が止まる。
「……なんだ。」
振り返らず、再び問い返す。
「どうして、君は聖剣について詳しく知っているんだ…?」
「……」
「君の口振りから察するに、君は聖剣計画についても知っているようだった……何処で、それを知った?」
顔を上げて、憎悪が籠もった目を彼の背に向ける木場。
彼は振り返らない。振り返らず、何の期待にもならない答えを返すだけ。
「……『』を知っているから。」
「――は?」
「『根源』を知っているから。生まれ落ちた時、ソレを観たから。俺が言えるのは、これだけだ。」
生まれる瞬間、ソレをひと目見た