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あれから、一ヶ月もの時間が経過した。
自分自身としては、あの経験は、まるで数週間前に起こった出来事の様に鮮明に思えるけれど、もう一ヶ月だ。
時間が過ぎるのは早いものだな、と思うと同時に、平和な日々が続く事も無かったなとも感じる。
この力が有能である事をリアス・グレモリー一行に知られてしまったが故か、俺は彼女達の悪魔狩りに付き合う事となっていた。
「だが、決して嫌とは思わない。その狩りが、俺の憧れた未来への糧になるのかもしれない」
彼は、正義の味方になろうとした。
夢を継いで、一生懸命にその夢を為そうと努力していた。
自分を犠牲にしてでも、誰かを助けようとするその在り方に、俺は憧れた。
どんなに茨の道を歩んでも、痛みを耐えて夢へと駆け出せるその精神に、俺は憧れた。
誰かの為に自分を費やす。自分を費やして誰かの為になる。
そんな歪な正義に、そんな傲慢な偽善に、その本人が嘲った。
けれど、それは間違ってなどいないと青年は言った。決して間違いなんかじゃないんだと、青年は断言した。
歪だが、とても美しいその夢を間違っているとは、青年は言わなかった。それを認めなかった。
そんな彼らを、その道を歩んで手に入れた彼らの力を、俺は選んだ。
何もしていない半端者が扱っていい力ではない。そんな事は承知だ。
だが―――それを扱えないまま、野垂れ死にする事は彼らに失礼だ。
村正は俺の背中を押してくれた。なら、俺はそれに答えなければならない。
その為の糧に、はぐれ悪魔を狩るこの仕事がなってくれるかもしれない。
「―――やると決めたんだ、曲げる訳にはいかないだろ。」
『架競さん、敵が飛びました。狙えますか?』
「あぁ。問題ない」
切り替えて、弓の弦へと剣を掛ける。
回路を開ける。溢れる魔力を目へと回し、遠くの獲物に向けて目を見張る。
視界が遠く、拓けて見える。粒にもならず見えなかった獲物が、鮮明に視界に映る。
弦を引く。ぎりぎりと、魔力を込めた諸刃の剣矢を、力強く。
そして、彼らの力である事を忘れない為に。
自惚れてしまわない様に、おまじないの言葉を独り言の様に呟く。
「―――――
ひゅん、と。
空を翔ける鳥の様に軽やかに、その矢は真っ直ぐ空を走る。
悪魔の顔が、悪魔の最期が、この目に映る。
何が起きたのか。何が飛んできたのか。
自分がどうなってしまったのか、何も分からないまま―――心臓に深々と突き刺さった剣の矢に触れていた。
剣が光る。流し込んだ魔力が、荒々しい波の様に迸る。
心臓から体全体へと流し込んだその魔力は、深々と刺さった剣を起点として―――悪魔共々、爆発した。
『壊れた幻想』―――ブロークン・ファンタズム。
それは、魔力の詰まった宝具を爆弾として相手にぶつけ、破裂させる技能。
『無限の剣製』を持つエミヤだからこそ得意とし、何度も何度も扱う事が出来る強力な技だ。
「……はぁ」
緊張が解れ、安堵の息をつい洩らす。
何ら問題なく狩れた。投影した際の激痛も、だいぶ薄れて耐えられるものになってきた。
力が馴染んできたのかもしれない。だが、まだその段階だ。
彼らに恥じぬ様に、この力を使いこなせる様になるんだ。その程度では止まれない。
熱が冷めていくのが分かる。力んだ体が、少しずつ楽になっていく。
その瞬間、背後から降る鋼を見据えた。
「―――!」
弓を消す。剣を呼び込む。
魔力を右腕だけに叩き込み、体を明後日の方へと向ける勢いを利用して剣を振るう。
鋼を弾く。
剣が壊れる。
まるで鴉を思わせる黒い翼を持った女性の姿が、俺の目の先には有った。
「あら。仕留めたと思ったのに」
「…」
「まるで、後ろに目でも付いているみたいだったわ。貴方、人間じゃないのかしら」
「……」
誰かは知らない。全く分からない。
だが、目の前に居る存在が敵である事だけは、すぐに理解した。
再び、剣を呼ぶ。陰陽一対の双剣を構えて、呼吸を整える。
放たれた槍は、おそらく彼女から造られたもの。
つまり、得物は無くなっていない。武器は失われていない。
そして、姿から察するならば、悪魔というよりは天使。おそらくは、堕天使の類だろう。
防戦に回ればこちらが不利。かと言って、相手をそうさせる程の技量を、こちらは未だ持ち合わせていない。
だが―――だからといって、尻尾を巻いて逃げる訳にはいかない。
「―――投影、開始」
稲妻に打たれたかの様な痛みが、体を奔る。
回路が開く。魔力が迸る。
記憶が、体を変える。
その武器に宿った、戦いの記憶が肉体そのものを変化させる。
戦いの記憶、その投影。剣に宿った戦士の技術を我が肉体に投影する事で、高度な技量を一時的に得る事が出来る技術。
エミヤの記憶。幾度の戦場を経験してきた、霊長の守護者の役目を担い続けた英霊の記録。
英霊の力。
俺が憧れた人の―――技量を振るう。
「―――!」
コンクリートを蹴って、加速する。
驚愕する表情が微かに映る。
ただの人間が、ここまで速く為るとは考えなかったのだろう。
一気に彼我の距離を詰め、敵の懐へと入り込み、その腹へと剣を突き立てる。
「生意気な!」
「っ…!」
剣が空振る。
刃翼がはためく。
大きく振り上げられた断頭の剣。一切を無情に斬り捨てる堕天の翼は、死神の鎌に等しい。
腰を落とし、体を下げて何とか躱す。同時に、近くにあった脚の脛へと双剣で斬り込む。
鮮血が跳ぶ。敵の体勢が僅かに崩れる。
抗おうとする意思が顔に浮ぶ。だが、その抵抗も虚しく天使は呆気なく脱力する。
剣を逆手に、左脚を振り抜いて顔面へと蹴りを叩き込む。
後頭が地面に強打する。黒い頭が、ぐらりと揺らぐ。
動かぬ天使は、翼を折られた鳥も同然。
食われるか、踏まれるかを待つだけの肉塊。死を待つ憐れな子供。
誰も助ける事のない、そんな敵の首筋へ―――
陽剣の鋒を、容赦なく突き立てた。