バレンタイン記念LAS短編です。
しゅとるむ様の『アスカ・ラングレーが多すぎる』の二次創作です。
設定を付け加えてしまった部分があります。(リビルド版)
オマージュ作品なので普段の私の作品とは作風を変えて原作者様に寄せて書いたつもりです。

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しゅとるむ様の作品には214人もアスカは登場しません。
その部分は私の独自設定です。


100枚のチョコレートは甘き死への誘い

 もし、あなたの元に214個のチョコレートが届いたらどうしますか?

 一気に食べようなどとしてはいけません。

 チョコレートには多くの糖分・脂肪分が含まれており、動脈硬化などを引き起こすだけではなく。

 90枚の板チョコで人間の致死量に達するとの実験結果もあるのです。

 

 

「どうすればいいの、これ……」

「あたしに聞かれたって困るわよ」

 

 シンジの部屋を埋め尽くすのは213個のチョコレートの箱。

 

 あの事件以来、沈黙を守っていたふすまから突然ラッピングされたチョコレートの箱が雪崩のように出て来たのだ。

 

 差出人のほとんどが、惣流・アスカ・ラングレー。中には式波や明日香も混じっているけれど。

 

 乱雑に吐き出された箱をそのままにしておくわけにはいかず、あたしとシンジとで手分けして整理して部屋の中へと収納した。

 

「ふーっ、何とかすっきりとはしたけど……」

 

 額から滴り落ちる汗を拭いながら、あたしは改めて部屋を見回した。

 

 机の上、本棚の脇、360度見回しても壁一面に積み上げられたチョコレートの箱の壁が目に入る。これって片付けたと言えるのかな。おば様が部屋に入って来ても隠しようがない。

 

「母さんが見たら何て言うだろうね。アスカが全部持って来たと思うかな」

「さすがにそれはないって」

 

 あたしが昭和の泥棒のように唐草模様の風呂敷包みで背負って持ち込んでも、214箱は無理でしょ。

 

 シンジも汗まみれで水も滴るいい男になってる。一緒にお風呂で汗を流して、背中を洗いっこしようか。10歳になってから、シンジは拒否するようになったけど。2分の1成人式を迎えたから子供じゃないって。

 

 危ない危ない、思考回路があのポークビッチちゃんのようになってしまった。あたしは頭をブンブンと振って邪な想像を振り払う。

 

「ねえねえアスカ、あの決まりはどうなるの?」

 

 シンジが不安気な顔をしてあたしに尋ねてくる。その決まりごとは、

 

『碇シンジは惣流・明日香・ラングレー以外のチョコレートを食べてはいけない』

 

 だった。

 

 このルールを浸透させるまで、あたしは鉄壁のディフェンスで綾波レイや霧島マナ、その他ミサト先生や真希波マリとか名乗るユイおば様の知り合いのお姉さんから1点も入れられないように何年もかけて奮戦した。

 

 その努力の甲斐あってか、令制国日本で六十八ヵ国一のカップルとこの第三新東京市で認知されたシンジにチョコレートを渡そうとする命知らずは居なくなったのだけど……。

 

 ものしり博士のリツコ先生が言う特異点とやらは閉じたはずなのに、このチョコレートは愛の力で時空を超えてやって来たのか。去年あたりにそんな名前のLAS中編小説を読んだ気がするわ。今は『見つけたアタシの居場所』に副題を変えたみたいだけど。

 

「同じアスカから届いたものだし、どうしたものか……」

 

 腕組みをしたあたしをシンジは拾われた子犬のようなつぶらな瞳で見上げている。このチョコレートを処分してしまうことにためらいを感じているのだろう。

 

 あたしもこのチョコレートに込められているのは、愛というよりも感謝の気持ちだと分かっている。この世界に跳躍してきたアスカ達は、みんな満ち足りた笑顔で帰って行ったのだから。まだあたしのシンジに未練が残っているならば、あたしの念動力で断ち切ってくれよう。

 

「チョコレートをこのままにしておくわけにもいかないわ。リツコ先生に相談しましょう」

「うんうん、そうしよう」

 

 そう提案するとシンジの顔がパッと輝いた。

 

 おじ様とおば様が勤めている研究所には213個のチョコレートを保管できる冷凍室もあるかもしれない。毎日あたしが綺麗に掃除してあげているこの部屋にGやネズミが居るとも思えないけど、何よりもシンジが急な地震で崩れたチョコレートの箱雪崩の下敷きとなって怪我をして欲しくなかった。

 

 

「私に相談をしたのは賢明な判断ね。シンジ君には命の危険が迫っていたわ」

「えっ!?」

 

 リツコ先生に言われてあたしとシンジは目を丸くした。チョコレートに毒でも仕込まれていたとでもいうの?アスカ達の愛が憎しみに変わった?

 

 ポークビッチちゃんが〇イ〇グラを溶かし込んだりとか、結婚詐欺師ちゃんが媚薬を練り込んでいるかもしれないからシンジに食べさせる前に成分検査は必要ね。媚薬の効果が出てもシンジが惚れるのは多分あたしだろうけど。

 

「チョコレートは身体に良いと言っても、所詮はお菓子。食べ過ぎは毒よ。マウスを使った実験では、板チョコ90枚分で人間の致死量に達すると結果が出ているの」

「じゃあ、シンジがここにあるチョコレートを無理して食べ続けたら……」

「糖分と脂肪の取り過ぎで動脈硬化、果てには死に至るわね」

 

 脂肪の取り過ぎで死亡……ぷぷぷっ、ってまた昭和のオヤジギャグで笑っている場合じゃないわね。今の年号は永和だもの。なんでもここのところ戦争続きで平和と和の国・日本が永く続いて欲しいと言う願いが込められているとか……おっと、年号の話はこれぐらいにして。

 

「それなら、ここにあるチョコレートは他の人に配るしかないんですか?」

 

 シンジが心なしか悔しそうな顔をしている。あたしには分かる。アスカ印のチョコレートを自分以外の人に食べさせたくないもんね。嫉妬してくれるシンジがますます好きになっちゃう。ああっ、リツコが居なかったら抱き締めて頭をなでなでしてあげたい。

 

 あたしもシンジへの感謝の気持ちの詰まったチョコレートを粗末に扱って欲しくなかった。特に三十路さんや眼帯ちゃん、包帯ちゃんのシンジへの愛は真摯なものだとあたしも心を打たれたから。テンコーちゃんのチョコレートは建国70年そこらの国よりスケールの大きさを感じる。何しろ宇宙から飛来したものだし。

 

「シンジ君が一人で、ここにある全てのチョコレートを食べる方法はあるわ」

「まさかシンジに死ねって言うの?そうじゃなくても脂肪の取り過ぎでメタボになったシンジなんてイヤよ!」

「落ち着きなさい明日香。時間を掛けてゆっくりと食べて行けば問題はないわ」

 

 リツコの言葉を聞いて、あたしとシンジはユニゾンして安堵のため息をもらす。

 

「そうね、でも向こう一年間、他のお菓子は一切禁止よ。さらに糖分と脂肪分を燃焼させるために、筋力トレーニングも必要になるわ」

「えっ」

 

 シンジがガックリと肩を落とす。生き地獄だ。あたしはコージーコーナーのケーキを7日間我慢することだって耐えられない。死刑宣告を受けたようなものだ。

 

「それでもアスカのためなら頑張ります」

 

 決意を固めたシンジの顔は凛々しい。213人のアスカが好意を持つのも分かる。性行為をするのは絶対にあたしが許さないけどね。

 

 

 213個のチョコレートの箱を研究所の保冷室に運ぶ作業をしているうちに、空は夕焼けに染まっていた。研究所の保冷室は特別製で、液体窒素も保存できるほどなんだって。家にある冷蔵庫でチョコレートを保存しようとすると、風味が落ちるから、夏でもない限り止めた方が良いわ。って誰に向かって言ってるのかしら。

 

「はあ、明日から長いチョコレートロードワークの始まりか……」

「シンジにしては上手いこと言うじゃない。自分で決めたことなんだから、頑張りなさい。あたしも協力するから」

 

 あたしはシンジがきちんとリツコの言いつけを守っているかを確認する、お目付け役となった。これでまたシンジとベタベタするオフィシャルな口実が一つ増えたわけだ。

 

 そうね、シンジが夜中にこっそりとお菓子を食べるといけないから、同じベッドで寝て見張ってやらないと、なんてね。おば様が許してくれるかな。ダメ元で言ってみよう。

 

「ドタバタして渡しそびれていたけど、はい、あたしからのチョコレート」

「げっ」

 

 まるで不幸の手紙でも貰ったかのように顔をしかめるシンジ。一番最初にシンジが食べるのは、あたしの手作りチョコレートだって決まってるの。

 

 ローマの道も一歩から。長いチョコレートロードの始まりはシンジに笑顔であたしの手作りチョコレートを食べて幕を開けて欲しい。

 

「だけどもう、夕ご飯の時間が近いから、チョコレートは食べられないよ」

「おば様が忙しい時、誰がシンジのご飯を作ってあげていると思っているの?ご飯の量のコントロールくらいするわよ。……それでも、あたしのチョコレートを食べたくない?」

「ううん、そんなことないよ」

 

 あたしが腰をかがめて上目遣いで、目にうっすらと涙を浮かべてシンジに尋ねると、シンジは笑顔になってあたしの願いごとを聞いてくれた。

 

 この仕草をあざといって黄色ワンピちゃんは言っていたけど、ツンデレを拗らせているあんたも悪いのよ。あたしはシンジと幼馴染だから素直な気持ちを見せることに抵抗はないんだけど、帰って行った何人かのアスカは心配ね。特に三十路さんなんかは複雑な気持ちが渦巻いている感じだったし。

 

 だけど急に燃え上がった愛じゃなくて、積み重なった信頼関係というのはそう簡単に崩れないものよ。お向かいの家の新婚カップルさんはお互いの浮気が原因でスピード離婚したけど、あたしはシンジは単なる幼馴染以上の絆がある。三十路さんもきっとそうよ。応援しているわ。

 

 願わくば、来年のバレンタインデーはあたしとシンジの二人でゆっくり過ごしたいわね。




 楽しみながら書かせて頂きました、ありがとうございます。
 最初は14人のアスカが直接シンジにチョコレートを手渡す設定で考えましたが、14人のアスカを描き分けるだけの筆力が私にはありません。
 泣く泣くチョコレートを通して断片的に描く事になりました。
 他のアスカからのメッセージカードなども考えてみたのですが、そちらも上手く行きませんでした。
 四次創作で補完して頂けると幸いです。


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