零が姿を消してから一ヶ月。それでも喫茶リコリコは平常営業を続けていた。もちろん、最初は千束を含めミカもミズキも探そうとした。だが楠木止められた。
風切零は行方不明として処理された。これ以上奴には関わるな、と。
もちろん信じてなどは居ない。何でもかんでもで
自分達だけでは零を追うことも出来ない。
「千束〜!これも持ってて〜!」
「はいはーい!」
ミズキの指示に千束が笑いながら注文された品を客の机へと持っていく。
いつものリコリコ、いつもの日常、いつもの千束、そのはずだった。
それはいつも通りに仕事が終わりもう閉めようかと千束が店のドアを開けた時だった。
「え、えーと・・・・・」
身長が190センチメートルはあるだろう巨体に、金髪の外国人がそこに立っていた。
「これはこれは、可愛いお嬢さんだ。コーヒー、頼んでもいいかな?」
にっこりと笑いながら店内のカウンターに座り皿を洗っているミカを見る。
それに気付いたのかミカが千束に声を掛ける。
「千束、店を閉めてくれ」
「え?どうして?まだお客さんが・・・・・」
千束がミカと客を先ほどまで優しく笑っていた客が険しい顔をしながらミカに拳銃を向けていた。
「うん、分かった」
千束がドアにかけていた札を
「・・・・・注文は?」
「コーヒーと言ったはずだが?」
「アンタね!ふざけんじゃ」
「ミズキ」
今にも殴りかかりそうなミズキを静止してコーヒーを入れ客の前にと置く。それを一口飲んだ後にゆっくりと口を開く。
「先ずは自己紹介をしましょう。私はFSBから派遣されたルドルフ・ゲノ・メイコフといいます。リコリスの錦木千束さんにお願いが会ってまいりました」
「ロシアの諜報員が千束に?」
ミカが怒気を孕みながら聞き返す。FSBとは日本語でロシア連邦保安庁と呼ばれる諜報機関だ。
「ルドルフさん日本語お上手ですね」
「諜報員としてあらゆる言語は習得済みなんだ。その中で一番難しかったのは日本語だね。同じ文字で違う読み方がいくつもあるしこの狭い島国にも訛りがたくさんあるしね」
いつもの調子で千束がルドルフと名乗ったFSB職員に話しかけるとルドルフが笑顔で三つの写真を見せながら語る。
それを見たミカとミズキの驚いた顔を見てようやく千束も写真を見る。
「え・・・」
そこに写っていたのはこの前爆破された杉並ナノマシン研究所の良珊方ととある施設、それとボロボロの姿で拘束されている零だった。
「この写真は?」
「我々が極秘に手に入れた択捉にあるOKB-666、通称ザク設計局。その外装とターゲットのものです」
「ターゲットって・・・」
ミズキが再び何かを言おうとして千束がミズキの口を塞ぐ。
「はーい、ミズキは少し黙ってようね〜」
「ちょ、何、ムグググ・・・」
「落ち着け二人とも。それで、ターゲットと言うのは?」
「別に殺して欲しいわけじゃないんです。警察に突き出すなりそれこそDAで拘束するなり、ね」
流石諜報機関の職員と言うべきだろう。日本の裏組織であるDAの存在すら知っている。
「リコリスにはパスポートがない。そう簡単に国境を跨ぐことは出来ない」
「えぇ、知っていますよ。リコリスは孤児の少女を引き取って殺し屋に育てられた集団であると言うことも」
「なら」
「ですが、そこは心配ありません。私が千束さんをそこまで送り届けます」
「どうやって?」
ミカの質問にルドルフが残ったコーヒーを一気に飲み干してコーヒーカップを置く。
「設計局に千束さんと共に査察を行います」
ルドルフが喫茶リコリコに訪れてから一週間が経ちザク設計局の査察の日が訪れた。
局員やスペツナズの兵士はてんやわんやと騒ぐはずだがそんな事は一切なく、寧ろ次の実験への準備に忙しいそうにしていた。
「・・・・・外が騒がしいな」
拘束され動けもせず暇な時間を通り過ぎる局員やスペツナズの兵士の完璧に覚えた顔を追いながらたまに解剖やナノマシンウイルスの投与実験の毎日を過ごす退屈な日々に零はそう呟いた。
零がここに来れたのはほんの些細なことだった。海を木船を漕ぎながら渡り続け択捉島に近づいた。
直様海上を巡回していたロシアの巡洋艦に拘束されそれを聞きつけたスペツナズに連行、この設計局まで連れて来られたのだ。
ガチャンと部屋の扉が開き中に一人の男が入ってくる。緑髪にボサボサの髪、ロングコートを着た真島だった。
真島は手に持っていた筒状の物を床に転がして爆発させる。
「ッ!?」
「落ち着け。ただのチャフだ」
零がゆっくりと目を開けると確かに真島の言う通り辺りに大量のフィルムが充満している。
「話したい事があってな。あんまり聞かれたくない話だ」
真島は零から以前奪ったハッシュパピーの銃口を零の額に向けながら話を続ける。
「お前、一般的に言われる正義と悪ってどれだけの割合でいると思う?」
真島の質問に零は眉を顰めながらもひとしきり考えてから答えを告げる。
「そもそもの話正義の反対を悪とするのがおかしいだろ。正義の反対は別の正義だ。必要悪はあっても映画みたいな完全悪なんてのは何処にも存在しない」
「お前本当に今年生まれたばっか?」
真島が笑いながらハッシュパピーを下ろす。
「テメェの目的は?」
「あ?」
「金か?」
「まぁ、金は欲しかったがここを見てそうも言ってられなくなかった」
真島がゆっくりと零の後ろに回り、拘束を解く。
「今ここで世界の軍事バランスを崩そうって動きがある。そう、それがお前だ」
やっと自由になれた手を動かしながら零は真島を不信な目で眺める。
「核抑止って言う絶妙なバランスで成り立つ世界平和にクローン人間にナノマシンを投与した不死身の兵士を投入すれば・・・」
真島が自分の掌をまるで爆発物が爆発したかのように一気に開く。
「で、俺に何させたいの?」
「奴らがバランスを崩そうとするなら俺はそれを壊すだけだ。だが今のままじゃ向こうとこっち、バランスが良くねぇよな?」
「俺にここを潰すの手伝わそうとしてる?」
真島が何も言わずにハッシュパピーを零の手に握らせてる。零も真島に敵意が無いのを確認しながら立ち上がり入り口から顔を出し誰もいないのを確認して真島を見る。
「ここをぶっ潰すってのには協力してやる。ただ、お前とは別行動でだ。俺は俺のやりたいようにやらせてもらう」
「ハハッ!良いねぇ!」
真島が自分の拳銃をクルクルと回しながら外に出る。すると丁度通りかかってきたであろう兵士の喉に銃弾を一発くれてやる。
「それじゃ、健闘を祈ってるぜ」
部屋から右に歩いて行く真島の言葉を間に受けることはなく、零は真島と逆の方へと走り去った。
一方その頃、喫茶リコリコではミカが店の固定電話の受話器に耳を当てながら零の写った写真を睨んでいた。
『もしもし』
「楠木、零の居場所が分かった」
電話の相手はリコリスの司令である楠木だった。楠木は電話越しにでも聞こえるような大きなため息を吐きながら口を開く。
『風切零は行方不明として処理をした。これ以上は関わるな。そう通達したはずです』
「知ってたな?零が何者で、何の目的で生み出されたのか」
『何のことでしょうか?知っていたとしても、我々には預かり知らぬところです。迂闊に関われば、
これは言わば第三次世界大戦の引き金を引くための前段階だ。銃を撃つのにマガジンをセットしスライドを引かなければならない。だが、大前提として銃を撃つには弾が必要だ。
戦争を起こすにも金も、兵力も必要になってくる。それこそが撃たれても斬られても、それこそ核が落ちようとも死なないクローンゲノム兵。
「ラジアータがそう判断したのか?」
『はい?』
「いや、何でも無い」
これ以上聞いても楠木は何も話さない。そう判断してミカは話しを終わらせる。
『・・・・・それと、先ほど明日の正午に北海道で大規模なテロが起きると言う情報を入手しました。千束に伝えておいて下さい。飛行機の手配はこちらでしておきます』
「楠木・・・」
『何ですか?』
「既に千束は北海道に・・・」
ミカの言葉に先ほどよりも大きなため息が楠木の部屋に響き渡った。