「こら、起きろ葵羽!」
「あーはい、起きてます。はい、そこは関節部を破壊すべきかと」
「そんな訳があるか。はぁ……眠たくなるのはわかるが、これはいざという時にお前たちを守る重要な情報だ。アイズもちゃんと……こら逃げようとするな!」
加入してから二週間後、私の一週間前に加入したらしいアイズと一緒にリヴェリアの勉強会に連行されていた。なぜ同じ部分を習っているかと言うと、アイズが授業を抜け出してダンジョンに行っていたからだそう。しかし後輩が出来たからか、今では一度席に着く程度には大人しくなっている。
今受けている勉強会はダンジョンのモンスターやマップなどの様々な冒険のお役立ち情報を教えてくれる会なのだがとっっても眠たくなるし、アイズが逃げようとするのもよく分かってしまう。
「……離して。ダンジョンに、行くから」
「待てアイズ! お前はまだ全然……」
アイズとリヴェリアが言い合っている間に手を伸ばしてリヴェリアが持っていた参考書を取ってペラペラと眺める。
そしてアイズがむくれながら机についた頃。
「はい、読み終わりました! 完璧に覚えました」
目一杯のドヤ顔をカマしながら参考書を差し出して宣言すると、リヴェリアは再びため息をついて参考書を受け取る。
「はぁ……明日試験をする。そこで八割以上取れなかったら大人しく授業を受けてもらうぞ? 約束するな?」
「はい! ありがとうございます! アイズ行きましょう!」
「……うん」
そわそわしていたアイズの手を取り、部屋から出る。そして急いで装備を整えて門前に集合する約束を取り付けると自室に急ぐ。
「こらアイズはまだ……はぁ、まったく……」
リヴェリアの声が聞こえないフリをして走るとアイズも珍しく笑っているのが横目に映る。
私とアイズにとっての教室──リヴェリアの自室を出て廊下を走り、一般団員用の私の部屋から大太刀と打刀、脇差、数本の短刀を持って出る。
実はリヴェリアが追いかけてくる気配がしない事には気づいているけど、慌てて準備するのがどうにも楽しい。
そして門の前に行くと既にアイズが立っていた。
アイズは七歳で私と同い年、妖精みたいに綺麗な金髪と可愛い顔をしていて身長も私とそんなに変わらない子だ。
初めて会ったときに模擬戦をしてそれ以来仲良くなった。アイズは強さが近いようで、戦っていて楽しい。
今ではパーティを組んで一緒にダンジョンに潜る仲だ。
ちなみに一度ヨナと戦ったけど、ステイタス差が大きすぎて何をしても無駄という感じで普通に負けた。
「じゃあ行こっか!」
「うん、リヴェリアが、来ないうちに」
「アタシもついていくけどね?」
「「!!!???」」
今日の引率は、アマゾネスのバーラらしい。
「まさかあそこまでアイズと噛み合うとはな……」
「うん、正直僕も予想外だ。アイズに根付いていた『危うさ』がものの数日であそこまで薄れてしまうなんてね」
リヴェリアが走りながら門を出る葵羽とアイズを眺めながら呟き、フィンが同意すると頷く。
「だが戦闘狂じみた強さへの執着は薄れるどころか強まっている。葵羽との模擬戦で相当影響されているようだ」
しかしリヴェリアは身を滅ぼすような『危うさ』が薄れた反面、それを帳消しにするような変化とお転婆に頭を抱えていた。強さへの渇望は未だにあるようだし、悩みの種は尽きない。
「そうだね……あれは影響を受けるのは当然、と言っていいかもしれないね」
「そこまでなのか?」
「ああ。葵羽は技量という一点を評するならば、オラリオでも間違いなく上位だろう。近接職はみんな奮起させられたんじゃないかな?」
天才、というものかとリヴェリアは考えるが、それでも彼女はまだまだ子ども。門限を定め、巡回が多い大通りしか使わないことを決めているとはいえ、心配であることには変わりないのだ。
いくら強くとも、レベルが離れれば呆気なく倒される、というのはヨナとの模擬戦で知ったのだろうが……
「だがあの子にも
「ああ、
それから実務的な話をいくつかした後、フィンとリヴェリア各々が自室に戻って事務作業に取り掛かる。
そして自室に戻ったフィンは件の模擬戦をその技術を吸収しようと回想する。
「模擬戦、ですか?」
「ああ、【ロキ・ファミリア】に加入して日が短い子がいてね。ステイタスの差も小さいだろうから一度どうかな? 僕たちも見学するから万が一は起こらないよ」
葵羽が【ロキ・ファミリア】に正式入団した翌日、フィンからの突然の提案に葵羽は少し考えた素振りを見せて小首を傾げ、一言。
「僭越ながら私は既に武芸者ですので、少々有利かと?」
その傲慢とも言える堂々とした様子にフィンも思わず笑を零してしまうが、初対面で体捌きを体験した際は曲芸じみた動きの中に武を感じてフィンも舌を巻いたものだ。確かに彼女は正しいことを言っている。
「それでも問題ないよ。加入が近い者同士の親睦を深める為のものだと思ってくれていい」
「はぁ、そういうことでしたら構いませんが」
親睦を深める為の模擬戦……? と戸惑う葵羽だが、そういう文化なのかと無理矢理納得する。
そして木刀を受け取り向かった先に待ち構えていた少女を見て、正確には少女の目を見て顔を強ばらせた。
故郷でよく見た、
「……葵羽と申します。よろしくお願い致します」
「…………アイズ……じゃあ始めるよ」
開始の合図も待たずに身長に合わせた短い木剣を持ったアイズは礼を終えて顔を上げたばかりの葵羽に突貫する。
「「「…………!?」」」
その不意打ちに見ていた団員も呆気に取られ、アイズが放った力任せの突きは容赦なく葵羽に当たると思われた。
だが、ガリリと木が削れるような音を出しながら木剣は木刀によって逸らされる。
アイズも一撃で終わると想定したようで体が一瞬硬直するが、迫り来る葵羽の左脚による蹴りを咄嗟に体を捩りながら投げ出すことで回避する。
そして再び向き合うがアイズの表情は変わらず冷たく、葵羽も同様であった。一つ違うのはアイズからは明確に敵意に近い感情が漏れ出していたという点。
ちなみにヨナやノアール、バーラは飛び出しかけていたが、葵羽の木刀が動くのを見て続けさせた。
「……いいでしょう、私も腹が立ちました。明日は立てないと思いなさい?」
葵羽は絶対零度の視線をアイズに向けながら、両手で持った木刀を真っ直ぐに構える。
そして警戒するアイズの元へ飛び込み、意趣返しのように突きを繰り出す。
それに対してアイズも同様に
やられたと思い横に逸れていく木刀から正面の葵羽に視線を移すとその姿が見当たらない。実際には体勢を低くした葵羽の背中は見えていたのだが、消えてしまったと感じるほどの変化。
そしてアイズの腹に回し蹴りが突き刺さり、1M程吹っ飛ぶ。
周囲の
そして一度の鍔迫り合いを経た後、初手の先手必勝、一撃必殺の突きではなく削り取るような細かく速い突きと斬撃が葵羽を襲う。
防御の甘くなった箇所を狙い打ち、時折急所の守りを咎めるような猛攻は目を見張るものがあったが、葵羽は見せつけるように態々全てを弾き、攻撃に割き過ぎた意識を縫って的確に殴打を喰らわせる。アイズの攻撃は光るものこそあれ、如何せん技量が不足しすぎていた。
周囲の団員はそのステイタスと視点故に何が起こっているかを把握出来ていたが、アイズ視点ではどのように攻撃をしても葵羽から一定距離内に木剣が届かず、知らぬ間にどこからか攻撃を受けているという悪夢のような状況。
「くっ……!」
堪らず距離を取ったアイズは先程の鍔迫り合いと突きの対応で、力と速さは自分が上だと感じた。ダメージも大したことはない。だが同年代の彼女が、自分の方が強いはずなのに敵わない、自分の方が強さを求めているのに敵わない、という事実はどうしても認められなかった。
「──っああぁぁぁぁあ!」
「!!」
アイズが吼えた。いつも無表情で言うことを聞かないナイフのような彼女を見てきたリヴェリアたちは、それに驚き目を見開いた。
そしてアイズの渾身の一突き──に見せ掛けた体当たり、極東で言うところのぶちかましは初めて葵羽に直撃する。
ドンと鈍く大きな音を立てて後方に2M超飛ばされて尚転がる葵羽はその勢いのまま立ち上がるが、顰めっ面をしておりダメージはアイズの想像していたより大きい様子。
当然
先程の突きをより高速に、受けにくいような角度で。葵羽の体は最初に思っていたよりも脆く、速さに特化した攻撃でも十分なダメージを与えられることはわかった。ならば削り取るだけだ。
(思っていたよりも、厄介……!)
そして葵羽は鈍い痛みに耐えながら、突きを受け流しながら考えていた。
厄介なのは突きではない。先程よりも速くなったとはいえ、この程度の突き連打ならば余裕捌ける。だがアイズに対してダメージを与えられる有効な手段が葵羽には無い。
流石に全力で脳天に木刀をぶち当てれば気絶するだろうし、全力の突きならば大きなダメージを与えられるだろう。だが、アイズは初手のカウンター以降前のめりにならずに少し引いて戦っている。
そのせいで大振りの一撃を喰らわせられる程の隙を作るのが難しくなってしまった。
今も葵羽は突きのカウンターを差し込んいるが、アイズは怯まずに角度を変え緩急を付け始めて襲いかかってくる。
(多少工夫した程度で破られる程の防御ではないが、このままでは千日手)
(このまま攻撃を続けていても勝てない)
((つまり、どこかで賭けに出なければならない))
二人の意見が一致した直後、示し合わせたように二人は飛び退いて距離をとる。
「侮っていたことは認めましょう……貴女は強い。だが、それでも私が勝ちます」
「うん……貴女も強い。だけど、勝つよ」
アイズが飛び出し、葵羽は半身で腰を落とし、木刀を納刀時のように持って迎え打つ。
アイズが選択したのはその日初めて見せる、突きからの斬り上げだった。狙いは太腿で、そこから斬り上げることで大ダメージを与える。葵羽の構えを見るに一撃必殺を狙ったもの、直前で緩急をつけることによって攻撃をスカそうと向かう。
そして葵羽が選択したのもその日初めて見せる、一族の一閃と呼ばれる技をやり易いように落とし込んだ居合だった。タメが長いほど速さと威力が増すという技で、木刀でやると支える左手に怪我を負うだろうが怪我はこの際どうでもよくなった。それよりもアイズに勝ちたい。
構えで狙いはバレるのは重々承知。外せば大きな隙を晒すこともわかってる。だがそれでも問題ないと、葵羽自身の研ぎ澄まされた感覚がそう言っていた。
アイズが間合いに入る直前に速度を緩め、そこから全速力で距離を詰めて木剣を振るう。
(かからない……!)
葵羽はそれに釣られることなく待ち構えていた。
そして二人が重なる瞬間、アイズが木剣を突き出した瞬間、葵羽の手がブレ、パンと弾けるような音を響かせる。
アイズの手の中にある木剣は中程から先が無くなっており、葵羽の木刀は傷だらけにはなっているものの健在であった。
「勝負あり! この模擬戦は葵羽の勝ちだ!」
それを見た団員の一人が慌てて勝敗を告げて模擬戦は終了した。
(こんな所だったか……)
フィンは団長室の椅子の背もたれに体を預けながら、回想を終えた。武器を握って日の浅いアイズが加速度的に上達していったのは一重に相性が良かったからか、葵羽がそういう風に戦ったからか。何はともあれアイズは防御を覚え、技を知り、グングンとその実力を伸ばしている。
そして語らずにはいられないのは葵羽の居合。その場にいたレベル2の冒険者でも見えない者が出る程の速さだった。魔力が使われた様子がない為、あの居合は技量によって繰り出されたもの。間違いなく至高の技と言えるだろう。
「僕ももう一度鍛え直すか……」
感動したというのは事実ではある。だが
幼アイズたんの狂犬っぷりを書こうか悩んだんですが、見てて辛くなるのでちょっと柔らかくしました。
苦労する