オラリオに来たけど治安悪くない?   作:のん野のん太郎

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第5話

『黄昏の館』の中庭では、朝早くから木を打ち付ける子気味良い音が響き渡っていた。市街地でしようものならクレーム待ったナシだが、【ロキ・ファミリア】の団員たちは目覚まし代わりにしている者さえいる。

 今も起きてきたガレスが伸びをしながら中庭で模擬戦をしている彼女たちを眺める。

 

「相変わらず元気が有り余っておるな」

 

「ああ、姉との和解も済ませて肩の荷がおりたんだろうね。あれ以来前にも増して爛漫になった」

 

「うむ、小娘どもはそのくらいが丁度良かろう?」

 

 ガレスが湯気が立つマグカップ片手に彼女たちを見ているフィンに声をかける。

 葵羽と輝夜はオラリオでの初遭遇(ファーストコンタクト)後、再び話し合うことで和解に成功していた。止まっていた時間が長かった分その反動か、互いの誤解を解いて関係が修復されるまではすこぶる速かった。実際のところは葵羽が言った発言(お姉ちゃん大好き)が輝夜に対して致命的(クリティカル)だったことが非常に大きいのだが。

 何はともあれ総合的に見れば葵羽と輝夜の関係は在り来りな姉妹程度までには修復した。

 

「うっ!」

 

 木剣が転がる音が響く。再び中庭に目を向けると葵羽が木刀を振り抜いた体勢で、アイズは木剣を弾き飛ばされて静止していた。

 

「やはり葵羽が勝つか」

 

身体能力(ステイタス)の差も小さくなったからね。駆け引きを覚えたとはいえ今のアイズが勝つのは厳しいだろう」

 

「それにアイズだけでなく葵羽も成長しておる。儂等(わしら)も気が抜けんのう?」

 

「……ああ、本当に」

 

 彼女たちは数年のうちに実力で幹部の座に昇るだろう。その時に自分たちが足踏みしてレベルが変わらないなんてお笑い草だ。

 今は遠かれど凄まじい速さで猛追する後輩に、フィン含め【ロキ・ファミリア】の面々は徐々に危機感や焦りを感じ始めていた。

 そんな中館が慌ただしくなり、走ってきた団員から嫌な報告が舞い込んでくる。

 

「団長! 闇派閥(イヴィルス)の襲撃です!」

 

「場所と規模は?」

 

「正門前です! 規模は三十人程!」

 

「わかった。団員は正門前に集まれ! 僕、リヴェリア、ガレス、三つの隊に分ける!」

 

 館が無数の足音に包まれている中、フィンの指示が飛ぶ。

 それに気づいた葵羽とアイズは忙しなく行動する団員を脇にフィン達のもとへ駆け寄った。

 

「私も、行く!」

 

「闇派閥ですか? 相手次第ですが、恐らく気付かれずに殺れます」

 

「駄目だ、ここにいろ。小娘どもにはまだ早い」

 

 モンスターとは異なる対人戦、模擬戦のように終わらずに殺し合いになる恐れもある。そんな戦場にガレス達(大人達)は決して連れていこうとはしなかった。葵羽は色々と()()()()()様子ではあったが、家族になった(ファミリアに入った)以上は無茶をさせる訳にはいかない。

 

「なに、さっさと終わらせて帰ってくるわい」

 

「じゃあロキ、後は頼んだ」

 

「ん、いってきぃ。頑張ってな」

 

 いつの間にか傍に来ていたロキに留守を任せてフィン達は出発した。

 

「さて、フィン達は行ってもうたけど、アイズたんと葵羽たんは何する? うちとお医者さんごっことかどうや!? ハァハァ……」

 

「ロキ様怖いです」

 

「……庭で、素振りする。行こう、葵羽」

 

「ありゃりゃ、振られてもうた」

 

「あと、変な呼び方をしないで」

 

 葵羽やフィン達という時は感情的になるアイズだったが、それ以外と接する普段のアイズは無表情が基本であった。

 変態的な神もそれ以外に該当しており、感情に乏しい顔であしらって葵羽を引っ張りながら背を向けた。

 

「ロキ様申し訳ありません。失礼しますー……」

 

 徐々に小さくなるアイズ達に手を振って見送るロキは、アイズの感情を僅かな表情の機微から見抜いていた。

 本人も気付かないほど小さな、仲間外れにされる疎外感。子供らしい不満と寂しさが小さな背中から滲んでいることを。

 

 翌日、アイズと葵羽は中庭で各々の愛用する獲物を振っていた。

 アイズは【ゴブニュ・ファミリア】が打った専用武器(オーダーメイド)、《ソード・エール》を。

 葵羽は【ヘファイストス・ファミリア】の駆け出し冒険者が打った良さげな刀を。

 アイズが持つ《ソード・エール》は鉄よりも硬く強靭な『ダマスカス』を使用しており、重装すら貫けるだろうが重さが課題であった。その為模擬戦だけでなく、素振りを日課としていた。

 葵羽が持つ刀は鉄鋼を使用した無銘。《ソード・エール》には大きく劣るが、葵羽本人が選んだこともあって初級冒険者が持つには上等なものであった。

 そして葵羽の素振りは純粋な剣技の昇華。仮想の敵を相手取る事は少なく、己の技を極める為の自身との対話、瞑想に近いものである。

 

 中庭へと足を運んでいたロキは木陰でその様子を眺めていた。

 先程自分に会釈した葵羽の卓越した剣技はいくらでも見ていられるものであったが、アイズのそれも最近は良くなってきていることが分かる。

 鋭く繰り出される剣技は、巷で騒がれている『人形姫』の所以(ゆえん)を物語っていた。まだ粗さ(荒さ)はあるが、ふとした瞬間に上級冒険者が目を見張るほどの『技』を放つ時がある。

 

「……ロキ?」

 

 体力切れを起こして肩で息をするアイズは剣を止めてやっと、ロキの存在に気づいた。それと同時に葵羽も手を止めて納刀する。

 見守っていたロキは少し間を置いて笑みを浮かべ、「お疲れちゃーん」と言って二人に手拭いを渡す。

 

「事件の方、ケリついたらしいでー。後始末あるみたいやけど、夕方には帰ってくるらしいわ」

 

「全員無事だったんですか?」

 

「多少怪我した子もおるらしいけど、大したことないみたいやで。良かったなー、リヴェリア達が無事で」

 

 思考に沈んで黙っているアイズに、ロキはにんまりと笑った。

 

「別に、心配なんてしてない」

 

「それは良かったです。アイズもそんなこと言いつつ安心してると思いますよ?」

 

「そんなこと」

 

「やっぱり不貞腐れとるのかー? アイズたんは!」

 

「そんなこと、ないっ」

 

 葵羽とロキに挟まれて揶揄われるアイズはぷいっと顔を背けて再び剣を抜こうとする。

 それを苦笑しながらロキはあやすように呼び止めた。

 

「アイズたん、葵羽たん、たまには気分転換せんか? うちとお出かけしようや」

 

 

 

 

 

 財布をポーチにしっかりと仕舞い、刀だけを腰に差す。そして()()()黄昏の館を出た。

 あのとき葵羽はロキのお誘いを丁重にお断りしたのだ。今日は遂にガタが来た脇差を調達する為に、バベルに行かなければならなかった。

 アイズのように専用武器(オーダーメイド)を作りたい気持ちもあったが、葵羽はアイズと違って大太刀と打刀、脇差を扱う。

 大太刀は今のままで良いとしても、かかる費用はアイズよりもかなり多くなる。その為今は節約して安価でいて質のいいものを探しているのだ。

 そしてそれをするにはバベルでの宝探しが一番いい。

 

 トコトコと大通りを歩いてバベルを目指していると、遠くから「俺がガネーシャだぁぁぁぁぁ!!」という声が葵羽の耳に入ってくるが、オラリオにいればよくある事だ。

 そのまま何事も無くバベルに辿り着き、魔石昇降器(エレベーター)で八階のボタンを押す。

 すると途中で止まって左眼に漆黒の眼帯をつけた女が乗りこみ、葵羽は軽く会釈してから端に寄る。

 

「む? 極東の装いに黒髪、大太刀は無いがガレスのところの小娘か?」

 

「え? まぁ、そうですが……」

 

 恐る恐る返すと魔石昇降器はゆっくりと動き出す。褐色の肌に黒の短髪。葵羽が見上げるとさらしに包まれた大きな果実が二つ。ヒューマンのようでどこか違う、珍しい雰囲気を纏っていた。

 

「やはりそうか! 小さな女子とは聞いていたが、ここまで小さいとはな。気を抜けば気付かぬところだった! 既に刀を持っているが、何故此処へ?」

 

「脇差を買いに来ました。それで貴女は何者なんですか?」

 

 からからと笑う女に小さいと言われた葵羽はムッとして話をぶった斬るように問いかけた。

 

「言ってなかったか、手前の名は椿。【ヘファイストス・ファミリア】の鍛冶師よ。それにしても冒険者で脇差を使う者が居るとはな」

 

「二刀流をする事もあるので。鍛冶師ならば今後お世話になることがあるかもしれませんね」

 

 椿に社交辞令(そう)言うと、椿は右眼を細めてまじまじと注視してくる。

 

「ふぅむ……『人形姫』はせがんできたが、お主はそうせんのか?」

 

「作ってくれるんですか?」

 

「それはお主次第だな…………ふむ、どれ着いてこい」

 

 八階手前で椿に手を引かれて魔石昇降器を降りる。強引だがバベルの中で、相手はガレスの知り合い。悪い様にはされないだろうと大人しくついていく。

 

「専用武器を買えるほどお金持ってませんけど……」

 

「いいからついてこい。お主次第では無料(タダ)でもいい。どれ、刀を振って見せろ」

 

 そして【ヘファイストス・ファミリア】の店の裏側、少し開けた場所に着いた。

 少し困惑しつつも、どこかで聞いた鍛冶師は変な奴が多いという評判に少しだけ納得する。

 

「では、失礼します──」

 

 妙な状況だがまたとない機会と感じた葵羽は両手で持った刀を縦、横、斜めと振り、徐々に今朝の素振りの時のように集中していく。そして気がついた頃には単調に振っていた刀が必殺の剣技へと変わっていた。

 刀が空気を斬る音が響く中で椿は真剣な眼差しで葵羽を見つめる。何を思ったかは誰の知るところでもないが、一つ大きく頷くと声を上げた。

 

「素晴らしい……よし気に入った。駄賃は要らん、脇差を作ってやろう。その間の間に合わせはこれを使うといい」

 

「…………え? え! 本当にいいんですか! ありがとうございます! あ、ちょっと!?」

 

 葵羽は投げられた脇差を落とさないように受け取って礼を言うが、椿はそれを聞く前にさっさと去っていった。

 小走りでそれを追いかけると、椿は笑みを浮かべながら振り返って一言。

 

「後日届ける」

 

 それだけ言うと今度こそ椿は消えてしまった。

 そして【ヘファイストス・ファミリア】の店の材料置き場に置き去りにされた葵羽は【ヘファイストス・ファミリア】の団員からの視線にいたたまれなさを感じながらバベルを後にした。




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