すっかり日が沈んだ夜、葵羽は今度こそ主神の誘いに乗って、酒場『豊饒の女主人』で宴会に参加していた。
「それじゃあフィン達の活躍を労って──乾杯!」
「「「乾杯!」」」
ロキの音頭に合わせて多くの杯がぶつけられ、皆が杯に口をつける。
「まったく、帰ってきて早々宴を催すなど……前もって連絡くらいしておけ」
「ええや〜ん、リヴェリア〜! いつも頑張ってる子らを労いたかったんや!」
「自分が飲みたかったからの間違いじゃないかい、ロキ?」
「ふんっ、別にこの酒場じゃなくても良かったじゃろうが」
ロキは闇派閥の事件を鎮圧し館に戻ってきたリヴェリアを迎えるなり「今から宴会いくでー!」と連れ出した。
ガス抜きをする為というロキの主張だったが、酒の臭いがない日の方が珍しいロキの酒好きは周知であり、葵羽やアイズはフィンの指摘が至極真っ当に思えた。
彼女たちがフィン達と同じテーブルでちびちびと
「聞こえてるよ、老け顔ドワーフ。アンタだけ叩き出してやろうか」
ビクッ、とアイズが肩を跳ねさせる中、料理を運んできたドワーフの女店主はボヤキを口にしたガレスを見下ろしていた。
女店主の恵まれた身長と体格からは凄まじい威圧感が放たれているが、何処吹く風のガレスは返す。
「おぅやってみろ、不良店主め。生意気に縦ばっかり長くなりおって」
「やめろ、ガレス。他の
「やぁミア、今日はいきなり大人数で押しかけてすまなかったね。ありがとう」
「まったくだよ。遠慮なく取り立ててやるから、金を落としていくんだね」
「あぁ、そうさせてもらおう」
「ガレスのあんな所、珍しいですよね?」
「うん、知り合いなのかな?」
珍しく喧嘩腰のガレスに驚いていれば、リヴェリアやフィンは特にそういった様子もなく。
鼻を鳴らして厨房へと去ったドワーフはいったい何者なのか、気になったアイズは直接問うことにした。
「あのドワーフの人と、知り合いなの?」
「まぁ、な。腐れ縁とでも言えばいいのか……」
「店主のミアは元冒険者なんだ。今は派閥から半脱退ということになっているけど、少し前まで僕達とも色々関係があってね」
「ふんっ、ありゃあ拳でしか問題を解決出来んただの脳筋女じゃ」
「ふふ、喧嘩相手がいなくなって寂しいのかい、ガレス?」
「馬鹿を言えフィン」
その質問にガレスはしかめっ面を浮かべながら答えると、フィンがその補足を挟む。そして話題はそのままミアが
今の治安が悪いオラリオで、誰もが笑って酒を飲める場所を作る為に【ファミリア】から足を洗った。
そして今では『どんなにクソッタレな時代だろうと、笑って飯を食べてもらう場所』という
普段の街のような、暗く緊張感のある冷たい空気ではない、誰もが安心して今を楽しむ温かで賑やかな空気だ。
「なんだか楽しいですね!」
「……うん」
酒場や宴に行くことが少なかったアイズや葵羽だったが、温かな空気に思わず顔が綻び、居心地がいいと思えた。
下位団員と飲み比べをして盛り上がるロキ達の馬鹿騒ぎは重い空気をになる暇すら与えない。
葵羽もすっかり気に入ったパスタなる料理をリスのように頬張りながら静かにロキの応援をしている。
「アイズ、飲み物だけではなくちゃんと食べろ。皿を貸せ」
「すっかり板に付いてきたじゃないか、リヴェリア?」
「ふはは、まったくじゃ」
「茶化すな、フィン、ガレス」
そんな会話を尻目にアイズはいきなり山盛りになったサラダや魚の蒸し焼きをゆっくり口にしていると、葵羽やアイズと関わることが少ない他団員達がこちらの卓に突撃してきた。
「へーいそこの二人? たまには団長達じゃなくて俺達とも話そうぜ!」
「「!?」」(純粋に驚いているアイズと、パスタで話せない葵羽)
「いけー、ケビン!」
普段は感情の乏しいアイズにあまり話しかけていない他団員達だが、酒の力で
感情の変化が顔に出ず、話しかけずらいアイズ程では無いが、突然現れた
ならばこうなるのも必然と言えるかもしれない。
「アイズたん、じゃなくてアイズちゃん! お姉さん達の美味しい魔法の飲み物、飲んでみない?」「おいっ、お前達何を飲ませるつもりだっ」「葵羽ちゃん極東生まれだよね? 極東産の魔法の飲み物もあるよー? コレは違うけどー!」「葵羽にまでっ」「まぁまぁリヴェリア、たまにはええんとちゃうか?」「この不思議な飲み物を飲むと強くなれるんだぜ!」「そうそう、頭が冴えてしょうがない!」「モノは試しだよ!」
四方八方からの言葉が重なって聞き取れなくなる中で、アイズは『強くなれる』という言葉に、葵羽は酒と知りつつも押しの強さと好奇心から、差し出されたグラスを受け取ってしまう。
苦笑を浮かべるフィンや髭を撫でながら面白そうに笑うガレス、未だに何かをこちらに叫んでいるリヴェリアに見守られながら、二人の少女は果実の香りと鼻を妙に刺激する匂いのする飲み物──果実酒を飲む。
『いった──!』
そんな彼女達に団員達はガッツポーズをして大盛り上がり。振り切ったボルテージをそのままに、彼女達に質問攻めをする……が、二人とも様子がおかしい。アイズと葵羽は俯き、空になった杯を両手で持ったままテーブルの上にことんと置く。
「アイズ、葵羽……?」
「だ、大丈夫か……?」
リヴェリアとロキが手を伸ばした、次の瞬間。
ザシュッ! と。
「ぐぁあああああああああああ!?」
「ケ、ケビーン!?」
「ケビンがやられたぞぉー!?」
愛剣を持ち込んでいた
「ちょ、アイズちゃん!?」
「……ヒック」
「ぎゃああああああああ!?」
「……ヒック」
「いやぁあああああああん!?」
「よ、酔っ払ってる!?」
「とにかく剣をっ、誰か剣を取り上げなさい!」
「……ヒック」
「うなぁあああああああああ!?」
「またヤられたぁー!?」
可愛らしいしゃっくりの後に放たれる、痛烈の斬撃。
顔を赤らめながらフラフラとする幼女に一人、また一人と都市最大派閥の冒険者が斬り伏せられていく。
酒の力によって普段のアイズはどこへやら。鋭い眼差しを送る金の瞳はとろんと目尻を下げ、理性の代わりに剣気を獲得していた。
正気を失った幼女の手によって賑やかな酒場が一気に混沌とし、同じような悲鳴と共に団員達が積み重なっていく。椅子もテーブルも斬られまくっては破片が飛び散り、アイズを中心に破壊が広がっていった。
そしてそんな手をつけられない状況で、ダメ押しとばかりにもう一人の
「おいおいおいおい……」
「あ、葵羽ちゃーん……? だ、大丈夫かなー?」
嫌な予感があったが、どうか無事であれと願いながら恐る恐る声をかける団員達。しかし葵羽の手には椿から貰った脇差が一振り。
「あ、あれは──『酔剣』!」
「知っておるのか、ロキ!」
「今適当につけたけど、間違いない! 酔っ払って 出鱈目に斬りまくる禁断の奥義や!」
「見ればわかりますよ! フィン団長、葵羽ちゃんまで参加したら流石に……!」
「そうだね、そろそろ……おや?」
「フィン団長?」
「親指が疼く」
「フィン団ちょぎゃああああああああ!?」
そしてもう一人の
本気で泡を食いながらもリヴェリアが椅子を飛ばして立ち上がり、ヒュンヒュンぶおんぶおんと音を立てて獲物を振り回す幼女剣士を取り抑えようと近づいていく。
「──この、馬鹿娘」
それよりも速く。いつの間にか背後に現れたドワーフの店主が振り上げられた剣先を指二本で摘んでいた。
「……ヒック?」
「酒を飲むのは勝手だがねぇ、羽目を外し過ぎるな……この店の決まりだ。覚えときな。あとね……」
そして店主、ミアは双眼をかっっと開いた。
「店のもんを壊すんじゃないよ──このアホンダラァアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
「うぎゅぅう!?」
怒りの鉄拳が
二人が倒れる音と剣のカラァン、という乾いた音だけが響く静まり返った店内。
ロキは盛大に青ざめ、リヴェリアは頬をひきつらせ、フィンとガレスは遠い目をする。
店中央で独り仁王立ちする
そして【ロキ・ファミリア】の絶対条項にこの日、アイズと葵羽には絶対酒を飲ませてはならないという一文が刻まれた。
それと同時に、『豊饒の女主人』では決して羽目を外してはいけないという不文律が、客の間で共有されることとなった。