ストックがある6話までは15分おきに更新して、それ以降はのんびり更新になります。
己が幸せであるか否かというのは、人がよく自身に問いかけるもの……。私自身も、己の幸せについて考えたことが何度もあります。
私は恵まれた人間であると、心から実感できています。極めて裕福な家に生まれ、過去に金銭に関して困った経験などなく、願って叶わなかったことも一度もありません。
客観的に見て容姿にも恵まれており、容姿を賞賛される機会も多くありました。いろんな才能にも恵まれていて、なにをやっても人並み以上にこなすことができましたし、天才や神童と呼ばれたことも何度もあって、いろいろな分野で結果を残すことも出来たと思います。
交友関係にだって凄く恵まれました。仲のいい友達もたくさん居て、尊敬できる人も身近に存在してました。お父様もお母様も、仕事で忙しい中でも小まめに時間を作って私と過ごしてくれましたし、確かな愛情と共に育ててもらったという実感があります。
そう、私は、とても恵まれています。人が羨むようなものをたくさん持っていて、たくさんの愛情に包まれて、なに不自由のない日々を過ごしていると言っていいと思います。
人生に不満があるかと問われれば、私は「無い」と即答ができるほどに……。
だけど、私の人生には何かが足りないと、ずっとそう感じていました。心の奥にパズルのピースがひとつ足りないような、そんな感覚……現状に不満があるのではなく、なにかが足りていない。だけど、それが私自身でも分からないという、なんともスッキリしない感覚です。
私自身がよく分かっていないものを人に相談できるわけもなく、なんとも言えない感覚を抱きながら日々を生きてきました。
ですが、あの日私は――『運命』に巡り合いました。
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その日は特に普段と変わって特別な日ではありませんでした。いつものように学校に通い、仲のいい友達と共に勉学に励み、楽しく雑談をしながら帰路につきました。
駅で電車通学の友達と別れ、そのまま家に帰るか、それとも本屋にでも寄って帰るかと思案していたタイミングで、ふとその人の姿が目に留まりました。
前から歩いてくる同年代ぐらいの桃色の長髪の女性。制服の上に髪の色に似たジャージを着た特徴的な姿で、顔を俯かせながら歩いており、長い前髪と姿勢で少し顔は隠れ気味ですが微かに覗く顔立ちは整っているように感じられました。
名前も知らない、学校も間違いなく違う女性。その姿を見た瞬間……私は落雷に打たれたような衝撃を受けて思わず足を止めてしまいました。
それはまさに雷の一撃。フランス語で『
私はいままでの人生において、こんなにも美しく愛らしい人を見たことはありません。こんなにもひとりの人間に心奪われたことはありませんでした……ずっとなにかが足りなかった心に、最後のピースがはまる音が聞こえた気がしました。
同性であるという事は気になりません。好きになった相手がたまたま同性だったというだけの話であり、特に問題というようなことでもないでしょう。
いや、考えるのはあとにします。私はいま己の気持ちを自覚しました。ならば次は行動に移すだけ……。
私は歩いてくる女性の前に立ち、声をかけます。
「あの、突然すみません」
「ッ!?!?」
声をかけると女性はビクッと体を動かしたあとで、キョロキョロと周囲を見始め「え? 私に声をかけてるの?」と言いたげな表情を浮かべていましたが、私の方はそれどころではありませんでした。
間近で見るとその愛らしさにさらに凄まじく、心臓が早鐘のように脈打つのを感じてとても冷静ではいられません。ですが、ここで目的を見失ってはいけませんので、心を奮い立たせて言葉を続けます。
「私は
「……あっ、後藤ひとり……です」
「後藤ひとりさん……素敵なお名前ですね。ひとりさんとお呼びしてもよろしいでしょうか?」
「あっ、は、はい」
後藤ひとりさん……名前の響きもなんて素晴らしいのでしょうか。愛らしい姿の方には、それに相応しい愛らしい名前があるもの……彼女の名前を知り、呼べた奇跡に感謝したい気持ちでいっぱいです。
しかし、話はこれで終わりではありません。まだ、ここからなによりも大事な話をしなければならないのです。
「ひとりさん……突然のことではあるのですが……」
「あっ、はい」
「結婚してください!!」
「ふぁっ!?」
高らかに告げた言葉に、ひとりさんは大きく目を見開いて驚愕し、少しすると大量の汗を流しながら視線を忙しく動かし始めました。
「……あっ、ああ、あの……いい、いきなり……なにを!?」
「貴女に一目惚れしました。結婚を前提としたお付き合いをお願いします」
「へぅっ!?」
私の言葉に対しひとりさんはかなり戸惑っている様子であり、なにかを返答しようとしている感じはあるのですが、言葉にならないといった雰囲気でした。
そこでふと私はあることに思い至りました。ああ、私は急ぎ過ぎてしまったのかもしれません……お父様からもよく「有紗のその行動力は長所でもあり欠点でもあるね」とよく言われていたのですが……今回も気持ちがはやり過ぎてしまいました。
「申し訳ありません、ひとりさん。私は少々急ぎ過ぎてしまっていたかもしれません」
「あっ、えっと……そ、そうですか……」
「大変失礼いたしました。『指輪』も用意せずに結婚を申し込むなど、無作法でした。恐れ入りますが、左手の薬指のサイズを測らせていただいてもよろしいでしょうか? 早急に婚約指輪を用意いたしますので」
「あぇぇぇ!?」
結婚を前提としたお付き合いを申し込むのであれば、それはすなわち婚約です。であるならば、それには相応しい作法というものもあります。
つい気持ちが急ぎ過ぎて、エンゲージリングすら用意することもなく結婚を申し込んでしまったのは、完全な落ち度でしょう。ひとりさんが戸惑うのも当然ですね。
「……あっ、あの……その、ですね。しょっ、初対面で、いっ、いきなり結婚とかは、はは、早すぎるといいますか……こ、ここ、困るといいますか……」
「ふむ。なるほど……」
「もも、もう少し段階を踏んで……」
そういえば以前読んだ本に、まずはお友達からという言葉がありました。たしかにひとりさんの仰る通り、段階を踏むべきなのかもしれません。
私自身としてはひとりさんが頷いてくれたのなら即座に指輪を作って、式場を手配させる気でいましたが、ひとりさんの意思を無視するわけにも行きません。
恋愛の速度は人それぞれですし、私の速度に無理やり合わせさせてしまうのも問題ですね。
「……たしかに、ひとりさんの仰る通りかもしれません。こういったことは、しっかりと段階を踏むべきでしたね。謝罪いたします」
「あっ、い、いえ、分かってもらえたなら……」
「ではまずはお友達からということで! 是非、ひとりさんの連絡先を教えていただけませんでしょうか!!」
「はひっ!? かっ、顔近っ……わわ、分かりました!?」
今後ひとりさんと親睦を深めていくために連絡先の交換をお願いしたところ、ひとりさんはワタワタと慌てた様子で連絡先を教えてくれ、更にはそれだけでなくご自宅の住所まで教えてくださいました。
これはつまり……いつでも遊びに来ていいということでしょうか!? ホッとしました。ついグイグイ行き過ぎてしまったかと思いましたが……脈有りの様ですね!
「あっ、ああ、あの、私……電車の時間があるので」
「そうですか、それはお引止めしてしまって申し訳ありません。また、ご連絡させていただきますね」
「あっ、はい。そそ、それでは!」
ひとりさんにもご都合というものがありますので、あまり長く引き留めるわけにも行きません。少し慌てた様子で駅に向かっていくひとりさんに手を振って見送ったあとで、私はスマートフォンを取り出して電話を掛けます。
「……じいや、明日の予定を空けておいてもらえますか? あと送迎の手配と、手土産の用意を……ええ、友人の家に参りますので、ええ、よろしくお願いします。手間をかけて申し訳ありません」
今日はゆっくりと話すことができませんでしたが、明日は休日ですし、さっそく頂いた住所に遊びに行かせてもらうことにしましょう。
初めての訪問になりますので、しっかりと手土産も持って……ふふ、とても楽しみですね。
****
恋をすると世界が変わって見えるものです。衝撃的な出会いから一夜明けた翌日、私はさっそくひとりさんのお宅に伺いました。
呼び鈴を鳴らして少し待つと、ひとりさんと同じ色合いの髪の大人の女性……おそらくひとりさんのお母様らしき方が応対してくださいました。
私にとっては将来のお義母様というわけですね。
「初めまして、私は時花有紗と申します。ひとりさんはご在宅でしょうか?」
「あら? まぁまぁ、ひとりちゃんのお友達かしら?」
「はい。お友達から始めて将来はひとりさんの妻になる予定です。よろしくお願いします、お義母様」
「……うん? よく分からないけど、ひとりちゃんのお友達が来るなんて初めてよ。どうぞ、上がってちょうだい」
「お邪魔いたします。ああ、こちらつまらないものですが、皆さんでお召し上がりください。生ものではありませんが、あまり日持ちするものでもありませんので、ご注意ください」
「あら、ご丁寧にどうも、ずいぶんしっかりした子ね……少し待ってね。ひとりちゃ~ん! お友達が来てるわよ~」
優しそうなお義母様に促され、家に上がらせていただきます。脱いだ靴を綺麗に整えて邪魔にならない位置に置いたタイミングで、ひとりさんが玄関にいらっしゃいました。
寝起きなのか、少し眠そうに眼を擦っている姿がとても愛らしく、胸が高鳴るのを感じました。
「……もう、お母さん。私の友達が来たなんて、嘘つくにしてももう少しマシな……マシな……」
「こんにちは、ひとりさん。朝早くから申し訳ありません。またお会いできて嬉しいです」
「ひっ、ひぇぇぇ……」
私の顔を見たひとりさんは、信じられないと言いたげな表情を浮かべていました。よかったです。どうやら、昨日一度会っただけですが、しっかりと私の顔を覚えてくださっていたみたいです。
やはり、これは……脈ありと見ていいでしょうね!
時花有紗:恵まれた境遇に有り余るお金、数多の才能に抜群の容姿と神様の依怙贔屓を受けまくり、天から何物も与えられまくったが、ブレーキだけは与えられなかった常時行動ゲージMAX状態のお嬢様。初手プロポーズからの自宅訪問、家族への挨拶を出会ってから24時間以内に決めた猛将メンタル……正面突破しかしない剛の者。