ぼっちな貴女に恋をして   作:ぬこノ尻尾

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五手相談の作詞風景~sideB~

 

 

 結束バンドメンバーとしてのオリジナル曲の作成。作詞を任され苦戦していたひとりだったが、有紗の勧めに従いバンドメンバーのリョウに相談し、アドバイスを受けたことで吹っ切れることができた。

 明るくメジャーな曲をと無理して書いていた時とは違い、自由に作詞すると吹っ切れてからは筆の進みはかなり早くなり、ひとりは作詞に集中することができた。

 

 そして、満足のいく歌詞がようやく完成したというそのタイミングで、ひとりは現在……かつてないほどの恐怖に震えていた。

 

「……」

 

 床に正座しガタガタと震えるひとりの前には、有紗が立っている。有紗の口元にはいつものように穏やかな笑みが浮かんでいるが、目は欠片も笑っておらず、背後に鬼神でも居るのではないかというほど凄まじい怒気を放っていた。

 普段怒らない人ほど怒った時は怖いというが、それは有紗にも当てはまった。いつもは優しく微笑んでおり、おおよそ怒るところなど想像もできないほど穏やかな有紗の怒り……その重圧たるや、なにを言われたわけでもないのにひとりが無意識で正座するほどであり、体の震えが止まらない。

 

(な、なな、なにこの状況、有紗ちゃん、おお、怒ってるよね!? なな、なんでぇ……)

 

 そもそも、ひとりはまだ有紗がなぜ怒っているか分かっていない。いつも通り遊びに来た有紗だったのだが、ひとりを見た瞬間、なぜか凄まじい怒りの気を放ち始めた。

 そして現在仁王立ちする有紗の前にひとりが正座しており、恐怖のあまり怒りの理由も聞けないという状態になっていた。

 

「……ひとりさん」

「はひっ!? ななな、ななん、なんでしょうか……」

「その目のクマは……なんですか?」

「くっ、クマ? あえ、あ、えと……ひぃっ!? ごご、ごめんなさい!」

 

 静かに問いかけてきた有紗に返答しようとしたが、その凄まじいプレッシャーにひとりがまともに返答できるはずもなく、とりあえず即座に土下座の姿勢で謝罪した。

 すると有紗はスッとしゃがみ、ひとりの肩を掴んで顔を上げさせ、ひとりの目を見て微笑む。

 

「……謝罪しろと言っているのではないんです。私は、そのクマの理由と経緯を尋ねているんですよ?」

「ぴぃっ!? あっ、あの、ここ、これはその、作詞に集中し過ぎて……ここのところ眠ってなくて……」

 

 顔を上げたひとりの目に映ったのは完全に目が据わっている有紗だった。普段ひとりは、人とほとんど目を合わせることができない。仮に目を合わせてもすぐに逸らしてしまう。

 だが、いまは怖さのあまり目を逸らすことすら出来ず、慌てた様子で事情を説明する。

 

「なるほど、創作には時に勢いも重要ですね。熱が入って時間を忘れてしまう気持ちも分かります」

「……あっ、えっと……」

「でも、だからと言って、己の体を蔑ろにした無茶をしていい理由にはなりません」

「あひっ!? は、ははは、はい!」

「……ひとりさん?」

「ひゃい!?」

「もう二度とこんなことは無い……そうですよね?」

「はっ、はい! に、二度と無茶はしません!!」

 

 決して声を荒げているわけでもないのに、有紗の声は有無を言わせぬ迫力があり、ひとりは壊れた人形のように首を勢いよく何度も縦に振りながら返事をする。

 その言葉を聞き、ようやく有紗から放たれていた重圧が消えた。

 

「……約束ですよ? ひとりさんが頑張り屋なのは知っていますが、無茶は駄目ですからね」

「あっ、はい。そっ、その、心配かけてごめんなさい」

 

 どうやら有紗の怒りは収まったようで、いつものように優しい微笑みを浮かべてくれており、ひとりはホッと安堵しつつ、有紗に頭を下げて謝罪する。

 そもそも有紗が怒っていたのは、ひとりのことを心配してという部分が大きいので、申し訳ないという気持ちはかなり大きかった。

 

「分かってくださればいいんです……ただし」

「……え?」

「今回の件に関しては、罰を与えます。いいですね?」

「ひぃ……はひっ……」

 

 どうやらまだ危機は脱していなかったようで、有紗は美しい笑みを浮かべながら宣告した。残念ながら、先ほどまでに焼き付けられた恐怖の感情もあり、ひとりには頷く以外の選択肢は無かった。

 この日以降、ひとりは強く心に誓った。有紗だけは怒らせないようにしようと……。

 

(罰か……で、できれば、痛くないやつがいいなぁ……)

 

 そんなことを考えつつ、どこか諦めの表情を浮かべていたひとりに対し、有紗は宣言通りに罰を与えた。だが、その内容は、ひとりが予想していたようなものではなかった。

 

「……あっ、え、えっと……有紗ちゃん? こっ、この状況は……いったい……」

 

 宣言のあとで有紗の指示通りに動いた結果……現在ひとりは、有紗の腿の上に頭を乗せて寝転がっていた。所謂膝枕の体勢であり、状況が呑み込めないひとりが問いかけると、有紗は微笑みを浮かべながら告げた。

 

「先ほど言った通り罰を与えます。ひとりさんには、罰としていまから仮眠をとっていただきます。私がこうしてしっかり監視しているので、誤魔化しは効きませんよ」

「……はえ? そっ、それが罰……ですか?」

「はい。仮眠です……寝心地は悪くないですか?」

「あっ、い、いえ、はい。だだ、大丈夫です」

「それなら、よかったです」

 

 有紗がひとりに与えた罰の内容は、有紗の膝枕で仮眠すること……罰とは到底言えないような内容だった。というよりは、罰ではなく眠っていないひとりを強制的に眠らせるために罰という言い回しをしただけのようだった。

 まぁ、膝枕をする必要はないので、その辺りには有紗の欲望が多少は反映されているかもしれないが……ともあれ、ひとりにとっては予想外ではあったが、内容を聞いてみればなるほど有紗らしいとも感じた。

 

(……結局有紗ちゃんは、最初っからずっと私のことを心配してたんだよね……やっぱり、優しいな)

 

 心からひとりを気遣い心配している有紗の優しさに心が温かくなるのを感じた。そして、こうして横になってしまえば、やはり目の下にくっきりクマが出来るほど寝不足だったこともあり、すぐに抗いがたい眠気が湧き上がってきた。

 有紗はひとりの頭に手を乗せ、優しく撫でる。その心地良い感覚に、ひとりの意識はあっという間にまどろみの中に沈んでいった。

 

 

****

 

 

 意図せず有紗を怒らせてしまうという事態こそあったものの、無事にオリジナル曲も完成し、結束バンドの活動は順調だった。

 あっという間に7月となり、STARRYでの初ライブに向けて店長である伊地知星歌の出したオーディションも無事合格し、4人そろっての初ライブが決定した。

 しかし、そこで立ちはだかるのがチケットノルマであり、今回のノルマはひとり5枚……つまり、ひとりも5人の相手にチケットを売らなければならない。

 ひとりは、心に絶望を宿しながら一本ずつ指を折って考える。

 

(父! 母! 妹! 犬! ……有紗ちゃん!! や、やった、大丈夫。全部売れる!!)

 

 家族と有紗を合わせて丁度5人であることに歓喜の涙を流す……なお、妹や犬がライブハウスに入れるかどうかを考えるほど思考的な余裕は無かった。

 

「……ぼっちちゃん、大丈夫?」

「はっ、はい! 大丈夫です。私には有紗ちゃんが居るので……」

「有紗ちゃんって……たしか、ぼっちちゃんが時々話してる友達だよね?」

「あっ、はい。私の初めての友達です……といっても、虹夏ちゃんたちと2週間ぐらいしか差はないですけど……」

 

 ひとりの口からでた有紗という名前に虹夏が反応する。そして近くに居たリョウと喜多もその話に興味があるのか、近づいてきた。

 ひとりに有紗という友達が居るのは、彼女たちも知ってはいたが、バンドとしての活動に忙しかったのもあり、詳しい話を聞く機会は無かった。

 

「ふむふむ、学校とかでもよく一緒に居るの?」

「あれ? でも、後藤さんが学校で誰かと一緒に居るところは見たことない気が……」

「あっ、いや、有紗ちゃんは別の学校なので……」

 

 虹夏とリョウは有紗がひとりと同じ学校の友達と認識していたが、同じ学校に通う喜多の発言により有紗が別の学校であることを知った。

 しかし、そうなると同時に疑問が湧き上がってきた。彼女たちの目から見てひとりは筋金入りのコミュ症であり、学外の友達をそう簡単に作れるような人物とは思えなかったからだ。

 

「へぇ、少し意外だね。ねね、ぼっちちゃん。その有紗ちゃんって子と、どうやって知り合ったの?」

「あっ、えっと……学校からの帰り道に会って、初対面でプロポーズされました」

『……うん?』

「えっ、えっと、それで、断ったんですけど。翌日いきなり住所知らないはずの家に来て正式に友達になって……あっ、あとは、週明けに家のドア開けたら家の前で待ってたりとかして、一緒に登校したりして、仲良くなりました」

『……』

 

 まず大前提として、ひとりは嘘は言っていない。全て実際に起こったことではあるが……ともかくひとりの説明が下手だったせいで、妙な伝わり方をしてしまった。

 結果として、虹夏、リョウ、喜多の3人はなんとも言えない表情を浮かべ、少しして虹夏が告げる。

 

「あっ、ぼっちちゃん、ごめん! ちょ~と、待っててね」

「あっ、はい?」

 

 先ほどまで話していた場所にひとりだけを残し、3人は少し離れた場所で話を聞いていたであろう姉の星歌と音響担当……PAの元に移動する。

 そして、ひとりに聞こえないように小声で星歌に話しかけた。

 

「……お姉ちゃん、いまの話……ぼっちちゃんの友達の話、聞いたよね?」

「友達? いや、『質の悪いストーカーに付きまとわれてる』としか、聞こえなかったんだが……」

「だよね! そう聞こえたよね!?」

「告白、自宅訪問、出待ち……そうとしか聞こえなかった」

 

 そう、あまりにもひとりの説明が下手過ぎたせいで、妙な誤解を生んでいた。たしかに、初対面でプロポーズはあったが、性急過ぎたと反省し友達からスタートすることになった。

 たしかに自宅に訪問はしたが、住所に関してはひとりが忘れているだけでテンパった彼女自身が伝えたものである。

 ただもちろん、そんな事情を彼女たちが知るわけもない。

 

「それで、思い出したんだけど……リョウも覚えてる? 前にバイトするって話になった時……」

「うん。ぼっち、『自分を狙ってる金持ちの知り合いに身を差し出せばお金貰えるかも』って言ってた。その有紗って子の可能性が高い」

「えぇ!? そ、そういうことを迫っているってことですか?」

 

 そして誤解は加速していく。この場においてひとりを除いた全員の認識として、有紗はひとりを狙う厄介なストーカーであり、コミュ症のひとりがいい様に言いくるめられているという考えに達した。

 星歌は真剣な表情でしばし考えたあとで、ひとりの方を向いて口を開く。

 

「……ぼっちちゃん。その有紗って子、ここに呼べるか?」

「あっ、え? 有紗ちゃんを、ですか? かっ、確認してみます」

「ああ、よろしく」

 

 星歌たちの会話はひとりには聞こえていないので、突然有紗を呼べるかという言葉に首を傾げつつ、ひとりはロインで有紗に連絡を行う。

 その様子をチラリと見たあとで虹夏は不安げな表情で姉を見る。

 

「……お姉ちゃん、大丈夫かな?」

「大丈夫だ。私も前にバンドやってたからな、厄介ファンやストーカーなんてのはよく聞く話だったし、遭遇したこともある。この手の奴は、早めに釘を打っておく方がいい。長引けば長引くほど拗れて、最悪暴走する可能性もあるからな。一度ここに呼んでキッチリ話を付けとくべきだ。まぁ、伊達に年長者じゃないからな、任せとけ」

「自宅も知られちゃってるみたいですしね。少しきつめに警告した方が良さそうですねぇ」

 

 虹夏を安心させるように微笑みながら任せろと告げる星歌の言葉に、PAも同意する。頼れる大人の言葉に虹夏がホッとした表情を浮かべたタイミングで、ひとりが近づいてきた。

 

「あっ、あの、有紗ちゃんに連絡したら……今日は予定が空いてるので、40分ぐらいで来られるって言ってますけど……」

「そうか、じゃあ、呼んでもらえるか?」

「あっ、はい……けど、なんで有紗ちゃんを?」

「ああ、いや、ぼっちちゃんの友達ってのに私たちも一度会っておきたいと思ってな……」

「わっ、わかりました」

 

 いきなりの急展開に首を傾げつつも、ひとりもいつかバンドメンバーに有紗を紹介したいと思っていたので、ちょうどいいタイミングとも言えた。

 なので深く気にすることは無く、有紗にロインを送った。他の面々が浮かべている神妙な表情には気づかないままで……。

 

 

 




時花有紗:なんか知らないところで、どえらい誤解を受けている。怒ると滅茶苦茶怖いらしい。

後藤ひとり:説明が下手で、更に自分で住所を教えたことを忘れているので変な誤解を招くことになった。本人的には友達をバンドメンバーに紹介する程度の気持ち。
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