以前に買い物に行った際にひとりさんと約束したセッション。せっかくの機会ということで、今日はひとりさんは宿泊していく予定なので、明日までひとりさんと一緒という幸せ確定の素晴らしい状態です。
お揃いで買った服を着て、一緒にセッションを行います。最近ひとりさんが動画サイト用に練習していた曲で、私も弾けるように練習していたので動画の撮影もしつつの演奏です。
ひとりさんの音は非常にノッており、セッションを心から楽しんでくれているのが伝わってきて私も笑顔になります。
「いい感じですね」
「あっ、はい! 有紗ちゃんとのセッションは、本当に楽しいです。なんだか、いつもよりうまく演奏できる気がしますよ……えへへ」
そう言って眩しいほどの笑顔を向けてくれるひとりさん……眼福とはまさにこのことですね。チラリと時計を確認してみるともうかなりの時間が経過していました。
「私もとても楽しいですが、時間を忘れてしまうのが欠点ですね」
「あっ、もうこんな時間なんですね。本当にあっという間です」
セッションは非常に楽しく互いに熱が入ってしまうこともあって、ついつい時間を忘れてしまいます。あとこの演奏用の部屋には防音の関係で窓が無いので、外が暗くなったりといった変化に気付きにくいのも要因ですね。
とりあえず、セッションは一旦終わりにすることにしてひとりさんと一緒に片づけをしたあと、汗を流すために入浴してから夕食を食べました。
その後は、パジャマに着替えてのんびり過ごすことにします。実は、ひとりさんが購入したパジャマと同じデザインで色違いのものを、ひとりさんの勧めで購入しているのでパジャマもお揃いだったりします。
ひとりさんが緑色の怪獣で、私が黒色の怪獣ですね。
「あっ、なっ、なんかアレですね。ふたりですけど、パジャマパーティって感じの雰囲気ですね」
「ふふふ、そうかもしれませんね。実際こうして互いにパジャマで、菓子などを摘まみつつのんびり過ごしているわけですし、パジャマパーティといっていいかもしれませんね。せっかくお揃いのパジャマですし、写真でも撮りましょうか」
「あっ、はい。虹夏ちゃんたちにロインしましょう」
ひとりさんと一緒に怪獣のパジャマのフードを被った状態で写真を撮影して、結束バンドのロインに「パジャマパーティ中です」という文字と共に写真を貼ると、すぐに反応がありました。
『きゃー! 可愛い! いいなぁ、ふたりとも楽しそう!』
『ペアルックじゃん……ペアルックじゃん!?』
『……マシュマロ、私も食べたい』
順に喜多さん、虹夏さん、リョウさんの反応です。リョウさんだけ少し反応がズレているのもご愛敬でしょう。虹夏さんの言う通りペアルックです。なんならセッションしていた時もペアルックでした。
私としてはまったく問題ないのですが、あまりペアルックという部分を推すとひとりさんが恥ずかしがってしまうので、反応は控えめにしておきます。
その後はしばらくロインでやり取りしつつ、ひとりさんとものんびり雑談を楽しみました。
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夜も更けて寝る段階になり、例によってひとりさんは私と同じベッドで眠る形になります。いちおう念のために客室を使うかどうかの確認はしましたが、この状態を期待していなかったと言えば嘘になります。
ひとりさんと同じ布団に入り眠る幸福は本当に代えがたいものですし、極めて幸せなひと時なので定期的に行いたいぐらいです。
「……そういえば、ひとりさん。ひとつ提案というか、要望があるのですが……」
「え? あっ、はい。なんですか?」
「その前に確認ですが、おそらくですが私の方が先に目を覚ます形になりますよね?」
「あっ、えっと、確かにいままでの感じだと有紗ちゃんの方が起きるのは早そうです」
ひとりさんが朝に弱いというわけでもないのですが、これまでの経験上先に目覚めるのは私になると思います。事前にそれを確認して頷いたあとで、私は言葉を続けます。
「確定というわけではありませんが、おそらくそうなるでしょうね……そして、私が先に目覚めた場合は例によってひとりさんを抱きしめると思います」
「えぇぇぇ……つっ、ついに、先に宣言し始めた……だっ、抱きしめないという選択肢すらなさそうな感じが……」
「無いですね」
「欠片も躊躇せずに断言!?」
これはある意味仕方がないことではあります。朝目が覚めて目の前にひとりさんの寝顔がある状況で、その体を抱きしめないなどありえないでしょう。
少なくとも心の奥から湧き上がる気持ちを抑えることはできませんし……事実過去一度も抑えられた覚えはありませんので、ほぼ確定事項と思っていいでしょう。
「……ひとりさん、聞いてください。幸せを探す人は多いですが、得てして幸せを見つけること自体は難しいことではないのです」
「え? あっ、はい……はい?」
「しかし、幸せを手にできない人は残念なことですが多いのです。手の届く場所に幸せがあり、手を伸ばせば届くはずなのに……その手を伸ばすという行為に気付かない。あるいは、気付いても躊躇ってしまうというのです。ほんの少しの行動ですぐ近くにある幸せを手にできるはずなのに、その行動を起こせない……そして、その幸せが手の届かない場所まで行って初めて、あの時に行動していればと後悔してしまうのです」
あるいはすぐ近くに見えてしまっているからこそ、いますぐでなくてもいいかという思いが働いてしまうのかもしれません。幸せを手にするには、いつだって大なり小なり勇気が必要になるものなのです。
「私はそんな後悔をしたくはありません。目の前の幸せから目を背けるような真似はしません」
「……なっ、なんでしょう? よっ、要約すると、朝に私を抱きしめるって宣言してるだけなのに、あんまりに迫真の顔と真剣な言葉で、凄く正しいことを言ってるみたいに聞こえてきて、なんか納得しちゃいそうです」
「そんなわけで、朝にひとりさんを抱きしめることは確定なのですが……話を戻して、要望の件ですが……」
「あっ、そっ、そういえば、そういう話でしたね。すっかり忘れてました……そっ、そして、なんかいつの間にか、抱きしめることに関して私が了承したみたいな感じで話が進んでる!?」
若干困惑した表情を浮かべてはいるものの、特に私を止めたり拒否しないのがひとりさんの優しさでしょうね。心温かくなるような感覚を覚えつつ、私は本題を切り出します。
「どうせ朝抱きしめるのなら、いま抱きしめても変わらないと思うので、いまから抱きしめてもいいですか?」
「……えぇぇぇ、りっ、理論が力押しすぎる……うっ、ううん。たっ、確かに結果は変わらないのかもしれませんけど……あぅぅ……はっ、恥ずかしいですし……」
「嫌というわけでは無いんですね?」
「え? あっ、はい。まぁ、それは……あっ、嫌な予感……」
「では、失礼して」
「ひゃわっ!? やっぱり、いまのが了承にカウントされた!?」
ひとりさんが嫌がった場合は諦めましたが、嫌でないのなら問題はありません。というわけでひとりさんの背に手を回して抱きしめます。
新しいパジャマの柔らかな手触りも心地よいですね。これからの季節に向けて、やや薄めの生地のものを選んでいるので、ひとりさんの体温をしっかり感じられるのも素晴らしいです。
「……はぁ、もうっ、本当に有紗ちゃんは……」
「寝苦しかったりはしませんか?」
「あっ、そっ、それは大丈夫です。むしろ、えと、温かいですし……安心できますし……ぐっすり眠れそうではあります」
「それなら、よかったです。お互いに得しかありませんね」
「うっ、う~ん……恥ずかしさをどう分類するかによって変わるような……」
少し困ったような表情を浮かべつつも、ひとりさんはそれでも恥ずかしさを悪い意味には分類しなかったのか、そっと私の背中に手を回して抱き着いて来ました。
鼻腔をくすぐる心地よい香りに柔らかな感触と温もり、そして胸いっぱいの幸せ……本当にぐっすり眠れそうです。
そう思った私は軽く微笑みながら、ひとりさんに一声かけてから電気を消しました。
「……それでは、ひとりさん。おやすみなさい」
「あっ、はい。おやすみなさい、有紗ちゃん」
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ゴールデンウィークはひとりさんと素晴らしい時間を過ごすことができて、大満足の結果でした。ただ、若干行き当たりばったり感は否めなかったので、次の長い休み……夏休みには、しっかりと計画を立てて実行したいものです。
ただ、未確認ライオットの本番も夏であることを考えると、結果次第でいろいろと展開は変わってくるので、難しい部分もありますね。
ともあれゴールデンウィークも終わり、いよいよ未確認ライオットのネット審査開始時期も近づいて来て、結束バンドの皆さんと私は票集めの宣伝活動の準備に取り掛かっていました。
宣伝用フライヤーなど作成や、周囲への呼びかけもそうですね。
実際のところ、仮に私がお母様にお願いしてお母様がイソスタで一言発信すれば、結束バンドをネット投票1位にすることも可能だとは思います。ですが、それはメリットよりデメリットの方が大きいでしょう。
実力に見合わない過度の期待は重圧となってバンドの崩壊に繋がる可能性すらありますし、最低限結束バンドがメジャーデビューするぐらいまでは、お父様やお母様のコネ関連は使わないと決めていますし、ふたりにもお願いしています。
まぁ、それはそれとして友達などには呼びかけをしっかりと行うつもりです。
「……そういえば、未確認ライオットとは全然関係ないんだけどさ……」
「はい? どうしました?」
そんなことを考えつつ皆さんと一緒にフライヤーの作成を行っていると、虹夏さんがふとなにかを思いついたような表情で口を開きました。
「有紗ちゃんってさ、ピアノ凄く上手いんだよね? ぼっちちゃんの話とか、動画のキーボードの腕前を見る限り相当だよね?」
「まぁ、長くやってますからね」
「それで疑問に思ったんだけど、それだけ上手いならコンクールとかには出ないの? ほら、なんかピアノってそういうのがあるイメージだからさ……」
「ああ、過去に1度だけ出たことはありますが、それ以後は出ていないですね。理由はいくつかありますが、要因として大きいのは私の友人のピアニストに関わる一件ですね」
そんな私の言葉を聞いて、他の皆さんも興味を持ったのか作業の手を止めて視線をこちらに向けてきました。私としては若干話すことに抵抗のあるエピソードではあるのですが、ここまで言って話さないのも悪いですし……少し、懐かしい話をすることにしましょう。
時花有紗:相変わらずぼっちちゃんといちゃいちゃしている。そして、超スペックの有紗が明確にピアノでは敵わないと認めたスーパーピアニストとの昔話に移行。
後藤ひとり:安定の好感度激高ぼっちちゃん。基本的に有紗の要望を拒否することは無い。あと、恥ずかしがっては居るものの有紗に抱き着いて眠ると安心できるのか、いつもよりぐっすり眠れるようである。