ひょんなことからSIDEROSのメンバーと一緒に音楽スタジオに来ることになった有紗とひとり。有紗が届けてもらってキーボードを受け取ったあとで全員でスタジオ内に移動する。
この音楽スタジオは5人以上であれば大部屋を安く借りることができるため、大部屋を借りてそちらに移動する。
「わ~部屋広い~!」
「さすが大部屋は違うっすね」
「設備も~充実してるねぇ」
部屋に入ると楓子が明るい声を上げ、あくびと幽々もそれに同意する。ヨヨコも室内に置いてあった大型のアンプに興味があるようで目を輝かせてアンプを見ていた。
「あっ、凄いですね」
「私たちは、STARRY以外のスタジオで練習することは少ないので、新鮮な気分ですね」
ひとりも有紗が一緒に居るおかげである程度落ち着いており、一緒に演奏の準備をして軽い音合わせを
行っていく。
そして、SIDEROSメンバーも含めてある程度簡単な音出しが終わった後で、あくびが有紗とひとりに声をかける。
「自分たちこれからいつもの……リズム練するんすけど、おふたりもよかったらどうですか?」
「では、せっかくですし参加させてもらいますね。ひとりさんも、構いませんか?」
「あっ、はい。大丈夫です」
「じゃあ、ハチロクでいくんでカウント6でてきとーに!」
あくびが語ったハチロクは音楽用語で8分の6拍子を指す言葉であり、1小節内に8分音符が6つ入っているリズムを指す。カウント6はリズムの取り方であり、8分の6拍子のリズムは「123、123」と3カウントでとる場合と「123456」6カウントでとる場合が多く、今回は6カウントのリズムで演奏するとのことだ。
今回の練習では通常は4拍子の曲を8分の6拍子で演奏するという、いわゆる変拍子の練習でありそれなりに難しく高度な練習ではあるのだが、有紗も含めて全員確かな演奏技術を持っているため問題なく練習を行っていく。
そしてある程度リズム練習が終わると、今度はセッションでの練習となり、こちらはSIDEROSと有紗とひとりの2人という形で別れて、交互に行うことにした。
先にセッションで曲練習を行うSIDEROSを有紗とひとりは並んで見つつ言葉を変わす。
「あっ、やっ、やっぱりSIDEROSってレベル高いですよね?」
「そうですね。特にバンドとしての完成度が非常に高いですね。それぞれが個性を出して調和する結束バンドとは違って、中心人物であるヨヨコさんをバンド全体でサポートするSICKHACKに近い形態で、見事に完成されていますね」
「たっ、確かに、ヨヨコさんの演奏レベルも凄いです」
間違いなくプロレベルの力を持つSIDEROSの演奏から学ぶことは多く、有紗とひとりは真剣な表情で練習風景を眺めていた。
SIDEROSが一通り曲を演奏し終えたあとは、交代して有紗とひとりが練習を行うことになる。
「あっ、有紗ちゃん、私たちはどうしますか?」
「こちらはそもそもひとりさん以外のメンバーが居ないので、本格的な曲練習は無理ですし、普通にセッションしましょう。ただ、練習も兼ねて前にやった変速演奏のセッションはいかがですか?」
「あっ、いっ、いいですね。あれ、面白かったですし……」
ほとんどメンバーが居ないこともあって、ひとりと有紗は本格的な練習ではなく楽しくセッションをすることを重視したようで、ふたりで遊ぶように変則的な演奏を始めた。
それを眺めていたSIDEROSのメンバーたちは、どこか感心したような表情を浮かべていた。
「……これは、へぇ……特定のリズムを演奏したらピッチを上げて加速、別の特定のリズムを演奏したらピッチを下げて減速……面白いことするわね」
「え? ていうかこれ、凄くないすか? 変速タイミングとか息ピッタリじゃないですか……」
「単純に、どっちも演奏レベル高いよね!」
「それにぃ、凄く楽しそうで~ちょっと羨ましぃ」
有紗とひとりの練習は、曲の途中で何度も演奏速度を変える変則的なものではあったが、ふたりの息がピッタリなこともあってタイミングなどが完璧に噛み合っており、見事な演奏になっていた。
その演奏を眺めながらヨヨコは腕を組んで思考を巡らせる。
(単純な技術もそうだけど、互いの演奏をよく聞いてタイミングを合わせる必要がある。曲の途中でリズムを何度も変える練習は、後藤ひとりにとって人に合わせて演奏する練習にもなるわけか……時花有紗とは息の合った演奏ができて、それを繰り返すことで自然と人に合わせた演奏方法を身に着けている。どうりで、クリスマスの時とは別人のように実力を発揮できるようになってるわけだわ)
ヨヨコが考えている通り、息ピッタリの有紗とセッションをすることで、ひとりは自然と人と合わせて演奏する感覚のコツを掴んでおり、有紗とセッションするようになってから結束バンドの演奏でもいままで以上の速度で本来の実力に近い演奏が可能になった。
現在であれば、ひとりはもうほぼ本来の実力に近い演奏が可能になっており、それが結束バンド全体のレベル向上にも繋がっていた。
「……けど、不思議っすね? こんなに上手いのに、なんで有紗ちゃんは演奏メンバーじゃないんですかね?」
「その辺りは私たちが口を挟むような事じゃないわ。アレだけ仲が良いなら誘ってないわけがないし、その上で参加していないのなら相応の理由があるのよ。外野が口出すのは下世話よ」
「おぉ……ヨヨコ先輩、なんか珍しく先輩っぽいこと言ってますね」
「ふっ、まあね……うん? 珍しく?」
「おっと、そろそろ演奏終わるみたいなんで、次は自分たちの番すよ、準備しないと!」
「そ、そうね……なんか、気になる発言があった気がするけど……」
微妙に釈然としないような表情を浮かべつつ、ヨヨコはギターを手に取って準備を始めた。
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ある程度練習を行った後、休憩することになったタイミングでヨヨコがひとりに近付いた。
「あっ、大槻さん?」
「……ボーカルも含めた総合レベルは私の方が上よ。貴女が上なのはギターの演奏技術だけ」
「あっ、え? あっ、はい、すみませ……」
「ひとりさん、ヨヨコさんはひとりさんのギターの腕前を褒めてくれてるんですよ」
「あえ? そっ、そうなんですか?」
どことなく威圧感のある物言いに委縮しかけたひとりだったが、すぐに有紗のフォローが入ったことでキョトンとした表情を浮かべた。
すると有紗の言葉を肯定するように軽く頷いてから、ヨヨコは言葉を続ける。
「……まぁ、ギターの腕前は認めるわ。正直、いまの私より上ね。大したものよ」
「あっ、ありがとうございます」
「でも、あくまでいまは……いずれは、ギターの腕も私が1番になるわ」
「なんか、ヨヨコ先輩って1番とかの数字にいじょ~にこだわるんすよ~」
ひとりの演奏技術を賞賛しつつも、いずれは追い抜いてみせると宣言するヨヨコを見て、あくびがゆるい口調で告げる。
かつて陰キャで周囲に馬鹿にされていたヨヨコは、勉強を頑張って学年1位になった結果、からかってきていた周囲に己を見直させることに成功した経験があり、1番になれば周囲が己を認めてくれる、自分の好きなもので1番になりたいという思いを得た。
だからこそ常に1番を目指して、努力を続けている。
「とても素晴らしいことだと思いますよ。1番という目標を常に掲げるのは大変でしょうし、挫折も多くあるでしょうが、それでも前を向けて目標に向けて歩き続けるのは本当に立派なことだと思います。常に前を向き続けていられるのが、ヨヨコさんのなによりの強さですね」
「……う、な、なんか、貴女は全部見透かしてそうで落ち着かないわね。けど、ありがとう。ええ、そりゃ1番になりたいとは思っていても簡単になれるわけじゃないし、死ぬほど悔しい思いも多いけどね。なにがあっても立ち止まったりしないわ、最終的に私たちが1番になればそれでいいの!」
力強く宣言するヨヨコを見て、ひとりも思うことがあったのかどこか感心した表情を浮かべていた。
「まぁ、直近だと、中間発表が2位で涙流して死ぬほど悔しがってたすけどね~」
「最終結果で1位になるからいいの!!」
あくびの茶々にヨヨコが反論して笑いが起こり、そのまま和気藹々とした雰囲気で休憩時間は過ぎていった。
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SIDEROSと一緒のスタジオ練習が終わり、すっかり夜になった道を有紗とひとりは手を繋いで歩く。
「……いい経験になりましたね。演奏だけでなく、精神的な面でも」
「あっ、はい。大槻さんは、私たちよりずっと前を見据えて頑張ってる感じで……負けてられないなって、思いました」
「ヨヨコさんの考えは素晴らしいものですが、そう考えられるひとりさんも素晴らしいですよ。相手の優れている部分を認めて奮起するのは、大切なことですからね」
「えへへ、ありがとうございます」
相手を尊敬して認めるというのは、簡単そうに見えてもなかなか難しいことである。特に同じジャンルのライバルともなれば、妬みや嫉妬の感情が湧いてきてもおかしくないが、ひとりの感情は落ち着いており純粋にヨヨコを尊敬しつつも、自分も頑張ろうと考えられていた。
(……けど、陰キャでいろいろマイナス思考だった私が前向きに考えられるようになったのは、結束バンドの皆と……なにより、有紗ちゃんのおかげだと思う。いまなら、お姉さんが言ってたこともよく分かる。背中を押して欲しい時に、当たり前みたいに優しく背中を押して応援してくれる相手が居るって……凄く幸せなことだなぁって)
そこまで考えたところで、ひとりは少しだけ有紗の手を握る力を強める。それに反応してひとりの方を振り向いた有紗は、優しく微笑みながら口を開いた。
「ひとりさん、これからどうしますか? もうそれなりに遅い時間ですが、帰りますか?」
「……あっ、えっと、その……明日も休みですし、今日はまだその……もっ、もうちょっと、有紗ちゃんと一緒に居たいかなぁって……」
「それは嬉しいですね。では、どこかで夕食でも食べましょうか」
「あっ、はい!」
有紗の返答に嬉しそうな笑みを浮かべたあと、なにを食べるかを楽しく話しながら道を歩く。ひとりだけであれば渋谷を歩くなど恐怖しかないひとりだが、有紗と一緒ならむしろ楽しく歩くことができる。ひとりはその幸せを噛みしめながら、ほんの微かに有紗に近付くように身を寄せた。
時花有紗:いるだけでひとりの精神が安定するし、会話の潤滑油的な存在にもなってくれるので、ヨヨコやひとりが上手く周囲と話すことができるので場の空気を良くする存在。
後藤ひとり:最近子犬感が増してきたぼっちちゃん。ところで、夜に「もうちょっと貴女と一緒に居たい」って、それもうお持ち帰りされる前の台詞では?
ヨヨコパイセン:普通にいい先輩。1番にこだわったり、ツンデレだったり、ちょっとダスカ感ある気がする。ツインテールだし……胸囲の戦闘力の差はともかくとして。