ぼっちな貴女に恋をして   作:ぬこノ尻尾

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六十三手物見の散策後半

 

 

 古着屋で買い物を終えたあとは、再び下北沢の散策です。皆で道を歩いていると、ふとリョウさんが思いついたような表情で口を開きました。

 

「あっ、そうだ。音楽好きなら誰もが心躍る穴場スポットが、あとひとつあった」

「行きたいです!」

 

 リョウさんの言葉に喜多さんが目を輝かせていますが、なんとなく両者の認識に致命的な違いがあるように感じました。

 喜多さんが思い浮かべているのは、お洒落なジャズバーのような雰囲気の店でしょうが……この場合のリョウさんが案内するのは……。

 

「喜多さん、たぶん楽器か、あるいは機材類の中古店だと思いますよ」

「……え? あ~お洒落な音楽バーとか……」

「私たちは未成年ですし、ひとつ前に行ったのは古着屋ですよ?」

「………‥そうね」

 

 期待が高まり過ぎて落差が大きくならないように先んじて言っておくと、喜多さんも少し考えてリョウさんが案内する場所が音楽バーである可能性が低いことに気付いたのか、悟ったような表情で頷きました。

 リョウさんへの憧れはいまもあるのでしょうが、それはそれとしてリョウさんとの付き合いもそれなりに長くなってきたので、ある程度は喜多さんも察した様子でした。

 そして、リョウさんが案内してくれたのは……HARD・OPP……有名なチェーンの総合中古店でした。

 

「というわけで、ハードオプ」

「……なんか、そんな気はしてましたけど……ここをお勧めする理由は?」

「ここには現行品から生産終了した中古楽器や機材まで、稀に値の張るものが激安で売られていることもある! 気分は徳川埋蔵金探検隊!」

 

 徳川埋蔵金探検隊……子供の頃にお父様から昔そんな番組があったと聞いたことがあるような? 特番などでたまに埋蔵金探索企画などは目にすることがありますね。まぁ、この場合は思わぬお宝が見つかるという意味合いで使っているのでしょうが……。

 

「ジャンク品を買い取って自分好みに改造するのもよし! 部品のために買うのもよし! ネタで買うのもよし! 月イチ都内ハードオプ巡りも最高に楽しい……あっ、友達にこの情報は教えないでね」

「言いませんよこんな情報!?」

 

 まぁ、比較的楽器や機材に詳しい人向けのスポットというのはあるでしょうね。リョウさんは虹夏さんがマニアと呼ぶほどですし、そのリョウさんの話についていける虹夏さんも一般的に考えればかなり詳しいです。

 ひとりさんも当然昔からのロック好きですし、機材類にも詳しいですし、私もある程度は分かるつもりですが……喜多さんは、まだそこまでは詳しく分からない気がしますね。

 

「リョウ見て! スピードコブラがこんな値段で!」

「くくっ、これだからやめられんよなぁ……」

 

 その予感を裏付けるように、虹夏さんとリョウさんがはしゃぐ姿を見て、会話に入れずに困惑している様子でした。

 

「あっ、有紗ちゃん。見てください、このエフェクター……こんなに安く!」

「ひとりさんが欲しいと言っていたものですね。確かにかなり安くなっていますし、演奏の幅も広がるのでいいかもしれませんね……喜多さん」

「え? あ、なにかな?」

 

 話について行けずに疎外感を覚えている様子だった喜多さんに声をかけると、喜多さんは明らかにホッとした様子で近付いて来ました。

 置いてけぼりにされているようで不安だったのでしょう。そんな喜多さんに、私はひとりさんの前に並ぶエフェクターを指しながら話しかけます。

 

「喜多さんも、ギターの腕も上達してきましたし、そろそろエフェクターを使ってみるのもいいかもしれませんし、よろしければ一緒に見ませんか? ある程度は、私やひとりさんが説明できると思いますよ」

「あっ、いっ、いいですね。オーバードライブとか、ひとつあるだけでも結構楽しいですよ」

「そうね、よく分からないし、教えてもらえると助かるわ」

 

 実際喜多さんのギターの腕は上達していますし、エフェクターを使えば変化が出て練習などでも楽しめると思います。癖の強いものを扱うのは難しいでしょうが、ギターソロなどでも使いやすいエフェクターは扱いやすくていいと思います。

 ひとりさんはかなり機材には詳しいですが、少し説明が苦手な部分があるのでそこを私がフォローすれば、喜多さんも楽しく機材を見ることができるでしょう。

 

「……えっと、オーバードライブっていうのは?」

「あっ、歪み系のエフェクターでブースターとしても使える扱いやすいエフェクターです」

「その名の通り音を歪ませる目的で使われるもので、オーバードライブは比較的優しく温かみのある音が出せるようになるエフェクターですね。ブースター……音を大きくする目的でも使えるので、ソロなどの際にも迫力を出せますよ」

「へぇ、歪み系ってことは他にもいろいろ種類が?」

 

 初心者であれば様々な種類のエフェクトを行えるマルチエフェクターが一番いいとは思いますが、当然ではありますが限定的な種類のエフェクトを行うコンパクトエフェクターと比べると高価でサイズも大きいものが多いので、いまのシチュエーションを考えると持ち帰りやすくものによってはかなり安価なコンパクトエフェクターがいいですね。

 喜多さんも興味を持ってくれた様子だったので、ひとりさんと一緒にいろいろ説明しつつ、3人で楽しくエフェクターを眺めました。

 

 

****

 

 

 ハードオプを出たあと、虹夏さんがとある方向を指差しながら喜多さんに声を掛けました。

 

「あ、そう言えば喜多ちゃん。あそこの店の肉巻きって、ぼっちのグルメで次郎さんが食べてたやつだよ」

「有名店じゃないですか! 行きましょう!」

「まぁ、小腹空いてたし丁度いいよね。その後はどこ行く?」

「ビレパン行きましょうよ!」

「どこにでもあるし、特別感なくない?」

「下北のビレパンは特別ですよ! 下北ですもん!!」

 

 喜多さんのテンションも順調に上がっているようで、楽し気に会話をしています。皆で肉巻きを食べたあとは、ビレパンに向かう途中で喜多さんが興味を示したクレープ屋にも寄りました。

 

「ここのクレープも絶品ですね! テレビで紹介されてるんですよ、やっぱ全然違うわ~」

「……情報を食べてる。陽キャは皆こうなのかな?」

「さぁ、もうひとりの陽キャは……」

 

 有名店にこだわりのある喜多さんの言葉に虹夏さんが苦笑し、リョウさんがこちらをチラリと見ますが、私は特に気にせずクレープを食べているひとりさんに声を掛けます。

 

「ひとりさん、クリームが付いてますよ。ちょっと動かないでくださいね」

「あっ、ありがとうございます」

「そう言えば前もこういうことが……では、いただきます」

「あっ、ああ、ぺっ、ペロって……」

「私は同じ失敗は繰り返さないのです」

「ぜっ、前回のアレを失敗にカウントする辺りが、本当に有紗ちゃんです」

 

 以前も似たようなシチュエーションで、後でひとりさんに言われてから気付くという事態がありましたが、今回は同じ轍は踏みません。

 ひとりさんの口元についていたクリームを指で拭ったあとは、ちゃんと指を舐めました。定番のシチュエーションですが、ひとりさんと一緒にそれができたというのは非常に喜ばしいですね。

 

「……いちゃついてた」

「そっちはいつもの事だから……甘いもの食べてる時に見ると、胸焼けするよ」

 

 

****

 

 

 喜多さんの要望通りビレパンにやって来たあとは、ステッカーなどを眺めながら買い物を楽しみました。その際に虹夏さんがふと思い出したように口を開きました。

 

「ああ、そういえばステッカーで思い出したけど、結束バンドの物販の売り上げがいい感じで順調に利益出てるんだよ」

「え? 黒字ってことですか、凄いですね」

「まぁ、物販関連は有紗ちゃんが原価とかも考えてやりくりしてるからね。あと、なにより大きいのはリョウが思い付きで新商品加えようとしても、有紗ちゃんが却下してくれるからね。リョウも有紗ちゃん相手だと、強引に押し切れないからね~」

「……ふっ……私が有紗に勝てるわけないじゃないか……そもそも、しっかり利益も上がってるから、文句の言いようもないし」

 

 物販関連は私が管理していて、新商品などを加えるかどうかを決めるのも私に決定権がある状態です。虹夏さんの言う通り、リョウさんはたびたび思い付きで「こんな商品を加えたい」と提案してくるのですが、利益率などを考えると却下することが多いです。

 もちろんすべて却下しているわけでは無く、よさそうなものは採用したりもしていますが……。

 

「……で、その物販なんだけど、売り上げからバンドの活動費として貯めるお金や、STARRYに払う分とかを差し引いても、そこそこの額になってるからそろそろ分配しようと思うんだよ」

「さすがに月1でというほど大きな利益はありませんが、12月から知名度も上がって売り上げも伸びてきているので、半年分の利益の分配を6月に行おうかと、虹夏さんと相談していたところです。まだ正確な額の計算まではできていませんが、1人あたり2万円前後はお渡しできると思います」

「……神か、そういうのを待ってた」

 

 虹夏さんと私の言葉に、リョウさんが目を輝かせます。実際、最近は知名度も上がったおかげで物販の売り上げも増えていますし、特に路上ライブでも物販を行っていたのがよかったですね。普段ライブハウスに来る方とは別の客層が買ってくれましたし、路上ライブを聞いて結束バンドを気に入ってくれた方などが、それなりに購入してくれた印象です。

 

「いずれではありますが、通販などもできるといいかもしれませんね。動画サイトなどにはたびたび、Tシャツを購入したいといった問い合わせもあるみたいですしね」

「あっ、確かにTシャツの通販とかって結構ありますよね。いっ、いまは、そういう通販も簡単になっていますし……」

「ええ、とはいえまだ商品数も多くないですし、こちらは追々考えていくような感じですけどね。ひとりさんも、商品のアイディアなどがあれば、気軽に教えてくださいね」

「あっ、はっ、はい。私にいい案が出せるかは分かりませんけど、すっ、少しでも有紗ちゃんの助けになれるなら、嬉しいですし……」

「心強いですね。ひとりさんは、いつも頼りになりますよ」

「えへへ、そっ、そそ、そんなことないですよ……むしろ私の方が、いつも、有紗ちゃんを頼りにしてます」

 

 そんな風に話しながらひとりさんと顔を見合わせて笑い合います。時間がある際にでも、ひとりさんと一緒に新商品について考えてみるのも楽しそうですね。

 

「……本当、どんな流れからでもいちゃつくなこのふたり……」

「虹夏のキツネ顔もすっかり板についてきた」

 

 

 




時花有紗:例によって鋭いので、喜多が疎外感を感じないように適度に話を振ったりしていた。ぼっちちゃんといちゃつくのはいつも通り。

後藤ひとり:本人は普通にしているつもりだが、距離感がバグりまくってるのでしょっちゅういちゃついている。

喜多郁代:原作ではハードオプで疎外感を感じていたが、有紗が話を振ってくれたおかげでひとりと有紗と3人でエフェクターを眺められたので、結構楽しめた。
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