ぼっちな貴女に恋をして   作:ぬこノ尻尾

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六十四手~夢幻の明晰夢~sideA~

 

 

 普段から比較的寝覚めはよい方の私ですが、その日は特別良い気分で目覚めることができた気がします。特にコレと言って要因は思い至らないので、内容は覚えていませんがいい夢を見たのでしょう。

 いい夢と考えるとやはり真っ先に思い浮かぶのはひとりさんの姿なので、ひとりさんの夢を見れたのかもしれません。しかし、なぜでしょう? なんとなくですが……『惜しかった』という気持ちもあるのですが、どんな夢を見ていたかまでは思い出せません。

 まぁ、寝ている時に見る夢などは曖昧で然るべきですし、とりあえず気持ちよく起きられたのでよしとしておきます。

 

 起きて身だしなみを整え、朝食を食べ終えたあとは知人から送られてきた贈り物の確認を行います。お父様やお母様と比べれば狭くはありますが、私もそれなりに交友関係は広く、たびたび贈り物を頂くことがあります。

 中元や歳暮などといった季節的なものもありますが、それ以外にも単純に旬の品などを贈ってくれたりする場合もありますし、私の方が贈る場合もあります。

 中元や歳暮以外の贈り物は、気分的な要素が強いです。自分が出資している会社の品だとか、多目に手に入ってお裾分けだとか、お土産だったりと多岐に渡りますし、品もいろいろです。

 

 ……ただ、時に複数の方の贈り物が被ってしまうという場合も起こり得ます。特に旬の品などは被りやすく、単純に量を多く贈ってくれる方も居るので、個人で消費するのが難しいほどの量が届く場合もあります。

 今回は……どちらも複合した珍しいパターンでした。旬の贈り物のうち3方からの贈り物が被り、かつ贈ってきた方がいつも多目の量を贈ってくる方ばかりだったため、今が旬のある品が頬が引き攣るほどの量届いていました。

 

 とりあえず、それぞれに返礼の品を贈るとして、頂いたものはあまり日持ちする品でもないですし、知人にお裾分けする形で消費することにしましょう。

 

 

****

 

 

 きくりさん……では少し不安だったので、志麻さんに確認を取った上で新宿FOLTにやってきました。まだ開店前ではありますが、志麻さん経由で許可は取ってあるので店内に入らせていただきます。

 するとタイミングが良かったのか、納品された品をチェックしている銀次郎さんが入り口付近に居たので、挨拶をします。

 

「こんにちは、銀次郎さん」

「あら、有紗ちゃん! いらしゃ~い」

「今日は開店前に申し訳ありません」

「いいのよ~有紗ちゃんなら、いつでも歓迎よ」

 

 銀次郎さんは明るい笑顔で挨拶を返してくれ、丁度そのタイミングで店の奥から志麻さんときくりさんが歩いて来ました。イライザさんはいらっしゃらないようです。以前お話した際に、6月にオンリーイベントがどうとかで本を出すため忙しいと言っていたので、その関係かもしれませんね。

 

「有紗ちゃん、やっほ~」

「いらっしゃい、有紗ちゃん」

「こんにちは、きくりさん、志麻さん。急なお願いをしてしまって申し訳ありません」

「ああ、気にしなくていいよ。というよりむしろ、この前もこの馬鹿が迷惑をかけたみたいで、本当申し訳ない」

 

 志麻さんが口にしたこの前とは、おそらく結束バンドの皆さんと下北沢散策をした日の事です。散策が終わって解散となったタイミングで、酔い潰れて道で寝ているきくりさんを発見し、まさかそのまま置いておくわけにも行かず星歌さんに許可を取って、皆で虹夏さんと星歌さんの部屋に運んで介抱した件の事でしょう。

 

「いえ、たまたま見かけただけですし、星歌さんも気にしないでいいと言ってました」

「えへへ、だよね~なんだかんだで、先輩も優しいんだよねぇ~」

「……『このアホの愚行は全てメモしてるから、いずれキッチリ清算させる』と、静かな笑顔で仰っていましたね」

「……こっわっ……」

「私も全部覚えてるから、覚悟しとけよ廣井」

「こっちも怖っ!? あ、あ~えっと、そんなことより、有紗ちゃん! 今日はどうしたの?」

 

 志麻さんに睨まれたきくりさんはバツの悪そうな表情を浮かべてあからさまな様子で話題を逸らしました。まぁ、わざとらしくはありますが、本題に移るいい切っ掛けではありますね。

 そう考えて苦笑した私は、3人に向けて来訪の用件を告げます。

 

「そうですね……実は、知人から贈り物を頂いたんですが、量が多くて個人で消費するのは難しく、足も早い品なので知り合いにお裾分けしているところでして、よろしければFOLTの皆さんで召し上がっていただければと思いまして……」

「あら、果物かなにかかしら? 私たちが貰っちゃっていいの?」

「ええ、もちろんです。さくらんぼなのですが……なんと言いますか、総合計で10kg近く届きまして……」

「それはまた凄い量ね」

 

 6月はさくらんぼの旬ですし、今年は出来もよかったようなのでかなりの量が贈られてきました。軽く説明して、テーブルの上に持って来たさくらんぼの箱を置きます。

 

「……待って有紗ちゃん。私の見間違えじゃなければ、桐箱に入ってるんだけど?」

「え? ええ、それぞれ1kg入っていますので、ふたつで2kgですね。FOLTのスタッフの方などもいらっしゃいますし、このぐらいの量がいいかと思ったのですが……多かったでしょうか?」

「あ~いや、志麻が言いたいのはそういうことじゃなくて……これ高いやつなんじゃない? ってことだと思うよぉ」

「ああ、なるほど……いちおう佐藤錦と呼ばれる。よく贈り物などにも用いられる山形の有名なさくらんぼです」

 

 きくりさんの言葉に答えつつ、一応確認してもらうために片方の箱を開けてみると、綺麗に並べられたさくらんぼが詰められています。

 

「あらぁ、綺麗ねぇ。私、さくらんぼ大好きなのよ~」

「おお、すげぇ……ねね、有紗ちゃん。これ、1箱でいくらぐらいするの?」

「年によって若干変わりますが、概ね2万円ほどではないかと思います」

「…………そっかぁ、やっぱ、有紗ちゃんってすげぇな~」

 

 いちおう最高級品質である特選に分類されるものです。味もかなりよく食べやすいですが……まぁ、さすがに10kgは無理です。

 箱を代表して銀次郎さんに渡して、私の用件は終わったので邪魔になっても行けませんし失礼しようかと思ったのですが……銀次郎さんに呼び止められました。

 

「ああ、待って有紗ちゃん。せっかく来たんだし、なにか飲んでいってよ。いいもの貰っちゃったお礼ってことで、私の奢りよ」

「ありがとうございます」

「お~銀ちゃん太っ腹~じゃ、私ビールで!」

「なんで、お前は奢られる対象に自分が入ってると思ってるんだ?」

 

 せっかくの申し出なのでご厚意に甘えさせていただくことにして、ジュースを頂きながら銀次郎さんたちとしばし雑談を楽しみます。

 

「そういえば、有紗ちゃん。結束バンド、ネット審査7位通過だったのよね。凄いじゃない」

「ありがとうございます。皆で頑張ったおかげです」

「MVも聞いたけど、うちでやった時より大幅にレベルアップしてたわね。若い子の成長って早くて凄いわ~またうちでライブやって欲しいわね」

「そう言ってもらえると嬉しいです。皆さんも喜ぶと思うので、機会があれば是非」

 

 もちろん知り合いという要素もあるでしょうが、こうした話を振ってもらえるということは、それだけ銀次郎さんの中で結束バンドを高く評価してくださっているということでもあるので、非常にありがたい思いでした。

 物販収入などもあって最近はノルマ代も比較的余裕があるので、FOLTでのライブなども提案してみるのもいいかもしれません。

 そんな風に考えつつ、きくりさんや志麻さん、銀次郎さんと未確認ライオットの話題をしばらく話してから店を後にしました。

 

 

****

 

 

 FOLTから出て車に乗り、次に向かうのはSTARRYです。今日は練習日ではないですが、結束バンドの皆さんは全員アルバイトで居るはずです。

 全員のシフトが重なるのは珍しいので、バイトが終わったあとに閉店後のスタジオを使って軽く練習するかもしれませんね。

 ともかく、皆さんが居るタイミングならさくらんぼも喜ばれるでしょうし、私もひとりさんの仕事風景を堪能できるという大きなメリットがあります。

 

 そんなことを考えつつSTARRYのドアを開けて中に入ると、丁度掃除をしていたひとりさんが居ました。これはなんとも幸先がいいというか、STARRYに入って最初にひとりさんと会えるとは、本当に今日はいいことがありそうな予感ですね。

 

「ひとりさん、こんにちは」

「はぇ!? あっ、ああ、あり、有紗ちゃん!?」

「……え? ええ……その、どうかしましたか?」

「いっ、いえ、なんでもないですよ! ほっ、本当に何でもないですし、なんともないですし、なにも無いですし、変な夢も見てないです!!」

「ううん?」

 

 笑顔で挨拶をした私に対して、ひとりさんは何故か驚いたような表情を浮かべたあとで顔を赤くしました。なんというか、いつもとはあまりに違う反応です。

 その後も、まるで捲し立てるように慌てて喋っていますし、様子がおかしいのは確かですし……変な夢?

 

「変な夢、ですか?」

「はひっ!? なっ、ななな、なんでそれを……」

「いや、なんでもなにも、いまひとりさんが自分で言ってましたが……」

「ちっ、違います。あっ、えっと、有紗ちゃんの夢を見たとか、そういう話じゃなくて、夢の中で有紗ちゃんに変なアプローチをされて意識してるとかそういうわけでもなくて、あくまで夢だって分かってるので変に恥ずかしくなったりとかそう言うこともまったくこれっぽちもないです!」

「……そ、そうですか……」

 

 おかしいですね。なにも聞いていないのに、おおよその事情が全て分かってしまいました。というか全部ひとりさんが口に出して説明してくれました。

 そう言えば、初めて会った時も本人が気付かないままに私に住所を教えていたらしいですし、ひとりさんは混乱するといつも以上に饒舌になるのかもしれません。

 

「あっ、ああ、そそ、それじゃあ、私は仕事があるので!」

「あ、はい。頑張ってください」

「あっ、ありがとうございます。有紗ちゃんが頑張ってって言ってくれると、いつも本当に心が温かくなります。それじゃあ、しっ、失礼します!!」

 

 普段からは考えられないほどの早口で告げたあと、ひとりさんはやや慌てた様子で店の奥の方に移動していきました。

 なんというか、ああいったひとりさんも新鮮で可愛らしいですね……まぁ、それはそれとして、ひとりさんの夢の中の私はいったいなにを?

 

 

 




時花有紗:交流は広く人付き合いも大切にするので、贈り物などは非常に多い。なんだかんだでFOLTの面々との交流も多く、実際マネージャー適性も高そうである。

後藤ひとり:なにやら、有紗の夢を見たらしく滅茶苦茶意識している様子で落ち着きがない感じのぼっちちゃん。果たしてどんな夢を見たのかは、次回……。

佐藤錦:めっちゃ美味しいさくらんぼ。等級をそこまで気にしなければ、そこそこ安く買える。1kgぐらいなら1日で食べてしまいそうなぐらいには美味しい。
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