昼食を終えて部屋に戻って来た有紗とひとりは、食後の休憩を兼ねて室内にあったソファーに並んで座っていた。
「あっ、有紗ちゃん。午後はなにをしますか?」
「そうですね。いちおういろいろな設備はありますよ。簡単なフィットネスや運動が行える部屋もありますし、ホテル内の設備でいえば遊戯施設も複数ありますね。一度ホテルの外に出て近場を散策するというのも有りです……まぁ、旅行に来ているわけでは無いので、観光に向いているかは若干微妙ではありますが……」
「なっ、なるほど……」
ひとりの問いかけに穏やかに微笑みながら提案をする有紗。それを見ながら、ひとりは心の中で小さく決意を固めていた。
(よっ、よし、言うぞ……午後は有紗ちゃんの好きなことをして、過ごそうって……有紗ちゃんはいっつも私のことを考えてくれるし、任せておけば私が楽しめることを提案してくれると思う。けっ、けど、そうじゃなくて有紗ちゃんのしたいことを……)
日頃から有紗はひとりを気遣っており、ひとりが嫌がったり気が進まない類のものに関してはふたりで遊ぶ際にも除外して考える。
例えば体を動かす運動系の遊びなどがそれに当たるだろう。ひとりの運動神経は低く、本人も運動を苦手としているので敬遠しがちだ。
「あっ、有紗ちゃん!」
「はい?」
しかし、有紗のために……そう思えば、無限の気力が湧いてくるような気がした。苦手な運動であっても、有紗のためと思えば頑張れると……もちろん実際に行えば、早々にダウンはする。ダウンはするが、やる気に関しては十分ある。
「午後は、有紗ちゃんの好きなことをなんでもしていいですよ!」
「……」
ひとりの気遣いは素晴らしいものだっただろう。自分だけでなく有紗にも好きなことをして遊んでもらいたいと、そんな風に考えられるのはひとえに有紗に対する好意のなせる業だ。
ただ、そう、強いて問題点を上げるとするなら、やる気に満ち溢れていたせいで空回りして変な言い回しになってしまったことだろう。
力強く宣言したひとりの言葉に、有紗は珍しくポカンとした表情で固まった。
(……好きなことをなんでもしていい? ひとりさんに対して?)
そう、あくまでひとりの意図としては「有紗のやりたい遊びをしよう」という意味合いで、午後の予定の相談の延長で告げた言葉である。ただし、今のいい方であれば己に対して好きなことをしていいと聞き取られても不思議ではない。
(……いえ、ですが、流石にそれは話の流れがおかしいですし、頭に午後と付ける意味も……先ほどまでの話の流れを考えるに、これは午後の予定に関しては私の希望を通してくれるという意味合いですね)
しかし、そこはさすがは有紗というべきか、すぐにひとりの言葉の真意に気付いて思考を修正したおかげで変な誤解を生むことは無かった。
「……午後の予定は私が決めてもいいということでしょうか?」
「あっ、はい。なんでも付き合います。うっ、うう、運動とか……かっ、カラオケとかでも……ばっ、ばば、バッチこいです!」
とりあえず気合だけは十分だった。それでも若干尻込みはしている様子だったが、有紗が希望さえすれば苦手な運動やカラオケでも問題ないと宣言するひとりを見て、有紗は嬉しそうに微笑んだ。
明らかにひとりが「苦手でも我慢する」状態で、実際にひとりが苦手なことを提案することはないが、その気遣いがとても嬉しかった。
「……では、私の希望なのですが……どこにも出掛けず、ゆっくりしませんか?」
「……はえ?」
「いえ、もちろんどこかに出かけて楽しむというのも素敵ですが、ひとりさんとふたりで特になにをするでもなく、のんびり会話などを楽しみたいですね。今日はもうすでに、午前中にプールで遊びましたし、互いに多少なりとも疲労はありますからね」
「あっ、えっと、有紗ちゃんがしたいなら……むしろ、私としてもそういうのは好きですし……」
気合を入れていたので若干肩透かしではあったが、有紗の提案はひとりにとっても喜ばしいものだった。確かにプールで遊んだことである程度疲労はしており、ホテル内ならともかくホテル外にまで出るのは気が進まない状態ではあった。
そしてなにより、ひとりは有紗とふたりでいる時間が好きだ。特にひとりの家に有紗が遊びに来た際などにそうなることが多いが、ふたりでのんびりと室内で過ごす時間は安心できて心休まる。
「ええ、他愛のない雑談をしたり、お茶やお菓子を食べたり、ボードゲームなども置いてあるので気を向いたらするのもいいですね。あとは、ひとりさんを抱きしめたり、膝枕したりなどしつつゆっくり過ごしましょう」
「……なっ、なんか、最後に欲望的なの入ってなかったですか?」
「入れましたし、実行するつもりです」
「ちっ、力強い宣言だ……確実に実行するという、強い意志が目に宿ってます」
あまりにも堂々と宣言する有紗に対して、ひとりはなんとも言えない表情を浮かべていたが「まぁ、有紗らしい」と、最終的には苦笑した。
「せっかくですし、さっそく膝枕など……」
「あっ、まっ、待ってください! むっ、むむ、むしろ私が有紗ちゃんになにかしてあげたいので……逆に、わっ、私が膝枕します!!」
「……うん?」
ともかく有紗になにかをしてあげたいという気持ちが強かったせいか、反射的に自分がすると発言したあとで、ひとりは顔を赤くした。
(なに言ってんだ私!? 膝枕するとか、そんな叫ぶように宣言することじゃないし、そもそも、これは有紗ちゃんの要望から外れてしまってるんじゃ……ほっ、ほら、有紗ちゃんも驚いた顔してるし!? あわわわ、なっ、なんとか弁明を……)
ほぼ無意識で言った言葉だったせいで、慌てまくるひとりではあったが、有紗は少しキョトンとしたあとで楽し気に微笑みを浮かべた。
「なるほど、それはそれで新鮮で楽しそうですね。是非お願いします」
「はひっ!? あえ? あっ……はい。こっ、こんな膝……腿? でよければ、いくらでも使ってください」
思った以上に有紗が乗り気だったこともあって、ひとりは少しほっとした表情を浮かべたあと、有紗が寝転びやすいようにソファーの端に移動する。
それを確認したあとで、有紗は楽しげな表情のままでひとりの腿に頭を乗せて膝枕の形になった。
「なるほど……ふふ、こうしてひとりさんの顔を見上げるのは、なんだか新鮮でいいですね」
「うっ、あっ、有紗ちゃん……そっ、そんなにジッと見られると……恥ずかしいです」
寝転がった状態で楽し気に笑う有紗の笑顔が眩しかったのか、ひとりは頬を赤くして少し目線を逸らした。それでも完全に顔を逸らしたりはしていないのだが……。
(おっ、思ったより有紗ちゃんの顔が近くてドキドキする。けっ、けど、喜んでくれてるみたいだし……よかった。私の膝枕に価値なんて皆無な気がするけど……有紗ちゃんには、需要があるんだなぁ)
有紗が喜んでくれていることもあって、ひとりも小さく笑みを浮かべていた。本質的に自信が無いひとりとしては、自分の行動で大好きな有紗が喜んでくれているというのは、心満たされる思いであり、かなり嬉しそうだった。
「ところでひとりさん、ちょっと手を拝借してもいいですか?」
「え? あっ、はい。どうぞ……」
「では、失礼して……」
「はえ? あっ、ちょっ、なっ、なな、なんで手をにぎにぎするんですか!?」
ひとりの手を取った有紗は、指を絡めて少し力を入れて緩めてと繰り返しはじめた。
「なぜと問われると返答は難しいですね。なんとなくとしか……嫌でしたか?」
「いっ、嫌とかそういうのじゃないですけど、ビックリしたというか……はっ、恥ずかしいというか……」
普段から有紗とひとりはよく手を繋いでいるので、行為自体は特別なことではないのだが、膝枕という状態でどこか楽し気な様子で手を握ってくる有紗の姿を見て、思わずひとりは顔を赤くした。
そんなひとりを見て、有紗は再び微笑みを浮かべたあとで、手を握っているのとは逆の手を少し伸ばし、ひとりの頬を優しく撫でた。
「あっ、ああ、有紗ちゃん!?」
「ああ、いえ、本当にこれもなんとなくなんですが……なんでしょう、普段とは違った感じなのでいろいろと楽しいというか、ひとりさんの反応が見てみたくてつい」
「うぐっ、そんな楽しそうに……いっ、いや、別に、有紗ちゃんが楽しいなら頬を触られるぐらいいいんですけど……あっ、そっ、そういえば、私を膝枕した時とか、有紗ちゃんはよく私の頭を撫でたりしてましたね」
「そうですね。それも本当に特別な理由は無くて、なんとなくそうしたくなったという感じですけどね」
「……そっ、そうですか……じゃあ、私も……」
妙に緊張しつつも、ひとりは有紗の頭に手を置いてゆっくりと撫でる。すると有紗は心地よさそうに目を細め、ひとりも釣られて小さく笑みを溢した。
(……有紗ちゃん、嬉しそう。それに、髪もサラサラで……撫でててちょっと楽しいかも。こういうのっていままで有紗ちゃんにしてもらうことが多かったけど、なんていうか……こうやって有紗ちゃんになにかをしてあげられるのも、それはそれで嬉しいな)
以前にきくりに溢したように、ひとりには有紗にいつも助けられてばかりだという思いがあり、有紗になにかをしてあげたいという感情は人一倍強い。
だからこそ、有紗の望みであれば恥ずかしくとも「有紗が喜ぶなら……」という気持ちで応じることが多いのだが、こうして率先して有紗に膝枕をしたり頭を撫でたりというのは、受け身がちなひとりとしては珍しい行動である。
だからこそだろうか? 有紗がいまの状況を新鮮に感じているのと同じように、ひとりもいつもと違った新鮮な感じを少し楽しんでいた。
ただひとつ、変にドキドキと胸が高鳴ったり……有紗の楽しそうな顔を見ていると、喜びが込み上げてくるような感覚はくすぐったくて慣れないというか、変な恥ずかしさを覚えていた。
「ひとりさん、ある程度時間が立ったら交代しましょうね。今度は、私が膝枕をします」
「あっ、はい。かわりばんこ……ですね」
だが、不快感は一切無く……むしろ幸せで、こうした他愛のないやり取りでも、不思議と口角が上がっていた。
時花有紗:なかなか無い状況ではあるが非常に楽しんでおり、せっかくのシチュエーションなんだからとひとりに甘えている感じである。
後藤ひとり:有紗のことが大好きなため、時々「有紗になにかしてあげたい」という気持ちが非常に強くなることがる……それは愛だと思う。有紗に膝枕をするという珍しいシチュエーションだが、なんだかんだで本人も楽しんでいる模様。これで恋人じゃなくて友達とか、「お前はなに言ってるんだ?」状態。