6月も終わりが近づいてきて、7月の未確認ライオットまでの期間もいよいよ1ヶ月を切ろうかという頃。STARRYの練習スタジオでは、結束バンドの4人が練習を行っていた。
「よし、じゃあ休憩しよう!」
ある程度練習を行ってキリがいいタイミングでリーダーである虹夏が告げ、メンバーたちは思い思いに休憩を取り始める。
その中でひとりは、どうも少々落ち着かない様子で時折チラチラと扉の方に視線を向けていた。そんなひとりを眺めつつ、少し離れた場所で虹夏は近くに居た喜多に声をかける。
「……どう思う? この分かりやすい感じ……」
「見るからにソワソワしてますよね。昨日はあんなに調子悪そうだったのに……」
虹夏の言葉を聞いて喜多も同意するように頷く。喜多の言葉通り、前日に行われたスタジオ練習ではひとりはかなり調子が悪かった。
決して音を間違えたり、演奏をミスしたりするわけでは無いのだが、本人の気持ちが沈んでいるのか妙にテンションが低く、それが影響して音がいまいちノッていない状態だった。
対して今日はかなり調子がよく音がノッているのだが、その代わりずっとなにかを気にしている様子でソワソワとしており、頻繁にスタジオの入り口に視線を送っていた。
「……なんか、リョウがチワワに例えるのも分かるよ。飼い主の帰り待ってる子犬感が凄いもん」
「やっぱり、チワワぼっちでしょ?」
「もうなんか、ひとりちゃんの様子見てるだけで聞いてなくても、有紗ちゃんの予定が分かっちゃいますよね」
会話に加わって来たリョウも含め、3人ともひとりの様子がおかしい理由に心当たりがあった。というか、あまりにもひとりの反応が分かりやすすぎた……そう、有紗が居ないのである。
理由としては6月21日、パリの音楽の日に合わせて高校に休みの申請をした上でフランスに行っているからだ。日程としては3泊4日程ではあるのだが、高校が別々であり有紗がフランス旅行に行く前の平日も予定が合わなかったこともあり、ひとりは現在10日近く有紗と顔を合わせていない状態だった。
「ここ数日寂しそうだったし、昨日なんてしゅんってしてたもんね」
「明らかにアリサニウムが不足してた」
「それで、今日の感じ……帰ってくるのは今日でしょうし、ひとりちゃんの様子的にSTARRYに顔を出すんでしょうね」
メールなどでやり取りはしているものの、フランスと東京では7時間ほどの時差もありあまり頻繁に連絡が取れていないこともあって、ひとりは正直かなり寂しかった。本人もたった10日でこんなに寂しい気持ちになるとは予想していなかったのか、内心かなり戸惑ってはいたが……いくら誤魔化そうと、寂しいものは寂しかった。
特に昨日は寂しさのピークになっていて、そのせいでテンションが低く音がノッていなかった。だが、今日になって急にウキウキソワソワしている様子を見ると、昨日の夜か今日の朝に有紗から日本に帰ってくることと、STARRYに顔を出すことを伝えるメールが届いたであろうことは明白だった。
「……え? あっ、みっ、皆さん、どうしたんですか? なんで、そんな微笑ましげな目で?」
「いや~ぼっちちゃんは可愛いなぁって」
「はえ? なっ、なんですか急に?」
「ううん。ナンデモナイヨー」
「ぜっ、絶対なんかあるじゃないですか!?」
分かりやすすぎるひとりの様子を微笑まし気に見ていた3人の視線に気づいたひとりが振り返り、なんとも不思議そうな表情を浮かべて尋ねるが、虹夏は優し気に微笑みながら棒読みでなんでもないと返答するだけだった。
そうなると、落ちつかないのはひとりである。理由も分からず、なぜか優しみに溢れた目を向けられているのは、変に気まずく視線を右往左往させていた。
だが、そんなひとりの様子は、直後に扉を開く音と共に聞こえてきた声で激変した。
「……皆さん、こんにちは」
「あっ、有紗ちゃん! こっ、こんにちは、お帰りなさい。ぱっ、パリはどうでした?」
「やはり音楽の日ということもあって、かなり賑やかでしたね。お土産もお土産話もたくさんありますよ」
「あっ、きっ、聞きたいです!」
まるで花が咲くかのようにパァッと明るい表情に変わったひとりは、驚くほど素早く有紗の前に移動していった。虹夏たちが尻尾を千切れんばかりに振って駆けよる子犬を幻視するような動きであった。
「……反応滅茶苦茶早かったね」
「尻尾振る子犬が見えた」
「普段からは想像できないぐらい、自分の方から話振ってますし、なんというか微笑ましいですよね」
見てすぐに分かるほどひとりは嬉しそうであり、内気な彼女としては珍しく自分からどんどん話を振っていた。有紗と久しぶりに会えてはしゃいでいるのが丸わかりであり、虹夏たちは再び微笑まし気な視線を向けていた。
その後の雑談でも本人は無意識かもしれないが、とにかく有紗の傍に居たい様子で、ひとりは肩が触れるほど有紗の近くに座っており、雑談中も有紗の手を握ったままで、甘えているような様子であり虹夏たちが笑みを深めたのは言うまでもない。
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学生にとって夏の楽しみと言えば、もちろん夏休みがある。1ヶ月を越える夢の長期休暇……だが、その前には期末考査という試練が待ち構えている。
昨今では二期制の学校なども増えて、夏休み前ではなく夏休み明けにテストを行うところもあるが、大半の学校は夏休み前に1学期の期末考査を行う。
ここで赤点を取ってしまえば、夏休みに補習に出てこなければならず、なんとしてもそれは避けようと学生たちはテストへ挑む。
ひとりと喜多が通う秀華高校でも期末考査は行われ、今日はその結果発表たるテストの返却日だった。ここを乗り切れば楽しい夏休みが待っている最後の審判……。
「ひとりちゃん、テストどうだった?」
「あっ、どっ、どれも平均より少し上、ぐらいです」
「お~凄いじゃん。私もなんとか赤点は免れたよ。勉強教えてくれたBちゃんに感謝だね」
「Aちゃんは、地頭はいいのに飽き性で勉強が長続きしないのが問題だよね。毎回テスト前の勉強で、飽きさせないようにするのに一番気を遣う」
「うぐ……あ、あはは、いつもお世話になっております」
ひとりは有紗の指導のおかげもあり、真ん中よりやや上あたりの成績で安定しており、少なくとも赤点を危ぶむような点数ではない。
友人である英子と美子に関しては、美子はクラスでもトップクラスに勉強ができるが英子はイマイチ勉強が苦手であり、昔からテスト前には美子に勉強を教わっていた。
「あっ、わっ、私も有紗ちゃんのおかげですけどね。有紗ちゃん凄く教え方が上手いので、私も喜多ちゃんも毎回テスト前に勉強を教えてもらってます」
「え? そうなんだ、喜多ちゃんも教わってるんだ?」
「いや、本当に凄いわよ有紗ちゃん。おかげで私もかなり成績上がってるしね」
ひとりは元々勉強は得意ではない。真面目にはやるのだが要領が悪いタイプであり、その成績は定員割れしていなければ高校進学は無理だっただろうというレベルだったのだが、要点を絞って可能な限りシンプルに学ぶことで結果が出ており、上位の成績は難しくとも平均以上は取れるようになっていた。
喜多は一時下降気味だったものの成績自体は悪くなく、有紗の指導を受けたことでテストはもちろん普段の勉強に関してもコツを掴んできており、安定して好成績を維持できるようになっていた。
「へぇ、いいな~うちも教わりたいもんだよ」
「さっつーも成績は中途半端だしね」
「かっちーん。ちょっと、いや、かなり点数が上だからって調子に乗りよって、そんな奴はこうだっ!」
「あ、ちょっ、あはは……く、くすぐったいから、こらっ……」
勝ち誇った笑みを浮かべる喜多を次子がくすぐり始め、その中のいいじゃれ合いを見てクラスメイト達と共にひとりも小さく笑顔を浮かべていた。
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放課後となりSTARRYに集まった結束バンドのメンバー。今日は練習日ではないが、全員のバイトシフトが重なっていることもあって、有紗も物販関連の書類を整理するために来たので全員集合という形になった。
バイトまでの時間もまだあるため、直近に返却された期末テストの得点についての話題で盛り上がる面々。
「あ、じゃあ、リョウ先輩も無事に赤点は回避したんですね」
「本当に芸術的なぐらいギリギリでね……」
「ギリギリでもクリアはクリアなので、問題なし」
「勉強を教えた私のおかげなんだから、しっかり感謝してよね」
「虹夏、ありがとう。喉渇いたから、ジュース奢って」
「お前、感謝って言葉の意味知ってる?」
いつも通りの様子のリョウを見て、虹夏は呆れたようにため息を吐く。ただ実際にギリギリとは言え赤点は回避しており、問題なく夏休みを迎えられるので文句も言いにくい。
虹夏はもう一度ため息を吐いたあとで、どこか優し気に微笑んでリョウに告げる。
「……けどまぁ、うん。ちゃんと赤点回避したのは偉いよ。よく頑張ったね、リョウ」
「……いや……その……ちゃんと感謝はしてる……本当に」
「リョウ……」
ストレートに褒められると弱いのはリョウの方であり、気まずそうに視線を逸らしつつ小声で感謝の言葉を告げていた。
そんなふたりのやり取りを見て、漂う仲良さげな空気に若干の場違い感を覚えた喜多は助けを求めるように視線を動かし、有紗とひとりの方を見た。
「素晴らしいです。しっかりと覚えたところを確実に解けていますね」
「あっ、えへへ、有紗ちゃんが教えてくれたおかげです。まっ、まぁ、平均よりちょっと上ぐらいですけど……」
「点数を気にするなとは言いませんが、それ以上に大事なこともありますよ。ひとりさんがちゃんと努力をして、こうしてその成果が表れているのは本当に素晴らしいですし、誇ってもいいですよ。ケアレスミスもほとんどないですし、分かる部分を確実に得点にできるというのは、言葉でいうのは簡単でもなかなかに難しいものです。本当に、よく頑張りましたね」
「そっ、そそ、そんな、えへへ……もぅ、有紗ちゃん褒めすぎですよ。あっ、でっ、でも、頭撫でてくれるの……うっ、嬉しいです」
「……」
こちらはこちらで、虹夏とリョウより遥かにひどく、完全にふたりの世界を形成している様子だった。頭を撫でられて嬉しそうに笑うひとりと微笑まし気な有紗、とても入り込めるような空気ではなく、喜多はなんとも言えない表情でスマホを取り出し、次子にロインを送った。
時花有紗:6月下旬にフランスに旅行に行っていた。ぼっちちゃんの精神安定に重要な存在。
後藤ひとり:チワワぼっちちゃんという概念……ぼっちわわ……可愛い。アリサニウムが不足していたため、しょんぼりしていた。帰ってくるタイミングで滅茶苦茶ソワソワしているので、あまりにも有紗が大好きなのが非常に分かりやすい。
世界のYAMADA:のちにぼっちちゃんの10日をより短い7日間虹夏に会えてないことで限界に達して教習所に行くことになる。