ぼっちな貴女に恋をして   作:ぬこノ尻尾

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七手唐突の路上ライブ~sideB~

 

 

 突発的に行われることになった野外での即興ライブ。きくりの呼んだバンドメンバーにキーボードの簡単な使い方を教わっている有紗から少し離れた場所で、ひとりは準備をしながらきくりと話をしていた。

 見ず知らずの観客の前で演奏することに、未だ強い恐怖のひとりに対しきくりは「目をつぶって弾く」というアドバイスを行った。

 元々手元の見えにくい押し入れなどで演奏することが多かったひとりは、目をつぶっていても問題なく演奏することはできる。

 

「でも、いちおう言っとくけど、今君の目の前に居る人たちは、君の闘う相手じゃないからね……敵を見誤るなよ」

「……え?」

「有紗ちゃ~ん、準備はOK?」

「ええ、問題ないと思います」

 

 きくりが告げた敵という言葉に戸惑うひとりだが、有紗の準備も整ったことで思考が追い付く間もなく即興ライブはスタートした。

 ひとりはきくりのアドバイス通り目を閉じて演奏を始めた。そしてすぐに驚愕することになった。

 

(この人、即興なのに全く迷いがない。凄く自信に満ちた演奏……私の演奏を確実に支えてくれてる)

 

 少し聞けばすぐ分かるほどきくりはベーシストとして高い技量を持っており、その演奏は素直に感心できる程に見事だった。

 しかし、ひとりが驚いたのはそれだけではない。

 

(有紗ちゃんも、すごく上手い。たしかにピアノの弾き方、音を変えたりはしてないけど……当たり前のようにコード弾きしてる)

 

 当然ではあるがキーボードを有さない結束バンドのオリジナル曲であるこの曲には、キーボード用の楽譜は存在しない。

 故に有紗は、ひとりが持っていたギター用のコード譜を見て、キーボードでコードを演奏するコード弾きを行っていた。

 ただ、ギターコードを弾くということは、リードギターであるひとりの音と被って互いの音を殺す結果にも繋がりかねない。

 だからこそ、有紗はその辺りも考えた上で演奏を行っていた。

 

(……完全に同じ音じゃなくて、音量は抑えめにしてコードに合わせて上下に1オクターブだけズラすことで、私の音を強調するようにサポートしてくれてる。その上、片手でコード弾きしつつもう片方の手では演奏の隙間を綺麗に繋いでくれて、ドラムが居ない状態のメロディラインにメリハリをつけてくれてる)

 

 クラシックピアノとキーボードは同じ鍵盤楽器ではあるものの、弾き心地はかなり違う。キーボードにはピアノのようなペダルは無く、鍵盤のタッチ感もかなり違う。

 キーボードを使いこなせればドラムなど複数の音を切り替え演奏することもできるが、キーボード経験の無い有紗にそれは不可能である。

 幸いきくりのバンドメンバーが持って来たキーボードは主流の61鍵ではなく、本格的なクラシック演奏も可能な76鍵式キーボードだったため、比較的ピアノに近い演奏感はあるが、それでも完璧に使いこなすのは難しい。

 

 故に有紗は徹頭徹尾ひとりのサポートを重視した演奏を行っていた。ひとりの演奏をサポートしつつ、ドラムやギターボーカルが居ない状態での即興ライブで演奏の隙間を埋める。キーボードを使いこなせていない状況で強く前面に出ることはなく、それでも己の技量で可能な範囲で即興ライブを下から確実に支えるような印象の演奏。

 初めてのキーボード演奏でそれを可能としているのは、有紗の極めて鋭い聴覚と天才的な音楽センス……そしてなにより、ひとりのギター演奏を呼吸や癖まで知り尽くしているという点。

 普通のバンドに加わってキーボードを演奏するには絶対的に経験が足りないが、ことひとりのサポートという一点においては非常に素晴らしい演奏を披露していた。

 

(少しでも音がズレれば不協和音になるような繊細な演奏……前々から思ってたけど、有紗ちゃんは抜群に耳がいい。それこそ、絶対音感を持ってるんじゃないかって思うぐらい音を間違えない。演奏はあくまでキーボードというよりはピアノ的だけど、自分にできることを完璧にこなしてる感じがする……それに比べて、私は、なにやってるんだろう? お客さんを怖がって、目すら開けられなくて……)

 

 するとそこで、己の不甲斐なさを感じながら演奏を続けていたひとりの耳に、観客のひとりが告げた「頑張れ~」という応援の言葉が届いた。

 その声に片目を開けたひとりの目に映ったのは、心配そうにこちらを見ている観客の姿……そこでようやくひとりは、観客に対し己が勝手に壁を作っていたことを理解した。

 

 自分の方を見て応援してくれている観客に導かれ、片目を開く。後ろから響くキーボードの音色……これまでも何度も、己の背中を押して支えてくれた大切な友達の演奏に背中を押され、残る片方の目も開く。

 両目を開き真っ直ぐに観客を見ながらギターを弾く。明らかにひとりの演奏の質が変わっており、隣で演奏していたきくりも目を見開いた。

 

(欠点を克服したことによって安定感が増したのもそうだけど、ひとりちゃんの演奏のギアが明らかに上がった。凄いな……まだ実力の全部を発揮できてるわけじゃないっぽいけど、この子……演奏技術だけなら、たぶんプロレベルだ。私も気合入れて演奏しないと置いて行かれちゃうかもしれない)

 

 十全にとはいかずとも、ひとりは先ほどまでより遥かに本来の実力に近い演奏が出来ており、その力強いギターの音色は観客たちを強く惹き付けるだけの魅力を持っていた。

 

(そして、有紗ちゃんも凄いなぁ。ギアの上がったひとりちゃんの演奏に遅れることなくついて行ってる。ピアノはあんまり詳しくないけど、たぶんこの子もクラシックピアノの腕前はプロレベルなんじゃないかな?)

 

 プロレベルの技術を持つひとりのギターの音を強調しつつサポートするというのは、決して簡単なことではない。演奏のタイミングがズレてしまえば、音が散らかったり不協和音になってしまい、メロディラインが崩れかねない。

 

(ひとりちゃんの演奏のリズムや呼吸を深く理解した上で、献身的に支えてるからこそのハーモニー、そしてひとりちゃんの方も有紗ちゃんが完璧にサポートしてくれるって信じてるからこそのびのび演奏できてる……いいコンビじゃん。この子たちは絶対上がってくる! 私の勘は当たるんだ! ……ふふ、さっきまでよりやる気出てきた。若い子たちに負けてられないからね……私もギアを上げようかな)

 

 深く笑みを浮かべたきくりも演奏のギアを上げ、それに気付いたひとりも口元に小さく笑みを浮かべてさらに力強く演奏を続け、有紗もその音に合わせて完璧にサポートする。

 即興バンドとは思えないその演奏に、聞いていた観客たちは惜しみない拍手を送った。

 

 

****

 

 

 即興ライブは大盛況であり、ひとりのノルマであるチケットも無事に2枚とも購入希望者が現れた。それだけではなく、ビラを持って帰ってくれる人も多く、最終的にほとんどのビラが無くなっていた。

 警察に注意されたことで即興ライブは終わりとなり、機材などをきくりのメンバーに返却して片づけを終えるころには、日も落ちて夜になっていた。

 

「……ねぇ、チケットってまだある? あるなら、私も買いたいな」

「あっ、え、えっと……」

「ああ、私が予備を持ってます」

「え?」

「元々ひとりさんのチケット販売を手伝うつもりでしたし……仮に、ノルマ以上に購入希望者が出た時の為にと、以前顔合わせをした際に星歌さんに言って用意してもらってました。売れなかった分は当日券に回してくれるそうです」

 

 きくりがチケットの購入を希望して、準備のいい有紗が予備のチケットを持っていたことで、そのチケットを販売することになった。

 チケットを受け取り期待していると告げるきくりに、しっかりと頷くひとりを見て、有紗は嬉しそうに微笑んでいた。

 そして話がひと段落したタイミングで、有紗がひとりに声をかける。

 

「ひとりさん、もしよければ一緒に食事に行きませんか? ここから二駅ほどの場所に、知っている店があるんです」

「え? あっ、えっと、私は大丈夫ですけど……お母さんに連絡しないと」

「大丈夫です。私の方でロインを入れておきました」

 

 どこかで外食をしないかという有紗の提案。特に断る理由もなく頷いたひとりだったが、すぐに家で母親が夕食を用意しているかもしれないと考えたが……すでに根回し済みだった。

 

(というか、私が返事するより先にロインしてるのでは? いや、まぁ、有紗ちゃんのことだから私が断ったら、無理強いとかはしないだろうし、断った場合のパターンも考えてるとは思うけど……)

 

 たぶん断った場合は、母親にロインが向かい追加でひとりの分の夕食も用意されることになっていたのだろうと、そんな風に考えたタイミングで話を聞いていたきくりが、会話に参加してくる。

 

「え? ふたり共ご飯行くの? いいなぁ~私もいっていい?」

「あっ、え……あ、有紗ちゃんがいいなら」

「構いませんよ。きくりさんも、一緒に行きましょう」

「やった~! 即興ライブの打ち上げだね! ねね、お酒は置いてる店かな?」

「あると思いますよ」

 

 きくりも参加を希望したことで即興ライブの打ち上げのような形になった。そして、有紗が予約を取っているという店に移動することになったのだが……。

 

「あっ、ごめんその前にコンビニかどっかに寄っていいかな? おにころ無くなっちゃった」

「これから行く店にもお酒はありますよ?」

「いや……最低1パックは懐にないと、精神的に落ち着かないというか……」

「……ひとりさん、私たちは成人してもお酒は控えめにしましょうね」

「あっ、はい。そうですね」

「……ふたりの目が冷たい」

 

 

****

 

 

 途中でコンビニによりつつ、有紗の案内で店に到着したのだが……辿り着いた店を見て、ひとりときくりは呆然とした表情を浮かべていた。

 和のテイストに整えられた上品で荘厳な外観の店は、見るからに高級店というオーラを放っていた。

 

「あっ、え? あの、有紗ちゃん……」

 

 明らかに場違い。少なくともジャージ姿で来店するような店ではないと感じながら、慌てた様子でひとりが有紗に声をかけようとするが、それより先に有紗は躊躇することなく店の門をくぐり、ひとりときくりも慌てて後を追う。

 

「……ひとりちゃん、ヤバいよ。門に石畳の道だよ……料亭ってやつかな?」

「どっ、どうなんでしょう? な、なんか、場違い感が凄いというか……ジャージで来るところじゃないですよね?」

「それ言ったら、私だってスカジャンに下駄だよ……」

 

 門をくぐって石畳の道が見えると、店員らしき人物が近づいて来て軽く一礼する。

 

「いらっしゃいませ。ご予約のお客様でしょうか?」

「個室をお願いしていた時花です」

「伺っております。こちらへどうぞ」

「ありがとうございます」

 

 そのまま店員に案内されて綺麗な庭が見える個室に通されると、ひとりときくりは落ち着きなく視線を動かす。

 

「……あっ、あの、有紗ちゃん」

「はい?」

「あっ、こ、ここ、なんの店……ですか?」

「寿司屋ですが……寿司はお嫌いでしたか?」

「いっ、いえ、そんなことは……」

 

 有紗の返答を聞いたひとりは、隣に座るきくりに小声で話しかける。

 

「あっ、お姉さん……寿司屋って言ってます」

「ねぇ、ひとりちゃん……ここの寿司、回ると思う?」

「ぜっ、絶対回らないです」

「……だよね。えっと……もしかして、有紗ちゃんって、かなりお金持ち?」

「……あっ、滅茶苦茶お金持ちだと思います」

 

 あまりの高級店オーラに完全に気圧されてしまい、きくりに至ってはすっかり酔いがさめたような表情を浮かべていた。

 すると次にふたりはテーブルの上に置かれているお品書きを見つけ、恐る恐るそれを確認する。

 

「……どうしよう、ひとりちゃん。メニューに値段が書いてない」

「あっ、終わりましたね。これ、値段を気にするような人が来るレベルの店じゃないんですよきっと……」

「おふたりとも、顔色が悪いですが、大丈夫ですか?」

 

 落ち着いた様子の有紗の声を聴き、メニューから視線を上げたひとりは、震える声で有紗に告げる。

 

「あっ、あの、有紗ちゃん……わ、私あんまりお金持ってなくて……」

「ああ、大丈夫ですよ。安心してください。お誘いしたのは私ですから、おふたりにお金を出させる気はありません。どうぞ、好きなものを注文してください」

「……えっと、私もいいの?」

「もちろんです。今日はきくりさんにもいろいろと助けていただきましたので……特に注文の希望がないようなら、おまかせで用意してもらいますが?」

「「おまかせで大丈夫です」」

 

 ふたりとも完全に高級店オーラにやられており、背筋が伸びきっている状態だった。その中で唯一慣れているのかリラックスしている有紗は、呼び鈴を鳴らして店員を呼ぶ。

 

「ご注文はお決まりでしょうか?」

「おまかせでお願いします。あちらの方にはお酒も」

「ご予算の上限などは?」

「ありません」

「「ッ!?」」

「畏まりました。少々お待ちください」

 

 綺麗に一礼して下がる店員を見送りつつ、有紗は用意されていたお茶を一口飲んで口を開く。

 

「きくりさん、お酒もおまかせでよかったですか?」

「え? う、うん……全然大丈夫。というか、思考が追い付いてない……」

「あっ、ああ、有紗ちゃん? だ、だだ、大丈夫なんですか? ここ、凄く高い店なんじゃ……」

「ああ、ここは割とカジュアル目な寿司屋なので、値段はそれほどでもないですよ。カウンター式ではひとりさんが恐縮するかと思って、個室のある店を優先して選んだので……」

「あっ、そ、そうなんですね。よ、よかった」

 

 有紗の返答を聞いてひとりがホッと胸をなでおろす。きくりもしばらく悩んでいたが、最終的に開き直ることにしたのか、緩い笑顔を浮かべて用意された熱燗を飲みはじめた。

 

「くぅ~美味しい! いいお酒ってのは、悪酔いしないらしいんだよねぇ~ひとりちゃんも飲む?」

「あっ、いえ、未成年なので……というか、すでに悪酔いしてるような……」

「ひとりさん、寿司が来ましたよ。どうぞ、好きなものを食べて、気に入ったものがあれば再注文します」

「あっ、はい。す、すご――んんっ!? お、美味しぃ……う、ウニって、こんなに美味しいんですね。もっと苦いイメージでしたが……」

 

 恐る恐るではあったが、食べた寿司の味に感激したような表情を浮かべるひとりを見て、有紗は心底幸せそうに微笑んでいた。

 彼女にとっては、ひとりが美味しそうに食事をしている姿はとても尊く素晴らしいものであり、それを見ているだけでお腹も胸もいっぱいになりそうな思いだった。

 

 そのまま3人で楽しく食事を続けたのだが……帰る際にはひとりときくりは顔面蒼白になっており「カジュアル? カジュアルっていったい……」とうわ言のように呟いていた。

 

 

 




時花有紗:路上ライブのことよりも、ひとりが美味しそうに寿司を食べている姿を見て喜んでた。なんか会計の時には黒いカードを取り出してたとか……。

後藤ひとり:最初のライブの際は背中を少し押す程度だった有紗の存在が、いまはかなり大きくなっており精神的な安心感があった影響もあって、原作とは違って両目をしっかり開けて演奏できていた。

廣井きくり:実はコンビニに寄った際にこっそりお金を降ろしており、「いいライブを見せてくれたお礼だよ」とか言ってひとりと有紗の食事代を出してクールに去るカッコいい大人ムーブをかますつもりだったが……無理だった。
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