時間というのはもっと時間が欲しいと思う時ほど、驚くほど早く過ぎていくものです。いつの間にか8月となり、結束バンドにとっての大一番ともいえる未確認ライオットのファイナルステージも、いよいよ明日に迫っていました。
「……よし、今日はここまでにしよう。まだお昼だし、皆ももっと練習したいって気持ちはあると思うけど、それで明日の本番に疲れを持ち越しちゃ本末転倒だからね。今日はそれぞれしっかり英気を養って、本番に備えよう!」
「はい! あ、明日ですけどまたどこかに皆で集合して行きますか?」
「う~ん。でも、会場の場所的にぼっちちゃんだけ遠回りになっちゃうよね」
未確認ライオットの会場は下北沢からもひとりさんの自宅からも特別近いというわけではありません。ただひとりさんの場合は、下北沢を経由すると遠回りになるので1時間以上余分に移動の時間がかかります。
「ぼっちちゃんは、現地で合流にする?」
「あっ、え? わっ、私ひとりで、フェスの会場へ……むっ、むむむ、無理です絶対! だっ、だって、絶対人多いですし、初めて行く場所ですし……」
「では、ひとりさんは私と一緒に車で行きませんか? 迎えに行きますので」
「あっ、有紗ちゃん……」
単独で現地に向かうのは不安な様子のひとりさんに、車で迎えに行くことを伝えると、ひとりさんは表情を明るくして嬉しそうに頷いてくれました。
私は普段月に1度ひとりさんと一緒に通学する際と同じようにホテルに泊まれば問題ないですし、一緒に行くことでひとりさんの緊張を解しつつ、私もひとりさんと一緒で幸せなので一石二鳥です。
「じゃあ、ぼっちちゃんと有紗ちゃんは一緒に車で来て現地で合流だね。私とリョウと喜多ちゃんは、一緒に電車で行こう」
「了解です」
「……リョウは寝坊しないようにね? サードステージの時にも寝坊してたんだから」
「前向きに検討して善処する」
「それ駄目なやつ!?」
リョウさんはライブ審査の際に寝坊して現地で合流する形になりましたので、それを警戒した虹夏さんが釘を刺しますが、リョウさんはどこ吹く風といった飄々とした表情を浮かべていました。
「……コイツ。もう、朝に鬼電してやろうか?」
「う~ん。虹夏さん、おそらく必要なのはモーニングコールではなく――」
「待った有紗、そこまでだ。ちょっと、向こうで話そう」
「――はい?」
リョウさんの寝坊の件に関して助言をしようとすると、そのタイミングで慌てた様子のリョウさんが私の手を引いて、虹夏さんたちから離れた場所に誘導します。
そして、会話が聞こえない程度に離れたのを確認してから、リョウさんは小声で話しかけてきました。
「……いま、なに言おうとしたの?」
「ああ、いえ、リョウさんの性格を考えると、サードステージの時の寝坊も緊張して夜なかなか寝付けなかったからではないかと思いましたので、モーニングコールではなくナイトコールをすべきだと助言するつもりでした」
「……お願い。言わないで、この通り」
「まぁ、リョウさんが嫌なのでしたら、無理に言うつもりはありませんよ」
「助かった。本当に有紗は鋭すぎて恐ろしい」
リョウさんは飄々としているようで、表には出さなくてもそれなりにプレッシャーなどを感じるタイプです。ヨヨコさんも似たタイプですね。
ともかく、リョウさんは自然体なようでいてそれなりに緊張しているので、それを解すために夜に虹夏さんと電話するというのは有効だと思ったのですが……どうも、気恥ずかしいみたいです。
「リョウさんの気持ちは分かりましたが、その上でアドバイスするなら……夜には一度電話をするべきだと思いますよ。リョウさんのためだけではなく、虹夏さんのためにも」
「虹夏のため?」
「ええ、虹夏さんも明るく振舞っていますが、大一番を前にしてリーダーとしてかなりプレッシャーを感じているはずです。年下である私たちには見せにくい弱さというのもありますので、出来ればリョウさんがそれをなくフォローしてあげて欲しいんですよ」
「……なるほど」
「名目としては、私に電話するように言われた等の理由を使ってもらって大丈夫です」
「……分かった。夜に一度かけてみる」
チラリと虹夏さんを見たあとで、やはり虹夏さんが心配なのかリョウさんはすんなりと私の頼みを了承してくれました。
ふたりで話せば互いに緊張も解けるでしょうし……そうなればリョウさんが寝坊したりすることもないのではないかと思います。
そんな風にリョウさんと話したあとで、皆さんの場所に戻ると喜多さんがなにか悩むような表情を浮かべていました。
「喜多さん? どうかしましたか?」
「ああ、いや、英気を養う、リラックスするって……具体的にどうすればいいかなぁって」
「難しく考える必要はありませんよ。一度家に帰って、楽器などを置いて一息ついたあとで、ふっと頭に思い浮かんだやりたいことをやればいいと思います。あるいは、誰か気の休まる相手と会うのもいいかもしれませんね。とりあえず、無理に休もうと思わず好きなことして自然体で過ごすのが一番ですよ」
たしかに、喜多さんの悩みも分かります。いざリラックスして英気を養うと言っても、具体的にどうすればいいかというのか、考えれば考えるほど難しくなってしまうものです。
なので、時としてはアレコレ余計なことは考えずに、思いついたことを思いついたままに実行するというのも有効ですね。まぁ、おそらく喜多さんは大丈夫でしょう。いま話した際に、何か思いついたような表情を浮かべていたので……。
そのまま明日の打ち合わせを軽く行いお昼時のタイミングで解散となりました。私は虹夏さんたちと別れたあと、ひとりさんと一緒に駅に向かって歩きながら言葉を交わします。
「ひとりさんは、今日の午後はどうしますか?」
「あっ、えっと……そうですね。どっ、どうしましょうか?」
ひとりさんの様子を見ると、ある程度リラックスはしているものの、やはり若干の気負いが見える印象です。そして、話を聞く限り特に午後の予定を決めているわけでもない状態……。
「時間を考えると、家に帰る前に昼食を食べた方がいいと思いますね。よろしければ、私と一緒に食べに行きませんか?」
「あっ、そうですね。確かにお昼時ですね」
「そして、お昼を食べたあとですが、ひとりさんさえよければしばらく私と過ごしませんか? 見たところ少し緊張しているみたいですし、その緊張を解せればと思いますので……」
「あっ、うっ……有紗ちゃんは、なんでもお見通しですね。はい……わっ、私も有紗ちゃんともっと一緒に居たいなぁって、思ってたので……」
ひとりさんの緊張はそこまで深刻という感じではありません。むしろ明日のファイナルステージに向けて、しっかり気持ちが仕上がっていると言っていい状態ではあります。
ただ、強い意気込みが結果として気負いとなってしまうのもよくある話なので、少し肩の力を抜くのがいいでしょうね。
昼食を食べたあとは、遊びに行ったりするよりはカフェか、あるいはどこか公園のような場所でゆっくり過ごすのがいいでしょうね。
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ファミレスで昼食を食べたあとは、ひとりさんと一緒に駅前のコーヒーショップで飲み物を買って、公園でゆっくり過ごすことにしました。
ベンチに並んで座り、昼下がりの公園を眺めながら雑談をします。
「今日は比較的涼しめですね。風が心地よいです」
「あっ、ですね。過ごしやすいです」
天気などの話をしつつも、互いに未確認ライオットの話題には触れていません。いえ、正しくは触れるタイミングを計っている状態というべきでしょうか?
そのまましばらく雑談を続けていると、ふとしたタイミングでひとりさんが意を決するように口を開きました。
「……いっ、いよいよ、なんですね」
「そうですね。ついに、ファイナルステージですね」
「やっ、やる気はいっぱいありますし、気合も入ってます。けど、明日ですべてが決まると思うと……やっ、やっぱり少し、怖いですね」
「……ひとりさん、残念ながらそれは違います」
「え?」
緊張した面持ちで話すひとりさんの……震えていた手にそっと自分の手を重ねながら、出来るだけ穏やかに微笑みます。
ひとりさんは少し大きな勘違いをしていて、それが結果として必要のない力みに繋がっているように感じました。
「確かに、明日は結束バンドにとって初めての大一番といえるものかもしれません。これまでを考えても、規模としては最大と言って間違いでないでしょう……ですが、別にゴールではないです。スタートでもないです。ただの通過点ですよ」
「……はえ?」
「結束バンドが有名になって、メジャーデビューをすれば今回と同じような大舞台も幾度となく経験することになるでしょう。だから、明日あるのは大きなステージへの初挑戦というだけで……もちろん、グランプリを取れるのが最高の結果でしょう。ですが、仮にグランプリを逃したとしても、そこで終わりになることありません。それまでの努力が無駄になることもありません……だってほら、ひとりさんの夢が叶う場所はもっと先のはずでしょ?」
「……有紗ちゃん……ふふ……そうですね。そうでした……まだまだ、夢の途中でした」
「ええ、その通りです。なので、せっかくの初めての大舞台をしっかりと楽しんで、見に来た観客に結束バンドの名前を覚えてもらって新しいファンを獲得しましょう。そうすればメジャーデビューにまた一歩近づきますよ」
「はい!」
私の言葉はどうやら上手くひとりさんの力みを消すことができたようで、肩に入っていた力抜いたひとりさんはしっかりとした強い目で頷いてくれました。
いい状態です。これなら、明日のファイナルステージも期待できそうです。そう考えた際に、ふとあることを思いつきました。
確かに明日のステージはゴールではないですが、大一番というのも間違いはないです。それならそこに挑もうとするひとりさんに、少し特別な応援をしてもいい気がしました。
「……ひとりさん、せっかくですし明日のファイナルステージに向けて、ひとつおまじないです」
「あっ、おまじない? えっ、えっと、いつもやってるやつですか?」
「似てはいますね。というわけで……失礼します」
ひとりさんは過去に何度かしたおでこを合わせて行う激励だと思った様子で、私が前髪を手であげても特に抵抗したりする様子はありませんでした。
いえ、まぁ、嘘はついていません。いつものおまじないに似ています……けど、少し違います。事前に説明すると恥ずかしがって逃げてしまいそうだったので、言及はしませんでした。
そして私は、真っ直ぐにこちらを見つめるひとりさんの露わになった額に……ちゅっと軽く触れるだけのキスをしました。
「………‥…………はえ?」
「額へのキスは、祝福の意味があるらしいですよ。明日のファイナルステージでいい結果が出ますようにと、そんなおまじないです」
「あっ、えっ、きっ、ききききき、キス!? あばばばばばば……はうっ」
「え? ひとりさん!?」
額にキスをした直後は唖然としていたひとりさんでしたが、次第に状況を理解したのか爆発するかのような勢いで顔を真っ赤にしたあと、気を失ってしまったので、慌てて介抱することになりました……流石に、不意打ちが過ぎたかもしれません。
反省しつつ今後の参考にしましょう。
時花有紗:さすがの猛将。躊躇なく強烈な攻撃を放って、ぼっちちゃんを一発KO(物理)した。そして、自分の百合だけではなくさり気なく虹リョウや喜次といった百合へのパスも行う有能。
後藤ひとり:おでこにキスされて一発でキャパオーバーして気絶した。流石にぼっちちゃんにはまだ早かったかもしれないが……何度か繰り返してれば慣れてくるので、大丈夫。最近ハグにも慣れてきたから……そのうちまた距離感バグる筈。