大興奮のままに終わった未確認ライオットのファイナルステージ。見事審査員特別賞を獲得した結束バンドは、片づけを終えてからSIDEROSやケモノリアなどといった知り合いと雑談をしたあとで解散して、観客として見に来ている星歌たちに合流しようと移動を開始する。
「まだすぐ帰る必要はないよね。出店とかも結構やってるし、お姉ちゃんやPAさんと合流したら一緒に周ろうよ」
「いいですね! まだまだ、フェスの雰囲気を楽しみたいです!」
「帰って寝たい。でも、お腹も空いたし悩ましいところ……あれ? ぼっちは?」
「私の後ろに居ますよ」
移動しながらも、賞を獲得した喜びは冷めやらぬのか楽し気に話す虹夏と喜多に、疲れたとは言いつつも悪くないといった表情のリョウが続いていたが、その途中でひとりの姿が見えないことに気付いて視線を動かした。
すると有紗が己の後方に居ると告げ、3人が一番後ろを歩いていた有紗に視線を向けると、有紗の方にはひとりのものと思わしき手があった。
「……あ、本当だ。手だけ出てる」
「あ~ぼっちちゃんね。流石にあの観客相手に大舞台で演奏するのは精神ダメージが大きかったみたいだよ。本番中とかはかなり気合入れまくって耐えてたみたいだけど、いまはアリサニウムが切れて補充中だね」
「ああ、そういえば今回は本番前とかにビクビクしてないなぁと思ってたら、相当無理してたんですね」
元々人見知りであり、未だにSTARRYなどではある程度慣れたものの、それでも人前で演奏するのはそれなりに緊張するひとりにとって、このファイナルステージという大舞台での演奏は大変な勇気が必要だった。
もちろん彼女も成長しており、緊張しつつもしっかりと己の力を出す演奏ができるようになっており、実際に今回のファイナルステージでもひとりは大勢の観客に気圧されることなく演奏を披露できていた。
……ただ、それでも相当頑張っていたようで、終わった後はすっかり気力を使い果たしており、例によって有紗の背中にピッタリと張り付いて精神安定を図っていた。
そんな様子をどこか微笑まし気に感じつつ移動していた結束バンドだったが、不意に聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「あ、居た居た。お~い!」
「え? やみさんじゃないですか、どうしてここに? 取材ですか?」
「まぁ、取材もあるけど、それとは別件で貴女たちに用事があって待ってたのよ」
現れたのはフリーライターでもあり、結束バンドとは交流のある愛子だった。サードステージの際にも取材に来ていたので、今回も取材かと思って尋ねた虹夏だったが、愛子は曖昧な言葉を返す。
そして、有紗の背後からひとりがひょっこりと顔を出したのを見て、微笑みを浮かべつつ言葉を発する。
「まずはおめでとう。いい演奏だったわ本当に、私個人としては結束バンドがグランプリでもいいと思ったぐらいだったけど……それでも、審査員特別賞も立派よ」
「ありがとうございます。もう、せっかく泣き止んだのにまたウルって来ちゃうじゃないですか……」
「ああ、それで、本題に移るけど……貴女たちに紹介したい人が居てね」
愛子がそう語ると、後方に控えていた深緑のウェーブがかった髪が特徴の女性が一歩進み、虹夏たちの前に立った。
「初めまして、ストレイビートというレーベルでマネジメントをしています。司馬都と申します」
「レ……レーベル?」
「はい。サードステージの演奏と、今回のライブを見て気になりまして、是非お話しできたらと紹介をお願いしました」
「レーベル~~!?!?」
ひとりずつ手渡される名刺に、レーベルという言葉に虹夏たちは表情を明るくして喜び合う。都を置き去りにしている感じの光景を見て、有紗は苦笑を浮かべつつバックの中から己の名刺を取り出して都に差し出す。
「時花有紗と申します。個人で使用しているもので恐縮ですが……」
「ご丁寧にありがとうございます」
「司馬さん。アドバイスしとく、この有紗ちゃんが実質マネージャーかつ一番話が分かる相手だから、基本的な伝達はこの子にするのがいいと思う」
「……そうですね。他の皆さんは……その、かなりはしゃいでいる様子ですし……」
愛子のアドバイスに都が視線を動かすと、虹夏、喜多、リョウ、ひとりの4人は大はしゃぎしており、完全に話の途中であるということを忘れているみたいだった。
Nステや冠番組だなどと盛り上がっている4人を尻目に、有紗と都は言葉を交わす。
「……なるほど、詳細に関しては後日という形ですね」
「ええ、あまり外で長々と話すわけにも行きませんし、都合のよい日を連絡してくださればこちらで調整します」
「分かりました。皆さんの予定を確認して連絡します。持参物や衣服の指定等はありますか?」
「いえ、そちらは自由で構いません」
落ち着いている有紗との会話はスムーズに進み、後日改めて詳しい話を伝えるということになって連絡先の交換を行った。
****
愛子と都との会話を終えて、結束バンドの面々は改めて星歌たちと合流するために移動する。レーベルから声をかけられたというのは、彼女たちにとってまさにメジャーデビューへの第一歩といった印象で、一様にはしゃいでいる様子だった。
その様子を微笑みを浮かべて見つつ、有紗は思考を巡らせる。
(……結束バンドの獲得した審査員特別賞は、将来性に関する評価の割合が大きいでしょうし、未完成という言葉通りまだ課題も多く若い結束バンドに、この時点でメジャーレーベルが声をかけてくる可能性は低いでしょう。あまり聞き覚えのある名前でもないですし、インディーズレーベルと見ていいでしょうね……いくつか気になる部分はありますが、いまの空気に水を差す必要もありませんね)
有紗の印象としては、確かにレーベルから声はかかったが、メジャーデビューにはまだまだ超えるべき壁がいくつもあるという印象だった。とはいえ、審査員特別賞の獲得とレーベルからのスカウトという続けざまの出来事にはしゃいでいる様子のメンバーに、いまそれを言ったところで水を差すだけだろうと、その辺りの話は後ほど行うことにした。
「あっ、有紗ちゃん。私たち、夢に近づいてるんですよね」
「そうですね。確実に夢に向かって進めていると思います。バンドとしてもそうですが、それ以上にひとりさん自身も……」
「わっ、私自身……ですか?」
「ええ、自分で思ってる以上に、ひとりさんは精神的に逞しく成長していると思いますよ。前にもまして、カッコよくなっている印象です」
「あえ? そっ、そうですか……あっ、えと、あっ、ありがとうございます」
穏やかに微笑みながら真っ直ぐに賞賛する有紗の言葉を聞き、ひとりは思わず顔を赤くしながらお礼を言う。ひとりも有紗のことはよく知っており、いまの言葉がお世辞などではなく本心だと理解できるからこそ、どうにも気恥ずかしい感じだった。
「……おっと、始まったよ」
「予想された結果ですね」
「胸焼けする前に、さっさと行こう。有紗が一緒なら迷ったりはしないでしょ」
有紗とひとりの纏う空気がどこか甘いものに変化し始めたのを察した虹夏、喜多、リョウの3人は小声で話したあとで少し早足になる。彼女たちも慣れたものである。
そんな3人の動きに気付かず……いや、有紗は気付いていたがあえて言及することはなく、ひとりと手を繋いで笑顔を浮かべる。
「特に、SIDEROSがグランプリを獲得した時、涙をこらえて祝福をしたのは本当に素晴らしいことです。競い合った相手を賞賛するというのは大切なことではありますが、実際に行うのは難しいものです……本当に素敵でしたよ」
「あぅ、あぅ……あっ、有紗ちゃん、褒めすぎです。恥ずかしいじゃないですか」
「素直な気持ちですよ。それで、少し話は変わるのですが……ひとりさん、昨日のおまじないについて覚えていますか?」
「あっ、おまじな――ッ!?」
有紗の言葉でひとりは、先日のおまじない……おでこへのキスを思い出し、爆発するかの勢いで顔を真っ赤にした。
赤い顔で落ち着かない様子で視線を動かし始めたひとりに対して、有紗は微笑みを浮かべたままで言葉を続ける。
「あの時に、額へのキスに意味があると言いましたが、覚えていますか?」
「あえ? えっ、えっと……たっ、たしか、祝福……でしたっけ?」
「はい。その通り、祝福です。祝福には幸福を祈ることという他に、その字の通り幸福を祝うという意味もあるわけです」
「なっ、なるほど……まっ、待ってください、有紗ちゃん!? この話の流れは、なんか不味い気がするんです……なっ、なんか、明らかにそういう前振りみたいな感じが……」
慌てふためくひとりを正面に見ながら、有紗はゆっくり手を伸ばしてひとりの前髪を上げる。それがなにを意味しているかは、ひとりにも察することができて、目を回しそうな勢いで視線が動きまくる。
だが、それでも距離を取ったり有紗の手を振り払ったりということはしない辺り、有紗に対する好意が見え隠れしていた。
「まっ、まま、待ってください。おっ、おお、落ち着きましょう有紗ちゃん。だって、皆も――居ない!? あっ、あれ? なんで? いつの間に……」
周囲に虹夏たちが居ることを理由に有紗を止めようとしたひとりだったが、虹夏たちはとっくにその場から離脱しており、どこにも姿は見えなかった。
3人がいつの間に居なくなったか分からなくて困惑するひとりだったが、その意識の隙を縫うようにスッと顔を近づけた有紗が、ひとりの額に軽くキスをした。
「~~~~~!?!?」
昨日は最初になにをされたのか分からず唖然としたが、いまはなにをされたか分かっているせいもあり、ひとりの頭は一瞬で沸騰するかのように真っ白になった。
あるいはこのキスだけなら2度目であり持ちこたえられたかもしれないが、ファイナルステージでの精神的な疲労なども合わさると、彼女が再び意識を手放すのはある意味必然だろう。
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先行して星歌たちと合流していた虹夏たちの元に、遅れて有紗とひとりがやって来た。
「あ、ふたりともやっと来た。お姉ちゃんがお祝いに打ち上げ連れて行ってくれるって……え? あれ? ぼっちちゃん……どうしたの?」
「…………精神的に限界を迎えたようで、少し待てば気が付くと思います。いえ、私としても少々テンションが上がっていまして、こうなることは予想できたはずなのですが短絡的に行動してしまいました……反省してます」
「……なにしたんだ有紗?」
なぜか気を失ったひとりを有紗がおぶっており、有紗もなんとも言えない申し訳なさそうな表情を浮かべていて、状況の分からない面々は首を傾げた。
時花有紗:冷静ではあったが、なんだかんだで結果に喜んでテンションが上がっていた。ひとりに再びデコチューをしたが、少々短絡的に行動し過ぎたと反省……もちろん百合的には反省する必要のない大正解である。
後藤ひとり:真っ赤なお顔のぼっちちゃん……でも逃げないし、避けたり拒否したりもしない。
司馬都:登場する度にポンコツが増すビジネスウーマン。最新話付近では虹夏の頭の中でもやさぐれ三銃士と同じ枠にカテゴライズされた。