未確認ライオットのファイナルステージから一夜明けた翌日。私は自室でパソコンを使って情報収集を行っていました。内容としては今回声をかけてくださったストレイビートの評判や、アーティストとの雇用契約に関してが中心です。
インディーズレーベルとしてはそこまで大きくはないものの堅実な仕事ぶりの優良といっていいレーベルではありますが、会社の規模的な兼ね合いもあるのかあまりバンドを深く支援するような契約形態ではなく、スポンサー契約に近い形が主といった感じでした。メリットデメリットはありますが、比較的結束バンドの活動方針には適しているレーベルと思ってもよさそうです。
ちなみに現在は夏休み中ということもあり、私たちは時間に余裕がありますのでレーベルにはさっそく明後日に話を聞きに行くことになりました。
当たり前ではありますが結束バンドの皆さんはこういった契約ごとには慣れていないので、出来るだけ私がフォローして誤って不利な契約を結んでしまったりしないように気をつけましょう。
少し話した感じでは都さんはかなり信頼できる方だという印象でした。やや経験の浅さは感じますが、人柄は誠実そうでしたのでいい人に目を付けてもらえたと考えていいでしょう。
そんな風に考えつつパソコンを操作しているとスマートフォンの画面にロインの通知が表示されました。相手はひとりさんであり、その内容は……。
『ハイブランドで全身コーデしてワンランク上の女になろうと思うんですけど、私はブランド品に詳しくないので教えてもらえませんか?』
……なぜ唐突にハイブランド? 別にハイブランドで全身を固めたとしてもワンランク上のコーデになるというわけでは無いと思いますが……ま、まぁ、よくは分かりませんが、決意は伝わってきます。
ただ、なんでしょう? あんまりいい流れとは言えない気がします。この感覚はそう、ひとりさんがエフェクターを大量購入しようとした時の感覚に似ています。
そう思った私は、ロインに返信を行います。
『なるほど、お話は分かりました。私に可能な範囲であればいくらでも相談には乗りますよ。ただ、ちょっと詳細を聞きたいので、一度会って話しませんか?』
『分かりました。いつでも大丈夫です。動画の収益が結構貯まってて、バンドの活動も順調だからって、お父さんが自由に使っていいって言ってくれたので、お金はちゃんとあります』
なにやらウキウキしているというか、はしゃいでいる感じが文面から伝わってきます。おそらく大金を得たことで気が大きくなって、財布の紐が緩んでいる状態……だとは思うのですが、それ以外にも浮かれている感じが……とりあえず、実際に会って話を聞いてみましょう。
ひとりさんがブランド品を欲しくて購入するというのであれば問題は無いですが、これまでの様子を見る限りあまりそういったことに興味があるとも思えないので……なんだか不安です。
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ひとりさんと時間などを相談して、昼の1時に待ち合わせをして落ち合いました。待ち合わせ場所で待っていると、どこか緊張した面持ちのひとりさんがやってきて、私を見つけると大急ぎて近づいて来て不安げに手を握ってきました。
「こんにちは、ひとりさん……大丈夫ですか?」
「だっ、だだ、大丈夫です。あっ、有紗ちゃんと会えたらホッとしました……けっ、けど、なんで待ち合わせがここなんですか?」
「ああ、いえ、ハイブランドということだったのでやはり銀座が無難かと思いまして、青山の表参道あたりでもよかったのですが、単純に銀座の方が店が多いので……」
「こっ、ここが、名高いセレブタウン銀座……おっ、オーラが……」
とりあえず先に詳しい事情を聞くつもりではありますが、いちおうひとりさんの希望がハイブランド品の購入だったので、すぐに買い物に行けるように銀座にしました。
不安げなひとりさんを安心させるように微笑みを浮かべてから、手を少し強めに握ります。
「不安に思わなくて大丈夫ですよ。私が一緒に居ますから……最初はどこかカフェにでも入って話をしましょう。ひとりさんの買いたい系統なども知りたいですしね」
「あっ、はい……有紗ちゃんの声は魔法みたいですね。さっきまで、あんなに不安だったのに、いまは凄く安心してます」
「魔法というのは大袈裟ですが、ひとりさんの不安を少しでも晴らせたなら嬉しいですよ。せっかくですし、楽しい時間を過ごせた方がいいですしね。さあ、行きましょう」
「あっ、はい!」
ひとりさんの手を軽く引いて歩き出すと、ひとりさんは嬉しそうに微笑んだあとで私の隣を歩き始めました。どうやら肩に入っていた力は抜けたみたいなので、一安心といった感じです。
「……けっ、けど、やっぱり銀座はなんか、お洒落な感じがしますね。せっ、セレブリティオーラに気圧されてしまいそうです」
「セレブリティオーラ? う、う~ん、よく分かりませんが……大丈夫ですか?」
「だっ、大丈夫です。わっ、私もハイブランドを手に入れて、有紗ちゃんみたいにカッコよくて可愛いワンランク上の女になって見せ……あえ? あっ、有紗ちゃん? なっ、なんで頭を撫でるんですか?」
「ああ、いえ、なんとなく微笑ましくて……」
なんだか、背伸びをしているみたいな愛らしさがあって思わずひとりさんの頭を撫でてしまいました。ひとりさんが最高に可愛いので仕方ないですね。
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雰囲気のよさそうなカフェに入って、ひとりさんと一緒に席に座ってケーキと紅茶を注文しました。比較的店内は空いているので、のんびりと話が出来そうです。
「……なっ、なんか、カフェもいつも以上に高級感が……ジャージの場違い感が凄いです。あっ、でも、フローズンケーキ美味しいですね」
「そうですね。気温が高い夏だとより一層美味しく感じますね。ひとりさん、私のケーキも一口どうぞ」
「あむ……おっ、美味しいです。有紗ちゃんも、どうぞ」
「ありがとうございます。いただきますね」
いつも通り一口ずつケーキを交換しつつ、改めて本題に移ることにしました。
「……それでひとりさん、ハイブランドの服を買いたいというのは? その、失礼な言い方かもしれませんが、あまりひとりさんはそういった方面には関心がない印象だったので……」
「あっ、はっ、はい。えっと……」
ひとりさんは普段も基本的にジャージですし、あまりそれ以外の服を着ることはありません。ごく稀に、私とデートの際などは一緒に買った私服を着てくれることもありますが、ほぼジャージです。
少なくともハイブランドに興味があるような感じではないでしょうし、今回の話は本当に寝耳に水でした。
「レーベル……よっ、よくは分からないですけど、給料とかもらえるんですよね? そっ、そして、そのままメジャーへの階段を駆け上がっていくわけですし、こっ、これからに備えてワンランク上の女になろうと一大決心をしました」
「…………なるほど」
本当に先に詳細を聞いておいてよかったと、心の底からそう思いました。いえ、よくよく考えればこれは事前に考慮しておくべきでした。
レーベルと聞くとメジャーデビューへの第一歩であり、強力なバックとなってくれる存在と考えても不思議ではありません。
「……ひとりさん、大変言いにくいのですが、まず間違いなくひとりさんが想像しているような形にはならないと思います」
「……え?」
「おそらくですが、ひとりさんのイメージとしてはレーベルというと、事務所のような場所に所属して月収を貰い、大きなバックアップを受けて売り出しというイメージではないですか?」
「あっ、えっ……ちっ、違うんですか?」
「もちろんメジャーレベルなどの中には、そういった強力なバックアップ体制のレーベルもあるかもしれませんが、今回声をかけてくれたストレイビートは、インディーズレーベルです。一通り所属バンドなどの売り出しやプロモーション確認しましたし、情報も集めましたが……契約としてはスポンサー契約に近い形です」
ストレイビートの売り出しは主にサブスクや動画サイトであり、メディア関連にはあまり強いパイプは無さそうな印象でした。
基本的には制作費の補助のみといった契約が多く、バックアップ体制は強くありません。その分活動の制限もほぼ無いので、自由にできるというのは大きなメリットですが……少なくともひとりさんが想像しているような形の契約にはならないでしょう。
「曲の作成に関して製作費を出してくれて、サブスクなどで好評であればCDの作成、その販売も好調であればメディアへのプロモーションといった形の契約形態である可能性が高いと思います。なので、収入の面に関して言うと、現状とほぼ変わらない形になるのではないかと思います」
「…………」
「えっと、ひとりさん? 大丈夫ですか?」
「……あっ、有紗ちゃんに事前に相談して、ほっ、本当に……よかった。危うく、勘違いでとんでもない散財をするところでした」
どうやらひとりさんも誤解に気付いたらしく、心底安堵したような表情を浮かべていました。
「ですが、せっかく銀座に出てきましたしハイブランドの店にも行ってみませんか? もしかすると、ひとりさんが気に入るものがあるかもしれませんよ」
「あっ、そっ、そうですね。お金には余裕がありますし……むっ、無駄遣いはできませんけど、ある程度なら……こっ、今後の参考になりますし、ひっ、ひとりじゃ行くのは無理なので……」
いちおうひとりさんがハイブランドを購入しようとする動機である今後のメジャーデビューに備えてというのと、ワンランク上の女になるということに関しても未だ有効ではあります。
先のメジャーデビューに備えてお洒落を学んでおくのもいいですし、ワンランク上の女というのは分かりませんが、なんにせよ足を運んでみて損をするということはないでしょう。
「気に入ったものが見つかれば、購入してみるのもいいかもしれませんね」
「あっ、そっ、そうですね。ワンランク上の女になれるかもしれませんし……そっ、そうなったら、有紗ちゃんも私にメロメロに……」
「すでにメロメロですが?」
「あっ、そうですね。いま、自分で言ってて、凄くいまさらって感じがしました」
「いえ、ですが、普段とは違うひとりさんを見ると、メロメロの度合いがさらに上がるのは不可避ですし、間違ってはいないですね」
「あっ、有紗ちゃんは、相変わらず大袈裟すぎです……嫌な気はしないですし、むしろその……嬉しいですけど……」
「うん? すみません、いま後半声が小さくて聞き取れなかったのですが……」
「なっ、なんでもないです!!」
顔を赤くして慌てた様子で目線を逸らすひとりさんを見て、私は首を傾げました。
時花有紗:相変わらずぼっちちゃんの黒歴史を先んじて粉砕していくできる未来の嫁。ナチュラルにいちゃつくところまでがセット。
後藤ひとり:有紗に事前に相談したおかげで、原作でやった失敗は犯さなかった。最近なんか、チラホラ自分の感情を自覚し始めてるのではと思わしき言動が散見するようになってきた。