ぼっちな貴女に恋をして   作:ぬこノ尻尾

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八十一手散財のレーベル訪問~sideB②~

 

 

 リョウの一件でひと悶着はあったものの、改めて全員揃ってストレイビートの事務所に向かうことになった。ストレイビートの事務所も下北沢にありSTARRYから徒歩3分ほどと比較的近い場所にあった。

 

「3分圏内にそんな事務所っぽい場所なんてあったっけ?」

「どっ、どうでしょう? 店がある通りは、結構行ってるんですが……」

「道が一本変わるだけで見覚えのない景色になりますし、メジャーレーベルならともかく、インディーズレーベルなので、それほど大きな建物ではないのでは?」

 

 歩きながら呟くリョウの言葉に、比較的練習終わりなので近場を散策しているひとりと有紗が答える。

 

「伊地知先輩、アレじゃないですか?」

「え~と、ああ、あの建物だね! あそこの2階だって」

「……有紗の話聞かずに見てたら、絶望しそうな外観」

 

 ほどなくして目的の事務所が見えてきたが、かなり年季の入った雑居ビルでありメンバー内で一番浮かれていたリョウが、遠い目をして呟く。

 ビルに入って2階にあるストレイビートの事務所に移動し、呼び鈴を鳴らすと都が扉を開けて出迎えてくれた。

 

「お待ちしておりました」

「本日はお世話になります」

 

 軽く挨拶を交わして事務所内に入り、都の案内で事務所内の会議スペースに通されるとそのタイミングで有紗が手に持っていた紙袋を差し出した。

 

「都さん、こちら焼き菓子なのですが、よろしければ皆さんで召し上がってください」

「これは、気を使っていただいてありがとうございます」

「……有紗ちゃん、いつの間に手土産を……」

 

 用意していた手土産を都に手渡したあとは、促されて結束バンドの面々が横並びに席に座り、対面に都が座る形になった。

 全員が着席したのを確認してから、都は軽く頭を下げて話し始める。

 

「改めまして、自己紹介をさせていただきますね。ストレイビートでマネジメントをしております。司馬都と申します。本日はご足労いただき、ありがとうございます」

「それでは、こちらもメンバーを代表して私だけ再度自己紹介をさせていただきます。時花有紗と申します。結束バンド内ではマネージャーに近い役回りを任されております。本日はよろしくお願いします」

 

 キリッとした佇まいで挨拶をする都に、有紗も穏やかな口調で挨拶を返す。他の4人はかなり緊張して背筋が伸びていたが、有紗は慣れているのか自然体だった。

 するとそのタイミングで、会議スペースに結束バンドとも面識があり、都を紹介する切っ掛けとなった愛子がお茶を持ってやってきた。

 

「お、お飲み物どうぞ……」

「え? やみさん!? なんでここに?」

「ちょうど人手が足りなかったのでバイトとして働いて貰うことにしました」

「……ライターだけで食べていくのは難しくてね」

 

 思わぬ顔見知りとの遭遇に少々驚きつつも、気を取り直して本題に入ることになる。

 

「……では、本題に入らさせていただきますが、レーベルと聞いてどんなイメージを持たれましたか?」

「そうですね、主にバンド活動に関するバックアップをしてくれるという印象です」

「なるほど、具体的にどのようなバックアップかなどの想定はありますか?」

「多種多様ではあるのでしょうが、ストレイビートさんの傾向もある程度事前に調べさせていただきました。形式としてはスポンサー契約に近く、主に曲作りに関する資金面の補助、サブスクや動画サイトでの広報活動、一定の人気が見込めると判断した場合のCD作成などがメインのバックアップであると認識しています」

「……え、ええ……ほぼ完璧にその通りです。ほとんど説明することがありませんね。細かい内容に関してはこちらの書類をご確認ください」

「ありがとうございます。拝見させていただきます」

 

 あまりにも落ち着いており、情報も非常に正確な有紗に若干驚きつつも都は契約内容が書かれた書類を結束バンドの面々に配る。

 ほとんどのメンバーは難しそうな表情を浮かべていたが、有紗はじっと真剣な表情で文言を細かく確認していた。

 

「契約の形としては、まずこちらの予算で数曲作成していただいて、それを弊社がサブスクや動画サイトで配信し、売上や再生数が多ければCDのミニアルバムを作成したいと考えています。時花さんが仰られたように、スポンサー契約……専属実演家契約という形式になりますね」

「……有紗ちゃん?」

「基本的には製作費を支給してもらえる以外では、結束バンドの活動自体に大きな影響はありません。バックアップは多くない代わりに自由度も高く、この契約内容を見る限りいままで通りの活動をしつつ、事務所の力を借りてメジャーデビューを目指していく形式ですね」

「なるほど、私たちが個人で出来ることには限界があるし……制限もあまりないなら、結構いい条件だね」

 

 不安げに問いかけてくる虹夏に対し、有紗が簡単に内容を説明する。それを聞いた虹夏は、バックアップが少ない代わりに比較的自由に活動ができる契約は、結束バンドにもかなり適していると乗り気な表情を浮かべた。

 他の面々もある程度有紗が噛み砕いて説明してくれたことで、内容は理解しておりそれぞれ話をしていた。するとそのタイミングで、都が思い出したように口を開く。

 

「……ところで、以前にお話をさせていただいた際に、皆さんが話していた声が聞こえたのですが、後藤さんはギターヒーローという別名義で活動されているのですよね?」

「え? あっ、はっ、はい」

「気になって調べてみたのですが、登録者数も多く動画の再生数も100万越えも複数、多いものでは300万越えまで……凄いですね。宣伝に使わない手はないので、使っても問題ないでしょうか?」

「えっ……」

 

 都が告げたその言葉にひとりは表情を曇らせる。ひとりとしてはあくまで結束バンドの皆の力で売れたいと考えており、ギターヒーローの名を用いての売り出し方はあまり受け入れたくない内容だった。

 できれば公表はしたくないと、ひとりがそう頭に思い浮かべた直後有紗が静かに口を開く。

 

「それに関しては、2点の理由からハッキリとお断りさせていただきます」

「あっ、有紗ちゃん……」

 

 有紗の口調は穏やかなままであり、表情も自然ではあったが気のせいか少し空気が張り詰めたと感じる独特の雰囲気があり、思わず都も背筋を伸ばした。

 

「まず1点目ですが、ギターヒーローのアカウントに関しては結束バンドの音楽活動は一切関係なく、ひとりさん個人が趣味として運用しているものです。もちろん過去に結束バンドの宣伝等を行ったこともなく、あくまで個人のアカウントです。ひとりさん側から提案するのであればともかく、そちら側がプロモーションの一環として求めるのは、少々こちらに記載されている契約範囲を逸脱した要求ではないでしょうか?」

「……仰る通りです」

 

 幼いころからの様々な英才教育で培った気品とでも表現すべき凛とした姿は、一種の風格として空気を支配しており、都も気圧されてしまっていた。

 都は優秀ではあるがまだ入社2年目で、マネジメント業務を受け持つようになってからであれば1年目という若手であり、幼少の頃から様々な権力者と交流を持ち、投資家としての側面もある有紗と比べればまだ場数が少ないので致し方ないともいえる。

 

「続けて2点目に、流行曲のカバーを中心とするギターヒーローと結束バンドでは、明確にファン層が違います。特に現状ではギターヒーロー側のファンの数の方が多いでしょうから、結束バンド自体がギターヒーローの添え物と認識されるリスクや、それぞれのファンが衝突するリスクを考えれば、宣伝効果のメリットよりデメリットの方が大きくなるかと思います」

「……なるほど」

「公表するのであれば結束バンドがメジャーデビューして、そちらの知名度がギターヒーローを上回ってからが適切でしょう。それであれば、人気メジャーバンドのギタリストの別名義として比較的好意的に受け取ってもらえる可能性が高いでしょうしね」

「……確かに、そもそも私が心惹かれてスカウトしたのは後藤さん個人ではなくバンド全体にですし、個人を強く推す売り方は得策ではないですね。申し訳ありません、少々浅慮でした」

「いえ、どうかお気になさらないでください。持ち得る情報が違うのですから、どうしても互いの認識に差異が生まれるのは必然です。そういった部分を話し合うのがこの席の目的ですから、こちらの意見をくみ取ってくださりありがとうございます」

 

 軽く頭を下げて謝罪する都に、気にしないようにと伝えたあとで有紗は変わらぬ穏やかな口調のままで話を続ける。

 

「せっかくですので、契約内容についてもう少し細かく質問してもよろしいでしょうか?」

「ええ、問題ありません」

「では、ストレイビートさんの予算を用いて作成した曲は別として、既に結束バンドが作曲しているオリジナル曲を、将来的にアルバムに収録した場合の権利関係についてですが……」

「それでしたら……」

 

 一度話し合い条件をすり合わせる空気ができたことで、有紗は続けて契約についていくつかの質問を行っていき、都がそれについて順番に回答していく。

 有紗は終始穏やかなままであり、口調も安定している。その余裕すら感じる振る舞いは明らかに経験値の高さを感じさせ、結束バンドの面々にとっては非常に頼もしく映った。

 

「……やっぱ、有紗ちゃんが居てくれてよかったよ。必要なところではしっかりハッキリ言ってくれるし」

「ですね。私たちだけだとこうはいかないですよね」

「というか……さっきから、ぼっちがヒーローじゃなくて完全にヒロインの顔してるんだけど……」

 

 虹夏と喜多が小声で話しているところに、リョウが同じく小さな声で呟いた。それに反応して虹夏と喜多が視線を向けると、都と話を続ける有紗の横顔を頬を赤らめて見つめるひとりの姿が見えた。

 

「まぁ、有紗ちゃんカッコよかったもんね。ぼっちちゃんが内心嫌がってたであろう場面でビシッと言ってくれて嬉しかったんじゃないかな?」

「なんというか、あんな顔してて……よく本人は、あくまで友達だなんて言えるもんですよね」

「完全に恋する乙女の顔してる」

 

 実際いまのひとりの目には有紗はまさにヒーローのように映っているだろう。元々ひとりは、有紗が時折見せる凛々しさに弱い面があったが、いまはまるで己の気持ちを察して守ってくれたかのような頼りがいのある雰囲気もあって、顔を赤らめつつも幸せそうな表情を浮かべており、リョウの言う通り恋する乙女のように見えた。

 

 継続して都と難しい話を続ける有紗と、それを見惚れるように見つめ続けるひとりという光景を眺め、虹夏たち3人は顔を見合わせて苦笑を浮かべた。

 

 

 




時花有紗:あくまで終始穏やかで優し気な表情のまま交渉している。ぼっちちゃんが嫌がることは見過ごさない嫁の鑑。ある意味ではギターヒーローにとってのヒーローポジションかもしれない。

後藤ひとり:ギターヒロイン状態。公表しなくちゃいけないかもとしゅんとしたタイミングで、きっぱりと断ってくれた有紗の凛々しい姿にすっかり見惚れてしまい。その後はずっと恋する乙女の顔で有紗の横顔をぼ~っと眺めていた。ふたりきりだったが、腕を抱きかかえたりしていたかもしれない。

14歳(仮):……原作では私が活躍する場面だったはずなのだが……解せぬ。まぁ、この作品ではすでにだいぶ前に和解済みなので問題なし。
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