やはり初対面の際の印象通り、都さんはかなり優秀で誠実な方のようで、細かな質問にもひとつひとつ丁寧に答えてくれました。
「なるほど、ありがとうございました。いろいろ質問して申し訳ありません」
「いえ、むしろこちらとしても初めの段階で疑問点をしっかりと聞いてくださるのはありがたいです。契約を交わしたあとで、思っていたのと違ったと言われても困ってしまう部分がありますからね」
「そう言っていただけるとありがたいです。契約の内容は十分に理解しましたので、少し皆さんと相談してもよろしいでしょうか?」
「ええ、もちろんです。もしすぐに返答が難しいのであれば、返答は後日でも問題ありませんので……」
都さんに軽く断りを入れてから結束バンドの皆さんの方を見……ひとりさんが信じられないぐらい愛らしい顔でこちらを見ているのですが? これはいったいどういうことでしょうか?
ちょっとその顔は反則ではないでしょうか……儚げな雰囲気が庇護欲をくすぐるというか、衝動的に思いっきり抱きしめたくなってしまいます。
しかし、いまはストレイビートさんとの契約の話が先です。ここは我慢するしかないでしょう……くっ、これは想像以上の苦行です。あとで絶対抱きしめましょう。
「……有紗ちゃん、難しい顔してるけど、よくない感じかな?」
「え? あ、いえ、そんなことは無いですよ。むしろ結束バンドにはかなり合っていると思います。マネジメントを務めてくださる都さんも信頼できそうですし、私はむしろこの契約に肯定的です。ただ、結束バンドは審査員特別賞を獲得しているので、未確認ライオットの公式HPを見て今後別のレーベルからスカウトが来る可能性もあります」
「あっ、そっ、そっか……サイトに結果が掲載されてから興味を持つってパターンもあるんですね」
もちろん夏フェスの会場にも他のレーベルの人たちはいたでしょうが、グランプリのSIDEROSは争奪戦を見越して早めに声をかけようとするでしょうが、結束バンドについては活動歴や評判を調べてからスカウトでも問題ないと後回しにした方も居る可能性はあります。
あるいは他県など距離的に現地に足を運ぶのが難しいレーベルなどは、フェスの数日後に公式HPに掲載されるダイジェスト動画を確認してスカウトを行うというのも十分にあり得ます。
……まぁ、全員学生なので県外のインディーズレーベルとなってくると、仮にいい条件のスカウトでも受けるのは現実的ではありませんが……。
ともあれそういった情報を伝えながら、ストレイビートさんとの契約についてどうするかの意見をそれぞれに求めました。
「私は、有紗ちゃんと同じくいい話だと思う。さっきの有紗ちゃんとの会話を聞いてて、司馬さんはかなり私たちの意思を尊重してくれてる印象だったし……それ以外にも、知り合いのやみさんが居るから心強いってのもある」
「確かに、他にスカウトが来る可能性があるとしても、真っ先に声をかけてくれたのは司馬さんですし……私も賛成です」
虹夏さんと喜多さんもこの契約には賛成の様子でした。都さんが誠実な方であるというのは、ここまでのやり取りで皆さんにも伝わっているらしく、印象はかなりいいように思えます。
「あっ、わっ、私も賛成です……そっ、その、個人とかじゃなくて、結束バンド全体を評価してくれてる感じがしますし、上手くやっていけそうな気がします」
「同じく賛成、STARRYから徒歩3分なのがいい。近い方が楽だし……」
ひとりさんとリョウさんも賛成……となると、私も含め全員賛成ということですね。皆さんと顔を見合わせて頷き合ったあとで、私は都さんの方を振り向いて口を開きます。
「お時間を頂いてありがとうございます。相談をした結果、是非ストレイビートさんに所属させていただきたいと意見が一致しましたので、今後ともどうかよろしくお願いします」
「ありがとうございます! こちらこそ、よろしくお願いします。これから、一緒に頑張っていきましょう」
私が代表して契約を結ぶことを告げると、都さんは表情を明るくして微笑みを浮かべました。そしていざ契約を結ぶことが決まったからか、結束バンドの皆さんも緊張を解いて都さんに次々声をかけます。
「司馬さんってバリキャリって感じるわ~! 頼りにしてますね!」
「照れますね。まだ入社2年目ですが……マネジメントに関しては1年目です」
「え?」
「司馬さんこう見えてまだ23歳だからね。実はあたしの方が年上なのよ!」
喜多さんの言葉に都さんがまだ若手であると答えると、虹夏さんも喜多さんと同じように都さんがもっとキャリアの長い方と思っていたのか驚いた表情を浮かべていました。
すると、そんなやりとりを見ていたひとりさんが驚いたような表情で呟きました。
「あっ、有紗ちゃんの言っていた通りですね」
「偶然ですが、第一印象が当たっていましたね」
「あっ、有紗ちゃんはやっぱり凄いです」
ひとりさんには一緒にSTARRYに向かう際に都さんが若手であるという予想を伝えてあったので、それが的中していたことに驚いていた様子でした。
たしかに都さんは落ち着いていて、大人っぽい雰囲気なので実年齢より高く見られやすいかもしれませんね。
「私はまだ年齢も経験も浅いですが、責任を持って結束バンドをサポートさせていただきますね」
「まぁ、いざって時はあたしもいるし? 業界長いしコネも結構あるし?」
「その必要はありません。自力でやれますので」
「……有紗さんの雰囲気に気圧されてたくせに……」
「アレはむしろ私がどうこうではなく、時花さんが凄いのだと思います。そしてそのことと、貴女に頼ることは関係ありません」
「……可愛げのない」
気安げに話すやみさんの言葉を一蹴しつつ、都さんは私たちに簡単な今後の予定を説明してくれます。基本的には1曲目のリリースを年明けに行いたいと考えており、スケジュールも今後その形で詰めていく予定とのことでした。
リョウさんは大学進学する気は無い様子ですが、虹夏さんは進学予定なので丁度大学入学共通テストの時期と重なるので大変ではありますが、その辺は私も含めた周りができるだけサポートしたいところです。
ある程度予定についての話が終わると、契約書にサインを行い、その後はしばし都さんとやみさんとお茶を頂きながら雑談を行いました。
比較的打ち解けてきて、穏やかに話が進んでいく中でひとりさんがポツリと呟きました。
「……あっ、でっ、でも、ちょっと不安ですね。CDを出すためのハードルもありますし……」
「そうですね。ですが、皆さんならきっと大丈夫です……まぁ、それに、いざとなれば少し強引な手を使えばどうにでもなります」
「強引な手? 有紗ちゃん、なにか裏技でもあるの?」
ひとりさんの不安を和らげるように声をかけると、虹夏さんが私の言葉を聞いて首を傾げました。他の皆さんも気になる様子でこちらを見ていたので、私は苦笑を浮かべて言葉を返します。
「ああ、いえ、ストレイビートさんのことをいろいろと、親会社も含めて調べましたので……まぁ、その気になれば、それほど労力はかからず経営権が取れそうなので、最終手段としてはそういう方法も……」
「待って待って待って!? なんかサラッと怖いこと言ってる!?」
「……流石有紗、なんかひとりだけマネーゲームで戦おうとしてる」
……う~ん、半分冗談だったのですが、どうやら本気として受け取られてしまったようです。ああ、いや、嘘を言っているわけではありません。
実際あまり大きな会社というわけでは無いので、経営権を取る……そこまでいかなくても、ストレイビート側が私の意見を拒否できないぐらいの株式を獲得することは、難しくありません。
「……ふふ、失礼、冗談ですよ。流石にそんな方法を取ることはありません」
「な、なんだ冗談か~。もう、ビックリするなぁ」
「伊地知先輩と同じくビックリしました。私も有紗ちゃんならもしかしたらって思っちゃいましたよ」
実際そこまでの手段を取るぐらいなら、もっと他のコネを使ってメジャーレーベルに結束バンドを売り込むなり、お父様やお母様のコネを利用するなり、もっと楽でより効果的な方法はいくらでもあります。
ただ、ひとりさんもそうですが皆さんも「自分たちの力で夢を掴みたい」という気持ちがありますし、そういった反則に近い手段を取る気はありません。
それに、実際にそんな手段を使わなくとも結束バンドなら自力で夢を掴みとれると……私も信じています。なので、先ほどの話はあくまで冗談です。
「あっ、あれ? いっ、今の言い回し……出来ないとは……言ってなかったですよね?」
「ぼっちの恋人は、やっぱ凄いな」
「だっ、だから恋人とかじゃないですって!?」
****
ストレイビートでの話を終えて、ビルの外に出てSTARRYに向けて歩きながら会話をします。
「楽しかったですね~! これからのバンド活動にやる気も出てきますね!」
「よ~し、いい曲作るぞ~!」
都さんやストレイビートの印象がよかったため、皆さんかなりいい雰囲気で、年明けに向けてこれから作っていく新曲に関しての話題を生き生きと話しています。
そんな中で、私は……そろそろ限界が近くなっていました。
「皆さん、申し訳ありません。先に戻っておいてくれませんか? 少しひとりさんに用がありまして……」
「え? わっ、私に用……あっ、あれ? なっ、なんで、有紗ちゃんそんな捕食者の様な目を……」
「……う~ん。まぁ、STARRY近いしね。じゃ、私たちは先に行くからゆっくりおいで~」
簡潔に告げた言葉でしたが、虹夏さんはなにかを察したのか喜多さんとリョウさんと一緒にSTARRYに向かって移動していきました。
そして、私とひとりさんが残ったわけなのですが、ひとりさんは不思議そうな表情で首を傾げます。
「あっ、えっと、有紗ちゃん? 用って?」
「申し訳ありませんひとりさん、もう限界なので……失礼しますね」
「え? 限界――わひゃっ!? なっ、なな、なにを!?」
仕方がないんです。コレは本当に仕方がないです。ひとりさんがあまりに愛らしい顔をしていて、抱きしめたいという欲求が抑えきれなかったので、本当に仕方のないことです。むしろ、ここまでよく我慢できたと己を褒めてあげたいぐらいです。
「いえ、話し合いの後半ぐらいからひとりさんを抱きしめたいと、そう考えてしまいまして、一度頭に思い浮かぶと気持ちを抑えるのが大変で……」
「あっ、もっ、もしかして、あの時難しそうな顔してたのって……」
「はい。流石に、あの場で抱きしめるのは問題ですしね」
「天下の往来で抱きしめるのも割と問題だと思うんですけど!?」
「我慢の限界だったので……あと、ここは人通りも少ないので大丈夫です……たぶん」
「さっ、最後に不安なの付け足した!?」
ひとりさんは困惑したような表情を浮かべてはいましたが、そっと私の背中に手を回して抱きしめ返してくれているので、嫌がったりしているわけではなさそうです。
とりあえずこのまましばらく……流石に場所が場所なので、15分ぐらいはひとりさんの温もりを堪能しましょう。
時花有紗:恋する乙女顔のぼっちちゃんの可愛さに思いっきりやられていた。珍しく表情に現れるぐらいに必死に抱きしめたい衝動を我慢していた模様。猛将ではあるがステイする場面ではちゃんとステイできる……道端で抱きしめるのは、通行の邪魔にならなければOK。
後藤ひとり:ぼっちちゃんが凛々しい有紗ちゃんに弱いように、有紗ちゃんも可愛いぼっちちゃんに弱いというある意味互いに特効を持っているようなもの。いきなり抱きしめられて慌てたりツッコミ入れたりしていたが、すぐに抱きしめ返しているあたりラブ度はかなり高い模様。
熟練のチベット:下北沢のバカップルがまたなんか始めることを察してさっさとSTARRYに帰還した。