別荘から湖に向けて続く道を、有紗とひとりは手を繋いで歩く。軽井沢高原に吹く風は真夏にしてはかなり涼しく心地よい。
揃いのジャージを着て歩くその姿は非常に仲睦まじく、楽し気なふたりの表情も相まってどこか甘い空気が流れているかのようにさえ感じられた。
「あっ、こうして近付いて見ると、かなり大きいですね」
「ええ、別荘には釣竿などもあるので、釣りもできるみたいですよ。私は釣りはしたことが無いのですが……」
「あっ、わっ、私も無いです。どんな魚が釣れるんですかね?」
「湖ですから定番なのは鯉や鮒、場所によってはブラックバスやワカサギも居るかもしれません。普通に釣竿に餌という形で釣るなら、鯉か鮒になりそうですけどね」
「ワカサギ釣りって言うと、なっ、なんとなく氷の上で穴をあけてってイメージがあります」
「北海道の氷上ワカサギ釣りは有名ですね。それ以外など、長野や山梨などでのドーム船でのワカサギ釣りも有名ですよ」
「ふむふむ」
有紗の説明にひとりが感心した様子で頷いていると、湖に到着した。湖はかなり美しく、水辺周りはかなり綺麗に整えられている印象だった。
「あっ、結構綺麗ですね。もっと草とか生えてるのかと思いましたけど……」
「別荘も含めて、管理を委託していますから月に一度ほどの頻度で整備されていますね。今回は用意していないですが、事前に手配しておけば湖に手漕ぎボートを浮かべて楽しむこともできるらしいですよ」
「あっ、たっ、確かに湖と言えばって感じではありますね。そっ、それはそうと、湖の周りはやっぱりより涼しいですね。あんまりジメッとした感じも無くて、気持ちいいです」
「ええ、それに水面に太陽が反射して、綺麗ですね。こんな美しい景色を、大好きなひとりさんとふたりで見れて幸せですよ」
「あぅ、まっ、また有紗ちゃんはそうやって恥ずかしいことを……」
いつも通りと言えばその通りだが、まったく飾ったり隠すこともなくストレートに告げられる好意の言葉に、ひとりは顔を赤くしつつ、有紗の手を握る力を少し強くした。
そのままふたりは少しの間静かに沈黙し、美しい湖を眺める。美しい思い出を共有するかのように……。
「……けっ、けど、本当に凄いところですね。なっ、なんとなく勝手なイメージですけど、アルプスっぽい雰囲気の場所って感じがします」
「一般的に想像されるアルプス山脈ほど高所ではありませんが、確かに景色のいい高原となるとそうしたイメージを抱きやすいかもしれませんね」
「なっ、なんか空気が美味しい気がします」
「実際都会と比べると、空気は澄んでると思います。空気がいいと、心まで爽やかな気分になれますね」
「……はい!」
有紗の言葉にひとりが楽し気に同意して、ふたりは顔を見合わせて微笑みあう。そして、引き続き散歩を楽しむように湖の近くをのんびりと歩き始めた。
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十分に散歩を楽しみ、夕方といっていい時間になると別荘に戻って来た。夕方とはいえ、真夏ということもあってまだ夕日などにはなっていないが、時間的に考えればそろそろ夕食の準備に取り掛かった方がいい時間帯だった。
「ひとりさん、夕食なんですがテラスで食べませんか? ホットプレートがあるので、肉や野菜を切って持って行って焼きながら食べる。バーベキュー……というよりは焼肉の形ですね」
「あっ、はい。そっ、それなら準備も簡単そうですし、いいですね」
「では、手分けをして食材の下ごしらえをしていきましょう」
「あっ、はい! 頑張ります」
今回は食事などもふたりで用意することになるため、有紗とひとりはそれぞれエプロンを身に着けてキッチンへと向かう……前に、食糧庫になっている部屋で食材の準備を行う。
食糧庫には巨大な冷蔵庫などが置いてあり、その中には有紗の父親が用意した高級食材がこれでもかというほど大量に詰め込まれていた。
「……すっ、凄い食材……」
「お父様……もう少し、女性ふたりということを考慮した量にしてほしいものですね。まぁ、余ったものは後ほど回収するのでしょうが……しかし、流石にどれも品質がいいですね」
「たっ、高そうな食材がいっぱい……肉とか、これ素人が切っていいランクの肉なんですかね?」
「まぁ、せっかくあるのですから有効に使わせてもらいましょう。本当にありとあらゆる食材があるような感じですしね」
見てわかるほどに高品質で高級食材っぽい品々に、ひとりが思わず気圧されるが、有紗はあまり気にした様子もなく肉や野菜を見繕っていく。
「ひとりさん、申し訳ありませんが、この野菜類をキッチンに運んでもらえますか? 私は、肉類を選んで持っていきますので」
「あっ、わかりました。先に軽く洗っておきますね」
「よろしくお願いします」
それぞれ野菜と肉を分担してキッチンへ運び、準備を始める。ひとりも料理はあまり得意ではないが、最低限はできるので、それなりに手際よく有紗と手分けして野菜を切っていく。
「あっ、えっと、大き目でいいんですよね?」
「ええ、大き目のカットで大丈夫ですよ。夏野菜を中心に、焼いて楽しむ形ですからね」
「あっ、えっと……カボチャも、夏野菜なんですか? なっ、なんとなく、冬に食べるイメージがありましたけど……」
「ええ、確かにカボチャは冬至に食べることもあって冬の野菜というイメージがありますが、実際は4~9月が収穫時期の夏野菜なんですよ」
「あっ、そっ、そうなんですね。知らなかったです」
「カボチャは瓜類の中でも水分量が少なく、長期保存に向いた野菜ですので昔の人たちは夏に収穫したカボチャを保管して、食料の少ない冬に食べたと言います。それもあって、冬に食べるイメージが強いですね」
「なっ、なるほど、有紗ちゃんはやっぱり物知りですね」
分かりやすく説明する有紗の言葉にひとりは感心した表情を浮かべて頷く。そんなひとりに微笑みつつ、有紗は肉を切って軽く下味をつけて準備をしたあとで、ふと思いついたようにキッチンの棚から金属製の串を取り出した。
「ひとりさん、せっかくですしバーベキュー風に串に刺してみませんか?」
「あっ、いいですね。美味しそうです」
「全部というわけではありませんし、焼くのもホットプレートですがね……本当は炭火などがいいのでしょうが、私たちだけで火を使うのは危険もありますしね」
「あっ、肉と野菜を交互に刺す形でいいんですかね?」
「ええ、野菜だけの串や肉だけの串を作ってもいいかもしれませんが……ふたりではそんなに食べられませんし、普通に焼く分もあるので数個にしておきましょう」
「でっ、ですね」
有紗もひとりもそれほど量を食べるわけでは無いので、あまり多く作っても食べ切れない可能性が高いので、それぞれ2串ずつ作ることにして、楽しく会話をしながら下準備を進めていった。
****
下準備を終えてテラスに移動したふたりは、ホットプレートを用意して肉や野菜を焼き始める。テラスには夕日が差しており、非常に美しい景色の中で向かい合って食事を楽しむ。
「あっ、カボチャ甘くておいしいです」
「トウモロコシもいい焼き加減ですし、こちらの串も焼けてきましたね」
焼くことで甘みの増したカボチャやトウモロコシ、シシトウやミニトマトを刺した串などを楽しみつつ、メインである肉も食べる。
元々見るからに最高級の肉という雰囲気であり、実際に食べてみると非常に柔らかくそれでいて肉の味をハッキリと感じることができ、非常に美味しかった。
その美味しさに顔を綻ばせつつ、ひとりは対面に座る有紗を見て思考を巡らせる。
(あっ、あれ……なんだろう、今日はちょっと変かも……なっ、なんか、変に有紗ちゃんに甘えたい気分というか……対面じゃなくて隣がいいなぁとか……)
ひとり自身もその気持ちを上手く言語化するのは難しかった。少し前に有紗に促されてしばし抱きしめられていた影響か、それとも今日はずっと隣に居た有紗が対面に座っている状況に寂しさを感じたのか……ともかく、なぜかはわからないが、有紗の傍に居たいという気持ちが強く湧いてきていた。
(かっ、かといって、それを口に出すのは恥ずかしすぎるし……スッと、なにも無いような顔して隣に移動できないかな……いっ、いや、絶対顔に出そう)
一度有紗の隣に座りたいと思ってしまうと、そればかり考えるようになったが、さりげなく移動する方法が思い浮かばずに悶々とした表情を浮かべていたひとりだったが、その様子を見た有紗はフッと小さく笑みを溢したあとで立ち上がり、座っていた椅子を持ってひとりの隣に移動した。
「あえ? あっ、有紗ちゃん?」
「いえ、対面より隣で食べたい気分だったので……嫌でしたか?」
「あっ、いや……わっ、私も隣が……よかったです」
「では、丁度よかったですね」
「……はぃ」
間違いなく己の心中を察して移動してくれたであろう有紗を見て、ひとりの心にはなんとも言えない嬉しさが湧き上がってきた。
優しく微笑む有紗を見ると顔が熱くなる実感があったが、決して不快ではなく、少しくすぐったくも……どこか心地よかった。
(うぅ、本当になんだろうこれ、甘えたいって気持ちが抑えきれないというか……ちょっ、ちょっとだけ……)
より強く湧き上がってくる有紗に甘えたいという気持ちに、ひとりは少し逡巡したあとで、そっと有紗の肩にもたれ掛かるように少し身を傾けた。
微かに触れる有紗の温もりになんとも言えない満たされるような気持ちを感じていたひとりに、有紗は微笑みながら焼いていた串を持って、手を添えながらひとりの顔に近付ける。
「ひとりさん、はい、どうぞ」
「あっ、ありがとうございます……美味しいです。あっ、その、えっと、ごめんなさい……なっ、なんか、変に甘えちゃって……」
「私はひとりさんに甘えてもらえて嬉しいので、まったく問題ないですよ」
「……あっ、有紗ちゃんは……優しすぎです」
全てを受け入れてくれるかのような優しい笑顔の有紗を見て、ひとりは顔を真っ赤にしつつも嬉しそうに微笑み、もう少しだけ力を抜いて有紗の肩に寄り掛かった。
時花有紗:基本的に平常運転でぼっちちゃんといちゃいちゃしている。甘えてくれるのは嬉しいし、もっと甘えて欲しいぐらい。
後藤ひとり:本人もよく分からないが、有紗ちゃんに甘えたいモードのスイッチが入ってしまったらしく、ふたりきりということもあってそれはもういちゃいちゃしていた。いい加減もう、自分の気持ちは自覚してそうな感じがある。