ぼっちな貴女に恋をして   作:ぬこノ尻尾

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八十四手互恵の軽井沢旅行③~sideB~

 

 

 気付いていないことと、気付かないふりをしていることというのは違うものだ。たとえ本人自身が意識しなくとも、心の奥底でその違いはなにかしらの形となって表れているものである。

 風呂に入った後、ひとりはテラスに腰かけて夜空を眺めていた。他の明かりが無いからだろうか、夏の星空がハッキリと見えて非常に美しい。

 そんなひとりの元に、ふたつのマグカップを持った有紗が近づいてくる。

 

「ひとりさん、ホットミルクを用意しましたよ」

「あっ、ありがとうございます。やっぱり、外はちょっと寒いですね」

「風も少しありますからね。寝る前に体を冷やしてしまわないように、注意しないといけませんね」

「あっ、はい。けど、なんだか静かで……星も綺麗で、なんか、いいですね」

 

 有紗からホットミルクの入ったマグカップを受け取ったひとりは、それを軽く一口飲んでから隣に座った有紗に視線を向けた。

 

(……変な感じ。安心して落ち着いてるのに、同時に少しソワソワしてるみたいな、変に矛盾してる感じがする。でもモヤモヤしてたりする感じじゃなくて、くすぐったいけど気持ちいいような……)

 

 自然と肩と肩が触れ合うほど近くで、一緒にホットミルクを飲みながら星空を見る。

 

「本当に綺麗な星空ですね。冬の澄んだ空気の夜もいいですが、夏の夜もまた少し違った空気でいいですね。こうしてひとりさんと一緒に星空を見れるのは、凄く嬉しいですよ」

「……あっ、わっ、私も嬉しいです。あっ、えっ、えっと……なんか、ギターを弾きたくなるようないいシチュエーションですね」

「星空の下でギターというのも確かに素敵ですね。MVなどに使えるかもしれませんよ」

「あっ、そういえば、それで思い出しましたけど新しく作る曲、リョウさんが私が作曲してみるのもいいんじゃないかって、言ってました」

「それは、いいアイディアかもしれませんね。いきなり作曲すべては難しいでしょうし、編曲だけしてみるというのも有りかもしれませんよ。他のパートへの理解も深まるので、音を合わせやすくなるかもしれませんね」

 

 レーベルに所属しての一曲目として制作する予定の新曲について話すひとりに、有紗も穏やかに微笑みながら言葉を返す。

 

「あっ、作詞も喜多ちゃんとか別の人がやってみるのもいいかもって話も、ありますね」

「喜多さんが作詞をすると、恋愛ソングになりそうですね」

「あっ、たっ、確かに喜多ちゃんは恋愛ソング好きですよね」

 

 その笑顔に釣られるように微笑みながら、ひとりは少し思考を巡らせる。

 

(作曲、編曲……キーボード用の改編なら結構うまくできそうな気もする。有紗ちゃんのキーボードをよく聞いてるし……恋愛ソング……あっ、アレは絶対に封印しておくとして、昔ほどそういう青春感ある曲や歌詞に抵抗を感じなくなったのは……やっぱり、有紗ちゃんのおかげだよね)

 

 そもそも、ひとりが結束バンドの作詞を担当するようになったきっかけは、彼女には青春コンプレックスがありNGとなる歌詞が多かったのが要因である。

 しかし、いまのひとりはかつてほど青春コンプレックスは感じていない。青春を感じるシーンや歌詞を見聞きしても、以前のような拒絶反応はない……それどころか、自分と有紗ならどんな感じだろうかと、想像したりするぐらいである。もちろんそんなことは、恥ずかしくて誰にも言えないのだが……。

 

「ああ、そういえば……アレも持って来ていたんでした」

「アレ?」

「ええ、少し待ってくださいね」

 

 そう告げたあとで有紗は立ち上がり、別荘の中に入っていき、少しするとベースを持って戻って来た。

 

「あっ、そのベース」

「ええ、リョウさんから購入したベースです。まだ、少ししか練習してないのでまともには弾けませんけどね」

 

 そんな風に語りながら、有紗はベースを構えて軽く鳴らす。ベースを購入してまだ数日ではあるが、有紗の音楽センスが極めて高いため、それなりにしっかりとしたメロディになっていた。

 静かな夜に響く低音を聞いて、ひとりは心地よさそうに目を細めたあとで、マグカップを置いて別荘に入り自分のギターを持って戻って来た。

 そして、まだまだ慣れていない有紗に合わせてゆっくりと音を鳴らす。本当に軽く合わせるだけのゆっくりとしたメロディではあったが、不思議な心地良さがあり、ひとりは笑みを浮かべながらギターを鳴らす。

 

(私が、有紗ちゃんをリードするのもちょっと新鮮で楽しい。本格的に準備して鳴らしてるわけじゃないから、殆ど遊んでるみたいな演奏だけど、それでもなんかいいな……)

 

 鳴らす音で会話をするかのように、星空の下しばしふたりの音が仲良く響いていた。

 

 

****

 

 

 小さな演奏会を終えたあとは、就寝の時間が近づいていた。もちろんそれぞれに個室はあるし、有紗の実家のように客間が広すぎて落ち着かないということもない。

 となればそれぞれの部屋で寝ればいい筈なのだが、有紗もひとりも、ふたりで泊まる際はいつも同じ布団で一緒に寝ていたこともあって、どちらともなく自然に同じベッドで寝ることになった。

 

「なんというか、旅行に行ったり私の家に泊りに来た際に、いつも一緒に寝ていたせいかこの形じゃないと落ち着かないですね」

「あっ、そっ、それ、分かります。なんか、凄い違和感があるというか、ひとりで寝るって考えると言いようのない寂しさがありました」

「幸いふたりで使っても問題の無いサイズのベッドですし、今日も一緒に寝ることにしましょう」

「あっ、はい」

 

 有紗の提案にひとりは小さく笑みを浮かべて頷く。いちおう最初はそれぞれの部屋で寝るということも考えたが、いまひとり自身が口にしたようにいいようのない寂しさがあった。その上、今日のひとりはなんとなく有紗に甘えたいという状態であることもあって、自然と自室には荷物だけを置いて有紗の部屋に移動していた。

 

「さて、それでは……失礼しますね」

「ひゃっ、わわ……やっ、やっぱりですか!?」

「はい。どちらにせよ、朝にはこの状態になるので」

「かっ、固い意志を感じます」

 

 そして寝る準備をして布団の中に入ると、待っていましたと言わんばかりに有紗はひとりの体を抱きしめた。これもある意味では定番ではある。というか、正しくは朝に先に起きた有紗がひとりを抱きしめるのが恒例であり、少し前から効率化を理由に寝る前の時点で抱きしめてくるようになった。

 そんな有紗の行動に呆れたような表情を浮かべつつも、ひとりは嫌がったりすることはなくそっと有紗の体を抱き返す。

 

(……温かい。外に出て、少し体が冷えてるからかな? なんか、有紗ちゃんの温もりが凄く心地よくて安心できる)

 

 抱きしめられる感触に心地よさげに目を細めるひとりをみて、有紗も優しく微笑みを浮かべる。

 

「そういえば、ひとりさん。明日なのですが、朝食を食べたあとは釣りをしてみますか? 道具などは倉庫にあるので……」

「けっ、経験なくても大丈夫ですかね?」

「私も未経験ですが、その辺りは一緒に手探りでやってみましょう。餌は朝食のあとで芋や小麦粉で作れますからね」

「あっ、なるほど、結構簡単なんですね」

「ええ、それに別に釣れなくても問題ないですし、雰囲気を楽しめればそれでいいかと」

「あっ、はい」

 

 明日の予定を軽く相談したあとで、明かりを消して寝ることになった。

 

「それでは、ひとりさん。おやすみなさい」

「あっ、はい。おやすみなさい、有紗ちゃん」

 

 

****

 

 

 互いにおやすみと告げて眠り出してからしばらくの時間が経った。有紗は既に眠っており静かで規則正しい寝息が聞こえてくる。

 夜の闇の中で薄っすらと見える有紗の寝顔を見つめつつ、ひとりはまだ寝付けないでいた。眠気が無いわけではなく、考え事をしているせいで寝付けないという表現が正しい。

 己を抱きしめながら眠る有紗の顔を見ていると、トクトクと心臓が脈打って主張するとともに、言いようのない安心感と幸福感があった。

 

 知らないことと、知らないふりをしていることは違う。気付いていないことと、気付かないふりをしていることも……似ているようでも、やはり違う。

 

(……私、ズルいなぁ。本当はもうずっと前から分かってて、その上で目を逸らして見て見ぬふりを続けてる。有紗ちゃんが私を急かしたりしなくて、待ってくれてる優しさに甘えてる)

 

 いつからだろう、その気持ちが心の奥に芽生え始めたことを自覚したのは……友達として有紗が大好きであるという気持ちは、前々からずっと変わっていない。だが、いつしかひとりの気持ちはそれ以上の領域に踏み込みつつあった。

 他のバンドメンバーに揶揄われた際に「あくまで友達である」と返していた。それはむしろ、自分に言い聞かせているようなものだった。

 もう、分かってる……本当は全部、己にとって有紗という存在がどれだけ特別かも分かっていて……その上で、一番大事な気持ちから目を逸らし続けている。

 

(……ごめんなさい、有紗ちゃん。いまは、まだ、怖いっていうか、未知の感覚に不安って気持ちが大きくて、どうしてもちゃんとその気持ちと向かい合う勇気が出ないんです)

 

 そこまで考えたあとで、ひとりは有紗の背に回した手の力を少しだけ強めて、有紗にギュッと抱き着く。できるだけ体を密着させるようにして、本当に小さな声で呟いた。

 

「……ごめんなさい。もう少しだけ、待っててください。いつかちゃんと勇気を出してこの気持ちと向き合うから……いまはまだ、もう少しの間だけ……気付かない振りをさせてください」

 

 目を逸らし続けていても、その気持ちがどんどん大きくなっているのは分かっている。いつか見て見ぬふりはできなくなり、勇気を出してその気持ちに向かい合った上で答えを出す日が来るのだろう。

 そして、その答えを有紗は間違いなく優しい笑顔で受け入れてくれると、そう確信していた。いつか、そう遠くない内に変化は訪れるが……それはまだ、いまではない。

 

「……有紗ちゃん……大好き」

 

 有紗の優しさに甘えているという少しの罪悪感と、その温もりに包まれている幸福感……どちらの気持ちも感じながら、ひとりは目を閉じゆっくりとまどろみの中に沈んでいった。

 

 

 




時花有紗:ひとりとの関係の進展は別に焦っていないし、じっくりゆっくり関係が進んでいけばいいと思っている。将来に結婚することは既に確定しているので、まったく問題なしの精神。リョウから買ったベースもちょこちょこ練習はしている。

後藤ひとり:実はもう自分の気持ちには気付いていて、それでも目を逸らしていたぼっちちゃん。完全に恋する乙女である。決める時は決める子なので、そう遠くない内にちゃんと自分の気持ちと向かい合うことだろう。
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