ぼっちな貴女に恋をして   作:ぬこノ尻尾

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八十四手互恵の軽井沢旅行④~sideA~

 

 

 目が覚めてすぐに感じたのはなんとも言えない幸福感でした。元々寝覚めはいい方ですが、今日は一段と清々しい気分です。可愛らしい寝顔で眠るひとりさんが腕の中に居るからというのはもちろんありますし、ひとりさんと一緒に眠った日の朝はいつも幸福に包まれていました。

 ただ、これまでと比較しても今日はやけに満ち足りているかのような感覚でした。なんでしょう? よい夢でも見たのでしょうか……得てしてそういうものは内容を覚えてはいないものですが、これだけの幸福感を感じるのであればおそらくひとりさんの夢を見たのだと思います。

 

 そんなことを考えつつ視線を落とせば、私の胸に顔を埋めるようにして眠っているひとりさんの姿が見えました。いつもより密着具合が高い気がしますが、私にとっては嬉しさしか感じませんし、まるで問題ありませんね。

 とりあえず、今回もいつものようにひとりさんが目を覚ますまで、ひとりさんを抱きしめてその温もりを堪能しておくことにしましょう。

 

「……んん……有紗ちゃん……」

 

 ひとりさんの口からそんな声が聞こえたので、起こしてしまったかと思いましたがどうやら寝言のようです。ひとりさんはそのまま軽く身をよじりながら、寝言を呟きます。

 

「……ごめ……有紗ちゃ……まだ……」

 

 当たり前ではありますが寝言がしっかりとした内容であることはなく、断片的になにかを呟いているようですが内容はよく分かりません。私の名前を何度か読んでいる感じなので、もしかしたら私の夢を見ているのかもしれませんね。

 それなら非常に嬉し……。

 

「……有紗ちゃん……大好き……」

「――ッ!?!?!?!?」

 

 その瞬間頭の中が爆発したかのように真っ白になって、あらゆる思考が消し飛びました。どこか甘い声で囁くように告げられた「大好き」という言葉が、何度も何度も頭の中でリフレインしていき、表現するのが難しいほどの幸福感が全身を包み込みます。

 その言いようのない感覚に促されるように、私は眠っているひとりさんの顎に手を当て唇を近づけて――はっ!? わっ、私はなにを!?

 

 寸前のところで我に返って慌てて顔を離しました。心臓がドクドクと脈打っており、顔に血が集まって熱くなっていくのを感じます。

 あ、危ないところでした。つ、つい衝動的に……よりにもよって寝ているひとりさんの唇を奪おうとするなど、とんでもないことをしてしまいました。我に返れてよかったですが、猛省しないといけません。

 そういう行為は、ちゃんとひとりさんと思いが通じ合って恋仲になってからです! いまはまだ、その時ではありません!!

 

 ただ、若干の言い訳をするのであればそれほどまでに凄まじい破壊力だったのです。こう、ひとりさんへの愛おしさが爆発するように膨れ上がって、頭の中がひとりさんが好きだという感情のみで埋め尽くされたような感覚でした。

 実際いまもひとりさんへの愛おしさが凄まじい状態で、必死に堪えているのです…………えと、おでこならセーフではないでしょうか? 過去にもしてるわけですし……とりあえずいまは、ひとりさんになんらかの愛情表現をしたい気持ちでいっぱいなのです。

 そんな風に考えた私は、寝ているひとりさんの前髪を少しだけ退けて、顔を近づけ「ちゅっ」と軽く触れるだけのキスをしました。

 

「……んんっ……うん? あっ、有紗ちゃん?」

「あ、お、おはようございます。ひとりさん」

「……あっ、はい。おはようございます」

 

 もしかすると悶々と心の中で自問自答している間にそれなりの時間が経過していたのかもしれません。おでこにキスをすると絶妙なタイミングでひとりさんが目を覚ましました。ただ、おでこへのキスには気付いていないようで、何度か瞬きをしたあとではにかむ様に微笑みました。

 

「なっ、なんか、変に目覚めがいいというか、幸せな気分です。おっ、起きてすぐ有紗ちゃんの顔が見えたからですかね――ひゃうっ!? あっ、有紗ちゃん!? もっ、もしかしていつものアレですか?」

「ひとりさん、いまの笑顔は愛らしすぎて反則です……というわけで、今日は1時間お願いします」

「いつもの倍!?」

 

 仕方がないのです。あんな愛らしさ溢れる蕩けるような笑顔を浮かべられてしまっては、溢れ出る愛おしさを抑えきれるはずもないですし、いつも通りの30分程度でこの思いが落ち着くとは思えません。

 

「……ああ、とりあえず、朝食の相談などもしつつ1時間を過ごしましょう」

「1時間なのはもう確定なんですね!? まっ、まぁ、時計を見るとまだ早めの時間ですし……有紗ちゃんがそうしたいなら……あっ、ところで朝食も私たちで作るんですよね?」

「ええ、まずはシンプルにパンとご飯であればどちらがいいですか?」

「あっ、え~と……パンもあるんですか?」

「ええ、さすがに出来たてとはいきませんけど、トーストとクロワッサンがありましたよ」

 

 昨日食糧庫を探した際にパンは見つけました。見たところ、昨日の朝か一昨日の夜に作って用意してくれていたのでしょう。

 

「あっ、じゃあ、パンがいいです。ふっ、普段はご飯なんですけど、せっかく旅行に来てるんだから、いつもと違う感じがいいかなって」

「その気持ちは分かります。環境が変わっているわけですし、日常との変化が欲しいと感じるのは自然ですね。では、簡単にスクランブルエッグとサラダにクロワッサンでいかがでしょう?」

「あっ、はい。それなら私も十分手伝えそうです」

「あとは、スープですかね。コンソメとポタージュならどちらがいいですか?」

「え? あっ、スープも作るんですね」

「インスタントですけどね。それほど手間がかかるわけではありませんが、最近のインスタントは高品質ですし手軽ですからね」

 

 私がそう言って微笑むと、ひとりさんは少しキョトンとした表情を浮かべたあとで、どこか楽しそうに笑顔を浮かべました。

 

「あっ、あはは……なんか、有紗ちゃんの口からインスタントって言葉が出ると、ちょっと不思議な気分です。いっ、いや、別におかしいというわけじゃないですけど、イメージ的な問題ですかね?」

「確かに、過去にも意外そうな顔をされたことが……インスタントやレトルトも普通に食べるんですけどね」

 

 思い返してみれば玲さん辺りにも、「有紗がインスタントラーメンとかいうとなんかギャグみたいに聞こえる」と言われた覚えがあります。食べ物にも似合う似合わないというのがあるのかもしれませんね。

 

 

****

 

 

 たっぷりとひとりさんを抱きしめたあとは、体中から活力がみなぎる様な気分でした。虹夏さんが冗談めかしてアリサニウムの摂取と言うように、私もひとりさんからなんらかのエネルギーを摂取しているのかもしれません。

 まぁ、それはさておき朝食の用意もひとりさんと分担して行います。ひとりさんにはスクランブルエッグを作ってもらって、その間に他を私が準備する形です。

 

「こっ、こんな感じですかね?」

「ええ、綺麗にできてますよ。こちらも準備ができたので食べましょうか?」

「あっ、はい。えへへ、なっ、なんか宿とかホテルの高級な朝食もいいですけど、こうやって一緒に用意するのもいいですね」

「ふふ、そうですね。ひとりさんと共同作業で作ったという事実が、料理の味を高めているようにさえ感じますね。いえ、それを抜きにしてもひとりさんの手料理が食べられるのが嬉しいんですが……」

「まっ、また、そうやって恥ずかしいことを……あっ、でも……そう言ってもらえると、うっ、嬉しいです」

 

 そう言って可愛らしく微笑んだひとりさんと共に朝食を食べます。特にどちらかが提案したりしたわけではありませんが、なんとなく対面ではなく隣同士の形で座っていただきます。

 そして、こうして隣に座っている状況であれば、定番のアレをやらない手は無いです。そう考えた私は、スクランブルエッグを一口分とって、手を添えながらひとりさんに差し出します。

 

「ひとりさん、はい、どうぞ」

「あっ、はい……食べてるものは、一緒ですけどね」

「単純にひとりさんと食べさせ合いがしたいだけなので」

「あっ、有紗ちゃんは、本当に真っ直ぐというか……ちょっと羨ましいですね。けっ、けど、そうですね。わっ、私もえっと、有紗ちゃんに甘えたい気分が継続中なので気持ちは分かります。なっ、なので、有紗ちゃんもどうぞ」

「ありがとうございます。いただきますね」

 

 大変素晴らしいことですが、ボーナスタイムともいえる状態は未だ継続中らしいです。そのおかげもあってか、ひとりさんがいつもより少し積極的なように感じます。

 ひとりさんが差し出してくれたスクランブルエッグを食べて微笑みながら、お返しにこちらももう一口分差し出すと、ひとりさんは素直に食べてくれます。

 

「ひとりさんが作ったスクランブルエッグは美味しいですね。焼き加減が絶妙です。普段あまり行わないだけで、料理のセンスはかなりあるのかもしれませんね」

「そっ、そうですかね? ……あっ、でも、今日のは自分でも結構上手くできたと思います。あっ、有紗ちゃんと一緒に作ったおかげですね」

「ふふ、それなら嬉しいですね」

「あっ、有紗ちゃんが作ってくれたサラダも、なっ、なんか私が想像していたよりかなりお洒落でいろいろ入ってて、美味しいです」

「そう言ってもらえると、嬉しいです」

 

 お互いに作った料理を褒め合いながら、楽しく食事は進んでいきます。なんというか、今日は本当に朝から幸福感が凄まじいです。朝起きた時の寝覚めの良さもそうですが、その後のひとりさんの寝言、朝のハグの時間、そして一緒に食べている朝食……終始幸せいっぱいといった感じで、自然と表情も柔らかくなる思いです。

 そしてなにより嬉しいのは、そういった幸せな気分をひとりさんの方も感じてくれているというのが伝わってくることですね。

 

 食事をしながら楽し気に笑うひとりさんの表情はなんとも愛らしく、最愛の人とふたりきりの時間を過ごせているという実感をこれでもかというほど与えてくれます。

 さらに素晴らしいのはまだまだ朝であり、ひとりさんとこうして過ごせる時間も十分にあります。この後は釣りをする予定ですが、その後はなにをしようかと思考を巡らせるのもとても楽しく、そんな些細なことでさえ幸せでした。

 

 

 




時花有紗:ぼっちちゃんの「大好き」という寝言に、理性を吹き飛ばされかけたが、なんとかギリギリで持ちこたえた。持ちこたえ……いちおうちゃんと持ちこたえたと思う。

後藤ひとり:昨晩心の中で己の想いを再確認したせいか、有紗に対してやや積極的というか、好意をいままでより表に出している感じがする。甘えたいモードは継続中である。
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