夏休みのとある日、いつものようにひとりさんの家に遊びに来た私ですが、今日はひとりさんの家に結束バンドの方々が来る日です。
目的としてはライブで着用するTシャツのデザインを考えるというものであり、バンドの活動なので部外者と言っていい私は参加するべきではないとも思ったのですが、ひとりさんに「一緒に居てくれた方が心強い……ずっと一緒に居て欲しい」と言われてしまっては、断る理由もありません。
……まぁ、後半の台詞に関しては私の妄想ですが、前半は本当に言われたのでセーフです。
念のために虹夏さんにも確認を取りましたが、私が参加しても問題ないとのことだったので、現在ひとりさんの家の玄関にて虹夏さんと喜多さんの来訪を待っているところです。
リョウさんは残念ながら今日は来られないようです。
「そっ、そろそろですかね?」
「少し前に駅についたというロインが来ましたし、寄り道せずに真っ直ぐ来たとしたら、時間的にはあと数分ぐらいだと思いますよ」
いつものジャージの上にタスキをかけ、パーティ帽子と星形のサングラスと付け髭といった格好のひとりさんは、いつもとは違ったおちゃめな雰囲気で、これはこれでとても可愛らしいと思います。
事前にお手伝いした飾りつけも完璧に完了していますし、私もひとりさんと似たような恰好をしています。このサングラスはピカピカと光って、なかなか面白いですね。
そんなことを考えていると、家のチャイムが鳴り虹夏さんの声が聞こえてきました。
「ぼっちちゃーん、来たよ~」
「あっ、いま開けます!」
そうして扉が開かれ、虹夏さんと喜多さんの姿が見えたタイミングで、ひとりさんと一緒に手に持っていたクラッカーを鳴らしました。
「いっ、いえぇぇぇい! ウェウェルカム~!」
「「……」」
予想外だったのかポカンとした表情で固まる虹夏さんと喜多さん。少しの間沈黙が流れたあと、ふたりはどこか気遣うような苦笑を浮かべて口を開きました。
「……ぼっちちゃん、楽しそうだね」
「なんだか嬉しいですね。後藤さんも今日を楽しみにしてくれてて」
そんなふたりの言葉にスベッたことを自覚して軽く肩を落としつつ、ひとりさんはふたりを家に招き入れました。
そして、ひとりさんの部屋に移動する途中でサングラスを外した私に、虹夏さんが小声で話しかけてきます。
「……有紗ちゃん、こういうのは止めなきゃ駄目だよ?」
「はしゃいでるひとりさんも可愛いですよね」
「駄目だこの子、ぼっちちゃんに甘すぎる!?」
そんなやりとりをしながらひとりさんの部屋に辿り着くと、綺麗に飾り付けをした部屋にふたりも驚いた様子でした。
「……凄い飾りつけだね」
「ええ、本当に……外の横断幕も凄かったですけど……」
手伝ったかいもあり、部屋はかなり綺麗に飾り付けられており、このままちょっとしたパーティも出来そうな感じです。まぁ、いささか過剰装飾のような気がしないでもないですが、ひとりさんが楽しそうだったので私としては問題なしです。
「あっ、飲み物とってきます」
「ひとりさん、私も手伝います」
4人分の飲み物とコップを持ってくるのは大変だろうと考え、私もひとりさんと一緒に一階に降りて準備をします。
コップを用意してお盆に乗せていると、冷蔵庫を開けていたひとりさんが話しかけてきました。
「あっ、あの、有紗ちゃん。飲み物って、麦茶でいいですかね?」
「いいと思いますが、中段にオレンジジュースもあるので、ふたつ持って行って選んでもらうのがいいかもしれませんね」
「なるほど……」
飲み物を用意して部屋に戻ると、そこには虹夏さんと喜多さんと遊ぶふたりさんとジミヘンさんの姿がありました。
いまはお義母様とお義父様が買い物に出ているので、退屈で遊びに来たのでしょう。
ひとりさんはあっと言う間に、虹夏さんたちと仲良くなっているふたりさんにショックを受けている感じでした。普段の発言から考えるに、妹にコミュ力で負けたとかそんな風に思っていそうな気がします。
「ふっ、ふたり。お姉ちゃんこれから、大事なお話するからジミヘンと遊んでてね」
「え~つまんない~」
「私は別にふたりちゃんが居ても大丈夫よ?」
「うん。私も」
友人と妹が一緒に居るという状況が気恥ずかしいのか、なんとかふたりさんを部屋から遠ざけようとするひとりさんを見て、私は苦笑を浮かべつつふたりさんの前にしゃがんで話しかけます。
「ごめんなさい、ふたりさん。ひとりさんもああ言ってますので、少しの間ジミヘンさんと遊んでいてもらえますか?」
「ん~有紗おねーちゃんが言うなら、そうする!」
「ありがとうございます。ふたりさんはいい子ですね。そういえば、冷凍庫にふたりさんが好きなアイスを買ってあるので、食べてもいいですよ」
「本当!?」
「ええ、でもひとつだけですよ。たくさん食べるとお腹を壊してしまいますからね」
「は~い!」
ふたりさんはとても聞き分けのいい子で、私の言葉を素直に聞いて頷いてくれました。
「ああ、それと、お義父様とお義母様が戻られましたら、教えてくれますか?」
「うん! わかった!」
「ありがとうございます……ジミヘンさんも、ふたりさんのことをよろしくお願いしますね」
「ワン!」
お義父様とお義母様は、虹夏さんや喜多さんを歓迎するための食材の買い出しに行っているので、戻ってきたら会いたがるでしょうから、ふたりさんに教えてもらえるようにお願いをしておきました。
おそらく戻ってきたらリビングに移動して、皆で話すことになるでしょうしそれまでにある程度Tシャツの話は詰めておきたいところですね。
そう考えながら手を振って部屋から出ていくふたりさんを見送っていると、後ろから声が聞こえました。
「……えっと、確認するんだけど……ぼっちちゃんの妹、だよね?」
「あっ、はい……ふたりは……私より、有紗ちゃんの言うことをよく聞きます……む、むしろ、私は舐められてます……」
そんな会話が聞こえたので、私は苦笑を浮かべつつ部屋に入り、扉を閉めながら口を開きました。
「そんなことは無いですよ。ふたりさんはひとりさんのことが大好きですよ。いろいろ、反抗するのも、大好きなお姉さんに構ってほしいからですよ」
「あっ、そ、そうですかね……あ、有紗ちゃんが言うなら、そうなのかな……うへへ」
実際ふたりさんは私と話すときも、ひとりさんの話題が多いですし、なんだかんだでひとりさんのことが大好きなんだと思います。
私の言葉で持ち直したひとりさんと虹夏さん、喜多さんとテーブルを囲んで座り、Tシャツについて話し合います。
「……いまさらですが、私まで案を出してもいいのですか?」
「うん。有紗ちゃんセンスよさそうだし、むしろお願いしたいぐらいだよ」
「どこまで力になれるかはわかりませんが、頑張りますね」
虹夏さんに一言確認したあとで、紙と色鉛筆を受け取りデザインを考えます。物販も見据えてということだったので、ある程度万人受けするようなデザインがいいかもしれませんね。
そうこうしているうちに最初にデザインを完成させたのは、喜多さんでした。友情努力勝利をコンセプトにしたというTシャツは、体育祭や文化祭で見るようなデザインでした。
これは駄目ですね。いえ、デザインがという意味ではなく、ひとりさんの精神状態の方が……。
「こういうの着たら皆の心がひとつになる気がしません?」
「……クラス一致団結……」
「ぼっちちゃん、体育祭に相当なトラウマが!?」
そして、予想通り青春コンプレックスを刺激されたひとりさんが悲惨な顔になっており、体育祭というイベントを心底恐れているという雰囲気が伝わってきました。
「えっと……私、なんかしちゃいました?」
「喜多ちゃんは、罪な女だね」
悲惨な状態になっているひとりさんを見て、喜多さんがなんとも言えない気まずそうな表情で虹夏さんに話しかけているのを横目に、私はひとりさんの肩に軽く手を置いて声をかけます。
「……ひとりさん、大丈夫ですよ。体育祭を盛り下げた罪なんて無いですし、火炙りにもなりませんよ」
「有紗ちゃんにはいったいなにが見えてるのかな!? というか、ぼっちちゃんっていま、そんな想像してるの?」
私のひとりさんへの愛をもってすれば、ひとりさんがなにを考えているかなど手に取るようにわかります。最初こそ青春コンプレックスとはなにかというのを理解するのに手間取りましたが、いまは先んじて発動を予想することすらできるようになりました。ひとえに愛の力ですね。
まぁ、完全にというわけでは無く現状では7割程度の精度ではありますが……。
そのまま少しひとりさんに話しかけてある程度メンタルを回復させます。まぁ、この感じだと回復までにもう少しかかるでしょう。
あとは時間が経てば元に戻ると確信した私は、元の場所に戻って虹夏さんに声を掛けます。
「……虹夏さん、私もひとつデザインを考えてみたのですが、いかがでしょう?」
「おっ、どれどれ……」
「うわっ! 可愛い!! 時花さんって、凄く絵が上手いのね!」
私の考えたデザインを見て、喜多さんは目を輝かせます。私が考えたのは別に特別なデザインとかではなく、以前にひとりさんが作った宣伝フライヤーを参考に、結束バンドのメンバーをデフォルメしてプリントしたTシャツです。
「滅茶苦茶いいデザイン……だけど、う~ん。ロックバンドが着るには、可愛すぎるかなぁ」
「なるほど、言われてみれば確かにそうですね」
私の考えたデザインは好評ではありましたが、確かにロックバンドというには少しポップな雰囲気が強すぎたかもしれません。
デザインの良し悪しだけではなく、バンドとしての雰囲気に合う合わないというのもあるので、なかなかどうして難しいものです。
「けど、喜多ちゃんの言う通り、本当に可愛いし没にするのももったいない。う~ん……有紗ちゃん、このデザイン、もらってもいいかな?」
「え? ええ、もちろん。ですが、どうするんですか?」
しかし、どうも虹夏さんは私のデザインを気に入ってくれたみたいで、なんとか利用しようと考えている様子でした。
「いやさ、物販で売るにはいいTシャツだと思うんだよ。ほら、メンバーの絵もあって、分かりやすいし」
「そうですね。というか、私も買いたいです! このリョウ先輩とか、凄く可愛いですし!」
なるほど、確かにライブで着るTシャツと物販で販売するTシャツのデザインが同じでなければならないルールはありません。
ファンアイテムとして考えるなら、メンバーの姿が映っているのは定番ですがいいというわけですね。
「デザイン料とかのキックバックは、売れ行きによって相談ってことで……」
「ああ、それは結構です。そのデザインは差し上げますので、どうぞ自由に使ってください」
「いいの?」
「はい」
「そっか、それじゃ遠慮なく、ありがたく頂戴するね」
そうして話がひと段落したタイミングで、ふたりさんがお義父様とお義母様が戻ってきたと呼びに来てくれましたので、まだ体育祭ショックから回復していないひとりさんを連れて、一度リビングに移動することとなりました。
時花有紗:ぼっちちゃんへの愛はかなり高まっており、もうすでに青春コンプレックス発動時のぼっちちゃんの妄想も、かなりの精度で読み取れるレベルに達している。
後藤ひとり:有紗に関しては完全に自分と一緒に迎える側として認識しているあたり、自覚無いだけで好感度はかなり高い。
横断幕:字は有紗が書いた。