ぼっちな貴女に恋をして   作:ぬこノ尻尾

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八十八手寂寥のバンド旅行~sideB~

 

 

 結束バンドのメンバーでの一泊旅行の夜。花火を終えたあとは、リラックスしたおかげで新曲のアイディアがいい感じに出てきたリョウを中心に、来年リリース予定の新曲の打ち合わせをある程度行った後、日付が変わるぐらいのタイミングで就寝することになった。

 喜多は徹夜で遊ぶことを望んでいたが、多数決により就寝が決まり、喜多自身も昼の海での遊びや花火でそれなりに満足しており、最終的には納得して結束バンドのメンバーはそれぞれに割り振られた部屋に移動して寝ることになった。

 

 割り振られた部屋の質のいいベッドの上で、ひとりは布団に入ったまま暗い部屋でなかなか寝付けないでいた。

 

(あ、あれ? なんでだろ……全然寝付けないし、肌寒い気もするし……寂しい。冷房の設定下げ過ぎだったかな?)

 

 言いようのない寂しさとでも言うべきか、妙な孤独感を覚えておりどうにも心が落ち着かない状態だった、普段家ではひとりで眠っているはずなのに、この感覚はなんだろうと寝付けない頭の中で思考を巡らせるひとりだったが、ほどなくしてその要因に思い至ることができた。

 

(……あっ、そっ、そっか……有紗ちゃんが近くに居なくて……寂しいんだ)

 

 思い返してみれば、いままでひとりが外泊した際には有紗がすぐ傍に……もといほとんどの機会で、一緒の布団で眠っていた。

 箱根旅行の際の1日目こそ別々の布団で眠ったが、それでもあの時は布団を隣に並べての状態だったので、近くに有紗が居たことは間違いない。

 おやすみと告げる優しい声も、心の奥まで温かくなるような温もりも、心地よい香りも無いいまの状態がどうにも落ち着かず、言いようのない寂しさが胸の奥から湧き上がっていた。

 

(……うぅ、寂しい。有紗ちゃんに傍に居て欲しい……でも、有紗ちゃんはもう寝てるんじゃないかな……それ以上に、寂しくて寝られないなんて恥ずかしくて言えないし……うぅ、でも、無性に有紗ちゃんの声が聞きたい)

 

 有紗を気遣う気持ちや気恥ずかしさなどが混ざり合い、ぐるぐると頭を思考が巡る。ただそれでも寂しさに耐えかねたのか、ひとりはそっとベッドから出て部屋の外に出る。

 他のメンバーが寝ているので起こしてしまわないようにそっと外に出て、すぐ隣である有紗の部屋のドアの前に立つ。

 

(一回だけ……一回だけノックして、それで有紗ちゃんがもう寝てたら諦める……)

 

 言い聞かせるように心の中で呟いたあと、ひとりはコンコンと一度だけ部屋をノックした。すると、少しだけ眠たそうな有紗の声が返ってきた。

 

「……はい?」

「あっ……有紗ちゃん」

「ひとりさん? 少し待ってくださいね」

 

 有紗の声が聞こえ、無意識にパァッと表情を明るくしたひとりの前で、鍵の開く音がしてドアが開く。

 

「どうしました?」

「……あっ、えっと……その……あの……」

 

 首を傾げる有紗に対して、ひとりは言葉に詰まって上手く返答ができない。そもそも寂しさに突き動かされて衝動的に有紗の部屋を訪れた形であり、話の持っていき方など事前に想定していない。

 さらには、寂しくて眠れなかったので来ましたなどとは恥ずかしすぎてとても言えない。どうすればいいか、顔を赤くしながら困惑していたひとりだったが、相手は鋭い有紗なのでひとりの反応でおおよその事情を察したのか、優しく微笑みを浮かべる。

 

「ひとりさん、他の方は寝ているでしょうし、廊下で立ち話もなんなので中にどうぞ」

「あっ、はい……そっ、その、ごめんなさい。寝てましたよね?」

「これから寝ようとは思っていましたが、まだ寝ていなかったので大丈夫ですよ」

 

 申し訳なさそうな表情を浮かべるにひとりに優しく声をかけながら有紗はひとりを部屋の中に導き入れ、そのままふたりはベッドに並んで座る。

 ひとりは顔を俯かせ、なんと言えばいいか困惑したような表情を浮かべていた。

 

(どっ、どど、どうしよう!? 勢いで来ちゃったし、有紗ちゃんが起きてたのはよかったけど、なんて話を切り出せばいいんだろ!? 寂しいから一緒に寝てください? そんなのいえるわけないよ!! あっ、でっ、でも、やっぱり、有紗ちゃんの声は安心するなぁ……)

 

 有紗を見て声を聞いたことで、感じていた言いようのない寂しさは和らぎ代わりに羞恥と動揺が表に出てきた。話をどう切り出していいか分からないが、それでも訪ねてきたのはひとりであり話を切り出すならひとりが行うべきだろう。

 

「……あっ、えっと、そのですね……なっ、なんて言ったらいいか、その、寝付けなくて……有紗ちゃんが起きてたら、少し話がしたいなぁって……」

「なるほど……奇遇ですね。実は私も、少し寝つきが悪かったんですよ」

「あえ? そっ、そうなんですか?」

 

 一緒に寝て欲しいとは切り出せないながらも、なんとか話し始めたひとりに対して有紗は優しい声で言葉を返しながら、ひとりの手を握った。

 優しく手を包む温もりに、ひとりが少し表情を和らげると、有紗は穏やかな微笑みのままで言葉を続ける。

 

「思い返してみれば、こうしてひとりさんと一緒に外泊する時はいつも一緒に寝ていたじゃないですか? だからですかね……ひとりで眠るのがどうも寂しく感じて、なかなか寝付けないでいました」

 

 有紗のその言葉は半分本当で半分嘘だった。ひとりと一緒に寝られないことに寂しさは感じていたし、有紗の希望としてもひとりと一緒に寝たかったという思いはあった。ただ、今回はふたりきりの旅行等ではなく結束バンドメンバーでの旅行なので、そのあたりは仕方ないと割り切っていた。

 有紗がこの時間まで起きていたのは寝付けなかったからではなく、個人的に今日中に纏めておきたいものがあり、少しノートパソコンを操作していたからであり、その作業も終わってパソコンを片付けて今から眠ろうと思っていたタイミングでひとりが尋ねてきた。

 

「なので、もしひとりさんが迷惑でなければ、私の部屋で一緒に寝てくれませんか?」

「あっ……はい」

 

 有紗は鋭い。ひとりがどんな思いを抱えて部屋を訪ねてきたかは、ほぼ完璧に理解しておりひとりが望む言葉を提案してくれた。

 それに嬉しそうな表情を浮かべたひとりだったが、同時に「それでいいのだろうか?」という考えも頭に浮かんだ。

 

(有紗ちゃんは優しいから、私が恥ずかしくて言い出せないのも全部分かった上で、自分の要望って形で言ってくれてる。でも、そうやって有紗ちゃんの優しさに甘えてるだけで、伝えなきゃいけないこともちゃんと伝えられないのは……嫌だ。優しい有紗ちゃんが大好きだからこそ、甘えてばかりじゃなくて……がっ、頑張れ私、自分で訪ねてきたんでしょ!)

 

 きっと、いや間違いなく有紗はひとりのことを誰よりも理解してくれて、ひとりがなにも言わなくとも言いたいことを察してくれる。でも、言わなくても伝わるからと口に出さないのは……なにかが違うような気がした。

 相手が分かってくれていることに甘えるのではなく、ちゃんと自分の想いを口にする。それは今だけじゃなくて「これから先」にきっと必要になってくることだと思ったから……。

 

「……あっ、あの、有紗ちゃん!」

「はい?」

「わっ、私、有紗ちゃんが一緒に居なくて寂しくて、寝付けなくて……それでその、我慢できなくて有紗ちゃんの部屋に来たんです。だっ、だからその、ちゃんと私の方が言わないといけなくて……その……あっ、有紗ちゃん。ひとりで寝るのは、寂しいので……一緒に寝て……ください」

「ひとりさん……ふふ、はい。喜んで」

 

 勇気を出して気恥ずかしさを抑え込んで自分の要望を口にしたひとりを見て、有紗は少しだけ驚いたような、それでいてとても嬉しそうな笑顔で頷いた。

 有紗が了承したことで、ふたりは一緒にベッドの布団の中に入り、有紗が部屋の電気を消す。幸いにもベッドは大き目で、ふたりで寝ても問題ないサイズではあった。

 それでも、有紗の家の部屋にあるベッドよりはサイズが小さいので、ある程度は近づく必要があり、必然的に布団内でふたりは密着に近い距離となるわけだが……その辺りはいつものことである。

 

「ひとりさん、もう少しこちらに……ベッドから落ちるといけませんから」

「あっ、はい。失礼します」

 

 優しい有紗の声に導かれるようにひとりが身を寄せると、有紗はそのままひとりの背に手を回して抱きしめた。そうなることはひとりも予想していたのか、思わず苦笑を浮かべる。

 

「なっ、なんとなくそんな気はしてましたけど、やっぱりこの形ですね」

「ええ、やはりこの形が落ち着くので……暑くは無いですか?」

「あっ、大丈夫です。冷房も効いてますし、温かくて……幸せです」

「ふふ、それならよかったです」

 

 優しく有紗に抱きしめられたひとりは、心から安堵したような表情を浮かべたあとでそっと有紗の背に手を回して抱き返した。

 

(……ああ、これだ。温かくて柔らかいし、いい匂いがする……有紗ちゃんがすぐ傍に居るって実感できる。部屋でひとりだった時の気持ちが嘘みたいに、安心できる)

 

 割り振られた部屋でひとり眠ろうとしていた際の、寝ようとしても寝付けなかった状態が嘘のように眠気が湧き上がってくる。

 それだけ、有紗が傍にいるということにひとりが安堵している証拠でもあり、それはすなわち……傍に居れば無意識に安心できる程、有紗に対して好意を抱いているという証明でもある。

 だから、だろうか? ひとりは少し顔を赤くして、有紗に顔を見られないように有紗の胸に顔を埋めた。

 

「ひとりさん、寝れそうですか?」

「あっ、はい……なんか、凄く安心して、すぐにでも寝ちゃいそうです」

「そうですか、私も同じく安心してぐっすり眠れそうです……それでは、おやすみなさい、ひとりさん」

「はい。おやすみなさい、有紗ちゃん」

 

 軽く頭を撫でてくれる有紗の手の感触に、ひとりは自然と口角が上がるのを実感しつつ、穏やかな声で有紗におやすみと告げた。

 寂しさも不安な気持ちも全てどこかに吹き飛んでしまっていて、いまはただ胸の中は幸せでいっぱいで……有紗が口にしたのと同じく、ぐっすり眠れそうだとそんな予感を覚えながら、ひとりはゆっくりとまどろみに沈んでいった。

 

 

 




時花有紗:有紗にとってみれば、幸福が向こうからやってきたようなものなので、ただただ嬉しく幸せだった。ひとりが自分の想いをちゃんと口にしたところも、成長を感じて喜んでいた。

後藤ひとり:外泊する時に有紗が傍に居ないと、異常に寂しくなるようになってしまったぼっちちゃん。完全に体が有紗を求めている模様。ただ、有紗に甘えてばかりではなく自分の要望をちゃんと言葉にして伝える辺りは、流石決める時は決める女である。
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