結束バンドのメンバーと来た一泊旅行の目覚めは、やはりなんとも素晴らしい心持でした。朝起きてひとりさんがすぐ傍にいるというだけで幸せですし、メンバー全員での旅行ということもあって半ば諦めていたので、思わぬ幸福といっていいでしょう。
スヤスヤと眠るひとりさんの寝顔は大変愛らしく、このままいつものようにたっぷりと堪能しつつ抱きしめたい……ところなのですが、残念ながら今回はいままでとは状況が違います。
現在は結束バンドの皆さんと一緒に宿泊しており、朝食の用意なども行う必要がありますし、時間を気にせずひとりさんを抱きしめて……というわけには、残念ながらいきません。
それに、ひとりさんは恥ずかしがり屋なので万が一にも私の部屋で一緒に寝ていたと他の皆さんに知られるのは気恥ずかしいでしょうし、皆さんが起きる前に部屋に戻るのがひとりさんにとっての最善でしょう。
非常に惜しいですが、ひとりさんのことを思うのであればここは起こすのが正解ですね。
「……ひとりさん、朝ですよ。起きてください」
「……んんっ……」
ひとりさんの体を軽く揺すりながら声をかけると、少ししてひとりさんの目がゆっくりと開かれました。ただ、目がとろんとしており、まだ若干寝ぼけているような印象ではあります。
「……有紗ちゃん?」
「はい。私ですよ、おはようございます」
「むにゃ……おはよ……ございます……えへへ……有紗ちゃんの声だ……有紗ちゃん……ぎゅってしてください」
どうもひとりさんは完全に寝ぼけているみたいで、甘い声でハグを強請ってきました。私は今日ばかりは、ひとりさんの精神面の安定を重視して断腸の思いで朝の至福の一時は我慢するつもりでした。
しかし、ひとりさんの方から要求されたのであれば仕方ないです。愛しいひとりさんの望みです。叶えぬなどと言うのはあり得ませんし、そもそも蕩けるような表情で甘い声で語りかけてくるひとりさんを前に我慢できるかと言えば……無理です。
「こんな感じですか?」
「ふへへ……温かくて幸せ……えへへ」
そうなれば、こうしてひとりさんの要望通りぎゅっと抱きしめるのは当然の帰結でしょう。私としてはこのまましばらく抱きしめたままで構わないのですが、どうもそうはいかないようです。
嬉しそうに笑っていたひとりさんでしたが、少しずつ目に理性が戻るというか目が覚めてきた様子で……次第に唖然とした表情を浮かべ、直後に顔を赤く染めていきます。
「……あっ……そっ、そそ、その……有紗ちゃん……こっ、これはその、違くてですね……」
「落ち着いてください、ひとりさん。大丈夫ですよ。私としては何ら問題ありません」
「いっ、いや、私の羞恥心は大問題といいますか……あぅあぅ……」
先ほどの自分の発言に照れているひとりさんも大変可愛らしく、このまま1時間は抱きしめておきたいという気持ちもありますが、そういうわけにもいかないので本当に残念です。
「ひとりさん、混乱しているところに申し訳ないですが、そろそろ皆さんも起きると思うので……」
「あっ、そっ、そうですね。いまのうちに部屋に戻っておかないと、有紗ちゃんの部屋から出てるとこを見られたりしたら大変ですよね」
「ええ、それはそうなのですが、まずは落ち着いて状況を……」
「あっ、そっ、それじゃあ、私は部屋に戻りますね! ありがとうございました!」
「あっ、ひとりさん!? 私が先に出て確認した方が……」
私の話を聞いて、ひとりさんは慌ててベットから出て自室に戻るために扉の方に向かいましたが……得てしてこういった慌てている状態の時のタイミングというのは悪いものです。
なので、先に私が外に出て確認をと言い切るよりも先に、ひとりさんは部屋の扉を開けて外に出て……直後に停止しました。これはもう、なにがあったか……見なくても分かりますね。
「あれ? おはよう、ひとりちゃん……うん? そこ、有紗ちゃんの部屋じゃ……」
「あっ、きっ、喜多ちゃん……あっ、そ、その、これはですね」
「喜多ちゃん、ぼっちちゃんおはよ……あれ?」
「あばばばばば、にっ、虹夏ちゃんまで……あわわわ」
非常に分かりやすい状態であり、なおかつひとりさんにとっては最悪のパターンでしょう。さらに扉の開く音がかすかに聞こえたので、リョウさんも部屋から出てきたかもしれません。
「……リョウさんまで……あばば、こっ、こんな時に結束力を発揮しなくてもいいのに……」
とりあえずひとりさんをこの状態で放置するわけにもいかないので、私もひとりさんに続くように部屋から出ます。そして、なんとも言えない空気になっている皆さんに挨拶をします。
「おはようございます」
「あ、おはよう、有紗ちゃん……ふむ……ふむふむ……ほ~」
「あっ、にっ、虹夏ちゃん?」
虹夏さんは私とひとりさんを交互に見たあとで、ニヤリとなにやら意地の悪そうな笑顔を浮かべました。喜多さんも似たような表情を浮かべているので、おおよその状況を察したという様な感じですね。リョウさんは眠そうに目を擦っており、こちらは我関せずといった雰囲気です。
「ぼっちちゃ~ん」
「はひっ!? なっ、なな、なんですか?」
「なんで、有紗ちゃんの部屋からぼっちちゃんが出てきたのかな~? 気になるな~」
「ですよね~不思議ですよね~」
「あばばばばば……」
楽しそうに揶揄ってくるふたりに、ひとりさんは顔が崩壊するのではと思うレベルで動揺しており冷や汗を大量にかいています。ひとりさんはあまり嘘の付けない性格というべきか、割と分かりやすいところがあるので大きなリアクションを取るのが虹夏さんたちにとっても面白いのでしょうね。
おそらくではありますが、虹夏さんも喜多さんも特に誤解などをしているわけではなく、ふたりで一緒に寝ていただけというのは理解した上で揶揄っている気がしますね。
そんなことを考えつつ、私はひとりさんを助けるために口を開きます。
「昨晩は、ひとりさんと同じベッドで寝ていました」
「あっ、有紗ちゃん!?」
「お、おぉ~ちなみになんで一緒に寝てたの?」
「私がひとりさんと一緒に寝たかった以外の理由などありませんよ?」
虹夏さんの質問にストレートに解答します。実際に嘘はまったく言っていません。きっかけはどうあれ、一緒に寝た理由は、ひとりさんと一緒に寝たかったというものが一番です。
「……堂々としてる。物凄く堂々としてる」
「私の中では、将来ひとりさんと結婚することは確定しているので、一緒に寝るのはごく自然なことですからね」
「つ、強い……そこまで言われると、なにも言えなくなるよ」
一切の迷いなく言い切った私に、喜多さんも虹夏さんもそれ以上なにも言えなくなったのか、微妙な表情を浮かべていました。
こうして言い切っておけば言及などはしなくても、自然とふたりの中では私の要望にひとりさんが付き合った形と解釈するでしょうし、ひとりさんが変に羞恥心を覚える心配もありません。
そして、ふたりが言葉に詰まったタイミングで、私は微笑みを浮かべながら話を切り替えます。
「さて、廊下で長話を続けるわけにもいきませんし、身支度をして朝食の用意をしましょうか」
「賛成、お腹減った」
私の言葉にリョウさんも同意したことで、ひとりさんを揶揄う流れは消えて全員で朝食を作る流れになりました。
ひとりさんはホッと胸を撫で下ろしたあと、私の近くに来て他の皆さんには聞こえないような小声で話しかけてきました。
「……あっ、有紗ちゃん……ありがとう、ございます」
「ふふ、気にしないでください。さっ、ひとりさんも部屋に戻って着替えなどを……」
「あっ、はい」
私の言葉に嬉しそうに頷いたひとりさんは、一度ぎゅっと私の手を握ってからはにかむような笑みを浮かべて自分の部屋に戻っていきました。
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朝食を食べ終えたあとは、昼頃まで主に新曲の打ち合わせなどをメインにして過ごしたあとで、楽しかった1泊旅行も終わりとなり迎えの車に乗って帰宅します。
車内では楽しげな雰囲気のままで会話が進行しており、当初の目的であったリョウさんの気分転換も十分に果たせているように見えました。
「いや~夏休みもあと1週間だね~」
「新学期楽しみですね!」
「うんうん、けどその前に新曲もだね。年明けに配信って考えると、直しも考えれば最初のデモはそろそろ用意したいよね。リョウ、どうかな?」
「うん。大丈夫、今回の打ち合わせでかなりイメージは固まった。もう少し詰めたら編曲に入れると思う。まぁ、今回はぼっちが編曲してみようって話になってるから、初めてだし少し時間はかかると思うけどね」
虹夏さんの質問に1泊旅行で新曲のイメージをしっかり固めたリョウさんは、数日中には新曲のメロディは完成すると発言していました。
大本となるメロディが完成すると、そこからメロディにコードを付けたりして、結束バンドの演奏形態に合わせて改編を行うのが編曲です。それによって、それぞれのパートの楽譜を完成させ、実際に演奏してみて気付いた課題やアレンジを加えてさらに曲を調整して新曲は完成します。
「というわけで、メロディが出来たら渡すから、頑張れぼっち」
「期待してるよ、ぼっちちゃん!」
「頑張ってね、ひとりちゃん!」
いままではその編曲までリョウさんが全て担当していたのですが、今回はひとりさんが編曲に初挑戦する予定です。
皆さんからエールを送られたひとりさんは、頼られることが嬉しいのか少し気恥ずかしそうにしつつも嬉しそうな笑顔を浮かべています。
「あっ、へへ……任せてください……結束バンド1の名曲にしてみせます」
「初めての編曲でいろいろ大変だとは思いますが、私もできるだけ協力しますので、頑張りましょうね」
「……絶対後で苦しむよね、ぼっちちゃん」
「まぁ、有紗いるから大丈夫でしょ」
大本のメロディ自体は存在しているとはいえ、複数の楽器の音の組み合わせや相性を調整するのはかなり難しいですし、リョウさんのように経験も無いので大変なのは間違いないでしょう。
私も編曲の経験はないですが、ある程度の音楽的知識はあるので協力できる部分もあるとは思うので、出来るだけひとりさんが苦労しないように手助けしたいものです。
時花有紗:そもそも有紗的には将来ぼっちちゃんと結婚するのが確定しているので、一緒の部屋で寝ていることを知られても一切問題は無い。その辺はさすがの猛将メンタル。
後藤ひとり:こういうところでフラグをしっかり回収するのがぼっちちゃん。いつもは有紗が自然に起きるのを待っていたが、今回は有紗に起こされて前日の就寝が遅かったこともあって寝ぼけて有紗に甘えていた。