それは新学期が始まって数日経った日のことだった。新曲のスタジオ練習を終え、当日のシフトに入っていない喜多が帰り、ひとり、虹夏、リョウの3人がバイトとしてSTARRYで開店の準備をしていた時、虹夏と星歌からの通達があった。
「えっ? 新しいバイト!?」
「うん! ほら、前々から言ってたけど、私が受験勉強とかでシフトにあまり入れなくなると思うから、新しいバイトを雇うことになったんだ」
「明日から2人来る予定だから、ぼっちちゃんにとっては後輩になるわけだし、対応よろしくな」
「あっ……えっ!?」
星歌が言った対応というのは、つまるところひとりがバイトに入った際に虹夏がしてくれたように仕事を教えるという意味合いが含まれている。
喜多がアルバイトに入った際は、いちおう指導には参加……しようとはしたが、ほぼテンパってロクに教えられてはいなかった。
その失敗経験もあり、更にひとり自身が人見知りという性格ということもあって、星歌のその言葉はひとりにとって絶望的なものであり、助けを求めるような視線を虹夏に向ける。
「あっ、あの……」
「ごめん! 明日は進路関係の用事があって……あと、喜多ちゃんも用事があってシフトには入れないって……」
「大丈夫。私も明日シフトだから」
そして、指導慣れしている虹夏も社交的な喜多も明日は休みであり、ひとりとリョウの2人で新人バイトを指導する形になる。
残念ながらリョウがそういった指導に向いていないのは、それなりの付き合いであるひとりにも察することができる。なんなら、途中で「お腹が痛い」とかいって、逃げそうな気さえしていた。
(どっ、どうしよう……喜多ちゃんの時みたいに皆すぐ仕事できて、追い越されちゃうのかな……い、いや、流石に私ももう1年半ぐらいバイトしてるんだし、有紗ちゃんにも指導できたし! ある程度は先輩面できるはず……)
たしかにひとりは、かつて有紗が1日だけ店の手伝いをする際に指導を行ったが、それは有紗が全て分かった上であえてひとりの自尊心を守るために質問してくれたからであり、内容も有紗が上手く誘導したおかげでスムーズに指導できた。
なにより、ひとりにとって最も話しやすいとさえいえる相手である有紗と、まったくの初対面である新人バイトとではまったく状況は変わってくるのだが……楽観視したのか、ひとりはそれほど重くは受け止めず「なんとかなるだろう」と考えて、指導を安請け合いしていた。
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一夜明けて、いよいよ新人バイトがやってくる日、ひとりとリョウは新人となるふたりのバイトと向かい合う形で立ち、星歌から紹介を受けていた。
「え~というわけで、コイツらが新しいバイトです」
「初めましてっ!!」
「こんにちは~」
「じゃ、それぞれ、軽く自己紹介を……」
星歌が軽く前置きをして自己紹介を促すと、小柄で元気のいい猫々が先陣を切った。
「はい! 大山猫々!! 秀華高校1年16歳です! スポーツが趣味で、中学ではバスケやってました! 高校ではバンドやろーと思ってます! 当方ギター!! メンバー募集中!!」
「うるせぇ……」
「はい! やる気と根性は誰よりもおっきいです!! よろしくおねシャッッッッス!!」
その小柄な体のどこから出るのかというほどの声量で宣言する猫々を見て、もうすでにひとりとリョウは気圧されたような表情を浮かべていた。
体育会系で声の大きい元気娘……インドア派で陰キャのふたりにとって、最も苦手な人種といっていいレベルの相手だった。
「……あ、えっと、ぼっちと同じ高校なんだ?」
「はい!!」
「学校でもあったことあんの?」
「いえ、直接会ったことは無いですが、ダイブ先輩は学校の有名人ですよ!!」
ひとりと同じ高校という部分に反応したリョウと星歌の質問に、猫々が元気よく答えると……ひとりは、その際の言葉になんとも言えない表情を浮かべた。
「……あっ、あの、その……ダイブ先輩って?」
「はい! 入学したばっかりの頃は知らなかったんですけど、先輩って文化祭でラブダイブって伝説を作ったって有名なんですよ! 秀華高校史に語り継がれる伝説を作ったって言われてるぐらいですし、ダイブ先輩の写真を待ち受けにしたら恋が叶うとかって、ちょっとしたブームにもなってるんですよ!」
「あばばばばば……」
告げられるあまりの事実に、ひとりは泡を吹いて絶望の表情を浮かべる。いや、ひとりも文化祭の一件がラブダイブと呼ばれて変に有名になっていることは知っていたが、まさか後輩にまで知れ渡り、そんな風に語られているとまでは知らなかった。
いや、ひとりにとっては羞恥の塊であるラブダイブの話題に関しては、あえて耳に入らないように避けていたので、そのせいでいままでその実態を知らなかったのかもしれない。
「え? ぼっちちゃん、学校でそんなことになってんの?」
「はい。あたしは特に恋とかしてないんで、待ち受けにはしてないですけど、ピンク色のジャージとかもハートのイメージだとかで、恋愛面でご利益があるとか言われてますね。あたしの友達も、文化祭の時にはダイブ先輩に倣ってピンクのジャージを着るって言ってました!」
「……」
キラキラとした目で語る猫々の表情には、純粋な尊敬の念が見て取れた。文化祭のステージにおいて、翌年まで語り継がれるような伝説を残したひとりを、本人としては賞賛しているつもりである。
ただ、ひとりにとってはただでさえ、文化祭時の奇行がラブダイブと呼ばれて広まっていて頭が痛いのに、そこに来て今度は恋愛的なご利益があるマスコットのように思われてると知り、更には文化祭で少数だとは思うがひとりを真似たピンクジャージが増える。
そのピンクジャージの意味を知ったひとりにとっては、見たくない光景である。
(……よし、今年の文化祭は病欠しよう。絶対病欠しよう……)
ひとりは虚無の表情で心に誓った。今年の文化祭は休もうと……もっとも、後に有紗がひとりと文化祭を周るのをウキウキと楽しみにしているのを見て、病欠するとは言い出せず参加して注目を集めることになるのだが……とりあえず、この時は固く心に誓った。
猫々の自己紹介の後は、残るもうひとり猫々に比べるとかなり高身長な恵恋奈が自己紹介を始める。
「日向恵恋奈です。16歳で通信高校に通ってます~。趣味は去年までは小説執筆とアイドル鑑賞だったんですが、いまはバンドに沼って、いろんなバンドの推し活が趣味です。いろんなバンドを推してるんですが、一番好きなのは結束バンドで、メンバーはもちろん箱推しです! 最推しは有紗様なんですが、演奏メンバーではないのでライブなどでの本担はリョウさんです。有紗様に関してはひとりさんとのカップリング推しでリアコではなく、てぇてぇ関係を応援してます。有後党所属です。それ以外に関してはリアコガチ勢夢女って感じで、さっき言った小説執筆ってのも夢小説だったりします! あっ、有後党関連は同担大歓迎ですが、リアコ系は同担拒否です!」
「……ぼっち、やべぇぞ、ひとり目がヤバいかと思ってたら、ふたり目にさらにヤバいのが来たぞ」
「……にっ、日本語喋ってるはずなのに、全然頭に入ってこない……」
猫々の暑苦しい雰囲気と比べると、しっとりとした雰囲気でありつつも猫々以上の熱量で語る恵恋奈を見て、リョウもひとりも完全に理解が及ばないという表情になっていた。
そんなふたりの反応を見て、恵恋奈は首を傾げたあとで不安げに尋ねる。
「……あの、お二方、えれのこと覚えてないですか?」
「こんなヤバい奴、会ったら忘れないと思うけど……」
「……あっ、リョウさん……もっ、もしかして、前に池袋でブッキングライブした時に……」
「……居たわ、有紗見て興奮してた地下アイドル」
ひとりの発言でリョウも思い出した。池袋のブッキングライブで、有紗を見て大興奮といった感じで騒いでいて、メンバーが必死で抑えようとしていた地下アイドルを……。
「思い出してもらえましたか! はい! 天使のキューティクルのラファエルです!」
「……なんで、よりにもよって3人の中で一番ヤバそうなのが……というか、アイドル活動はどうしたの?」
「あ、やめました! リーダーのミカエルさんが大学入学して、私生活が派手になって茶髪になったりテニサーに入ったりして、大炎上しました。私たち清純系だったので……」
所属していた地下アイドルグループが解散したことを少し寂し気に告げた恵恋奈だったが、すぐに気を取り直したように表情を切り替えて言葉を続ける。
「グループが解散して、アイドルの道を断たれたのはショックでしたが、その時すでに新たな光を得ていたえれに隙はありませんでした! むしろ、いままでアイドル活動をしていた時間を推し活に回せると思えば、プラスでもあると!! そして推し活の時間が増えれば増えるほど、どんどん沼って行きました。やっぱりバンド女子しか勝たんのです! カッコいい女の子が、圧倒的に最高なんですよ! かわちーかわちーちょうかわちー! かわちーカーニバル開演! さらに有紗様とひとりさんのようなてぇてぇカップリングにも巡り合えますし、てぇてぇ祭りを開催して、共に熱く語り合える同志たちとも巡り合えました! 本当に有後が最高で! しゅきしゅきしゅきしゅきしゅきめろりー!!」
「……なんだコイツ、宇宙人か? ぼっち、私帰っていい? 頭痛くなってきた」
「だっ、駄目です! おっ、お願いですから、こんな恐ろしい人たちの前でひとりにしないでください!」
あまりにも濃い恵恋奈のキャラに完全に気圧されており、猫々と恵恋奈が話しているのを眺めつつ、リョウとひとりは絶望的な表情を浮かべていた。
星歌も、思った以上に新人バイトのキャラが濃かったため、不安げにリョウとひとりをチラチラと見ていた。
そう、ふたりは今日が初の新人バイトであり、先輩であるリョウやひとりが仕事を教える必要がある。結束バンドのメンバーの中でも性格的に陰側といっていいふたりにはあまりにも荷が重かった。
「……うぅ、有紗ちゃん……助けて……」
思わずといった具合にひとりは、有紗に助けを求める言葉を呟いた。ともかく精神的にいっぱいいっぱいで、有紗に近くに居て欲しかった。
そんな、ひとりの思いが天に届いたのか、直後に後方から望んだ声が聞こえてきた。
「こんにちは」
「「ッ!?」」
「……え?」
現れた有紗はひとりにとってはまさに救世主といえる存在であり、背後に後光が差しているようにさえ思えた。そして、結果として有紗が臨時のバイトリーダーとしてふたりに指導を行うこととなり、ひとりは心の底から安堵しつつ有紗に感謝した。
時花有紗:相変わらずぼっちちゃんにとってはヒーローのような存在で、登場のタイミングも完璧である。
後藤ひとり:秀華高校史に名を遺した女。原作と違って、ことごとく奇行や黒歴史イベントを回避していることもあって、恋愛的にご利益のある先輩と認識されているし、ピンクジャージも好意的に受け取られている。まぁ、絶妙のタイミングで有紗が現れた時には完全に恋する乙女の顔をしていたので、あながち全部間違いでもない気がする。
大山猫々:ぼっちちゃんが学校でほぼやらかしてないので、純粋に尊敬している。原作ではヒッピー先輩と呼んでいたが、この作品ではダイブ先輩と呼んでいる。
日向恵恋奈:アニメ勢には信じられないかもしれないが、原作でもほぼこんな感じである。この作品では有後党に所属している以外は大きな変化もないので、素のキャラの濃さが凄まじい。