ひょんなことから恵恋奈さんと猫々さんの指導を担当することになり、最初はひとりさんにところどころで実演をしてもらいつつ清掃手順の説明をしました。とはいえこちらは猫々さんが予め一通り清掃してくれていたので、軽く説明するだけにして次はドリンクコーナーの指導を行います。
こちらでも手順を説明して、実際にひとりさんに実演してもらう形で説明し、一通り教え終わると恵恋奈さんは考えるような表情で呟きました。
「……メニューモブい感じがしますね。キャラクタードリンクとかないんですか?」
「モッ、キャッ?」
「その人をイメージしたドリンクのことです~。やっぱりそういうのあったほうがエモさも上がりますし、いいと思うんですよね」
戸惑うひとりさんに恵恋奈さんがキャラクタードリンクについて解説し、その説明が終わったタイミングで私は微笑みながら恵恋奈さんに声をかけます。
「確かにライブハウスも一種の人気商売といった部分がありますので、そういったイメージドリンクと言うのは販売戦略としては有効と言えるかもしれません。ただ、恵恋奈さんもおそらく詳しいとは思いますが、そういったコラボドリンクのようなものはコストが高くなる傾向にあります」
「あ~たしかに、値が張るイメージですね」
恵恋奈さんは推し活が趣味であり、以前は地下アイドルとして活動していたこともあって、そういったキャラクターグッズやコラボ品などといったものには造詣が深いのだと思います。実際、恵恋奈さんのいうようにそういったキャラクター性の強い品を出すのも販売戦略としては有りです。
「ええ、なのでコラボ商品を作るのなら収益の期待値をしっかりと考える必要があります。ですが、残念ながら現在STARRYを拠点として活動しているバンドの中で、コラボ商品として十分な収益を見込めるだけの高い知名度があるバンドはほとんどいません。現時点ではコストに見合うだけの収益は見込めませんね」
「なるほど~。ライブハウスも商売ですもんね」
「その通りです。ただ、特定のバンドとコラボと言うのは難しくても、STARRYのオリジナルドリンクといったものならいいかもしれませんね。恵恋奈さんはそういった品に詳しそうですし、もしよければまた空いた時間にでも意見を聞かせてください」
「あ、はい! えれ、いろいろなコラボカフェとかにも行った経験があるので、知識だけはいっぱいあります! 有紗様のお役に立てるなら喜んで!!」
「ありがとうございます。頼りにしていますよ」
そう言って声をかけると、恵恋奈さんは目をキラキラ輝かせてグッと拳を握りました。見るからにやる気が溢れているという感じで素晴らしいですが、空回りしてしまわない様にだけ注意しなければなりませんね。
そう思っていると、猫々さんが恵恋奈さんを羨むような目で見て、私に声をかけてきました。
「バイトリーダー! ウチにもなんか大役ください! 恵恋奈ちゃんだけズルいです!」
なるほど、ある意味では新商品の開発に期待されているという状態の恵恋奈さんを羨む気持ちは分かりますし、猫々さんは最初からやる気に満ち溢れている感じ、なにかをしたいという気持ちが強いのでしょう。
ただ非常に思いが空回りしやすいタイプなので、その辺りはしっかり注意しなければなりませんね。
「そうですね、2人ともドリンクコーナーでというのも勿体ないので、それぞれ別の仕事をしてみましょうか。今日は恵恋奈さんにはドリンクコーナーに入ってもらいます。ひとりさんも同じくドリンクコーナーに居るので、分からないことがあれば尋ねるようにしてください」
「はい!」
「そして、猫々さんはリョウさんと一緒に受付に入ってもらおうと思います。当日券の販売などお金に関わる部分はリョウさんに任せて、主に接客を担当する形ですね。もちろん最終的にはふたりともできるようになってもらいますので、一度受付に移動して説明をします」
「了解です!!」
元気よく返事をする猫々さんと恵恋奈さんを連れて、受付に移動します。ひとりさんはドリンク類の補充や準備で残ってもらって、受付の仕事はリョウさんに実践してもらいながら説明をしていきます。
一通り説明を終えて、練習として実際に猫々さんに受付をしてもらうことになりました。
「らっしゃせー!! ワンドリンクせーです!!!」
「……元気がよくて素晴らしいですね。大きな声の出し方は部活などで?」
「はいっす! ウチ中学で3年間バスケ部だったので!」
「なるほど、元気で大きな声は猫々さんの魅力ですが……残念ながら、いまは部活動の声の出し方であって、ライブハウス受付としての声の出し方ではありませんね」
「え? そ、そうなんですか?」
猫々さんの声はたしかに元気があって素晴らしいですが、少し声量が大きすぎますね。これではお客さんを驚かせてしまうので、その辺りは上手く調整する必要があります。
「ここは広い体育館などではなく、更に部活動とは違って訪れるお客さんは猫々さんのことをよく知りません。それで来店してすぐに大きな声をかけられると驚いてしまうでしょうね。なので、声量はもう少し抑える必要があります」
「な、なるほど……」
「ただ、元気で明るいのが猫々さんの魅力でもありますから、そこを損なわない程度にしたいですね。なので、これから少し一緒にライブハウスに適した声量を練習してみましょう」
「はい!! ご指導よろしくお願いします!!」
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猫々さんと恵恋奈さんに一通りの仕事を指導し、それぞれに今日の仕事を割り振ってから開店前に星歌さんに声をかけます。
「星歌さん、一通りの指導は終わって、今日は猫々さんは受付に、恵恋奈さんはドリンクコーナーに入ってもらうようにしました。それぞれリョウさんとひとりさんが一緒に仕事を行う予定で、私は様子を見つつ双方を行き来する形になると思います。設営準備などは口頭では説明していますが、実際に作業は行えていない部分もありますので、その辺りは今後の様子を見つつ追加の指導をお願いします」
「……お、おう、ありがとう……いま、マジで一瞬有紗ちゃんがバイトリーダーだったかと錯覚した。ともかく有紗ちゃんが居てくれて本当に助かった。迷惑かけて悪いけど、今日一日よろしくな」
「分かりました」
とりあえずおふたりの指導状況に関しては、後で虹夏さんや喜多さんにも共有しておいて、必要な部分はその都度指導してもらえるようにしましょう。
猫々さんも恵恋奈さんも素直でやる気があるので、仕事はかなり早い段階で覚えられそうな気はしますので、将来は有望ですね。とはいえ、まだ新人の状態なので今はしっかり周りがフォローする必要があります。
私も今日は閉店後のスタジオ練習を見て帰るつもりだったので、予定的にも問題はありませんね。ひとまずもう間もなく開店なので、ふたりに一度声をかけておきましょう。
その後、STARRYが開店してしばらく経って、猫々さんも恵恋奈さんも順調に仕事をこなせている様子でした。ひとりさんとリョウさんも上手くフォローしてくれているみたいで、私が口を挟むことはほぼ無いと言っていい状態でした。
そしてある程度客入りが完了したところで、星歌さんがふたりにライブを見ても構わないと伝え、リョウさんとひとりさんも他の手が空いたスタッフが交代してくれたことで、一緒にステージの見える場所に移動してきていました。
「本当にライブ観ていいんですか!」
「ああ、初日だし今日ぐらいはゆっくり観ろよ」
「ありがとうございます~。えれ、このバンドも大好きで~」
猫々さんも恵恋奈さんも嬉しそうですし、特に恵恋奈さんの方はかなり喜んでいる感じですね。ひとりさんとリョウさんは、やはり新人をフォローしながらだと普段より負担は大きかったのか、少し疲労はしているようですがそこまで疲れている雰囲気ではありません。
そんな風に思っていると、ライブが始まり……同時に恵恋奈さんが何処からともなくペンライトを取り出して、激しくヘッドバンギングを始めました。
「ちょっ待って無理!! あぁぁぁぁっ!! 顔がいい!! すきぴ~~~~~!?!?!?」
「お、おい、暴れるな……リョウ抑え込め!!」
「……あ、無口先輩吹っ飛ばされた!」
ライブが始まったことでテンションが上がったのか、恵恋奈さんが激しい動きを始め止めようとしたリョウさんが弾き飛ばされました。まぁ、ライブが好きな気持ちはよく分かりますが……とりあえず、激しく動く恵恋奈さんに近付いて動きを止めて声をかけます。
「……恵恋奈さん、ライブが好きという気持ちは伝わってきますが、店員として見学している以上はある程度大人しくしないといけないですよ」
「あ、は、はい!? ごめんなさい、ついなにも見えなくなっちゃって……」
もちろん恵恋奈さんに悪気があるとは思いませんが、その辺りは今後しっかりとコントロールできるようになってもらわないといけませんね。ライブが始まるたびに興奮していてはバイトどころではなくなってしまいますし……。
「……無口先輩を吹き飛ばした恵恋奈ちゃんを軽々抑え込んでるんすけど……やっぱり、バイトリーダーを任されるぐらいになると、強いんですね」
「いや、有紗ちゃんは特殊な例な気が……というか、あの華奢な体のどこにあんなパワーがあるんだ……」
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多少のトラブルはありつつも、恵恋奈さんと猫々さんは楽しんでライブを見ており、その後ろ姿を見ながら私はひとりさんに声をかけました。
「ひとりさん、お疲れ様です。大丈夫でしたか?」
「あっ、はい。なっ、なんとか……有紗ちゃんが分かりやすく指導しておいてくれたおかげで、私が教えるようなことは殆どなくて……はっ、はは、もう年齢以外全部負けてそうな……」
「そんなことは無いですよ。まだ、ふたりはアルバイトを始めたばかりです。そつなくこなしているように見えても、不安に感じていたりやる気が空回りしている部分もあります。先輩であるひとりさんが近くにいることで、思い切って仕事ができているんですよ」
「え、えへへ……そっ、そうですかね?」
私の言葉にはにかむ様に笑ったあとで、ひとりさんは少し私に身を寄せて微笑みました。
「……あっ、今日は有紗ちゃんが来てくれてよかったです」
「偶然でしたが、助けになれたならよかったですよ」
「あっ、有紗ちゃんは、ヒーローみたいですね……えへへ、カッコいいですし」
「私から見るとひとりさんも十分カッコよくて、ヒーローみたいですけどね」
「えへへ、そっ、そんなことないですよ」
私の言葉にひとりさんは嬉しそうな笑みを浮かべて、少しだけ私の肩にもたれ掛かるように身を預けてきました。本当に少しだけなので傍目には分からないかもしれませんが、そっと繋がれた手と微かに感じる体重が、なんだか心地よかったです。
「……はぁぁぁぁ……てぇてぇ……党首、えれはユートピアに辿り着きました。抜け駆けじゃないです、ちゃんと情報共有します……あ、でもそのまえに、尊死してしまいそう……あぁ……しゅきぴ~」
「……店長! 恵恋奈ちゃんが今度は虚空にサムズアップしたまま真っ白になってるんですけど!?」
「……採用ミスったかな……」
時花有紗:なんかあまりにも普通にバイトリーダーしてるので、星歌も「あれ? マジでバイトリーダーだったっけ?」と錯覚しそうになる。優しく褒めて長所を認めつつ、指導してくれるタイプ。
後藤ひとり:有紗のおかげで原作のようにふたりの指導を任されては居ないのでそこまで疲労していたりはしない。その余裕のせいか、隙を見ていちゃついていた。
世界の山田:縦スマ(ヘッドバンギング)→「GAME SET」