新曲のデモも完成し、ひとりさんも初めての編曲でいい経験を積めたと思います。そして、今回は喜多さんが作詞に挑戦してみるという話になっているため、作詞に関しては喜多さんに一任していました。
喜多さんも意気揚々と作詞に臨んでいましたが……まぁ、もちろんそんなに簡単な話ではないです。
「……で、1週間考えたけど特に書くことが無かったと……」
「はい!」
喜多さんが作詞に挑戦して1週間後のミーティングで、明らかに作詞に苦戦している様子の喜多さんが居ました。ひとりさんも最初はかなり苦戦していましたし、やはりなにかを作るという作業は大変なものです。
「……恋愛ソングが好きなので書こうとしたんですけど、経験ないから恋愛ドラマの情報だけじゃどうも嘘っぽくなっちゃって……じゃあ、私らしい歌詞をって思ったけど、どれも歌にするまでもない気がして……やっぱり難しいわね。ひとりちゃんは、恋愛ソングとか書いたことあるの?」
「…………………………ないです」
「絶対あるやつじゃん!?」
喜多さんの質問に目線を逸らして汗を大量に流しながら否定するひとりさんの反応は分かりやすく、虹夏さんも思わずツッコミを入れていました。
私が以前に聞いた話ですと、ひとりさんは過去に恋愛ソングの作詞をしてみたらしいですが、あまりにも恥ずかしくて封印したと言っていました。私が聞いても内容は教えてくれなかったので、よっぽど恥ずかしいみたいですし、私もそれ以上質問したりはしませんでした。
まぁ、ひとりさん作の恋愛ソングも気にはなりますが、いまはひとまず喜多さんに関してです。
「……私の感想ですが、喜多さんは少し難しく考えすぎているのではないでしょうか?」
「え? 難しく?」
「ええ、創作は高尚なもので、その作品にはなんらかの明確なメッセージ性が無ければならないと……そうして、無意識に創作のハードルを上げてしまって手が止まるのはよくあることです。ひとりさんも、最初はそうだったんじゃないでしょうか?」
これはジャンルを問わず創作ではありがちなことと言えます。いいものを作らなければという意識が強すぎて、自分自身でハードルを上げてしまっていて、結果として泥沼に嵌るように悩みが重なって手が止まってしまう。
まったく何も考えないというのも問題ですが、考えすぎるというのも問題ですね。
「あっ、はい。私も最初は世間に受ける曲を作るべきって気持ちが強くて、変に思考が固まってました。有紗ちゃんやリョウさんのアドバイスのおかげで、書けるようになりました」
「……うん。確かに最初にぼっちが書いてた詞も意識し過ぎて固くなってた気がする」
「なるほど……確かに、有紗ちゃんの言う通り創作って明確なイメージが無いと作れない気がしてたかも……」
難しく考えすぎているというのは、喜多さんにもある程度自覚があるものだったのか悩んだ表情で呟くように言葉を続けます。
「私別に世の中に訴えたいこととか、周りへの不満とかがあるわけじゃないんですよね」
「う~ん。有紗ちゃんも言ってたけど、メッセージ性が必ずしも必要じゃないと思うよ。ほら、当たり障りのない日常の歌詞の曲とかもあるでしょ?」
「そうですね。本当に最初はシンプルでいいと思いますよ。例えば、楽しかった出来事や将来の夢、そんなものを友人に話すような感覚で書いて、細部を後から調整するだけでもそれらしいものは出来上がります。メッセージ性も後からついてくるようなパターンも多いでしょうしね」
最初から難しいことをしようとすれば苦戦するのは必然でしょう。ひとりさんの編曲の際にもそうでしたが、初めはシンプル過ぎるぐらいが丁度いいのかもしれません。
そんな風に思いつつアドバイスをしていると、ふと虹夏さんはなにかを思いついたような表情を浮かべました。
「あっ、そうだ! 喜多ちゃんよくイソスタとか更新してるでしょ? あんな感じで歌詞を書いたらいいんじゃない?」
「え? そ、そんなのでいいんですか?」
「全然いいと思うよ。メッセージ性とかなくて明るく楽しいだけの曲とかも私は好きだし、まずはなによりも書き上げてみることが重要だからね。そのあとで、皆で意見を出し合って修正とかすればいいから、喜多ちゃんも気楽に楽しく書いてみよう!」
「せ、先輩……はい! 頑張ります!!」
初めての作詞に苦戦して下向きになっていた気持ちが上向いたようで、喜多さんはやる気に溢れた表情でグッと拳を握って宣言していました。少し吹っ切れたようなので、これなら大丈夫そうですね。
そんなことを考えていると、STARRYのドアが勢いよく開いて猫々さんが入ってきました。
「おはよーございます!!」
「あれ、大山さん? 今日ライブハウスは休みでバイトは無い筈だけど、どうしたの?」
「買いたいギター見つけたんで、先輩たちに意見を貰おうと思って!! 探しまくってやっと見つけたんです! ウチでも買えるギターを!!」
「にっきゅっぱっ!?」
大山さんはギタリスト志望とは言っていましたが、まだギターは持っておらず練習などもこれからという話でした。なので、まずはギターを入手しようと考える気持ちは分かりますし、高校1年生でバイトもまだ始めたばかりの猫々さんの経済事情を考えると、出来るだけ安くギターを手に入れたいという気持ちは分かりますが……意気揚々と掲げるスマートフォンの画面には2980円のギターが映っており、どう見ても訳アリ品という雰囲気でした。
「……猫々さん」
「あ、バイトリーダー! おはようございます!!」
「はい、おはようございます。予算などの都合で高いギターに手が出にくく、出来るだけ安く買いたいという気持ちは分かりますが、その価格ではおそらく相当の難がある品だと思いますよ」
「あっ、そっ、そうですね。ノーブランド品って書いてますし、作りも粗そう……こっ、壊れやすいと思いますし、頻繁に壊れてたらむしろ修理代で余計に高くつくなんてことも……」
「見る限りピッチも明らかに悪そうだし、オススメ要素皆無」
「なるほど……ちなみに、ダイブ先輩はいくらぐらいのギターを使ってるんですか?」
もちろん低価格でも質のいい品というものも存在しますが、少なくとも猫々さんが見つけたものは通販の内容を見る限り、あまりよさそうな感じではありません。
ギタリストであるひとりさんも、楽器に詳しいリョウさんも私と同じく反対の様子でした。
「ぼっちちゃんの初代ギターは、50万円前後かな? レスポールカスタムだし」
「へー……50万!?!?」
「いまメインで使ってるギターは6万円ぐらいだったかな?」
「6万!? 安い!! ダイブ先輩とおそろもいいですね。6万なら手頃で――いや、安くない!!」
最初に50万と聞いたあとで6万と聞いて安いと錯覚したようですが、6万でも猫々さんが見つけてきたギターの20倍の価格です。
「あっ、でっ、でも、6万はギターの中では結構安い方です。ハイエンドとかだと数十万ですし……」
「えぇぇぇ!? そっ、そうなんですか!? 6万でもお小遣い何年分か……」
「ああちなみに、ぼっちはメインで使ってるの以外にもここぞという時の勝負ギターを持ってて、それは推定150万以上の特注オーダーメイドギターだ」
「ひゃっくごじゅっ!?!?」
「あと、関係ないけど、有紗の持ってるピアノの価格は2500万だ」
「………………」
ひとりさんのギターの価格は猫々さんの想像を超えていたみたいで、ついでにまったく関係ない私のピアノの価格が追い打ちとなったのか、猫々さんは真っ白な顔でパクパクと金魚のように口を動かして言葉を失っていました。
そんな猫々さんに対して、喜多さんが少し気の毒そうな表情を浮かべながら告げます。
「……追い打ちをかけるようで悪いけど、ギター本体以外にもアンプとかいろいろ必要だから、初期費用はギター代以外にも2万ぐらい必要になるわよ」
「え!? そそ、そんなにですか!? バンドってめっちゃお金かかるじゃないですか!! 先輩たちお金持ちなんですか!!」
2980円のギターを買ったとしても周辺機器代がかかるという現実は猫々さんにはかなりのダメージを与えたようで、やけくそ気味の叫び声をあげていました。
「……う~ん、リョウは実家がお金持ち、ぼっちちゃんは動画サイトの広告収入があるからお金持ちと言えばお金持ちだね。私は家がライブハウスだから割と楽器関連はイージーではある。喜多ちゃんは普通かな? バイトのシフトそこそこ入ってるから、ある程度お金は持ってると思うけど……そして、有紗ちゃんは5つぐらい次元が違う」
「……さっきピアノの値段聞いてそんな感じはしてましたけど、バイトリーダーはやっぱり、半端じゃないんですね。けど、うぅ……話聞く限り3万ぐらいは必要ってことですよね? 数年分のお小遣い前借りすればなんとか……でも、続けられるか分からないのに……いや、弱気は……でも……」
やはり金銭的な部分はかなりネックな様子で、猫々さんは頭を抱えて机に伏していました。バイト代が入ればまた状況は変わるのでしょうが、それは月末ですし、現時点では厳しいことには変わりないでしょうね。
「リョウ先輩からギター借りるとか?」
「貸してもいいけど、最初がそれだとたぶん続かない。完全に素人状態で始めるなら、最初の1本は自分で買うべきだと思う。その方が愛着が持てるし……」
「……あっ……そっ、そうですね」
リョウさんの言葉に、2代目ギターを買うまでお義父様からギターを借りていたひとりさんが若干気まずい表情を浮かべますが、その辺りは人それぞれですね。ひとりさんはギターに対して強いモチベーションがあって、コツコツと努力することが苦にならない努力家だったので問題なかったのでしょう。
「……リョウさん、ジャンク品を探すのはどうでしょう?」
「なるほど、有りだと思う。ハードオプとかで壊れてるジャンクギターなら1万位内でも、それなりのギターが手に入る。修理は私がすればいいし、周辺機器もハードオプで揃えれば、相当初期投資は抑えられるかも」
「おっ、おぉ……無口先輩!?」
ジャンク品を修理してくれるというリョウさんに、猫々さんが目を輝かせます。実際、その方法ならかなり金額は抑えられますし、手持ちが足りなければ私が一時的に貸してバイト代で返済してもらえれば問題ないですね。
その後少し話し合った結果、とりあえず私も含めて全員時間はあるようだったので、ハードオプ巡りをしてみることに決まり、全員でSTARRYから出て下北沢の街にくり出しました。
時花有紗:財力は化け物。ぼっちちゃんが恋愛ソングを書いたことがあるというのは、本人から聞いているが恥ずかしがっている様子なので深くは聞いていない。
後藤ひとり:恋愛ソングを書いたマル秘の歌詞ノートが存在しているらしいが、誰にも見せない模様。何曲か書いているみたいで、知ってる人が見ればどう考えても有紗を思い浮かべて書いたのだと即わかる。
喜多郁代:作詞に関して相談に乗ってくれる人が多かったおかげで、さほど思い悩むことは無い模様。
伊地知虹夏:最近発売した設定資料集(3000円)によると、スネアドラム以外はSTARRYの備品を使っているらしい。
世界のYAMADA:バイトの際に有紗が指導したこともあって、猫々に対して原作程苦手意識を持っていないので、普通に先輩としてアドバイスしていた。