結束バンドのSTARRYでのライブもいよいよ明日に迫りましたが、生憎と空模様がよくありません。自室のベランダに出て外を見てみれば、雲は分厚く風もそれなりに吹いています。
『……台風、来ますかね?』
「こればかりは分かりませんが、急に方向を変えたのでよくない進路ですね。少なくとも、空模様を見ると……明日はいい天気にはなりそうにないですね」
『そっ、そうですか……』
スマートフォンで通話している相手はひとりさんで、やはり台風が近づいていることに不安を感じている様子でした。本当に巡り合わせが悪いといいますか、よりにもよってライブの当日に関東に台風が来るとは……。
「ただ、雨や風があると言ってもどの程度かは分かりませんよ。公共交通機関に影響があるレベルだと厳しいかもしれませんが、多少の雨風程度であれば大きな影響はない筈です」
『あっ、そうですね。電車とか止まらなければな……』
「ひとりさんは大丈夫ですか? 止まらないまでも、遅延したりするとSTARRYに向かう際に影響が出ませんか?」
『あっ、もし電車が止まったら、お父さんが車で送ってくれることになってます。あっ、あと、念のために早めに出るつもりですし……』
「なるほど、それなら安心ですね」
ひとりさんは県外に住んでいるので、交通機関の乱れが大きな影響となると思いましたが、その辺りは事前にしっかり対策を考えていたようです。
お義父様がいらっしゃるのなら大丈夫でしょう。もし難しければ、私が迎えを手配しようかと思いましたが、必要なさそうですね。
「……でしたら、あとはひとりさんが早めに寝るだけですね」
『あっ、でも……』
「不安な気持ちは分かりますが、それで体調を崩してしまっては本末転倒です。しっかり休んで、明日に備えましょう。ね?」
『……はい。そっ、その、有紗ちゃん。話を聞いてくれて、ありがとうございました』
「ひとりさんの力になれたのなら嬉しいですよ。それでは、明日のライブを楽しみにしていますね。頑張ってください」
『あっ、はい。頑張ります……おやすみなさい、有紗ちゃん』
「おやすみなさい」
通話を終えてから私は暗い空に視線を向けます。願わくばどうか、どんな形であれ明日のライブがひとりさんにとっていい結果で終わってほしいものです。
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残念ながら台風はそれなりの勢力を保ったままで関東に上陸し、天候は荒れていました。予報では20時を過ぎればある程度落ち着いてくるとのことですが、ライブの時間は18時……客足への影響は、免れないでしょう。
状況によって結束バンドのサポートスタッフとして行動することになった私ですが、今回は特に役割もなく、あくまで観客としての参加ですが、星歌さんの厚意もあり開店前からSTARRYにお邪魔させていただいています。
やはり状況は芳しくない様子で、喜多さんの友達も来られず、お義父様とお義母様も本来はふたりさんをお願いする予定だった義祖母様が来れないとのことで、ライブを見に来るのは難しいようでした。
電車にも影響が出ていて道路も混むでしょうし、なかなか難しい部分がありますね。この天候である以上、当日券の販売は絶望的……よくはない感じですが、それでも明るく前向きな虹夏さんを中心に、結束バンドの皆さんは比較的前向きな様子でした。これなら、心配はいらないかもしれませんね。
そしてライブハウスの開店時間になると、真っ先にやってきたのは以前私とひとりさんと共に路上ライブを行ったきくりさんでした。
「ぼっちちゃ~ん、有紗ちゃ~ん、きたよぉぉ」
「あっ、お姉さん」
「こんにちは、きくりさん」
流石というべきか、すでにかなり出来上がっている様子のきくりさんに挨拶をすると、星歌さんが驚いたような表情を浮かべていました。
そういえば、きくりさんはSTARRYを知っているライブハウスだと言っていたので、面識があるのかもしれません。
「え? お前、ぼっちちゃんたち目当てで来たの?」
「そうだよぉ」
「えっ、お知り合いなんですか?」
「私の大学の時の後輩」
ひとりさんの質問に、星歌さんはどこか嫌そうに答えます。そんな星歌さんに絡んでいくきくりさんを見ていると、なんとなくふたりの関係が見えてくる気がしました。
その様子を見て思わず苦笑しつつ、私はきくりさんにタオルを手渡しながら声を掛けます。
「きくりさん、かなり濡れてますよ。はい、タオルをどうぞ」
「ありがとぉ、有紗ちゃんは優しいね~先輩とは大違いだよ~」
緩い笑顔でタオルを受け取るきくりさんからは、やはりかなりお酒の匂いがしましたので、既に相当飲んでいるのでしょう。まぁ、まだ付き合いは浅いですが、この方は酔っている状態がデフォルトのような気もしています。
そんなことを考えていると、続いて路上ライブでチケットを買ってくれた大学生のお姉さんたちが来てくれました。
おふたりはひとりさんと少し話したあとで、私に気付いたのか笑顔を浮かべて話しかけてきてくれます。
「有紗ちゃんも、こんにちは」
「こんにちは、来てくださってありがとうございます」
「……あれ? 有紗ちゃんは、お揃いのTシャツ着てないの?」
「ああ、私は結束バンドのメンバーというわけでは無く、ひとりさんの友人ですので、今回は観客としての参加です」
「あっ、そうなんだね」
お姉さんたちと軽く話をしたあと、ひとりさんたちは控室に向かい、私はなんとなくきくりさんと一緒に居ました。
すると、少しずつライブハウスに人が増えてきました。他のバンド目当てで早めに来ている方も居るので、全てが結束バンド目的というわけでは無いですが……数にして20人少々でしょうか? 中には以前配った宣伝フライヤーを手に持っている方も居たので、それを見て足を運んでくれたのかもしれません。
「おっ、出てきたね~」
「いよいよ……おや?」
結束バンドの皆さんが出てきて準備をしているのですが、どうにも表情というか様子がよくないです。緊張が見て取れるというか、肩に力が入り過ぎているような気がします。
一番冷静に見えるのはひとりさんで、他のメンバーとは比べてある程度落ち着いている様に見えました。
「……悪い緊張の仕方ですね」
「へぇ、有紗ちゃん、そういうの分かるんだ?」
「ピアニストの友人がいるのですが、その人が言っていました。最高の演奏をするには緊張は不可欠だけど、加減を間違えれば緊張は演奏を壊すと。緊張の中で普段通りに演奏できて三流、緊張を利用して普段以上の演奏ができて二流……演奏日にコンディションのピークと共に適切にコントロールした緊張を持ってこれて初めて一流らしいです」
「いいこと言うねぇ~たしかに、緊張ってのは扱いが難しいよねぇ」
「そうですね」
実際その友人は、いつもコンサートなどの10日ほど前ぐらいから精神面の調整を始めて、体と心のピークをコンサート当日にピッタリ調整していましたが、逆に言えばそれだけ時間をかけて調整しなければ緊張を完璧にコントロールはできないと言えるのかもしれません。
現在の結束バンドの緊張は……演奏を壊してしまう方の緊張です。いい演奏をしなければと、そんなプレッシャーに近い感情から必要以上の力が入っているみたいですね。
そして、音楽というのは演者の心に大きく影響を受けます。実際既にステージ上の皆さんの緊張や力みが、観客に伝わり始めていますし、演奏が始まるともっと影響が出てくるでしょう。
「……まっ、初ライブで大失敗なんてよくある話だけど……そうなると思う?」
「いえ、大丈夫でしょう」
「へぇ、言い切るんだね~」
「はい。生憎と私は虹夏さん、リョウさん、喜多さんについてはまだそれほど詳しくは知りません。でも、ひとりさんのことはよく知っているつもりです」
虹夏さんたちとの付き合いはまだ浅く、彼女たちの人となりを完全に理解できているとは言い難いですが、ひとりさんに関してはよく知っているつもりです。
だからこそ、よくない緊張ではあると感じつつも、心のどこかで大丈夫という確信がありました。
「……ひとりさんは、本当に踏み出すべき時には勇気を持って踏み出せる強い人ですからね」
「……なるほどねぇ~」
「酒類の持ち込みは禁止です」
「あっ、ちょっ、私のおにころ……」
私の言葉を聞いたきくりさんは、どこか楽し気に頷いたあとで懐からパック酒を取り出していたので、それを素早く奪い取って近くに居た星歌さんに渡しました。
そんなやりとりをしていると、準備が整ったようで演奏が開始されましたが……やはり緊張と力みが悪い影響を及ぼしていました。
全体的に歯車が噛み合っていないようなチグハグさがあり、息が合っていないという表現がしっくりくる状態でした。
そんな中ステージ上のひとりさんとふと目が合いました。私は小さく微笑みを浮かべ、心の中で「信じています。頑張ってください」と、そう思いました。
もちろん口にも出していない声が理解できるはずもなく、仮に声に出していたとしても演奏の最中にこの距離では聞こえないでしょう。
――うん、私、頑張るよ。有紗ちゃん。
ですが、なんでしょうか? 不思議と、私の想いはひとりさんに届いたような気がしました。そして、ひとりさんの決意のような言葉が聞こえた気も……。
そんな私の予感に応えるかのように、ひとりさんの目に強い光が宿りギターが力強い音を奏でます。崩れかけていたバンド全体の音を支えて引っ張っていくかのように……。
息が合わずバラバラになっていた音楽が、ひとりさんの力強いリードギターに導かれて纏まってくる。一曲目の終盤に差し掛かるころには、結束バンドの演奏はチグハグなものから次を期待させるようなものへと変わっていました。
そして一曲目が終わった瞬間、ひとりさんは即興のギターソロでメロディーを奏でました。意識してやったのか、無意識に行ったのかはわかりませんが……それは他の3人に一呼吸入れるだけの時間を作り出すことに成功しました。
先ほどまであった力みが消え、悪い緊張が良い緊張へ変わっていく感覚がありました。きっともう大丈夫……。
普段はいろいろと自分を卑下したりするような発言をしていることもありますが、やっぱりひとりさんはここぞという時にちゃんと足を踏み出せる方です。
なんというか……惚れ直したといいますか、改めてひとりさんが素敵な方だと再確認できて、本当に嬉しく幸せな気持ちでした。
時花有紗:ついにアイコンタクトで意思疎通を始めた。例によってひとりにゾッコンであり、今回も凛々しいひとりをみて惚れ直していた。きくりからおにころを奪う手腕が星歌に高く評価されていたとかいないとか……。
後藤ひとり:有紗という存在のおかげで原作より精神面で成長しており、一曲目の終了より早く行動を開始して、一曲目からかなりバンドの音楽を立て直していた。