ぼっちな貴女に恋をして   作:ぬこノ尻尾

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九十九手収録のレコーディング~sideA~

 

 

 いよいよやってきたレコーディング当日。都さんとやみさんと待ち合わせをして、ノックアウトレコーディングスタジオという場所にやってきました。

 

「それでは行きましょう。緊張するとは思いますが、優しい人ですから大丈夫ですよ。私は苦手ですが……」

 

 都さんがそんな風に言いながらスタジオのドアを開くと、明るい雰囲気の方が笑顔で出迎えてくださいました。

 

「あ、結束バンドさんですね! おはよーございます~。私、エンジニアの上村です」

「おはようございます。今日はよろしくお願いします」

 

 レコーディングエンジニアの上村さんが、今回のレコーディングを担当してくださるそうです。パッと見た印象ですが、人付き合いの上手いタイプといった印象です。

 

「あ、都ちゃん久しぶり~! 今日も可愛いね~」

「その呼び方やめてください」

「その仏頂面がいいんだよね~~」

「だから、貴女嫌いなんですよ……」

 

 ほんわかとしたタイプで周りの空気を穏やかにしてくださる雰囲気の方ですね。計算ではなく自然体で多くの人と自然に仲良くなれる……ひとりさん的に言うと、コミュ力の強い方という感じですね。

 その人当たりの良さは、打ち合わせのさいの雑談でも発揮されており、比較的人見知りといえるリョウさんや、初対面の人と話すのが苦手なひとりさんもある程度打ち解けており、いい感じに緊張がほぐれているように感じました。

 

「有紗ちゃんはマネージャーなんだよね? なんか敏腕そうな雰囲気だね~」

「真似事をしている程度ですが、そう言ってもらえると嬉しいです」

「けど音楽もできそうな雰囲気……ん? んん?」

「どうしました?」

 

 優し気な笑顔で私に話しかけてきた上村さんでしたが、少ししてなにやら怪訝そうな表情を浮かべて首を傾げました。

 そのまま少し考えるように沈黙したあとで、大きく目を見開いて驚愕した表情を浮かべます。

 

「……ああぁぁ、あ、有紗ちゃんって7、8年前ぐらいにピアノのコンクールに出てなかった!?」

「え? ええ、出ましたが?」

「うわっ、やっぱりそうだ! なんか、見覚えがある気がしてたんだよね~」

「あっ、えっ、えっと、コンクールっていうと前に聞いた。有紗ちゃんが小学校の頃に出たっていう……」

 

 世間とは意外と狭いものです。どうやら上村さんはかつて私が一度だけ出場したコンクールを見たことがある様子でした。確かに、あのコンクールは規模も大きいものだったので見ている方が居ても不思議ではないのですが……私としては少々恥ずかしい出来事もあるコンクールなので、なんとも言えない気持ちではありますね。

 

「コンクールって、なんの?」

「ピアノだよ~。私、クラシックもよく聞くんだけど、昔行ったコンクールで見たんだよね。あの琴河玲と一緒にコンクールに出てて、優勝争いをしてたんだよ」

 

 結束バンドのメンバーと違ってコンクールについて知らないやみさんが不思議そうに尋ねると、上村さんはどこか楽しげに説明していました。

 

「ああ、あの、有紗が審査結果に異議を申し立てたという伝説の……」

「そうそう、小学生の女の子が理路整然と審査員を言い負かしてて、会場は結構ざわついてたね。そのハプニングも含めて、凄く印象に残ってるよ~」

「なんというか、人から聞くのは気恥ずかしいですね」

 

 仮に何度時間が巻き戻ったとしても私は同じ行動をとるでしょうが、それでもやはり人の口から当時の様子を聞くと気恥ずかしさを覚えます。

 完全に話はかつてのコンクールに移行してしまったようで、喜多さんも興味津々といった具合に目を輝かせながら上村さんに話しかけます。

 

「たしか、琴河玲が圧勝だったコンクールですよね?」

「圧勝? ううん、殆ど互角だったよ~。いや、確かに琴河玲の演奏の方が上ではあったけど、演奏技術にはほぼ差は無かったし、出場者の中では琴河玲と有紗ちゃんのふたりは完全にレベルが違ってたね~」

「確かに、当時の玲さんと私の演奏技術に大きな差は無かったです。ですが、コンクールの場面での演奏、僅かですが確実に上をいった玲さん……僅かではあっても、その差は絶対に埋まることのない差だと……当時はそう思っていましたね」

 

 上村さんのいう通り、プロピアニストとして本場で活躍して経験を積んでいるいまの玲さんはともかく、小学生当時であれば私と玲さんの演奏技術に差はほぼ無かったです。

 ですが、だからこそ、コンクールの時に絶対的な差を感じました。私の演奏には決定的に欠けているものが玲さんの演奏にはありました。その差を生んでいるものがなにかはすぐに理解することができましたが、私がそれを手にすることはできないだろうと思っていましたし、だからこそ玲さんには生涯ピアノという分野では勝てないだろうと感じました……まぁ、その考えはひとりさんと出会って少し変化しましたが……。

 

「そっか~。あ、ごめんね。話が逸れちゃった! 時間もあるし打ち合わせの続きね~」

 

 やはり上村さんは人付き合いの上手い方のようで、それ以上深く聞いてきたりすることは無く明るい調子で話をレコーディングに戻しました。

 その様子を見ていると、不意に机の下の私の手の上に、ひとりさんの手が重ねられました。振り向いてみると、ひとりさんが少し心配そうな表情を浮かべていましたので、手を握り返しつつ安心させるように微笑みました。するとひとりさんはホッと安堵した表情を浮かべてくれました。

 

 おそらくですが、私がなにか悩んでいるような雰囲気を察して心配してくれたのでしょうね。確かに、少し悩んでいることはあります。正しくは迷っていると表現すべきかもしれませんね。

 ……以前虹夏さんに話をした際と比べ、私の心境が変化しているのを実感していますが、「気が変わった」と言い切れるほどではないため、少し迷いはあります。

 まぁ、ですが、いま気にするべきことではありませんね。これに関しては、焦る必要はありませんし、じっくり考えましょう。

 

「じゃあ、セッティング完了したら最初に指針となるガイドを全員で録って……その後は、ドラム、ベース、ギター、ボーカルの順に録っていきます。他の人はここで聞いてても、ロビーで休憩してても大丈夫です」

 

 そうこうしている間に打ち合わせは終了し、いよいよ本格的なレコーディングが始まるようです。上村さんのおかげで皆さんの緊張もいい感じに解れているので、いいレコーディングが出来そうですね。

 

 

****

 

 

 滞りなく指針となるガイドの録音が終わり、パートごとの録音に移行しました。

 

「じゃあ、パートごとに録音始めます。奏者になにか伝えたいことがあれば、そこのトークバックボタンで向こうに声が行きますんで~それじゃ、楽しんでいきましょ~!」

 

 そうして最初はドラムの虹夏さんから録音を開始しましたが、開始してすぐにリョウさんがトークバックのボタンを押しました。

 

「はい!!」

「おっ、さっそく」

「いや、なんか最初にボタン押したかっただけ」

『……おい』

 

 単純にボタンを押してみたくて押したというリョウさんに、トークバック越しに虹夏さんの呆れたような声が返ってきます。その様子に苦笑しつつ、私もトークバックのボタンを押して声をかけます。

 

「……虹夏さん、リョウさんは虹夏さんが少し緊張しているように見えて心配だったんだと思いますよ。いまの行動も緊張を解そうとした意図が強いかと……」

「あ、有紗!? なにを……」

『へ~ほ~ふ~~~ん』

 

 私の言葉を聞いてリョウさんが若干焦ったような表情を浮かべ、対照的に虹夏さんはニヤニヤと楽し気な様子でした。実際効果はあったようで、そのやりとりでいい感じに肩の力が抜けた虹夏さんは上手く演奏を行い、2度ほどやり直しましたが、問題なく1曲目の録音を完了させました。

 

「はい。おっけ~です。じゃあ、次ベースさん行きましょうか?」

「……ふっ、私はちゃっちゃと完璧に終わらせてもらう」

「リョウさんは緊張すると演奏が走りやすいので、注意してくださいね」

「あ、はい……」

 

 クールな笑みを浮かべて録音に向かおうとしていたリョウさんですが、やはり少し緊張が見て取れたので一声かけておきました。

 リョウさんは演奏経験はバンド内でも一番ですし、初めての本格的なレコーディングに少し戸惑ってはいましたが、すぐにOKを貰っていました。

 そして続いてギターであるひとりさんの番になるのですが、もうすでに明らかに緊張しているのが分かりやすかったので、録音に向かう前に声をかけます。

 

「ひとりさん、少しこっちを向いてください」

「あっ、有紗ちゃん……」

「初めてのレコーディングですから緊張するのも当然です。慣れない環境ですし、いろいろ頭に思い浮かんで集中しきれない可能性もあります……なので、今回は私だけを見て演奏してみてください」

「あっ、有紗ちゃんを見て?」

「はい。中から見える位置に居ますので、私の方を向いて、私にだけ意識を集中して……いい演奏を聞かせてください」

「あっ、はい!」

 

 ひとりさんは緊張するとアレコレ考えすぎて集中できなくなるタイプなので、こうしてあえてひとつのことに意識を集中させるのが有効だったりします。

 しっかりと頷いて録音に向かったひとりさんは、私が言ったように私の方を向いて私に向けて演奏することだけを考えているみたいで、想像以上にいい集中をしていました。

 

「……はい。ギターさん、OKです!」

「おお、凄い。ぼっちちゃん一発OKだ」

「……これが愛の力ってやつか……」

 

 ひとりさんはいい演奏を披露して一発OKを獲得し、それに触発されたのか皆さんも調子を上げていき、レコーディングは順調に進んでいきました。

 休憩を挟みつつ何度か録音を行っていると、丁度いい時間になったようで都さんが上村さんに声をかけます。

 

「今週はここまでですね」

「そうですね。皆さんお疲れさまでした~今日はかなりいいペースで録音が進みましたし、この調子なら来週はかなり余裕ありますよ~」

 

 好調な雰囲気というのは伝わるもので、皆さんの表情も和らいでいるので、この調子で行けば来週のレコーディングもいい感じで行けそうです。

 

 

 




時花有紗:本人が言うほどコンクールでは玲との差は大きくなかったが、その僅かな差に絶対的な差を感じていたが、最近は心境が変化している模様。その辺りがぼっちちゃんとの関係進展のカギになる可能性が……。

後藤ひとり:有紗の変化にはよく気付く。レコーディングは有紗に向けての演奏ということを意識したおかげで、一番いい集中力で演奏できた。

伊地知虹夏:原作とは違ってメンバーを上手くコントロールしてくれる有紗が居るので、「自分がしっかりしなきゃ」的な固さが少なく、以前に有紗からアドバイスを貰ったおかげで思い切った演奏が出来ていて順調。

ドラマーのリナ:……ちょっと待ってほしい、ここで虹夏ちゃんが順調だと私の出番が……。
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